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残り銀貨500枚からの再スタート  作者: 切身魚/Kirimisakana
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仕入れはよく考えて

手持ち、残り銀で4902(+12000)枚と銅0枚。

交易用の仕入れ、続きです。

熟練の冒険者や地元民は、『誰かの紹介のある店』しか信用しません。その誰かにしても、付き合いと信用のある誰か、という条件がつきます。

 焙煎したショコア豆は、粉にして煮て、蜂蜜とか蜜結晶と一緒にするとめっちゃ美味しい。ほろ苦くって、甘い香りが混じってて、少しとろみがついてる。中には、焙煎豆だけで甘味をいれないのが好き、ってひともいるらしいけど、アタシは無理だ。

 生の豆は赤くて、ちょっと縦長の丸い粒で、黒っぽい紫色した莢の中に5か6粒入ってる。『迷宮』一層で、草むらや木のある場所に出会うと、ヒョウムがよく探し出してた。

 思い出すと、額の奥が熱くなりそうなのを感じて、アタシは落ち着こうと深呼吸する。するだけで、もうもう……いや、煙は薄いからふんわりっていうか。でも香りは濃い。ショコア豆の香ばしくて甘くてちょっぴり苦い感じの暖かい空気が、肺一杯にひろがった。

 生ショコア豆取り扱い、焙煎もしてる店『晚晴ワンチィン』のなかは、奥の作業場から規則正しい臼の回る音、木槌の小さい重い音が響く。間口が狭いし店内もそう広くないから、ていう訳で、メバルさんとアタシだけ店内に入らせてもらったのだ。

 店員のお姉さんが、カウンターの後ろにずらっと並んだ抽斗から豆を何種か出してくれる。色々名前があって、ナッツみたいな感じ、苦み、とろみ、香りの感じが花のようだとか、甘い系、さわやかな草の感じ、などなどあるそうで。

 メバルさんは、「ナッツ感はそこそこ、甘い系の香りにとろみがある単一豆」と「苦みが強いが香りも強く、さわやかな草と、柑橘系の香りのブレンド」と、「これといって特徴はないが、蜂蜜と合わせて普通に美味しいブレンド」の3つを買ってた。

 単語の一つ一つは交易語なのに、まとめてだーって言われると呪文みたいだった……。後で書き留めておかなきゃ、覚えきれそうにないな。

 支払いは銀貨で98枚。メバルさんが数えて、アタシも数えて、店員さんも数えて、受け取り伝票を切ってもらう。さきの大盾もそうだけど、買い物は個人の財布からだして、売れたらそこから出したひとが出したぶんをとる。残った全体の利を、皆で分けるため、仕入れにかけたお金はこうやって記録を残してるのだ。

 仕入れのお金だしてないひとにも分けるのは、売り上げ手にするまで、皆で協力するから。『銀30に10人雇う』のは馬鹿だけど、5人で協力したら6枚。小さい稼ぎでも、手に入れるまで誰が欠けたってできない。

 出かける先が『迷宮』じゃなくったって、アタシはパーティの一員なんだ。

 そして出かける先で必要になるだろう、盗賊のわざだってあるんだし。


 出てから次に向かったのが、小さい布屋さん……お店自体は間口の広い角に面した大きい店で、扱ってる品物が小さい布製品だ、ってところ。

 どちら側からでも見えるように、建物の角に色とりどりのリボンとハンカチをつけた看板が下げられてる。店名は『深青しんせい』と書いてあるけど、色布にほぼ埋もれてて読みづらい。

 その名の通り、深い緑色に塗った屋根板、壁、柱のなかは、けっこうひとが入ってる。それも身なりというか、服がきちっと仕立てられてるひとが男女問わず。アタシたちみたいな冒険者然とした、防具を身に着け、カバーした武器もったひともいるけど。

 アタシも新しい服だけど、まだ繕いなおしとかしてないから、体にぴったりこない。このひとたち、やたらぴったりきてる服を着てる、ってことは、仕立服を誂えられるようなお金持ちか?

