あの頃はアタシも若かったのさ
手持ち、残り銀で4890(+12000)枚と銅0枚。
『下手の子育てより孤児院』は、
「不慣れな者が乳離れ以降の子育てを頑張るより、子育てスキルの高い、神様直下の神官/坊さん尼さんに任せた方が子は良く育つ」
という育児観の慣用句です。獣人たちに顕著です。
2022/12/03 誤字修正しました。
「普通な、というか、あーまぁ、よくある感じの話でしかないんだよっ?」
念を押すように言われても、アタシはそもそもその『普通な』が分からない。なにせ孤児院育ちなので。
ぜひ聞いてみたいよ?
と言ったら、「しょうがないねぇ」ってヨアクルンヴァルは自分の椀の中を見つめながら話し始めた。
アタシら、つまりドワーフはさ。一族で固まって住むし、仕事も大概は鍛冶、石工、建築とまあ別なようでいて、似ている。誰かが声かけたら、親戚じゅうから手をかして仕事を回しあうような、そういう傾向がある。知ってるかい?
うん。ん、まあ、そういう訳で、結婚とかも割と親戚づきあいの中からなんとなくまとまっちまうのさ。獣人とはちがって、子が成人しても一緒にいる番が多いね。なんでかねえ……、一族全体で一緒の住処だし、結婚でつながったら、新しい親戚もまるっと家族だって感覚が、ずっとある感じだねぇ。獣人だと、子を産んで成人まで育てるほうが少ないって話だけど。アレだろ、『下手の子育てより孤児院』で、預けるほうがいいって言うねぇ。
アタシにゃ不思議だけど、マーエ見てるとねぇ、いい育て親に見てもらったんだなって分かるから、いいんだろうさ。
ああ、何で結婚したか?
……それはまあ、親戚づきあいの中で、なんとなくいいなーって思ってた相手だったから。アタシは石工だったからさ、石積みや切り出しの作業で若いころから一緒にやってたら話することもあるし、そのころはこう、『結婚してみたい』っていうのもぼんやりじゃなく、具体的に誰それと番になったらどういう風かなって、お互いに見定めながら付き合ってみるもんさ。
そんなかで、まあ話が面白いし、まあ石の肌理を見るのは上手いけどアタシよりちょっと働きは鈍いなぁってのが……。名前はもう言いたくないから言わんけどね、いい番になれそうだなって。お互いそう思えてたから、年かさの親類に頼んで番を宣言したのさ。
結婚式? や、ドワーフの、それもうちは街住みだからね。三日くらいだよ。誰かしら家に寄って酒を漬かるほど飲むって感じだったね。
家ってのもね、もともと住んでる集合住宅ってのが、一族で建てたモンで、そこに建て増ししたんだ。3部屋あって、子が増えたら自分たちで金をだして、一族に頼んで子供用の部屋を建て増すようにするのさ。
まぁ、ヤツと別れてアタシも息子も色々あって、今の借り部屋は別なんだがね。
何で別れ……まあそれも、よくある感じの話さっ。
石工としては、アタシのほうが働きが良かった。親戚の誰かが仕事をするぞってなると、まずアタシの予定を確認して、次にほかの親戚を当たって、それでも頭数そろわないとき数合わせでヤツの予定を聞きに来る。そういう順番になってるのが、面白くなかったんだろうねぇ。
そこでさ、「自分の腕じゃあ仕方ない」って納得するか、「もっと自分の腕前を上げよう」って頑張るか、なら良かったんだ。そうじゃなかった。
ここはク=タイスなんだから、一族の外に仕事を求めても誰も文句はないよ。なのに、一族の外に出て、剣や鍛冶の腕を売る仕事につくこともしない。
代わりに、うーん、何って言うのかね。何かっちゃあ他人の粗を探して、いかにも自分は正しいこと言ってるんだぞ、って風にネチネチと嫌味を言う。それも本人に言うよか、周りの者にね。
んんー、覚えてる中でだとねぇ。石切り場に迷い込んだグラウロックって魔物を、追い払った親戚が居てね。そりゃあ勇敢なことだから、追い払った時でた羽根を、飾りにして編みヒゲにこう着けるんだよ。そうするのが勇敢さの証拠だし、家族の名誉にもつながるからね。
そこでヤツが、別の家の者に言うのさ、「誰それの着けてるグラウロックの羽根、これ見よがしだよな。」って。それも自分が思ってるんじゃないぞ、皆がなんとなく言いづらいけど、思ってることを俺がこうやって忠告してるんだ、みたいな体裁で言うのさ。
嫌なやつだって思うだろ?
