神慮めでたしの中身
手持ち、残り銀で5994(+19000)枚と銅0枚。
どうでもいい設定:ジェスネ派というのは、神様への信仰ではありません。行動様式と哲学を完成させた学者ジェスネの後継者たちのことです。ざっくり言えば「聖典や律法に書いてある事が全て、書いてない事はどうでもいい」
小礼拝室はまだ使ってて良いらしいので、アタシは育て親に質問をぶつけてみる。
「変なこと聞くけど……、小さな神様や聖者って、割とその辺にいたりするの?」
「今更なにを聞いておるんだ。」
本当にしょうがない子だ、と苦笑いして、育て親は礼拝室の隅にある棚から、一冊の木版本を取り出してきた。
安い繊維紙を綴じただけのもので、厚みはかなりある。≪万神殿≫の名の通りに、全部の神様を網羅してたら、一冊じゃ収まらないから、メジャーな宗派、例えば≪千匹の仔を孕みし黒山羊≫様や≪くらきもの≫、≪森の大鹿≫といったところのだけ。最小限に絞った礼拝作法や誓いの言葉、神々の教えの中心部分だけ書いてある。
椅子にかけなおすと、育て親は本の後ろのほうを開いた。付録というか短めの説話が載ってるあたり。
「大きな神々はその大きさ故、ひとの暮らす世界を細やかに見て回ることはできんのだよ。だからこそ、陪神と呼ばれる小さき神々が居るし、生命のあるうちに神域に達した者、聖者や賢者とよばれる人々も活動している。
神慮めでたし、とされる出来事の多くは、こうした神々や聖者が起こしておられる。」
「神慮めでたしは知ってる。」
物語の最後らへんで、悪い奴は大概そうなる。「かくして悪のナニナニは、神慮めでたく相成りました」みたいな。
分かった風の顔で頷くと、「中身は分かっておらんのではないかね?」と苦笑いした育て親がページをめくった。
実を言えば、そうなんです。
「例えば、このような話が近年では伝わっている」とめくった先のお話を読んでくれた。
レンの高原を≪守るもの≫に崇敬を捧げよ。学問や技芸の熟達を願うものたちに広く伝わる行である。折りたたまれた次元の智へ届くよう、願いを書くものなり。植物の皮、繊維紙、あるいは様々のヴェラム紙は小さく折りたたみ、星々から見えるよう夜空のしたに置くべし。
願いを叶えたまえと乞い願うための行にあらず。己の研鑽を神々にご照覧あれ、願い果たせる折はまた喜びを捧げんと誓ひあらわす行なり。
ひとを追いて討たんと思えければ、≪蛇神≫に誓いて刃を研ぎ、此の神に運の引き寄せを頼みとすべきを。信仰の案内を得ず、あるいは軽んじた者あり、≪守るもの≫の縁ふかき月の夜、仇敵の名とその惨めな敗北を願いて書き連ねたる。
然るに、学僧と名高きひとありけり。双月の宵を嘉せんと大路をゆく。強力にして思量賢く、異言せる(育て親が、これは本来捧げるべきでない願い事のことだ、と注釈をいれてくれた)紙きれを看破し、極めて憤慨さる。
学僧は速やかに書き手を探り、夜明けむままに捕らえたり。これを知らしむるに、隣のひとびと、驚き合いて罵る。このうちに、彼の魂は異界のものと露になりける。かくて神慮めでたくと相成りぬ。
「ここでいう『神慮めでたく』の中身は、まあ学僧に殴り殺されたとみて間違いなかろう。」
「公開処刑ですか?」
首筋がひんやりした、けど、育て親は「当然」と頷く。
表情はまったく変わらない。
「すべきでない行いを捧げることは、神々への不敬。神慮の執行者でもある神職、聖者、賢者が、それを許すことはない。」
「うーん、でも、慈悲深いひとなら殺したりはしないんじゃ……」
誰とは言いませんが、青い肌をした僧侶のことを思い出したんだけど。
「慈悲とはそのような、すべきでない行いまでも許容する性質のものではない。殺しはしないことと、死んだほうがマシだと思うような目に遭わせることは別のものであろう。」
