それでどうやって生きてるの
手持ち、残り銀で5919(+19000)枚と銅0枚。
思考実験でもなんでもなく、『神様の実在を常に身近に感じる暮らし』があるなら、対極は『神々を軽視する不敬がまかり通る暮らし』でしょうね。
会議にあつまった部屋は、大きなテーブルの上に、繊維紙を繋ぎ合わせた略地図が載せられてた。
木炭で濃淡をつけてあるのは、山の高さを表してて、川やら尾根やらは色付きの線で表されてる。大きな紙の左隅にこの村と、周辺の畑とか工房とかいろいろな敷地が区画だけざっくり書かれてる。後の部分は山。
山といえば森。
森の中に、ひとが通れるルートが、よく見ると細い線で書いてある。
「ほんっとうに、森が豊か……」
「森しかないって言いきっていいですよ」
ほえぇ、となりながらもなんとかいい感じの言葉を絞り出すアタシに、ボリスは容赦なかった。自分の領地だからってそこまで言わなくても、ってちょっと笑いそうになる。
大きな部屋なんだけど、居るのはアタシ含めていつものメンバーだけ。会議参加者がたくさん集まって来る前に解説してもらう時間をとるよ、て話なのだ。
「説明します。まず、重要事項から絞っていきましょう」
テイ=スロールが紙を片手に立ち上がる。
「まずカーリゴンの舞踏による、森林の活性化。これ自体は驚異の出来事ですが、問題が起きる性質のことではありません。樹木や植物の急速な成長だけです」
「怖くないの?」
「初めたころは、近づきすぎて樹木の上に引っ張り上げられたとか、事故もありましたけどねー」
今はそんなことも無くなりましたよ、とはボリスの言。
「問題は、翌日以降です。伐採が追い付かない地区では、魔獣の急成長や蛮族の侵入が懸念事項です」
「うぇえ……、餌が増えるからかぁ」
「その通りです。」
テイ=スロールが肯定してくれたけど、アタシはそこで「ん?」となった。
「ばんぞく?」
「はい。蛮族です。」
「言葉が通じなくって、仕立ててない毛皮とか着てて、文明の欠片もない暮らしをしていそうだね」
というのは、色々な物語や絵草子、講談にでてくるざっくりしたイメージなわけだけど。
「んーとですね」
言いづらそうなボリスが教えてくれたのは……
まず、人間族ばかりだということ。
そして、肌色がボリスそっくりの、焦げ茶色で、黒髪。
筋力が強い者が多く、タフなので、首を刎ねないと動きを止めないと思ったほうが良い。
言葉については、困ったことに貿易用共通語が通じない。文芸古典語なんてもってのほか。東方語のすごく変なイントネーションになったのなら通じる。服とかは普通に仕立てて着てる。
そしてそして。それでも、何よりも、蛮族だとされるに足る証拠が、
「神様を神様扱いしてない? 何それ!」
だった。
無理でしょ。
神意が無かったらどうやって生きていけるんだろう。神様に祈ったり、夢や啓示をもらったり、もしかして、手解きしてくれる神職も居ないってことなのかな。
えー、えー、と混乱してると、ボリスが言いにくそーうな顔で、追加情報をくれた。
それというのも
「一時期、見かけが似てるので潜入してたから分かる範囲で話すとですね」
「わ、嫌なこと思い出させた?」
「どのみち誰かがやらねばならない仕事です。当時は僕しか適任が居なかった。それだけのことですよ」
「わあ……、ごめんボリス。ていうかお父様。」
「それはまだ、正式な縁組してから言ってもらえません?」
苦笑いして、改めて説明してくれたところによると。
この土地がつながっている、東の山脈のさらに向こうに、蛮族の拠点は点在してるらしいのね。らしい、って話にならざるを得ないのは、交易やら交流がいつもある訳じゃないし、地図もないから。
歴史書に書かれてるくらいの昔には、交易も試しにやっていた。けど、そこでトンデモない誤魔化しや、契約違反が発覚。
商売の契約てのは、≪黒手組≫みたいな商人でなくても、絶対どこかに
「(商売の神様や、その契約者が信奉してる神様)に誓って、誠実にこの取引を行います」
という言葉が入ってるハズで。誤魔化しとか違反なんて、バレた時点でどんな罰かぶるか……。もちろん、詐欺師たちの神様もいるから、契約書かわしたから絶対、とは言えないけどさあ。
さらにさらに、もっとひどいことが判明した。
蛮族がわの商人は、違反を責められて、へらへら笑いながら言ったのだ。
「どうせ神様は見ていない」
って。
「不敬ーーーー!」
思わず叫んじゃうアタシに、うんうん分かるよその反応、って頷く面々。
だってもう、そんなん、発言時点で、ひと掴みの藁束に変えられててもおかしくないじゃん。通りすがりのコッマエンに喰われてしまえ。
