幕間その3:汚しちゃったから代わりに買って贈ろう計画
「気配」の種明かし篇です。
仕立職人や冒険者でにぎわう『深靑』店内。
仕事を午前中で終えたリクミは、ひとつ向こうの通路から聞き覚えのある声に一瞬耳をとがらせた。
「花を贈る代わりに、こいつを贈るんだよ。詩や短歌のひとつも添えられたら、悪い気はしないもんさっ。」
「あー……なるほどぉ。でもそれって、洒落てはいるけど滑ったら悲劇だよね。普通に花でいいのに、とか思っちゃう。」
なん……だと……!?
ショックを受けた拍子に『気配』が相手に触れてしまった。
あっ、ヤバイヤバイ。彼女は盗賊だったっけ──という表層の思考とほぼ同時に、無意識が自分の気配を消しにかかる。気配だけでなく実体も薄めにかかる。心臓が一度脈打つ間に、
「オレは空気オレは空気オレは空気」
と百回は唱えるような勢いで、存在が薄れてゆく。
吊るされた布製品で通路を隔てられていたのが幸いしたか、声の主はことさら周囲を探ることもなく、歩いていった。
彼女とほかの仲間が、会計を終えて店を出て行ったのを確認して、さらにもう少し
(戻ってこねーだろな?)
を確認してから、気配を戻す。背後でハンカチ棚をみていた客が驚いていたが、それは無視。
重要なのは、最前から頭の中で反響している一言。
「普通に花でいいのに」
そうか……。
そうなのか……。
持ったまま気配を消していた、手の中の布を見おろす。薄い銀色に近いような淡緑に、黄色のキンタゲテスの花模様が染め抜かれている一品。
「滑ったら悲劇だよね。」
あっ……危なかったあああああ!
リクミは花模様つきのハンカチを、そっと棚に戻して、似た色で無地のハンカチを購入したのだった。
カウンターで、
「贈り物ですか? お包みしましょうか。」
「あっ、き、いや、えっと贈りますが包まなくていいです!」
というやりとりがあったことは、幸いにして誰も知らないお話。
この後、
「滑ったら悲劇だけど、だからっていきなり花を贈るとか、いやいや詩や歌を添えたりするわけじゃないし、しないし。や、別にそこまで踏み込まなくて、違くて、ちょっ、興味があるのでお付き合いとかうわああぁぁあ」
という脳内一人問答が展開していました。




