秘密の一つは紙
手持ち、残り銀で5116(+19000)枚と銅3枚。
モー(無い)+ベレ(油)で、油っけの少ない筋張った茎のまっすぐな植物です。
これまでにも出てきたベレバ菜は、ベレ(油)+バ(葉っぱ)で、絞って油取るよりそのまま食った方が美味しいよねこの菜っ葉、と広まった植物です。
ネイゲンは那根、『あの根っこ』という意味です。
アタシは心を決めた。
「知らないままでいるのは嫌。何かしら、重大な話とか案件とかありそうなのは分かった……んで。そういうのがあるとして、アタシは巻き込まれる覚悟が、できたから、教えてくれていいよ。」
本当のところは覚悟っていうより、心の中の引っ張り合いが緊張しきって動けなくなった状態って言うか、なんだけど。それはわざわざ伝える必要ないよね。
そして、誰かが何か言い始める前に、アタシは心臓の上に手を置いた。
「この心臓と、≪千匹の仔を孕みし黒山羊≫さまにかけて、誓います。皆が秘密にしてほしい、と言ったことを、アタシは明かしません。」
「……!」
あっ、テーブル全員が引いた。
いいんだ。相手を上回る速さで決断したのを示す。そこに意味がある。なぜなら、ここまでの厳重な誓いを立てたら、たてられた側だって無碍にすることはできないんだから。
一番早く立ち直ったのが、ボリスだった。
「良いでしょう。そこまで言っていただけた以上、僕たちの側も隠しごとはしないことにします。」
まで言った後、考える顔になった。なって、そして一呼吸おいて、
「……ん~~とですね、え~~~……」
(たぶん)何から言おうか悩みだした。
締まらないなぁ、と笑いだしそうなの半分、ほっとしたのが半分で、試しに質問を投げてみる。
「一番聞いてみたいのが、今日のメバルさんのあれ。司教のジャなんとかさんに、提案しかけてたのをボリスが止めたでしょ。何がいけなかったん?」
「ああ、それなら。テイ=スロール、話してもらっていいですか。」
「り、了解です」
名前を呼ばれて立ち直ったウィザードが、なんでも入る鞄から繊維紙を取り出す。その紙を一枚、差し出してくるので受け取った。毎度ながら、その辺の銅貨で贖う繊維紙よりずっと肌理が細かくてサラサラの、上質なヤツだ。
「説明します。この紙は、スロール商会および北端の名も無い村の共同で作られた繊維紙です。今のところ、ク=タイス市内で扱っているのはスロール商会を通した店だけです。」
「へえ、手広くやってるんだ。」
「はい。本品は製法が特殊です。都市内部では無理です。機密保持の点からも、大都市からは離れた土地、かつ、全員が同意していなくては製造を維持できません。」
「その『機密保持』の理由、話してもらえるんだよね?」
「当然です。誓いを立てた者に、嘘はつきません。」
テイ=スロールは真面目な顔つきで頷いた。
「おおよそ二百名が協業して、この紙、そのほか様々な産物の生産体制を作り上げています。これら様々が密接に関係しているため、全てお話すると日が暮れます。繊維紙に絞ってお話して良いですか。」
「あ、はい」
「この繊維紙ですが、通常のモーベレやネイゲンからは作りません。樹木から作ります。秘密の一つです。」
「はい?」
モーベレ(まっすぐな茎の植物、沢山とれる)とか、ネイゲン(こっちは根がまっすぐで沢山とれる植物)は、駆け出し冒険者でもモノを知ってれば集められる植物素材だ。『迷宮』から冒険者組合が買い取るのが主流。だっていちいち栽培すると際限なく広がるから、専業で栽培してる所以外は手を出さないっていう……。
けど、樹木ですと?
「樹木を特殊な方法で細かく……細かくして性質を変化させ、紙にしています。済みません、言葉で説明できるのはこのくらいです。見た方が早いと思います。」
どんな樹木をどうやって『細かくして』『紙に』するんだろ?
疑問ていうか好奇心で頭がいっぱいのアタシを他所に、テイ=スロールは仲間を振り向いた。
「提案です。これから村にお連れして、見てもらった方が良いと考えます。どうでしょうか?」
すごい良い提案、と思ってそうなテイ=スロールだったけど。横から、笑いまじりにウォーリアが。
「こら、待ちなよ。話が早すぎてマーエがこんがらがってんじゃないかい」
ヨアクルンヴァルはエールを飲もうとして、ジョッキが空なのに気づいて、テーブルに置く。
「要はさ、ク=タイス領北端のある村じゃあ、テイ=スロールの実家と協力して、あと私らや村人が頑張って、普通じゃない方法で紙を沢山作れてるってことさっ。それを使った、写本づくりや、簡易な木版本づくりもやってる、って言やあ、メバルが何を言おうとしたか分かるんじゃないかい?」
そこまで言われればアタシだって分かります。
「木版本……、書肆や版元を通さずに著者と直接契約して、利益独占できるってことかな! その著者が不死者だとしても、別に宣伝してまわる訳じゃないなら問題ないし! あの書庫いっぱいの版木を借りてきて、刷りなおしするだけでも相当珍しい本が」
「あー、まぁそれもそうなんですが。」
お金もうけ計画に熱中しそうなアタシを、苦笑いのボリスが現実に引っ張り戻した。
「司教ジャ■ー■を説得して、出版を事業とするにしても、実践するには、ひとが足りないのです。これが、マーエに色々明かす最大の理由です。」
「ひとが足りないから、アタシにも手伝ってほしい?」
「半分はそうです。もう半分は、実際に村を見て、手伝う気になってくれたら、明かします。とにかく、事業化できると確約できない段階では、いかなる情報提供も、提案もすべきではないと思っています」
ん……? 「もう半分」言ってる時のボリス、なんか照れ臭そうだぞ。何がどうしてそうなるんだ。
でも今からってのは、ちょっと待ってほしい。
「あっでも、今から出かけるのはちょいと待って。伝言があるか無いか、確認したいのが一個あるの」
「ほほう」
全員が「分かってるよ……」って優しい目をしたのは見なかったことにして。
手早く会計して、今日の分け前は銀貨890枚。一刻後の鐘か二刻後の鐘までで、『金熊亭』に再集合しようってことになった。優しい視線に送られながら、アタシは『肌肉健肯』道場を目指したのだった。
手持ち、残り銀で6006(+19000)枚と銅3枚。
前回のどうでもいい設定は特に意識しないで良いです。つつかれてもお答えできかねる。
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