パーティ全員の合意形成が必要です
手持ち、残り銀で5116(+19000)枚と銅3枚。
今回の合言葉は、大好きな李白の詩、『酒を把って月に問ふ』の一節です。李白さんらしい、酒に絡めた内容です。人は流水の如く、明月を見ながら去って逝くのですが、月は今も昔も金樽のうちを照らしてる。そこに諸行無常を感じるのです。
司教は「何も聞かなかった」風に、隣に座る霊の肩のあたりを撫でた。
「貴殿ら冒険者が、この施設を未発見ダンジョンと見做しただろうことは想像に難くない。」
言葉遣いは穏やかだし、霊圧を感知できなかったときみたいな暗黒の気配もない、のだけど。その言葉に、アタシ含めてパーティ全員が緊張した。
何故って、アタシたちは『無人で、放棄された、未発見ダンジョン』を探索しにきていたつもりで。今こうして、不死者の司教と向かい合ってしまったら、もうここは『有人で、放置はされてたけど既存の施設』なわけで。
これはアタシの勘なんだけど、他の四人にとって、
「じゃあ、今からこの不死者ぶち倒して、幽霊も除霊してしまえば、『無人ダンジョン』ってことになるよ!」
という発想は出てこないと思うんだ。
勘だけどね。
そして、やっぱりというか、勘は的中した。「誰が話す?」「僕がいきましょう」みたいな視線が一瞬のあいだに交わされて、ボリスが小さく咳払いした。
「おっしゃる通りです、司教。だがこうして、所有者である司教がおられる以上、我々は施設を荒らしたり、略奪とされるような行為は慎むつもりです。」
丁寧かつ堂々とした物言いに、司教の真っ暗な穴みたいな目の上、白い眉が「ほう」と持ち上がった。ここから何がしかの交渉とか始まるのかな。そんな予測で、アタシは成り行きを見守る体勢になってた。
なってたのに。
「ただ、我々は情報を整理して意見を調整する必要があります」
ん?
「マーエ、地図出してください。これまでに書いた分だけでいいので」
「は、はい!」
地図って、大事な情報を渡しちゃっていいの。
逡巡はあったけど、アタシは返事しちゃった勢いで、繊維紙に書きつけた地図を引っ張り出して渡していた。それを二人で見ながら、ボリスはここが崩落していて、ダイア・キンケイの骨や卵殻で埋まってるとか、ここの出入り口からやってきたんだ、とか説明してて。
出入口、の説明が済むと、不死者は「ちょっと待ってくれ。」と片手を挙げて制した。
「そこは非常時の脱出路として整備してあったのだが。」
言葉の意味が掴めなくて、ボリスが機械的に単語を繰り返してる。
「ひじょうじの? だっしゅつろ?」
「そう。敵を作った覚えはなくとも、≪塵を踏むもの≫の教えや、教団の行いを快く思わぬ者は居るのでな。二層≪夜≫の中に脱出し、≪コリウォンの迷宮≫経由で安全な場所へと移動する手はずとなっておった」
その説明で、アタシは納得できた。≪万神殿≫の建物は、沢山の棟が寄り集まってできた巨大な建築物だ。中身もそう。
外側から見れば、建物も、神官や僧侶(宗派によって呼び方がまた違うんだ)の組織も、ひとまとまりに見える。
けど中身の教義って、突き詰めちゃうとお互いに矛盾してたり、お互い攻撃する、されるに値する根拠があったりするわけで。同じ器に水と油、って感じ。溶けあったりしない。
目立つところで殺し合わないだけで、目立たないところでは『行儀の悪い事』をいっぱいしてる。しあってる。そういう『行儀の悪い事』をするのが、教義の一部な宗派もあるからだし、されないように逃げ回ったり、こっそり活動する宗派もある。
30年の空白はあるとしても、ク=タイスの街の中で、≪塵を踏むもの≫の名前も教団の存在も全然知られてないってことは、巧妙に隠れてやり過ごす系だったのかなぁ。
……ということは。
「じゃあじゃあ、非常用じゃない出入り口もあるんですか?」
つい訊いてしまったら、不死者は
「あるとも」
と言って、アタシが調べてない場所。書庫の手前の長い通路の先を、カリカリと木炭で書き込んでくれた。通路はずっと先で左に曲がって、もう一度折り返すように左折して、その先に2つの部屋になってる。手前が出荷用の本や、搬入した荷物を置く倉庫。奥の縦長の部屋が、転移魔法陣のある部屋、なのだけど。
