割とその辺に居ます
手持ち、残り銀で5994(+19000)枚と銅0枚。
木簡代と伝言依頼でちょっとお金が減ってます。
木簡は、繊維紙が手軽に購入できるようになるまでは一般的な書字手段でした。今でも、こういう伝言によく用いられます(紙だと傷みやすい)。
リクミさんが帰った後。代書屋がある茶房なので、その場で買える木簡に、自分のペンでお願い文を書く。冒険者ギルドにいるギーチャン宛だ。
ここから下宿屋に戻ってもいいけど、もうそろそろ一刻経つ鐘が鳴る。ギーチャンへのお願いは、仲間と話し合った後で出せばいいかな。
何をお礼にしようかなー、とか考えながら『金熊亭』に戻ると、メンバーが増えてた。
新たに用意された椅子に腰かけて、背が足りないからテーブルの縁にぎりぎり顎が見えるくらいの子供、えっと……
「レーアだよ! こんにちは、マーエ!」
うっ、悩んでる気配をこんな小さな子に察されてしまった。巻き毛がふわん、と揺れて頭を下げたのに和みながら、アタシも挨拶を返す。
レーアちゃんを挟んで右隣には、繊維紙に何か書き込みながら眉をちょっと寄せてるテイ=スロール。反対側の椅子ではメバルさんが、自分の腕を枕にしてテーブルに突っ伏してた。
寝てるのかな?
様子を窺ってると、ボリスが軽く首を振って「大丈夫ですよ。いつもより早いですが、体調が変化してるだけです。」と教えてくれる。
「体調不良、って訳じゃあないんだ」
「ええと。まあ、そうです。一定の日数……」
言いかけた時、横から伸びてきたメバルさんの手袋した手が、ボリスの袖を引っぱった。頭をゆっくり上げるメバルさんが、
「悪いことは、何もない。ちょっと疲れてる。詳しいことは、明日に話す。」
だけ言って、微笑んで、力尽きそうなのを頑張ってゆっくりと戻って、突っ伏す。気のせいと言われればそんな程度だけど、声もなんか変だ。
明日に、というならいいかな。魔術師が力の使い過ぎでぶっ倒れそうになるのに似てるから、本当に疲れてるのかも知れないし。
そう思ってると、ヨアクルンヴァルがテーブルにコツン、とジョッキを置いて注意をひいた。
「明日は一日、マーエと、レーアも一緒に村に向かうことになったよ。予定は大丈夫かい?」
「それならいけます。あ、でも今日の夕飯はひとと会う予定があるんだ。それはいいかな。」
「構わないさっ」
店員に≪街の子≫を呼んでもらい、ギーチャンへの木簡を託す。
内容は、「今日の夕飯を一緒にしよう。知識豊富なノームに教えて欲しいことがあるから、食事代は持つ。夕暮れの鐘かその次で、行けるならこの街の子に返事託して。ダメならダメで構わない」だ。
木簡は二枚の木の板で、手のひらの幅しかないから、このくらいの伝言でも小さい字で書かないと書ききれない。伝言を書いた側を内側にして合わせ、上下の端に開いた穴に紐を通して綴じれば出来上がりだ。
格式ばった所は、この紐に封蝋を垂らして印章をつけるんだけど、アタシらみたいな庶民はこれでお終い。木簡の表側に、『冒険者ギルド気付 ギーチャン様へ』裏側には『知識豊富なノームを頼りにしてる盗賊より』とだけ書く。
『知識豊富なノーム』って言われると、ギーチャンは舞い上がる。顔に出さなくても、耳が広がって、ピクッとするの。
それを知っててこんな風に書くのは、一緒のパーティだったアタシやキマル達だけだから、これで通じるって訳。
伝言を託したあと、アタシは疲れていそうなメバルさんを寝かせておきつつ(よくある事みたい)、声量を押さえて聞いてみた。
「ところで、レーアちゃんも一緒でいいの?」
親の許可とか、テイ=スロールが一緒ならいいのかとか、そういうお貴族さんの決まり的なものが心配で聞いてみたのに。
「いいのよ。ひつようだと思ったから。わたしのちょっかんは当たるのよ。」
むふん、と胸をはる幼女に断言されてしまった。確認するように周囲を見回しても、
「その通りです。レーアがそうしたほうが良い、と判断したことであれば何も異論はありません。」
テイ=スロールはそう言う。
そういうもんなの? 孤児院だと、こんな年頃の子なら、同年全員で守らなきゃって使命感で全員団結するんだけどな。
顔に出してないつもりだったけど、疑問は伝わってたみたいで。ボリスがちょっと意地悪そうな笑顔になった。
「村に来たら、もっと驚くかも知れませんね。小さな神々や聖者は、割とその辺に居ますよ。それこそレーアのように身近にいます。」
「一所懸命、神学上問題含みな発言をスルーしてたのに!?」
「えっ。」
「ええー」
おいおい、アタシが抗議したら驚くのはそこなんだ。そしてレーアちゃんまで傷ついた表情になるのは、何でなんだ。
混乱してると、またメバルさんがのっそり顔をあげた。
「認識がすれ違ってるのだ。マーエは孤児院の育ちだが、神官として育ったわけではない。神職に話、聞くとよい。」
「あー……まあその通り、です。」
「メバルは今は疲れてるから、できないけど。」
それだけ言うと、ぼすんって。もう我慢しない感じで突っ伏しちゃった。その背中を、ボリスがそっと撫でてる。
明日は『村』へ一日出かけるってことで予定をすり合わせる。仕事始めの鐘のころにスロール商会へ集合することになった。村には泊まれる場所もある。ご飯も出るから安心して、ってことでアタシが持ってゆくものも特別ある訳じゃない。普段通りの装備で来てくれればいいよ、という感じで話はすぐ終わった。
≪街の子≫が返事持って来るまで、もっと待とうかなって思ってると。店員が衝立のかげから伝言の木簡を差し出してくる。
「ギーチャンからだ」
「質問です。誰ですかそのひと。」
「前のパーティにいた学者だよ」
テイ=スロールとは気が合うんじゃないかな、とちょっと思ったけど。思ったとたん、レーアが凄い顔してたので言わないでおく。
表は『知識を求める盗賊様へ』と、ギーチャンのきちんとした文字が並んでいる。中を見ると、前に行った店の名前があって、夕暮れの鐘のひとつ後を指定されてる。
待ってた返事もきたことだし、時間まで孤児院、てか≪万神殿≫に行ってみよっかな。
手持ち、残り銀で5994(+19000)枚と銅0枚。
レーアの顔:眉間にはすごい皺が寄り、クッと前歯で下唇を噛んだ上に、顎にまで緊張の皺がはいっており、目はほぼ白目剥く勢いで睨みつけている。可愛い顔でやってほしくない表情のひとつ。
孤児院で育つからって、神学的問題に詳しいわけじゃないですからね。
次回は≪万神殿≫です。
お読みいただきありがとうございました。




