夕飯でレクチャー
手持ち、残り銀で5994(+19000)枚と銅0枚。
マーエのなかで、情報収集にも線引きはあります。ギーチャンに奢るからといって色々訊いてみるのは、ちょっとグレー、っといったところ。
ノームにも色々居ますが、一族に属してるひとにとって、『キミア』の完成は一族の果て無き目標であり、キミアに貢献するのが生きる理由です。『キミア』の途上にある一学徒、はギーチャンだけでなく、ノームの自己認識一般に使う表現。
こっちの世界での言葉「キミア」は、ルネサンスの頃の生物学、化学、博物学の萌芽や神秘学の複合したもの(そして細分化しないもの)という意味合いがあったそうですね(断言できるほど詳しくないです)。
≪雄羊≫旅籠で待ち合わせ。アタシが先に着くと思ってたら、カウンターに見覚えのある緑の肌と、大きな耳をしたノーム女子が居た。
「バーチャンお久し、」
「ギーチャンよ!」
「……すんません」
このやり取りってば、定型化してる気がするな?
謝ったあと、衝立のある席に移動する。時間的に空いてないかも、って思ってたら、バ…ギーチャンが先に払って取っておいてくれたんだ。
揚げたパージャーの団子と、クレナシ蕪と黄チャナ豆の煮ものにチャパティの盛り上げられた皿、という食事が届いてから、アタシは錐葉モンマの茶をひと啜りする。
頭の中で、何から聞こうかなって順番を組み立てる。
「えっとね、有名な喫茶店あるじゃん。≪でぃゆあんるーりん≫ていう」
「帝苑緑林ね。店主がすっごい美人の有翼人で、常連には英雄と呼ばれるような冒険者も居るわ。」
一息でそれだけの説明をして、「それが何かある?(そんなクソ簡単な話を聞きたかったわけ?)」みたいな顔で。ギーチャンはアタシの返事を待ちながら、自分の蒸留酒のマグに手を伸ばす。
上手い言い方を心がけながらアタシは聞いてみた。
「あまりよく知らないひとで、ちょっといいお店に行こうって時に、帝苑緑林はどうかなって言ったら、全力で拒否された……、」
「そんなことがあったの」
「あっあっ、えっと、されたとして。その理由が分からないんだ。」
「そう、あったとして。ふーん」
一口すすったギーチャンの目が、『お見通しだぞ』になってて怖い。
内心びくびくしてると、お見通しだぞ、の顔がちょっと笑った。
「まー、あり得る理由としては、ん……その誘った相手って、髪がこう、銀色とか白金色みたいに白じゃない?」
「え、違うけど。」
「じゃあこういう感じに、目がほぼ頭の脇近くにあって、顎がめっちゃ尖ってたりしなかった?」
「それはないない」
おや、リクミさんの定義する『イケメン』を良くご存じだな。
「こういう顔つきを、『イケメン』って言うようなひとって、どういう祖獣もちなんだと思う?」
今日描いた絵を見せてみたら、ノーム女子の耳がぴゃっ、て動いた。
「祖獣もちて。あのね、これをイケメン呼ばわりするのは獣人じゃないって……有翼人よ。さっき言った帝苑緑林の店主とか、有翼人ってのはすごい少数種族。」
「そうなんだ」
そうなんだ?! って内心の動揺をできるだけ出さずにおいた(つもり)けど。
ギーチャンは酒をちびちびやりながら、じっと考えてた。何をどう話したらいいかな、ってアタシの様子を窺ってるのが分かる。
心臓がどきどきし始めたのを感じるけど。情報交換というか、ギーチャンが話してくれようとしてる内容次第だ、って自分に言い聞かせて待つ。
やがて、彼女はマグを置いてにっこりした。
「マーエ、ここのご飯代と酒は持ってくれるんだよね?」
「もちろん。あ、でも酒は、」
「3杯いっていいかな。」
「銀貨40枚までとします。」
アタシもにっこりした。別に痛い金額じゃないもん。今は稼いでますのでね!
