イケメンの基準が変だった
手持ち、残り銀で6006(+19000)枚と銅3枚。
厄介の中身の手がかりをつかむ回です。帝苑緑林は有名な喫茶店で、冒険者の利用が多いところです。
≪风灵≫はその名の通り、風の精霊が得意な精霊使いがやってる茶房で、冒険者の利用が多いところです。てか、この街の外食産業は冒険者利用が大半です。
一瞬めまいがした。
いっそこのまま、一歩下がってそのまま、背中向けて逃げ出そうかって誘惑に駆られた。
けど、アタシは諦めない。諦めるもんかっ。だって折角会えたのに、最初から拒否されたり、こんな風に疑われて、引き下がるわけにはいかない。
まだよく知らない、知りたいって思ってるから。
一歩下がろうとする自分を止めて、代わりに踏み込んだ。
「いいとこで会えた。せっかくだし今からお茶でもしませんかっ!」
「えっ、あ、はい」
よし。
相手が深く考えずに反応したのに付け入ってるって、ああそうとも、付け入るに決まってるでしょ。
シノビがどういうものかは知らない。けどシアバスさんが『消えるな』とか言うんなら、消えさせるもんか。踏み込んでるって自覚はあるし、ちょい恥ずかしいけど、手首を掴んで表ドアから通りに出る。
幸い、彼は『消える』ことなくついてきた。
よしよし。
ひとや騎獣や荷車を避ける流れにのりながら、歩いて離れること1ブロック。曲がり角にさしかかるところで足を止めた。
「どこか行きたい店あります?」
「ひゃい?」
あっ固まってる。アタシが振り返るとは思ってなかったか。
ちょっと可愛いとか思ってる場合じゃなくて。…なくて!
こういう時こそ普段は行けない有名店とか提案だ!
「だったら≪帝苑緑林≫ていう」
「そこは嫌だ!」
大きな声で遮られて、アタシも固まった。嫌とまで言われるってなにごと……。
アタシのびっくりを見てハッとしたリクミさんが、掴んでないほうの手をパタパタ振る。
「や、あの、ここの近くだったら、フェンリンとかあるです。案内します。」
フェンリン。古代帝国語でいう『風の精』、って意味か。
態度にひっかかるものを覚えたけど、アタシはにっこりして、ご案内はおまかせしたのだった。
≪风灵≫と書かれた看板の茶房は、ほんとに通り2つ隔てただけの近場だった。半分くらいの仕切りが、ひとで埋まってる。看板脇に『代書屋在』と張り紙があったとおり、奥の仕切りに代書屋さんが開店中。そういう季節だし、そろそろ恋文とかの注文がふえるんだろうな。
アタシたちも仕切りのひとつに向かい合って座り、お勧めセットを注文してた。
茶が届くまでのあいだ、気楽に話せることだけ──≪迷宮≫の変化度合いがどんな感じだった、とか、今日はどんなバイトしてたんですか、とか。話してみて気づいたんだけど、リクミさんて普通に喋れるのに、緊張すると敬語になるんだなぁ。
やってきた錐葉モンマの茶を手にして、いざ。
一番聞いてみたいことを、尋ねるのだ。
「リクミさんて、今つきあってるひと居るの」
聞いた。
聞いちゃったぞ。
よくやったアタシ。
今日一番の快挙!