あーもぉ、不敬すぎてこれ以上の言葉が出ない。
そんなアタシに、ボリスは厳しい表情のまま、こういった。
「それで何事も起きなかった、のだそうですよ。これが意味することはひとつ──神々を持たぬ民」
「ふ、ふ、」
もう口がうまく動かない状態のアタシに、同情の目を向けるボリス。
「不敬と言いたいのは分かります。実際、神とお呼びして崇敬すべき存在を、そもそも持っていないのではないかと。」
「……うっそぉ……」
「見てきた限りではそんな感じでしたよ。それでどうやって生きているのか不思議ですけど。悲惨な状態ながら肉体的には生きてはいましたし、非常に高い確率で子は産まれてました」
マジか。マジですか。
ボリスが語るところによると、すごーく生き難い土地なんだと。
雨が降れば川は氾濫するし、風が吹けば家は倒れる、畑は全滅。不作からの飢饉は当たりまえ。病気になっても聖職者はいやしの術を使う訳でもなく、何か効きそうなもので薬を調合とかして飲ませてる。けど、体力が無い者から弱って死んでくから、効いてないんじゃないか。聖職者が、病気を防ぐためにやってるまじないも、やっぱり効いて無いんじゃないか(効いてたらそもそも洪水やら飢饉やら病気は発生しないでしょ)。
そういう土地の聖職者の仕事ってのが、道徳の取り締まりと、見せしめの糾弾集会と処刑がほとんどだって。だから聖職者の目を逃れるための嘘や、違反、ずる、賄賂のやりとりが盛んで、そういうのがバレたら運が悪いってこと。運が良いなら「神様はどうせ見てない」からもっと上手くやり続けるといい、と推奨されてる。
戒律違反を誤魔化すために、神職に賄賂を渡す話まででて、頭がくらくらしてきた。
ていうか、渡されて受け取るの?
神職なのによ?
神様とつながって、俗界と神々の橋渡しをする者が??
こ……、孤児院の育て親の顔が浮かんで、それから知ってる聖職者が浮かんで、そういうひとたちは『絶対やらない』の列挙に、アタシは混乱するばかり。
「山脈の東がわという土地自体が、神の目に落ちた塵のようなものかも知れません。神意が降り注ぐことなく、佛理に明るいひとも居ない地で、それでも統治をするためにひとが編み出した方便、それがあの土地で言う『神様』、と解釈せざると得ないというか……マーエ?」
「ありえない……ありえない……」
「マーエ?」
誰かが肩を掴んでる。口元に水の入ったマグカップを押し付けられて、初めて、メバルさん(お母さまと呼ぶべき?)に、揺さぶられてたことに気づいた。
「しっかり息を吸ってはいて。それから、水を飲むのだ。」
「あ、うん、でも…」
「質問とかはその後。」
「はぁい」
混じりっけなしの水を2杯飲み終えるまで、神職はぜんぜん質問も会話も受け付けてくれませんでした。
ようやく頭を真っ直ぐ保っていられる気分になったら、ボリスが小さく咳払いして。
「彼らは虚言も犯罪もなんでもやる、言葉が辛うじて通じるだけの蛮族です。この地にしばしば侵入してきます。その都度、全員殺してます。」
断言したので、アタシはちょっとメバルさんを見て、頷いたのを確認してから質問してみた。
「ねえ、そういう連中って根絶やしにした方が良くない? 良民に迷惑かけてくる、神を持たない連中でしょ、てか不敬千万なんだから、神々もお許しになると思うんだけど」
「それは、二つの理由から実行していませんね。」
代わりに応えてくれたのが、テイ=スロールだった。
「第一に。マーエの言う通りの内容で、神意を問うてみたことがあります。蛮族は殲滅すべきかどうか。ところが、この件に関しては何の啓示も受けていません。
第二に、ここから山脈越えて、地図の無い土地に、何処にあるか、幾つあるかも不明な蛮族の拠点を一掃するとなると。必要な人員、資材、時間、いずれにしても現実的に割ける余裕はありません。」
「あー、それはあるよね……冒険者単位で行動するにも厳しいよね」
「そんな余裕あったら、村のためになることに使いたいですよ」
と、これはボリスの小声の本音。
そんなわけで、『蛮族は見つけ次第殺す』のは了解できたんだけど、アタシは参加しちゃダメって言われた。だって、村のひととそれ以外の見分けがつかないからね!
……悔しいけど。仕方ない。うん。他のことで役に立とう。
手持ち、残り銀で5919(+19000)枚と銅0枚。
『神様の実在を常に身近に感じる暮らし』と言っても、簡単な話です。ひとびとの信仰心と、降り注ぐ神意が、たとえば僧侶がぱっと杖の先に灯す『光あれ』呪文で現れるのですよ。
これを目の前にして、「神は死んだ!」とか言いきれるのはニーチェじゃなく狂人です。
お読みいただきありがとうございました。




