やらかした、重大なミス
手持ち、残り銀で5129(+12000)枚と銅5枚。
お土産のことが頭からすっぽ抜けてたマーエですが、自分の特性のこともすっぽ抜けてました。お気づきの通り、相貌失認です。
アタシのやらかした、重大なミス。
アタシのダメダメな記憶力。名前と顔が覚えられないっていう……。
「ね、ね、シヤバスさん。」
「ほいよ。何だい」
動揺のあまり名前間違えたこと、怒らないでくれてありがとう。
ごくりと唾を飲み込んで、尋ねてみる。
「リクミさんて、さ。どんな見かけのひとだっけ……?」
そう。かつてアタシは繊維紙に名前を書きつけた。旅の間、何度も何度も取り出して、記憶に刻み付けた。名前だけ。
外見は?
……すっぽ抜けてます。確か助けてくれた時は、夜空色の装備で統一してたことや、木目のきれいな仮面付けてたな。
って、それじゃあ意味ない!
あっでも待てよ、匂いはちょっと覚えてるな。
って、近づくひと全員に鼻くっけてクンカクンカする訳いかないでしょがああああもう、アタシの馬鹿!
そんな自責思考が駆け抜けてるアタシを他所に、シアバスさんは「ちょっと待ってな」と受付脇の棚から、繊維紙をもってきてくれた。受付のインクを借りて、
「まあ、だいたいこういう感じでだな、こう……こんなんだ。」
考え考えしながら、書いてくれたのはいわゆる人相書き。
「ほら、コイツ持っていきな。」
「シアバスさん……」
「ほんの紙一枚だ、銅で3でいい」
「いやその、シアバスさん。」
「何だよ」
「これは何というモンスターを絵にしたものでしょうか。」
アタシの手に押し込まれた繊維紙には、楕円形の上に業火のようなインクがのたくって、その下に槍の穂先みたいな目……だよな、位置的に目だよな、って推理しなきゃならないようなモノが2つ、互い違いにはみ出してて、その下に茸がどうかなったような(おそらく鼻)が捩れてるという……このビヌトゥアの尾みたいなものは唇かな……。
流石にシアバスさんは、これを「リクミの人相書きだが?」としらばっくれるほど図太くはなかった。
しばし、沈黙が落ちて。
シアバスさんはフッと鼻で笑うと、
「絵とは、芸術とは、計算通りにいかないもんなんだな。」
天井の羽目板に視線を飛ばした。
つまり今の言葉はアレですか、「自分には似顔絵を描く技量はないです」という告白ですか。
あまりにもあんまりな『絵』もどきを手に、自分ってば、バカ! の自責はもうすっ飛んでしまってて。頭の中からっぽ。半開きになった口からも、「フッ」と乾いた笑いしか出てこない。
「フフフ……もう駄目だ。もお駄目だ。も一度会っても分からないまま、アタシは通り過ぎてしまうんだ……フフフ、さよならリクミさん……さよならアタシの初こ」
「わーっちょっと待った待った、計算外に絶望するんじゃないッ!」
乾いた笑いが、いつの間にか独り言になってしまってた。
それ聞いて慌てたシアバスさんは、慰めるためか、それとも周りの弟子や従業員の目を逸らすためか、色々約束してくれて。さらに「口頭でいいなら」と、あのひとの容貌を教えてくれたのだ。
「待って待って、この紙の裏に書きつけるから」
「急に元気になったな」
「はいこれ銅3枚!」
テイ=スロールが持ってるやつより、ずっと表面が粗くてペン先が引っ掛かりそうになる安い紙でも、いいのだ。アタシは一言たりとも聞き逃さないよう、集中してペンを走らす。
髪の色、目の色は黒。髪の後ろは首の半ばくらいで切ってる。目と目のあいだがちょっと離れてる感じで、目尻が垂れてる。背はアタシより中指一本くらい高い。
よしよし、これでもう忘れないぞ!
さっきのあれこれで、シアバスさんは、アタシとリクミさんの伝言を中継してくれることも約束してくれたんだ。『組合』に私書箱持てるような金持ちじゃないんで、これは助かる。
早速、もう3枚銅貨を渡して紙を追加し、伝言をお願いした。
『帰ってきました。今度お会いしませんか。大抵の午後は空いています』
すぐにお出かけしましょ! とか誘うのはできない相談だし、相手だって仕事してるんだし、うん。こんな感じでいいや。
手持ち、残り銀で5128(+12000)枚と銅9枚。
一方、ヒョウムとキマルのほうでもお話は動いています。冒険者チーム『ゆるふわ』は、活動場所こそ主に迷宮であっても、武力、あるいは暴力装置としての規模は相当なものですから。
お読みいただきありがとうございました。




