このひと、いいひとだなって胸にしみた
手持ち、残り銀で5919(+19000)枚と銅0枚。
心配性っていうより根が善いひと。それがヨアクルンヴァル。
苔むした屋根の屋敷が、歩いてく先にみえる。最初に訪れたあの家だ。
仕事にかかる連中はそれぞれ持ち場に急いでるし、後片付けで忙しそうなのは、手押し車やら何やらで井戸のある屋外洗い場へと列をつくって歩いてく。
つまり、アタシたちの周りで聞き耳を立てそうなひとは居らず。
「ねえヨアクルンヴァル」
「あのさマーエ」
同時に声をだしてしまって、お互い気まずく口をつぐむ一瞬が過ぎて。
どうぞお先に、と手で示すと、ヨアクルンヴァルは小さく咳払いして、気を取り直した。
「あのさ、マーエ。ボリスもメバルもテイ=スロールも居ない今だから言っておきたいことがあるんだよ。いいかい。」
仲間三人の名前を挙げて『いないからこそ』とは……?
アタシの中のナニカが身構えたけど、努力して顔はにこやかに頷いておく。
「変化したところを見た訳じゃないが、アンタが幻獣なら、ボリスんところの家に入ってくれ、と言われるだろうよ」
「ク=タイス家、だよね」
「そうさ、他種他族の血を入れるのに熱心な貴族家だ。理由もわかるだろっ?」
「『幻獣は超越する』のこと、かな」
「そうさね」
幻獣は超越する、の意味。
幻獣は魔獣とは違う、意思疎通ができる存在で。定命の者より凄い力もってるし、なんなら崇められて小さい神様みたいになってしまう存在もいる。
≪くらきもの≫たちが取り締まりの根拠にするときの決まり文句、『法』や『倫理』を超越してる存在だから──。
ク=タイス家だけじゃない、貴族家は目を血走らせて幻獣を囲い込もうとする──色々不都合なことを超越させるために──。
──幻獣の行いを咎めるのは、定命の者よりずっと難しいから──。
そこまで思い出して、ヨアクルンヴァルの静かな目に出会って、アタシの心臓がひとつ脈うった。
アタシが幻獣なら。
貴族家が欲しがる。
ドギマギしてるうちに、ドワーフの唇が何度か、開こうか閉じようか迷ってるよな緊張と緩和をして、ようやく声をかけてくれた。
「アタシの気持ちとしちゃ、アンタにはボリスん所に行って欲しいよ。
けど、他にも行けるところがあるかも知れんってのに、仲間だからってだけでさっさと所属を決めさせてしまうのはさっ、良くない気がするんだ。」
それって。
ヨアクルンヴァル……。
鼻のあたまを指先で掻いてるヨアクルンヴァルを、アタシは少なからず感動して見つめてた。
育て親でもない、他種他族のひとなのに。
仲間つながりあるんだから、さっさと「ボリスん所のク=タイス家に入りなよっ!」とか言ってしまえばいいのに。
「あっ、でも他所だから良いところがある、とは限らないからねっ、ク=タイスの≪白≫の連中に捕まっちゃだめだ」
可能性を広げるような話したと思ったら、その可能性にダメ出しがはじまってしまった。
国主を何人もだしてるク=タイス家は当然、本家筋は獣人で占められた貴族。その祖獣は『ウマ』系のなかでも特別な色をした獣、白地に黒い縞をもつ『シマウマ』。
≪白≫ってあまりいいイメージないよね。すぐ汚れるし、仕事しないことで有名な都市警備隊の色だし。すぐ汚れる、つまり『悪に染まり易い』ってことで。
これが≪黒≫だと、司法の信仰団≪くらきもの≫の色でもあるから。黒は、それ以上他の色に染まらない。つまり『決して悪に染まらない』ってことで。
色で呼ばれてても、見た目で分かるものじゃないのがまた、困ったことだけど。二つの色で呼ばれる貴族家の内部集団があるって話は。
ちょっとでも貴族社会の事情を知ってたら当然分かってる話……なんだけど。
アタシの進路に関わってくるとなると、絶対に聞いておかなきゃいけないことがある。
「それって、ボリスはどっちなのかな?」
「≪黒≫に決まってるだろ」
即答した後、「あっ言っちゃった」みたいに顔をゆがめてるけど。
悪い情報を流したわけじゃないから、そんな顔しなくていいんだってば。
手持ち、残り銀で5919(+19000)枚と銅0枚。
善い事っていえば、命や健康の尊重、不善をしない(暴力による収奪を行わないとか)ですね。
逆は何でしょう。不善というべき行いでしょうか。
やったうえで、
「うちの幻獣がやりましたとも、それが何か問題でも?」
と開き直るために幻獣を家に入れようとする連中も居るってことです。
もっと悪いことには、ヒト形態をとれるとれない関係なく、ひとと意思疎通は可能でも、
「わたしがやりましたとも、それが何か問題でも?」
と言って開き直る幻獣が、貴族家には居るってことです。
お読みいただきありがとうございました。