「良いよそれで。店員さーん」
って、漂ってくる香気が目に沁みるような蒸留酒を頼んでた。前々から思ってたけど、精神的にドワーフの親類なんじゃないのか。
アタシは自分のパージャー団子をつまみながら、ギーチャンが話してくれるのを待つ。ギーチャンは、アタシが出した例の『イケメン』絵を、空いてるほうの手でトン、と示して。
「まず聞いときたいんだけど、この絵って誰かモデル居るの。」
「え、いやーとくには……」
「ふぅん、モデルは居ないんだ、ふうーん」
「居ませんよ。」
念押しで断言したのに、マグの縁越しに見える目が疑ってる風に見えるのはなんでだ。
「居ないんならいいのよ。有翼人にとって、黒髪なんて禁忌中の禁忌だし。泪なんて目じゃないくらいの。」
「ハーフのアレより悪いんだ。」
泪。避妊の薬草≪ナミダシラズ≫の涙、って意味の罵り言葉。そんなひどい言い方、武器もって決闘挑まれても文句言えないくらいの侮辱だ。
その侮辱よりも、黒髪なのは悪いってこと?
色々混乱してたけど、耳はちゃんとギーチャンの言葉を追っかけてる。
「有翼人にとっては、ほら、あの店主みたいな真っ白や銀の髪が一番なのよ。灰色がかって見える、ってだけで不美人らしいわ。女の顔立ちがもう繊細とか優美ってか、そんな感じで美人ぞろい。
男のほうはそれに輪をかけて独特でさ。魔鳥ダートゥン(多盾)をどうかしたよーな、この絵が、彼らの基準で言う『イケメン』。」
「いけめん」
この絵姿がいわゆるモテ顔って、リクミさん個人の思い込みじゃなかったぽい。種族全体の美意識だったんかい。
そうとなると彼の「あり得ねえ!」て、黒髪なのも加えての「自分は超絶不細工」という確固たる意識から出てきたってことですか。
アタシが沈黙してるのを同意ととって、ギーチャンは話し続ける。
「独特でしょ。他種にとっては魔鳥かよ、ってのが『イケメン』で、そうじゃない男は出て来んな。顔をあげるんじゃねえ目が汚れる、ってくらい悪し様に言われても言い返せない。そもそも髪の色と、あと羽根の色ね、その白さと輝きで、群れで割り振られる仕事も順位があるのよ。」
「それって、群れ暮らしする獣人とはまた違ってそう?」
「そもそも接触した他種族が少ないから、その辺の情報がほとんど記録に残ってないわ。美醜でそんなに階級をつくるような種族て、他には聞いたことないし。『キミア』の途上にある一学徒だから、私が知らないだけで、一族の誰かは記録を持っているかもしれないけど……」
ノーム達が一族をあげて追求してる総合学問の名前を挙げて、ギーチャンは「一族の誰かに聞いてもいいけど、そうなったら費用も掛かるよ」とほのめかす。
そこまではしなくても。
てか、前からの仲間にご飯奢る体裁で知ってることを教えてもらう、ってのもアタシの中では『踏み込みすぎ』ラインをつま先で踏んでる。さらにお金かけてひとを使って調べるとか、もはや身上調査じゃん、それって本気ってことに、いやいやいや、そんなんじゃないから!
そう言うと、ギーチャンの『お見通しだぞ』の目が鋭くなった気がする。気のせいだよね、うん。
「ま、良いけどね。
要約すると、男女とも髪色、羽根色の白さで階級、てか身分に差がある。女は大抵どこの種族基準からしてもすごい美人。逆に男はこういう顔が美形。
それと有翼人っていうくらいだから、背中から翼が出せるよ。」
「鳥系獣人の部分変化と何か違うわけ」
「あれは腕の変化でしょ? 祖獣の恩恵じゃないから、腕とは別に翼があるの。肩と肩のあいだの肌に、翼みたいな形の紋様があるんだって。
……見せてもらったら?」
お茶を吹きこぼさなかったアタシ、偉いと思う。
手持ち、残り銀で5924(+19000)枚と銅0枚。
ちょっとだけ、有り得ねぇの彼の背景が分かってきました。
ギーチャンには「お見通し」のようですね。
次回は翌日以降の村訪問になります予定。不定期更新が不定期すぎて申し訳ないですが、のんびりお付き合いいただければ幸いです。
お読みいただきありがとうございました。