内心、自分で自分を褒め称えてると、正面に座ってるリクミさんの顔つきというか、まとってる空気が、お日様を雲が遮ったみたいにさーっと暗くなっていく。
聞いたらイケナイことを聞いちゃった、のかな。
や、待てアタシ、ここは不用意に動くといけない感じがする。相手に話をさせてみるほうが良い。
内心のじりじりを顔や態度にださないように待ってたら、俯いてしまって、ほとんど髪と鼻の頭しか見えないようなリクミさんから声がした。
「こんな不細工のクソダサ男に、そういう浮いた話はございません……」
「え、でもそんなに言うほどじゃ?」
また敬語になってる。さっきの「あり得ねー」発言もそうなんだけど、あれももしかして、
「もしかして、『好きです』って告白されて喜んだら『嘘でーす』ってからかわれたりしたことがある?」
孤児院ではあるある話です。
「…………」
そっか、あったんだね。
「盗賊とかレンジャーにありがちな話だけど、自分にだけ態度違うし、気があるのかなって思ってたら、『あいつ何かノリが違うんだよね』『こっちも距離感じて敬語になるしかないよねー』みたいなこそこそ話が、聞くつもりなくても聞こえちゃったりすることがある?」
ちなみにこれは、師匠から聞いたお話ね。
「………………」
重い沈黙が答えだった。
分かる、分かるけど、分からないこともある。
何でもはいる鞄から、余ってる繊維紙と、木炭を取り出しつつ聞いてみた。
「あのさ、さっきさ。自分のこと不細工って言ってたけど。どんな感じだったらイケメンになるの?」
「……はい?」
よし、顔をあげてくれたな。この隙にちゃちゃっと線を引いていくのだ!
「具体的にはどういう感じだったら美形なのかなって、思って」
と、彼をモデルにざっくり目鼻を書き込んだ紙を見せてみる。「手早いのに上手いね」ってちょっと笑ってくれた。それからうーん、と唸って。
「もうちょっと、目と目の間が開いてるかな」
「ふむふむ(しゃかしゃかと描きこんでみる)」
「それでこう、顎の線がこう細長くなってる」
「ほうほう(しゃかしゃか)」
「あ、もっと目がこっちとこっち離れて。目は細い方が良いんだよ、オレみたいなギョロ目じゃなく、ああ、そんな感じ」
「ええっと……、このくらい離していいの?(しゃかしゃかー)」
「そうそう。それで唇は薄い方が良いんだよ。」
「へ、へぇ……」
出来上がったのを見せると、リクミさんは「そうそう、こういうのがモテ顔っていうやつ」って頷いてくれる。
けどこれってどう見ても、アタシには『魔鳥』の一種(名前がでてこない)を、無理やりひとの顔に近づけたやつにしか見えない。蹴爪が鋭くて、逃げ足も速いのに、とんでもない勢いで急旋回して飛び蹴りしてくる。
心の中に、『リクミさんのイケメン基準は変』とメモしておいた。これは本人より周りに向けて情報集めた方がいいな、とも書き足しておく。
お茶請けのヒマナッツをかじりながら、次にいつ会えるだろう、と考えてしまう。明日と明後日は、仲間たちと村に行くから無理だろうし。
情報集めには、1日、できれば2日は余裕が欲しいし。
などと考えながら、魔鳥をどうかしたような絵をリクミさんに見せて、宣言しておく。
「あのね。アタシ、リクミさんのこと、不細工とは思ってないから。誰かに言われて、こうして一緒にお茶してる訳じゃないから。」
「はひ?」
なんですかその『図星』って顔。ちょっと可愛い、とかまた思ってしまったじゃん。
「顔がどうこうはさておいて」
「は、はい」
「明日と明後日は別件で予定埋まってるんだ。だから、3日後に二人でどっか行きませんか。」
「あの」
「アタシは演劇とか好きだけど、リクミさんは何が好きですか?」
「や、あの、ちょっと、近い!?」
おっと、つい卓上に身を乗り出してしまってた。
二人とも居住まい正して、咳払いとかしちゃったりして、仕切り直し。
考える顔になったリクミさんが言うには。
「オレはよく、講談に通ってる。追いかけてる続き物の話があるから。良かったら行ってみ…」
「行きます」
って言ったら、ふふって声にならない笑いを誘ってしまった。自分でも勢いよすぎたと思う。
日程は道場経由で伝言しよう、ってことになって、茶房の前でお別れしたのだった。
手持ち、残り銀で5998(+19000)枚と銅3枚。
お茶代でちょっと減りました。
今回出てきた「イケメン」、イメージしやすいのは、福本伸行(『賭博黙示録カイジ』とか)の顔に、糸目で、目はほぼ頭の両側近くに移動した感じ、です。
どこのどういう民族の基準だよ、についてはまた次回以降の情報収集で明らかになる……といいですね!
お読みいただきありがとうございました。