アタシも若かったころはさ、それで子も、あ、娘とその後息子が一人さね。子ができて、頑張って育てるうちにヤツも変わるだろって思ってたのさ。若かったっつうか、夢を持ちすぎだったっていうのかねぇ……うん。
その時メバルさんが、
「善い生き方をしていると、他のひとが善くない考え方、生き方してても、希望をもってしまう。それは至らなさかもしれない。けど、悪いのこと、とまで言えることではないよ?」
って、ヨアクルンヴァルの袖を優しく叩いた。
思い出しながら、怒りとか苛立ちがでてきてたヨアクルンヴァルは、鼻から大きく息を吸って、ふううーって吐き出して。「ありがとさん」って、こわばった顔をほぐしてた。
まあ、そんな感じさっ。アタシは希望を持ってたが、それだってネチネチに言いくるめられて、なんとなく自分のしたいことを我慢するようになってた。ちょっと離れた土地に新しい仕事があるぞ、とか誘われても、家が、子どもが、って遠慮する感じさ。
おかしいし、筋が通らない、そうさね。本当なら、したい仕事がありゃあ、そういうときは親戚を頼って家も子の世話も任せて、がっつり働いて稼ぐのが一番。なんで自分よか仕事してないヤツの言う、建前ばっかりで足引っ張りな言葉をウンウンって聞いてたんだろうね。
反発はね、無かったわけじゃないのさ。むしろずーっと、地下水の貯まる池みたいにたまってたさ。心ん中にね。
で、何かでまたネチネチが始まった時、
「そういうお前さんは、何かしら自分で頑張ったのかい。」
つってぶちまけてやったのさ。色々言いたいこと全部ねっ。真っ青な顔でぶるぶる震えて、うまく言葉がでてこない風だったのを覚えてるよ。
んで、ヤツは翌朝姿を消してた。
ついでに共有財産で預けてあった金、ていうか為替を持ち出してね。気づいた時にはそれを全部引き出してったのは、本当に腹が立ったもんさっ。
間の悪いことに、採石の山がひとつ、水がでてダメになっちまってね。それも一番質がいい山だった。山もそうだし、行き来に使う≪転移の門≫の復旧は頑張らにゃならんが、金が要る、金になる仕事は大きいものなのに、その石材が採れんぞ……って有様でさ。
一族全体、腕前を売ってとにかく資金を貯めようって話になったのさ。
アタシの番が仲たがいして出て行った、ついでに財産も盗んだ、ってな、一族全体の苦境に比べりゃ小さな悲劇だ。金が無いのは仕方ないから、同じ集合住宅の親戚を頼ればいいってことになった。
そういう感じなんだよ、ドワーフの親戚って。きつい時も一緒にきつい思いをすりゃなんとか皆で耐えられるし、いい時は皆でいい感じに稼いで祝おう、てなもんだ。それに、でてったヤツ自身は嫌な性格だったが、その親類は皆が皆……聖人じゃないが、まあ悪い性根でもない。
全員で石工として稼ぎ続けるのはほんとうに難しかったから、冒険者としてならどうだろう、ってんで迷宮探索に仕事の口を探したのさ。元から、武器の扱いはそこそこできたんだ。そうじゃなきゃ、山ン中の石切り場なんて、危なくって働けないからねっ。
同じような親戚が探してきてくれた話が、ちょうどこのボリスのお師匠がいたパーティのメンバー探しだったんだよ。アタシの親戚も、戦闘槌を上手く使う重装戦士でね。二人で組んで前衛として入ったのさ。
「剛腕と鉄壁のお二人でした。」
しみじみ呟くアタッカーの言葉に、アタシはつい、ヨアクルンヴァルの若いころを想像してしまう。自分の背より大きな盾を軽々振り回すウォーリアと、似たような背格好で戦闘槌をぶん回すもう一人のウォーリア。
半端なモンスターじゃあ、ちょっと近づけないな。うん。
「結婚するっていうより、離婚の話になっちまったね。」
ヨアクルンヴァルは苦笑いしてるけど、ううん、そんなことない。
だってお互い好きあって、いいなって思ったから結婚の宣言をしたし、一族でお祝いするのって素敵だと思う。
番の相手が、一緒になってから嫌なところがあるって分かるのは、うーん、辛いなぁ。なんかそのうち気持ち入れ替えてくれるかなって、期待しちゃう、のも、そっかあ、って感じだし。
ウォーリアには言えないけど、アタシにもなんだか分かるんだもん、
「自分には腕前がないって納得するのも、もっと腕前を上げようって頑張るのもしない」
って気持ちが。
獣化できないことを認めたくなくって、でもどうしたら獣化できるのかも分からなくって、何か頑張れることがあるのかどうかも分からなかった時期が、アタシにもあったから。
でも、他の優れたひとをネチネチ粗さがししたりはしなかったな……。
グラウロックを追い払うってだけでも凄い勇気だし、誇っていいじゃん。妬むのもわかんなくはない。うらやましいけど、……けど、だったら自分でも頑張って何か勇敢なことをしたりすれば良いんであって。
「アイツ、最近調子づいてねーか?」
みたいに、周りに評判を落として追い込むようなことはしたくない。そんな陰湿な真似したら、神様の前で自分のことが恥ずかしくなるって。絶対。
神様の前で番の報告をするときも、お互い好きあって一緒になりますって、ちゃんと胸を張って言いたいし。ヨアクルンヴァルの言葉がよみがえる。
「具体的に誰それと番になったらどういう風かなって」
いやいやいや!具体的とかそんな思ってないから!ないから!
「ち、ちょっと外を偵察してくる!」
「うん? 行ってらっしゃい。」
耳まで熱くなってたのが自分でも分かるけど、誰にも見られてないと思いたい。
手持ち、残り銀で4890(+12000)枚と銅0枚。
本話はヨアクルンヴァル視点のお話でしたが、彼女の側に瑕疵が全くないかっていうとそんなこともなく。結婚相手のその家族にも瑕疵は全くないかっていうと、そんなこともないのです。
ただ『より良い相手になる努力をする機会』は十分にあったのに、そこで優れたひと妬んだり、陰湿な中傷に走ったりするのを選んだのは、本人ですよね。
お読みいただきありがとうございました。




