アーチの先へ
手持ち、残り銀で5116(+19000)枚と銅3枚。
都市内部ですと、何かしら他人とトラブル起きる可能性とかありますからね。馴染みのない路地とかは危地扱いです。馴染みのある迷宮内部のほうが安全まであり得ます。
ボロ布を脇にやって、アーチの先へ進むと、すぐ分岐に行き当たった。左手のほうへ延びる通路と、このまま直進する通路。左手側は、あのダイア・キンケイの骨でいっぱいだった場所へ通じていそう。
角から調べられる範囲じゃあ何もない、ってことを確認後、メンバーにそのことを告げると。
「こっち、もう知ってる場所に通じてる通路よりは……」
ボリスを筆頭に全員、
「全然知らないほうへの通路が気になる。」
という結論になる。これが街の中だと逆に、知らないほうの路地とか行きたくないけどね。
60フィートも行くと、光の輪の中にまた、アーチが現れる。こっちの掛け布は金具にまだ引っ掛かってた。こうなると気を遣うんだよね……向こう側に何か居るか、気配はなし。布自体は普通の厚手で、色ははっきりしない。黒っぽく染めてたんだろう。カビでひどい匂い。
小さい楔で、アーチ脇の壁に布を留めて見通しを良くしておく。
それから少し進んだ先も、同じようなアーチがあって。内側はほぼ、正方形の部屋。アーチのあるのは、南西の隅。で、そのほぼ正面に金属補強のついた扉。
右手の空間は、何かの控えの間なのか会議室なのかって感じ。背もたれのついた椅子が5脚ずつ、長いテーブルをはさんで合計10脚。東側の壁沿いには棚が作りつけてあって、埃まみれの箱とか、包んだものとか置いてある。北側の壁ぞいも棚で、棒を突っ張って何かぶら下げるような、衣類とか掛けとく用。埃の積もった、あとカビの匂いのするローブみたいなのが7着くらい、木製ハンガーに引っ掛けてある。下段にはボロボロの革サンダルが3足あるし。
棚の横、ドア脇には、陶器製の手洗い水盤があった。下の扉を開けると水受け樽が置いてある(中を覗くと、黒っぽいカビ?埃?みたいなのが底の方にこびりついてる)。
視線がドアのほうに向いてしまう。この先は、きっとこの施設のなかでもとても偉いひとが居る場所だわ。≪万神殿≫とかでも、手足を清めてから会わなきゃいけないレベルのひとっていうと……司教や施設長とかだもの。
緊張しながら調べたドアは、鍵がかかってなかった。油を差したから、スムーズに開きそう。
ドア自体は、うん、いいんだよ。ただ、アタシはその向こうの空間から、ただならぬ『気配』を感じてた。多分アンデッドで強そうで、でもってアタシ達には気づいてないみたい。敵意とか向けてきてないのは分かる。
入口のアーチで待っててくれてる仲間のもとへ、足音消してそっと戻る。まずはテイ=スロールに打診だ。
「魔力で探査とか、できる?」
即答しないでちょっと考えるのが、ウィザードのいいところだな。
「お答えしますと。探査自体の呪文はあります。ですが、探査呪文を照射されれば熟練の魔術師なら気づいてしまうでしょう。そうした照射を、隠蔽することができるか、と言えばできますが。今日の準備してある呪文には無いんです。」
「あー、朝に用意してなかったら無いってヤツか。覚えなおしとかも、時間かかるし魔力がとられるんだっけ」
「そうです。」
沈んだ表情で頷くテイ=スロールに、軽く肩を叩いてあげた。別に彼が悪いことしようと思って、今の状態な訳じゃないんだ。たまたま、持ち合わせの呪文が合わなかった、そんだけだもん。
よし。
「魔術の出番はまた今度でいいや。アタシが奥に入ってみてくる」
「明らかに強そうですよ?」
む、あの気配はアタッカーも感じ取れるくらいだったか。まぁ、そりゃあそうか。
「ヤバそうならすぐ逃げ戻るから。入口の脇で待機しててくれたら良いよ。」
待機の配置どうしよう、とか少し相談してから、アタシはドアをそっと押し開けた。外套の中だけで光を保つよう、手持ちの短剣は指一本の幅だけ、刃を引き出してある。
ドアと壁の隙間に体を押し当てたまま、しばらく闇に眼を慣らすことにしたんだ、けど。
慣らしながらも、視線がつい、目立つものに引き寄せられてしまう。それは白っぽい毛で。束ねてるんじゃなく、ぼさぼさのまま伸ばした髪が、バケツから水ぶちまけたみたいにでろーんと広がってる。うつ伏せに倒れてるのかな。
目が慣れてくると、毛の下には黒い、銀糸刺繍みたいな飾りつきの布が、これまただらしなく広がってる。布の縁から、枯れ木みたいな左手が伸びて、手の下に本の背表紙を置いてる。
本?
本だらけだった。きちんと角を合わせて積み重ねた本が、寝台と枕の高さのように造られてて。白髪のローブ着たひとは、その『本の寝台』にうつ伏せになって寝てる。
いや、待った。
姿勢でいえば寝てるんだろうけど、全然息してないね?
気配だけはあるんだけどね?
不死者、って言葉が頭の中に閃いて──それと壁画で見かけた、大司祭らしいひと。長い髪が白くって、上位の不死者って話。
思い当たってどきりとした、心臓の動きで何か悟られやしないかって、さらにドキドキしたけど。
不死者がガバリと起き上がって叫んだ、とかもなく。
ただ静かな中、アタシ一人が自分の心音を聴いてる時間が過ぎて。
目が届く限りの範囲で室内を観察すると、アタシは扉の隙間からそっと身を離し、音を立てずにドアを閉めたのだった。
手持ち、残り銀で5116(+19000)枚と銅3枚。
リッチな立地にリッチが徒歩で5秒の位置に!
次回はこの遭遇の続きです。
お読みいただきありがとうございました。




