事後処理みたいなもん
手持ち、残り銀で4890(+12000)枚と銅0枚。
「森の雫と成り果てぬ」は、改訂版『曽根崎心中』ラストの「森の雫と散りにけり」のもじりです。読みたくなって図書館で検索したら、検索結果の一つに
「児童向けコーナー紙芝居に『曽根崎心中』がある」
とでて、
「どんな脚色をしたら児童向けに……?」
と宇宙猫顔になりました。
事前に話し合った計画は3つくらいある、でも。
例えば……という前置きつきで、アタッカーは平然と言った。
「この程度の人数なら、僕一人で息の根を止めることもできますが」
「ボリス!」
非難するように名を呼んだのは、僧侶。
そちらに「分かってますよ」って風に一度頷いて、アタッカーは続ける。
「…できたとしても、後々の問題が面倒です。死体をどうするのかとか。我々の行程をたどるような旅人は少ないと考えても、行商人はいずれ来る。そこから調査に至るかどうか。これはほぼ賭けになるとしても、こんな些細なことで賭けにでたり、時間を取られるのはよろしくない。」
「そ、そうだね。」
全員殺して回る分には、何も技術的障害無いんだな……。
でもって指摘された問題は、確かに障害だ。アタシはとにかく早く、キマルとヒョウムの居る(だろう)地所に着きたいんだから。
「時間を取られたくない。その目標を達成するには、下手に会話するのも良くない、と言えますね。」
人差し指でこめかみをもみながら、テイ=スロールも言う。
そうなのだ。下手に会話したら、じゃあ折角だから村長やら神殿の長やらとお食事でも、とか言って引き止められそうなのが嫌。金持ちそうに見せなかったとしても、『冒険者らしき手練れが来た』というだけで接点を持とうとするかも知れない。とにかく困る。
威圧するにせよアタシが会話で切り抜けるにせよ、前者なら『村人皆殺ししたほうが早い?』という計画に直結しそうだし、後者なら『会話してるうちに囲まれる』可能性が高くなり、結局は時間がかかるんじゃないかな。
「一番血が流れないで、一番手っ取り早い方法がありゃあねえ。」
ウォーリアが、ため息まじりの息を兜に吹きかけて、なめし革でこする。
それを聞いたアタシが考え付いたのが、
『一旦地面の下に隠れてやり過ごそう計画』
だったって訳。
テイ=スロールとともに足音を忍ばせて、大きな地下空洞で仲間と合流する。追いはぎ達のことを報告すると、
「本当に来るなんて。」
信じられない、と悲しげに首を振る僧侶のこと、かわいそうにはなったけど。アタシとしては、こうなる可能性って半々だった。
こうならないっていう、残り半分の可能性は、村人が
「アッやべ、こういう手合いは通り過ぎたこと自体忘れた方がいいわ!」
と賢明な判断を下してくれることだったんだけどね。
「金持ってそうにしたのが敗因かも。」
自嘲気味に肩をすくめてみると、アタッカーは複雑そうな顔をして、こっちも肩をすくめてて。
「ナニ?」
「……寒村にはありがちなことですので。それに、マンネチコン男爵というのが何処系の家かにもよって違う対応になるでしょう。」
「あー、ティンタジェル系かク=タイス系かってこと?」
ウィザードがごほん、と咳払いして、「ティーンテル、ですよ」と小声で訂正してくれた。
「そうそれ、ティーンティル。西の方のでっかい街だっけ、あそこの貴族が領主だと何かある?」
「あると思いますよー。魔物研究家を、自領から離れた飛び地に配しておく。しかも飛び地はク=タイスにほど近い。なのに街道からは離れており、行商人くらいしか外部の者との接触が無い。その行商人も……」
意味ありげに語尾を濁したアタッカーが口を閉ざすのを、アタシは引き取った。
「自分の手下か、出入り商人を遣わしておけば、身内しか行かない村の出来上がり。面倒な魔物、例えばダーフー並みに大きいのに小回りが利いて、強力な麻痺毒のあるモンスターを研究させても、誰にも文句言われない。」
ダーフーもどきみたいなモンスター、迷宮でもお目にかかったことがないもん。
テイ=スロールが、付けヒゲの境目を無意識にひっかきながら頷く。
「付け加えますと。そのような小さな村で、魔物飼育家が行方不明となってもう5年近くです。にも関わらず、何がしか変化があった様子…例を挙げると、新しい魔物飼育家が赴任したり、村での行方不明が積極的に事件として調査されたりといった話は、独立系農場には伝わっていませんでした。ただ『雨が降るとひとが消える』という噂のみです。」
「てことは、村は魔物研究家が消えたことを、領主に報告してないのかな。だとすると……」
面倒くさい研究家が居る村には、税の優遇とか、役の減免とかいろいろ優遇措置が取られていたかも知れない。