説明しながら、不死者は長いツメで、なめし革みたいなこめかみをひっかいた。
「転移魔法陣が動くかどうか、は保証しかねるな。実験するにも備えねばなるまいて」
「30年使ってなかったら、そうなりますよね……。」
ボリスの言葉に、アタシ達は頷いた。不死者が言うには、街の中にある書肆の一軒が、いわゆる教団の運営してる店で。そこの倉庫内に出入りできるよう、転移魔法陣が置いてあるのだとか。
うーん。
30年放置してて、しかもその30年前って、ひとがバタバタ倒れて死んだ疫病の年だった訳で。きちんと建物が残ってるのかどうか、ってとこからして、もう不確かなことになってそう。
一応、アタシは通りの名前と、建物の場所、書肆の名前をメモさせてもらった(メモはしたから覚えきれなくてもいいんだよっ!)。
その後は、これからどうするのかって話になって。
司教は、まずここの施設内部を見て回って、再建計画を作るつもりだと言った。
んで、ボリスは変だった。
煮え切らないっていうか、「話せることと話せないことがあって、どこまで話したらいいか判断つかないから、はっきり言えることだけ言おう」みたいな躊躇ってる感じがしたんだ。丁寧にゆっくり話してるだけ、ともとれるんだけど、言葉ひとつひとつ、口に出す前に頭の中で何かしら「言ってもいいかどうか」ちょっと考える間があるって言うか。
それと、ボリスさんは意図的にアタシを見ようとしてないの。それって、「言葉を選んでる原因」がアタシにあるってこと?
うーん。このパーティに加わるときに交わした約束が、関係あるのか……あるんだろうな。
安全のための条件は3つ。
彼らの外見や名前を他所にばらさない。
彼らと仕事してること自体、孤児院にもほかのひとにも内緒(ただ、スーファン先輩とかには、なし崩し的にバレてる)。
それと、≪街の子≫は味方だから邪険にしない。
あの時「アタシの安全のため」って言ってたんだし、そこに嘘はないと思う。ないからこそ、この場でも、アタシに聞かせたくない内容を避けるよう、言葉を選んでるのかなって。ちょっと思った。
そういう言葉選びをしながら、ボリスは、
「明日、明後日はどのみち、探索を休む予定でした。実は家の掃除が気になるのです。」
って、社交的な笑い声を立てて。司教もそこは心得たもので。
「私もアツィキとともに、再建計画立案に専念するとしよう。まずはこの施設の掃除からせねばならんと思っている。」
と言って、ふと。なんか思いついたらしい。
「ここを再訪する予定であれば、合言葉のようなものを決めておくとしよう。貴殿らが二層≪夜≫を来た方法は、後追いは難しかろうが、『何事にも絶対はない』からな。」
「合言葉……デスカ」
おおっと、アタッカーの社交的な顔がひきつったぞ。アタシは頭の中のイロイロ詰め込んだところをひっくり返した。劇とか、講談とか、歌とか……ああでも、今の流行りものじゃだめか。
そだ、昔っからある詩とかなら、不死者も知ってるハズ。
「こういうのはどうかな、『今人は見ず古時の月』って言ったら、『今月はかつて古人を照らせり』って返すの」
「それは『酒を把って月に問ふ』の一節。知っているのですかマーエ!?」
「テイ=スロールも知ってた?」
「それはもう。」
ウィザードが割り込んできたけど、司教もちゃんとこの詩は知ってた。お酒の出る席にはつきもの、ってくらい有名な詩だもんね。
合言葉を決めると、アタシたちは通路を引き返して、「アレって何?」でダンジョンから抜けだし。一層の途中で、
「お願いです。テルチワーンを1体倒そうと思うんですが、できますかね。■■■に頼まれました。」
ってテイ=スロールの頼みで寄り道&楽勝でぶち倒し、街のいつものご飯屋さんに戻ってきたのだった。
そうして昼食のテーブルで、ヨアクルンヴァルはおもむろに宣言したのだ。
「腹もふくれたし、マーエをどうするか、ここらでしっかり話し合っておこうじゃないか」
手持ち、残り銀で5116(+19000)枚と銅3枚。
国立国会図書館デジタルコレクション、『漢詩大系』が読める。しゅき……。
お読みいただきありがとうございました。