育て親は手厳しかったけど、アタシの顔をみて、優しい目になった。
「もっとも、神学上の問題として、『この神に捧げるべきか、そうでないのか』はきちんと論じられる必要はある。ジェスネ派はその点、聖典に書かれているかどうか、を重視しているわけだ。」
ジェスネ派といえば法律家って印象だけど、神職にも当然居る。いろいろ細かいところを律法や聖典に根拠あるんですか、って突きまわすのが仕事だもん。つつきまわして、『書かれてない』時は割と緩いっていうか、判断を放り出すところもジェスネ派って感じ。
「文字になってなかったらどーでもいいっての、厳しーのか緩いのかよく分かんないんですけど。」
育て親は椅子の背にもたれかかって、何か思い出してるみたいだった。
「それも柔軟性だよ。法典でぶん殴る正義は、法典にない情緒を大事にすることでバランスをとる。…というのが、私の友人の言葉だ。さておき、」
育て親は体を起こすと、アタシに向かって説明しながら、一本ずつ指を立てていく。
「ひとつには、神慮はかりがたし。地にありて日々を生きる定命の我らに、神々のお考えは簡単に推し量れるものではない。推し量るべきでもない。
もうひとつには、信仰を導き、神々と定命の者の間をとりなしてくださるのが、神職であり、聖者賢者、小さき神々であるということ。
さらにもうひとつ。神慮めでたし、となりがちなのは『異界の魂』の持ち主が多い。気を付けるように。」
「えー、気を付けるって言ってもどうしたらいいんですか。」
演劇にでてくるのは知ってる。転生してきたとか召喚されたとか。英雄の仲間になったり、町や村で活躍する研究者になったり、と色々いるんだそうだけど。
実際、本当に、そんなひと居るの?
「さきの神慮めでたし、のように、神々を軽視し信仰を適切に行わない者。
ひとを何かと数値にしたがる者。
複雑性を理解せず、弱い者を切り捨て物事を規格化しようとする者。
……列挙しだすと暇が無いな」
「マジで居るんすか……」
「マジで居るぞ。異界人は見かけたら殺せ。殺した時も、殺せない時も、≪くらきもの≫に頼りなさい。下手に関わるとお前の生命や魂まで危うくされるからな。」
マジで居るって話にはげんなりするけど、育て親から積極的に殺害を推奨されるのはまた、さらに嬉しくない提案だった。殺れるけど、好きでやりたいかって言うと別の話だし。
まあ分かるんだけどね。
育て親からすれば、どこの誰が母とも知れない上に魂が「異界から来ましたー」なんてヤツより、自分が手塩にかけて育てた子たちのほうがずっと大事だ。たとえそれが、ザレナみたいな異常者だったとしても、目の前に二人並べたら、異界の魂よりザレナの生命を取ると思う。
命は大事だけど、関りかたで軽い重いは違うのだよ。
などと考えてたら、育て親は心配顔でアタシのことを覗き込んで。
「■■■殿はな、私の友人でもある。今の言葉を教えてくれたのも、彼だ。覚えておいて損はない。安心しなさい」
「えっ誰ですかそのひと」
しまった、素で言っちゃった。
「たった今会ったでしょお!? マーエ、お前って子は本当に」
「済みませんんんん!」
覚えておきなさい、って繊維紙の端に「ヤ・エ・ン」ってでっかく書いたのを渡されてしまった。まあいいや、何かあったら頼るってことで。
何もないことを≪黒山羊≫さまに祈るけど。
手持ち、残り銀で5994(+19000)枚と銅0枚。
多神教で、かつ、神々の実在が身近な世界ですからね。
七夕の短冊に、他国の元首の死だの、交戦国でもないのに特定の国への悪罵を書くような事例を見聞きしまして、まことに神々への不敬極まれり。
神慮めでたく。
お読みいただきありがとうございました。