それか、魔物研究とかしてるひとがいても文句の言えない、弱い立場……債務奴隷みたいな連中や、逃亡民を集めて『ここで暮らして、魔物研究家には文句を言わずにいろ』と言い聞かせたとか。
魔物研究家が居なくなったのが領主にバレたら、今の優遇措置がなくなるのが嫌だ。って場合、村人は黙ってる。
元々弱い立場で暮らしてた寄せ集めなら、次の魔物研究家が送り込まれると負担が増えるのが嫌だ。で、村人はやっぱり黙ってる。
そしてティーンテル系貴族だったら嫌な理由も、考えはつく。
ここで研究されてた魔物が『冒険者とも渡り合える』攻撃力の高いモンスターだった、てこと。ま、アタシ達には負ける程度の強さでしかなかったけど。
ティーンテル系貴族なら、そうやって作ったモンスターをどこに、誰に向けて使おうとするだろうか。少なくとも、同じ街のひとには向けないと思う。
「さすがにこの村はク=タイスに近すぎです。無許可で──どの貴族家が言い出しても≪貴族社会≫は承認しないでしょう──、許可を得ずに研究させるほど、甘い考えの貴族は居ませんよ。都市警備隊に放り出されるようなぼんくらなら、分かりませんが。」
「ボリスさん詳しいね?」
アタッカーからそういう分析がでてくるのは意外な気がして問うと、ボリスはさっと微笑んで軽く肩をすくめる。
「常識的に考えただけです。ただでさえ魔物研究は大変ですし、扱うのがひとに慣れた幻獣ばかりとは限りませんから。」
僅かな緊張した感じ、意図的に動きを制したようなこわばりが、首や胴体の体勢に見えた気がしたんだけど。ま、いいや。
大事なのは、計画が上手く行ってるってこと。
さて、もういっちょ偵察して、街道まで一気に進みたいもんだな。この後は事後処理みたいなもんだし。
畦道まわり、アタシが感知できる範囲には足音や気配がないのを確認して、土のトンネルから騎獣たちと荷車を出す。
仲間の変装はそのまま、アタシは先頭に騎獣をだし、鞍頭に自前のクロスボウをぶら下げておく。
一刻は行かないまでも、相応に進んだ頃、目当ての連中が道をとぼとぼやってくるのが見えた。アタシ達の姿を見て、道のわきに集まって立ち止まる。「どういうことなんだ?」って感じに、不審そうに囁きかわしてるのも聞こえる(何せこっちはプロだからね!)。
こちらは歩調を緩めずに進んでゆく、その前、ギリ踏まれない場所に、一番年長らしい女性が進み出て、手を挙げた。
計画通り、アタシ一人先行して、残りメンバーはちょっとだけ速度を緩める。
「村人総出で、森の下草刈りでもしていたのか? 何の用か。」
翻訳すれば、『お前ら全員で追いはぎしようとしたことはお見通しだ』って意味。
アタシは偉いんだぞ、という傲慢さ丸出しで見おろすと、女性は一度膝を折って礼をする。
「し、失礼ながらお尋ねします。どちらの何という僧侶様のご一行でしょうか。」
「言っても良いが、聞かぬことだ。」
これで気づくかな。
アタシ達の格好見て即追いはぎしよう、と決断できる頭の持ち主なら、気づけよ……気づいてよ、と焦り始めたころに、アタッカーのビヌトゥアが近づいてきた。
ここぞとばかりにアタシは呟く。
「聞いては森の雫と成り果てぬ、か。」
昔、何かの劇でやってた台詞とか織り交ぜてみると、女性はみるみる顔が凍りついた。そうだね、アタッカーは片手を剣柄にかけてる上に、殺気怖いもんねぇ。
ウッカリ襲ってなくて良かった。
相手のほうが一枚も二枚も上手だ。
敢えて我々を空振りさせて、この襲撃をなかったことにしたいらしい。
一方でこの吹き付ける殺気。
全員殺すことで『なかったこと』にできる連中だ。やべぇー超やべえー。
これは名を聞かないほうが良い。絶対。
訊いちゃったら、自分だけでなく村人全員が畦道の露ですね!
そんな思考がぐるぐる巡ってるらしい女性は、慌てて後ろにいた村人たちを手で黙らせ、下がらせる。
雨で湿った冷たい泥のなかだろうと、下がらなければ殺られる。そういう雰囲気は、全員が察した。
それを避けて、アタシはビヌトゥアを進める。アタッカーが通り過ぎざまに、剣を鞘に納める金属音を響かせてて。うずくまった全員「ビクッ!」としてたのが、視界の端に見えた。
小声で「見るんじゃないぞ」みたいに言い合ってるのが聞こえるんだけど(そこはほらプロですからね)。
見なかったことにしてくれるのなら、それでいい。轍が消えた頃に、彼らが何を言い合っていようが、アタシの知らない話ってことで。
道を急いだおかげで、午後の半ばにはもう一つの街道に出ることができた。
二人が居るかどうか分からないけど、例の地所まで、あと一日の行程だ。
手持ち、残り銀で4890(+12000)枚と銅0枚。
原作の近松門左衛門バージョンは、「恋の手本となりにけり」。
改訂版も味わい深いものがあります。
お読みいただきありがとうございました。




