言語化は難しい
手持ち、残り銀で5129(+12000)枚と銅5枚。
マーエはこれまで生き残れた経験から、ほぼ無意識的に体が動くし、伝達もできるので。
逆にそれを言語化してほかのひとに伝えるのは、難しいと感じることです。
『なんでも入る袋』のお陰で軽々と運んだテルチワーン肉。夕食には間に合わなかったので、明日以降の食事でだされることになった。
今回の目玉は、肉より多いんじゃないかって量の脂身。
これを最初に鍋いっぱいに入れて、じっくり火にかけ、油を出してからが本番。下味と衣をつけた肉をいれて揚げるという豪華料理を作ってもらえることになったのだ。
下味を単純に塩だけ、とか臭み消しのベレバ菜だけにしておくと、ソースやら工夫できるし、薄焼きチャパティに挟んだり煮込みに入れたりと応用範囲が広い。
屋台とか、『これ何の油』って疑問を持たなけりゃ、揚げ物は食べられるけどさぁ。銅貨で買えるよーなのは本当、何を使ってるか分からなくて怖いんだよなぁ。
ちゃんとした油を『揚げる』なんて豪勢な使い方、ご家庭じゃ気軽にできない訳で。ではちゃんとした油を使ったのを店から買ってくることにしよう、って考えても、やっぱ高いんだよ。お金がかかるのよ。
そういう話をした後、
「だから明日になったら、揚げた肉を食べられるよ。それまでいい子で待てるかなー?」
子どもたちに問いかけたら、「はーい!」の大合唱が返事だった。
よしよし。育て親も、「よく言った!」て笑顔で頷いてくれてる。子どもたちと一緒に座って、テーブルの鉢から、煎りヒマナッツをつまんでると、両脇に寄ってきた子が、コートの袖を引っ張った。
「ねえねえ、このテルチワーンて、どうやって倒したの?」
おっと、これは。
見渡すと、同じテーブルの周りに期待の目、目、目。あー、みんな、冒険譚が聴きたいんだね、うん。
分かるよ。何故って、アタシもスーファン先輩がたまに遊びに来たら、「迷宮でどんな風にしてるの!?」ってしつこく質問してたから。
ただアタシは≪自由な盗賊≫であって、前衛たちとは違う立ち回りをする訳で。
「盗賊の戦い方、迷宮での立ち回りは、戦闘そのものじゃないんだよ。」
「じゃあどうやると、コイツみつけきれるのか、教えてよー」
右腕の脇から鋭い質問が飛んできた。
「知ってる。聞き耳で、足音を聞きつけたんでしょ!」
こっちは左側から、えっへんと胸を張るような回答。
よくやったねえ! と頭を撫でくり回したいのをぐっとこらえて、指の間でヒマナッツを一つつまむ。
「うーん、半分くらい正解。」
「半分!?」
「そ、半分。残り半分は、聞こえるもの以外から感じ取ったから。皆も修行をしていくと分かるようになるよ。」
壁や床からの、ちょっとしかない振動や、違和感、気配。そういうもの含めて『なんか違う』が積み重なると、『なにか居る』になる。そういうちょっとした情報を拾えるようになるのが、盗賊ってもんで。
でも、ちょっとしかない情報を、全部ていねいに拾い集めてたら、集中しすぎで頭がおかしくなっちゃうから、『何が危ないものにつながる情報で、何が無視してもいい情報か』を選り分けられないといけない。それも、無意識ってくらいに『いつもできる』ようになること。
集中は続けなきゃいけない、でも集中しすぎると発狂するような情報量を、いつも仕分けながら、手はしなやかに繊細に、足は羽毛のように軽やかに、いなきゃいけない。
「そういうのが、盗賊の仕事ってことになるかな。コイツを見つけたのも、『居る感じ』を光の外側から受けてのことだったし。」
師匠の受け売りを一通り話して、締めくくると。
「そんで!? 気がついたあとどうなったんだよ」
「話してー」
「聞きたいー」
「はなしてー」
あっ、質問終わってなかった。
「『居る』ことが分かったとしても、アタシが気づいたことを、相手にばらしたらいけないでしょ。慌てない、騒がないで対応しなきゃいけない。
ここで問題。
モンスターがやって来てるのに、気が付いてないで、油断してる冒険者に、隠れてるモンスターは何してくると思う?」
と、こっちから質問して考えさせることにした。「んん……?」てなってる間に、急いで自分の行動を振り返る。
だって遭遇してる最中ってば、自分の行動なんて意識してないもん。
こうするのが最適だ、と今までやってきた中で分かってることをその都度やってるだけで。ああしようこうしようを意識する前に体は動いてるし、仲間に何を伝えるかとか、いちいち言葉を選んだりせずにもう声にしてるし。
「はいはい! 不意打ちしてくるんでしょ!」
おや。これも左脇にいる子だ。この子ってば、冒険者志望なのかな?
