出版は儲かります
手持ち、残り銀で5116(+19000)枚と銅3枚。
今回のエロ本タイトルは、『フランス書院オールタイムベスト100』を参考にしようとしてパラ見しましたが、参考にならなかったため、結局自分で考えました。
2023/04/10 誤字を修正しました。
「霊圧が……感じられない。私は。……独りになって、しまった……」
もう一度呟く、司教ジャミーカ。
その声が、か細くて聞き取りにくいのに、陰々とこもった響きになってきた。
あっこれ、この気配、やばくない? という直感が働くのと同時に、アタッカーが剣柄をぎゅっと握るのが目の端に見えて、アタシは、
「あれー! でもさぁ、隣の版木がある部屋に、幽霊みたいなのが居たよ!?」
って無理やり明るめに、大きい声を出した。
「……まことか?」
「ん。ちょっと行ってみて。霧みたいに白っぽいのがいて、すっごく弱々しい感じだった。ここからじゃ分からないんじゃないかな、行ってみようよ、ねっ!」
「あ、ああ……」
警戒こそしたけど、これ以上、不死者の気分が悪化しないようにしたいって想いで。乾いた木みたいな手を引っ張って(手触りもまんま乾いた木材だった)、立たせるとついて来るから、そのまま版木でいっぱいの部屋に戻る。
入るなり、白いもやみたいな霊が(背後で誰かが「ヒッ」って、小さく息を吸い込んだ)、ゆらゆら揺れながらやってくる。くるなり、アタシの横に立つ司教の足元に、縋りつくみたいにわだかまる。
ひと呼吸おいて、そのもやに覆いかぶさるように、司教ジャミーカも膝をついた。仲間たちは、緊張はしてるけど見守ろう、って感じで一歩後ろにやってくる。
アタシからは俯いた背中しか見えないけど、
「アツィキ。そなたは、死してなお忠実なる司書である。」
白いもやを、撫でさする司教の声は優しかった。
ほっとしたら、横にメバルさんがやって来た。
「この霊魂。もしかして、≪塵を踏むもの≫の信徒であるのだ?」
「然り。この者、もっとも若年で、身体の成長に問題を抱えておった。しかし何故死んだのだ……何かご存じか、≪深淵に眠る御方≫僧侶どの。」
「うん」
司教は、もやもやした霊を傍らに座らせ、アタシたちも一緒に(ヨアクルンヴァルは霊から一番遠くに)座り、三十年前に流行した疫病のこととか話して聞かせ、司教はこの≪塵を踏むもの≫施設のこととかいろいろ教えてくれた。
≪塵を踏むもの≫の教え自体は、前にも僧侶が言ってたように、善行をしたら、最終的には自殺を許可してくれる内容だった。けど、人生の負債を清算しなきゃいけないという≪始源にして終末≫とは違ってた。≪始源にして終末≫は、人生の負債を返すなら、奉仕労働とかできなきゃいけないけど、≪塵を踏むもの≫はそもそも労働とかができない、障害を負って生まれた者や病気の者も受け入れる。
ここでの勤行は小さく分かれてて、『紙を切って整える』とか『文字を書く』とか『版木を作る』とかだ。手や足が悪くても、動くところを使ってできることをする、という方針なんだって。
その話がでたとき、ウォーリアが、
「首から下全部が動けない者も居たんじゃないかい?」
真剣な表情だった。ジャミーカがそれを見たのかどうか、真っ暗な眼窩だから良く分からなかったけど。
「居たとも。受け入れたとも。信徒同士は助け合うのだ。絶望することだけはあってはならない。
必ず助けはある。助けを得られ、なおかつ穏やかなる救済を望むものに、≪塵を踏むもの≫は降りてくださる。
その為に、銀貨もたくさん必要だった。機人技術を導入しようと思っていたのだ。ついぞ叶わなかったが……」
「機人は簡単にゃ成れないさ。伝手があったなら別だがね」
そういや、ヨアクルンヴァルは息子さんが機人だったんだっけ。伝手っていうとき、ちょっと複雑そうな顔をしてた。
ジャミーカは、寂しそうに頷いた。
「うむ。伝手ならあったのだ。今もまだ存在するかどうかはさておき。そもそも、信徒も弟子たちも皆、死に絶えた今となっては」
そう投げやりっぽく言う隣では、白い霊魂が、はっきり抗議してると分かる動きで、腕? を振りまわしてて。「違う違う、ここに一人いますよ!」って感じで、微笑ましい。
司教もそう思ったらしく。
「そうだな、皆ではないな。ここに忠実なるアツィキも居る、私も居る」
微笑んで(干からびてたけど表情は分かった)、アツィキさん(霊)の肩に手を置くと、霊の動きは静かになった。
そして話を戻すと。
版木にあったような実用むけ書だけじゃなく、色々な本をだしてすごーく稼げてたんだって。例の開けられなかった扉の奥には≪黒山羊≫さまの結婚手引書みたいな性愛の極意本とか、もっと娯楽むけの。
「『光る双丘の奥に』(男性の好きな男性むけ)とか『私の剣は無敵です』(男性も女性も好きな男性むけ)とか?」
「おや、メバル殿は古典にもお詳しい。我が著したもので挙げれば、『花は蜜に傾く』『姫に忠実なメイドは一人だけで良い』などございます」
タイトルからして、女性が好きな女性むけぽいな。
「≪深淵に眠る御方≫教会でも、出版行われてたのだ」
出版事業は、どこの宗派でもやってることだけど。
カップルむけ手引書にはあまり「娯楽!」って感じのは少ない。現実それをやったら犯罪になるような内容は、宗派名をださないで、著者名も偽名にして、街の書肆やオトナのお店、≪万神殿≫でも一般お土産コーナーに置くっていうヤツ。『娯楽本』って体裁を守ること、とかいろいろ決まりはあるけど、中身は自由であるべし、っていう本で。
そういう本が、ここはいっぱいあるってこと、あーなるほど。
「理解しました。儲かりますよね。」
テイ=スロールがようやく理解できた、って頷いてる。会計書の中には、どういう本を売ったか書いてないもんねぇ。
ちょっと今後の参考に読みたいなぁ。いやいや誰かとそういうこととかどうこうするとかじゃなくって、ないから。アタシにはまだナニも無いんだってば。
頭の中で妄想打ち消してると、ジャミーカがこんなこと言い出してた。
「できることなら、この施設を再建し、未完の書籍を世に届けたいものよの……」
それでふと納得がいった。
そっか、この不死者の中には、邪悪なことや考えなんか全然ないんだ。≪塵を踏むもの≫のためにやっていたことを、続けたいって気持ちだけ。だから光る防御呪文がかかった盾にも、触れてもなんともなかった。
納得してるアタシの脇で、
「あっ、それな」「メバル待って!」
何か言いかけた僧侶を、アタッカーがめっちゃくちゃ焦った声で止めた。
ん? って口を閉じたメバルさんに、ボリスが緊張した顔で(つまり怖い顔)素早く首を振る。それで何かが通じたらしく、メバルさんは
「うん。何でもない。」
って、それきり黙ってしまった。
手持ち、残り銀で5116(+19000)枚と銅3枚。
この『世界』の神々は、≪無軌道な生殖≫を歓迎してはいませんが、≪貞潔≫とかを推奨してもいません。どちらかといえば逆のことを歓迎しています。
それでも社会を維持していくための仕組みが存在していますが、ほら、ほのぼのファンタジーにそこまで厳密性は無いから。てか現実世界だって無理やり回してるじゃないっすか。ね?
お読みいただきありがとうございました。




