汗はともかく筋肉は
手持ち、残り銀で651枚と銅0枚。
ここは肌肉健肯(筋肉健堅の意。読みは広東語を参考にしています)道場。サウナ付きジムです。
内心で首をひねりつつも、アタシは「スリの餓鬼を引っ張ってく」演技を続けて門をくぐった。砂利を敷いた狭い裏庭みたいなところで、資材だか廃材だか、鉄の塊や丸太があちこち置いてある。
数歩あるけば、モルタル造りの3階建ての建物。1階が半地下という感じで、5段くらい階段をおりた先に、出入り口のドア上側が見える。2階は広い窓を開け放っていて、そこからたくさんの人が歩いたり、声をそろえた掛け声や、何か数えてる声……がする。
それと蒸気っていうか湯気っていうか、室内は温かいらしく、かげろうみたいに窓のまわりの空気が揺れてる。
ドアの前で、≪街の子≫は咳払いすると、拳で1回、手のひらで3回、ドアを叩いた。
内側に誰かいたんだろう。
ドアが開いて、すごくほっそりした人が居た。アタシと≪街の子≫を見るや、首を傾けて、中に入るよう合図する。
薄暗いのを予想してたけど、中は意外と明るかった。そして暑い、と言いそうなくらい温かい。
大きな暖炉には、丸太ごと燃やしてるような火が燃えてるし、そこらじゅうの壁龕や、壁ぞいのベンチ脇に置いてある小テーブルに、手燭が置いてある。暖炉脇には、クッションを載せた長椅子がいくつもあって、簡易寝台みたいだった。上に続く階段があって、その脇にひとつ、アタシからみて正面に2つ、ドアがある。
迎えてくれた人以外、今は誰も居ないみたい。
ドアが閉じるやいなや、≪街の子≫はパッとアタシの手から逃げて、迎えに出た人の足に飛びつく。
「父ちゃ……」
おっ、本当に親がでてきた?
と思ったら、飛びつこうとする子を手で制して、
「合言葉」
の一言。子供はたたらを踏んで、
「果実、篩、地元」
の3つの単語を笑顔で、最後にはすっごく自慢そうに胸を張りながら言う。
「果実」はアタシのことで、「篩」が自分のこと、「地元」ってのは、上手くいったとかそういう感じの合言葉、か……な。
迎えてくれた人がうなずくと、顔以外全部覆ってる布の被り物がちょっと揺れる。
今度こそ子供は足に飛びついた。その頭をわしわしと撫でながら、
「自由な盗賊は狙われやすいというが、計算より早く来たな。ここは安全だ。『肌肉健肯』道場へようこそ」
「じーろうじあんかん?」
「体を鍛えて健康になろう、という古代語なんだと。上でやってるヤツさ。1階は蒸し風呂と、ここが涼んだり、マッサージしたりする場だ。急ぎでなければ…」
「急いでます!」
骨ばった手が揉む動作をするのを遮って、叫ぶ。首すじの嫌な感じが消えてなくて、今にも背後のドアを誰かがノックするかも知れない。
マッサージ師は嫌な顔ひとつせず、うなずいた。
「街の子の『くず拾い』『ごみ漁り』『肥溜め掃除』は味方だと思ってくれていい。独立系冒険者はお互い助け合うもんだ」
「街の子が?」
街の子ってのは、万神殿の慈悲にすがらないで、乞食やもっと悪いヤツにもならないよう、言われた単語のような仕事で、稼いでいる子供(大人もいるけど)グループだ。
けどこうして親がいるのに……の顔になってると、
「急いでるんだろ?」
「は、はい!」
そうだった。マッサージ師のむこうで、子供がドアのひとつに聞き耳をたててる。
マッサージ師はそちらにうなずいてから、アタシに向き直る。
「お前さんさ、今日は計算外に俺がいたからいいが、月パス買っておかないか。今なら割符が銀20枚」
う。
銀で20……アタシの月の家賃の半分以上か。
むー、でも、何かあった時に逃げ込める場が増えるってのはいいか?
……それだけの価値がある?
アタシの悩んだ数瞬を見て、マッサージ師がにやりと片方の唇で笑った。
「……というのが正規の会員価格だが、施設使わない計算なら、特別に銀5」
「買った!」
「よし売った」
合金の板に、右端にアタシの名前、左端にシアバス(マッサージ師の名前、なんだろう、たぶん…自信がない)と書き込んで、上から複雑な形の板を押し付けて、拳でゴンゴン!ゴン!と叩く。
折り目どおりに、合金の板が割れて。
渡されたのは、アタシの名前が書いてあるほうで、穴がひとつあいてる。革ひもを貰って、ひとまずそれはポーチに入れた。今度来たときは、この割符を見せればいいとのこと。
上階から男女が声をそろえた掛け声がするのを背中で聞いて、アタシは道場の別の出入り口を出たのだった。
手持ち、残り銀で656枚と銅0枚。
シアバスさん、なにかと計算計算言うタイプの人です。割符用の板は本当は木槌で叩くものです。彼は鍛えてるので拳で叩きました(常人は真似しないでください)。
お読みいただきありがとうございました。