アタシはクールに、唇の端で微笑むと頷いた。
「そう。テルチワーンは不意打ちしようとする相手の周囲に、暗闇を発生させてきた。例えば今この瞬間に、誰かが部屋の中全部を真っ暗闇にする魔術を使ったとしたら、みんなどうする?」
大きく腕をまわして、居間を示すと、子どもたちは暗闇を想像したみたい。うわぁ、とか、怖ぁい、といった呟き、それと小さい悲鳴がテーブルのあちこちから上がる。中には「逃げなきゃ」と言う現実的な声も。
「こういうのは、予想される範囲内だから。アタシは慌てなかった。慌てないのは、大事なことだよ」
「知ってる。慌ててしまったら、いつも分かることが分からなくなるって」
右隣の子が、真面目くさった顔で頷いて。アタシは相好くずさないよう、軽く頷く。
「そういうこと。モンスターは、アタシが泡食って騒ぐことを期待してた。なら、逆のことをしてやればいい。アタシは足音を消してもと来たほうへ戻っ──」
「えっ、えっ、どうやって暗闇の中で戻れるの。嘘でしょ」
「嘘じゃないんだなこれが。」
すでに見た景色、それも昔のことじゃなく、今この場で見た景色を、記憶のなかで逆向きに、頭に描いて、その中を戻ったんだ。
それから、仲間に符牒を交えて襲ってくる敵の数、不意打ちの内容、を手短に説明した話をすると、両脇にいた子2人は、神妙な顔で黙りこくってしまっていた。
この話は本当なんだろうか、子ども相手に話を盛ったのかも知れない。そう疑ってるような目つきで、アタシのことをそれとなく伺ってくる。
伺い見られてることに気づかない振りをして、通路の幅的に2体以上が同時に襲えなかったこと、後ろの1体に攻撃すると逃げようとしたことなどを話していく。特にテイ=スロールの活躍をね。
「前衛が強いのはそりゃあ良い事だよ。でも、それだけで、テルチワーンのため込んだお宝は手に入る訳じゃない。地面の下から来るモンスターのため込んだお宝は、地面の下にあった。≪豊饒の大地≫派の魔術師がいたお陰だったんだ。
もしここにいる誰かが、将来≪コリウォンの迷宮≫に挑むのなら、単に戦闘に役立つだけじゃ、生きて帰るのは難しいって覚えておきな。それに、おいしい肉をたんまり持って帰るのは、剣だけ、魔術だけじゃできないってこともね。」
そう締めくくると、子どもたちはいっせいにぺちゃくちゃ喋り始めた。
「とうぞく、すっごいねえ」
「たくさん入る魔術の袋かぁ……、いっぱい勉強したら作れるのかな。」
「でも倒せなかったら、宝も肉も手にはいんなくないか」
「それはまあそうだけどぉ」
窓の外が夕暮れ色になったのを頃合いとみて、育て親が「さあさ、マーエはもう帰る時間ですよ。」と声をかけてくれたので、アタシはそれ以上の質問攻めにはあわずに済んだ。
帰り際、
「有難う、マーエ。後輩たちには、よい先例になってくれるひとが必要なのよ。」
とお礼まで言われちゃって、アタシは慌てて首を振る。
「いえっ、あの、アタシも昔あんな風だったから。これはほんの、恩返し……的な? 返してないよな感じもするけど、あの、話することで自分も頭のなかで整理できてよかったって言うか!」
わたわた手も振ってると、「良いのですよ」と小さな笑い声つきで返された。
「こういうのはね、マーエ。恩返しではなく、恩送り、と言うのです。」
「おんおくり」
「そう。受けた相手に返すのではなく、他の誰かに、良い行いを送ってゆく。それがさらに先へ、別のひとへと、送り送られすることで、善徳が世に満ちる。≪黒山羊≫さまの御心にかなう行いです。」
そっか。
育て親に褒められたのは単純に嬉しい。その嬉しさに加えて、アタシは、『孤児院に帰ってきたヒーロー』って感じじゃない?
それはとってもこそばゆくって、他人の視線がなかったら「ぐふ……むふふ……うふうふグヘヘ」って笑いがこみあげてくるよな感じで(視線があって良かった)。
顔が火照ってしょうがない感じを噛み締めながら、孤児院を辞したのだった。
手持ち、残り銀で5129(+12000)枚と銅5枚。
次回はもう少し、夕方の寄り道話になる予定です。
お読みいただきありがとうございました。




