聖娼の憤慨したこと
手持ち、残り銀で5919(+19000)枚と銅0枚。
要注意人物カラジさん、『現代日本から転生しました』ではあっても別に英語が得意だったわけではない( Spaghetti と Monster が読めただけ御の字)ようですね。
誰が来ても対応できる言語能力が求められる職なので、聖娼さんは5言語くらいは『日常会話できる』『古典語の詩や、有名作品のフレーズは引用できる』です。
聖娼さんが意味深な笑みのまま、目をちょっと上げた。ちょうど、アタシの耳、イヤーカフのあたりを見つめてる。
あっ、『双子の声』のことご存じでしょうかね。
「事実のみ語るとして、あの腐れ■■■ってばメバル様にも近づこうとしたわ。≪深淵に眠る御方≫の聖名を知ったら、■■■がもしかするとその聖典を読めるかも知れない、夢のなかで知った言葉があるかも知れない……って言って。異界言語の本を。」
ええ……、それはまた大胆な。
「読めたとしたら、異界の魂の持ち主って確定しちゃうのに?」
「そこは賭けだったのでしょうね。確定したらしたで、自分は役に立つからメバル様の下について、翻訳の神職になるつもりだったんでしょ。そーすりゃ、危険な冒険職や肉体労働に駆り出されずに済む、みたいな計算があったんじゃない」
「でも、確定しなかったんだよね」
でなきゃ、曖昧な疑いのまま楽師やれてるハズが無いもの。
そうよ、と聖娼さんは頷いた。
「赤い繊維紙で装丁された『The Gospel of the Flying Spaghetti Monster』というタイトルの異界文書だったわ。わざわざ≪転移の門≫で取り寄せて、そのための時間や調整や労力、勿体ないったらなかったわ。
手に取って、表題の意味は分かったらしいんだけど、2単語しか読み上げきれなかったし。たった26文字の2変化に、記号がちょっぴりしかない言語をよ?」
西方語、古典(文芸)語、交易語に(古代)帝国語、サムライやシノビ達の使う日ノ本ノ言ノ葉まで習得してるという聖娼さんの言い方が、軽蔑たっぷり。
読めなかったことを咎められるべきだったのに、そこで■■■はやっぱり夢で得た知識だからとか何とか言って、言い逃れたんだそうだ。
「あの場で即、≪真理の光≫の下に審問すべきだったのよ。メバル様は慈悲深く、徳高き者ですからあの言い訳を容れたんでしょうけど? 過ぎる哀れみは正義を緩いものにしかねないのよ。──聞いてる?」
「はい聞いてますッ」
おおっと、耳脇の硝子玉からテイ=スロールの声が!
ウィザード、書類仕事に行ってる振りして、アタシの集める証言をことごとく筆記する役を引き受けてくれてるのだ。
アタシは慌てて咳払いして、周囲の耳が無いか確認して。幸い、元が大きな声じゃなかったし、周りにひとは居なかった。
それはそうと、この証言は神職も兼ねる聖娼の言葉だから、かなり強い。それこそ≪真理の光≫の下で、宣誓付きで証言できるだろうし。
もう十分じゃないかなと感じつつ、アタシ自身に嫌な感情が湧いてくるのも、同時に感じてて。
それは嫌な感覚だった。
邪魔になるヤツを葬ること自体は、まあ仕方ない。アタシの仕事のうちだ。けど「こういう奴、嫌いだな」って、『気持ち』が乗るってのがなんか嫌。「仕事なら感情を交えずスマートにやれ」って先生の言葉が頭に蘇るのも、きっとそのせい。
ついつい、顔を伏せて溜息がでちゃう。
その時ふわっといい香りがして(コモロウ系の花みたいな暖かい感じの)、気づくと、聖娼さんの顔がすぐ近くにあった。
えっ、ち、近い。近すぎない? 頬に息がかかる距離?
「噂のテルセラなら、ハッキリ女性になってから、わたしに言いに来なさいよ。色々教えてあげられるし、なんなら紹介もしてあ・げ・る」
「あっ、えぅ、う、あの」
「なぁに?」
「女性……になるの、アタシ?」
「なんで疑問形なの」
そういって、くすぐったくなるような笑い声がした。み、耳元でっ……スン、って鼻鳴らして! えっこれアタシの匂いを嗅いでるってことですか!
「あなた、さっきも鎖骨のしたを掻いてたわ。乳房が張りだしたころ、よくある痒みね」
それに女の子の匂いがする。
って囁かれて、頬が熱くなるのが自分でも分かっちゃって。
「マーエー! お昼ごはんに行くよーー!」
レーアちゃんが呼びに来てくれなかったら、どうなっていたことか分からなかった。
あっぶなかったあ……。
手持ち、残り銀で5919(+19000)枚と銅0枚。
縁結びの神様ですので、レーアちゃんは身近なひとの『結ばれるべきでないご縁』に介入しがちです。もちろん本人の知力、体力など年齢なりの限界があります。
お読みいただきありがとうございました。