 にしては布地そのものはそんなにお金かけてなさそうだし、刺繍や縁の装飾もしてはあるけど、お高い素材ともみえない、指輪とかアクセサリも上物とは……うーん。


「あ。仕立て屋さんがいますね。」


 ボリスさんがかるく手を挙げたさきで、店からでてく、ホウキみたいな頭の人物がぺこっと頭を下げた。

 そか。この妙に服がぴったりなひとたち、仕立てとか縫子とかできるひとたちか! 自前で自分の服を作って、歩くだけで腕前自慢に(へたくそだと逆に見てらんない)なるわな。


「知り合い?」


 って聞いたら、「前に服を仕立てもらいました。腕がいいですよ」という返事。そのうち紹介してもらおう。

 でも今は夢みたいなこの巻きリボンの山に目が、目がどこを見たらいいんだーーー!

 ちなみにここでは全員『巻き』を買うより、『両腕』でひとり2本までにしよう、って相談したんだ。両腕、っていうのは、店の壁際に貼ってある板絵の表示。大人が両腕を広げたくらいの長さが『両腕』。こうして目移りしてる間にも、店員が巻きから引っ張り出したリボンをぴっ、ぴっ、と端を合わせて、銀色の鋏でシャン!とカットしてく。

 その下が『片腕』、さらに細かい『肘丈』もある。肘丈は、せいぜい1フィート半あるかどうか、って感じ。

 『肘丈』って値段からすると割高だけど、カウンター横の何段かにわかれた紐に吊るされてるのには、「半端処分価格」って看板がついてて、銀3枚だって。でも不思議。


「赤いのばっかりみたいな?」

「獣人には不人気だものねぇ。」


 とは、横にいたヨアクルンヴァルの言。テイ=スロールもひとつ頷く。


「同意します。獣化形態の度合いに関わらず、同じ色に見えるほうが好まれます。」

「へええー」


 物知りだなーって感心しかけて、アタシは違和感に言葉を呑みこむ。獣化形態、まるで自分とは関係ないものって感じな言い方に。

 そういやぁ、ヨアクルンヴァルはドワーフだ。

 メバルさんも、ド…なんとか族とか言ってた(ドラマタ? ドラクエ? 覚えてないけど確かそういう。)。

 ボリスとテイ=スロールは?

 初対面で獣種を訊くとか、そういう無礼はナシだ。相手から教えられる場合以外、こっちから聞くのは『踏み込みすぎ』で。

 そういうの、育て親からがみがみ言われて育った。曰く、


「孤児院育ちだからといって、礼節がなっていないと見くびられてはなりません!」

「ひとは礼によって善きひと、大きなひととなり、無礼によって堕落した、小さいひととみなされるのです!」


 であるからして。

 疑問に満ちたアタシの視線を、ボリスさんは無視して、ハンカチのある棚に歩いてった。テイ=スロールは奇妙な無表情で、小さく首を横に振る。

 ……ま、他のひとがいる店ん中で話す話題じゃないよね。オアイーナブスさんみたいに珍しい種族なら、大っぴらにするだけでも拙いし。

 獣化しても同じ色に見えて、人気があるのは、青色、黄色。紫色や白も好かれてる。緑色も悪くないけど、緑だけのリボンは少ない。青や黄色のリボンに、組み合わせて模様に使われる色、って感じ。

 繊細なニルリリや、房のようなヴィンシングァの模様になってる青色、黄色を眺めて、ヨアクルンヴァルが値札も確認する。


「綺麗な模様入りは、高いけどモノも良さそうだねっ。」

「草や木の花みたいな柄だね。」

「花を贈る代わりに、こいつを贈るんだよ。詩や短歌のひとつも添えられたら、悪い気はしないもんさっ。」

「あー……なるほどぉ。でもそれって、洒落てはいるけど滑ったら悲劇だよね。普通に花でいいのに、とか思っちゃう。」


 そろそろシーズンだからねぇ。代筆屋や細工師が売り上げ上がる季節だ。

 納得してたら、何かが首筋の毛に触れた気がした。


「?」

「どうしたんだい」

「いや……、うん、なんでもない。」


 通路がそこそこ広いとはいえ、ヨアクルンヴァルは肩を斜めにして歩いてるし、他の客は見当たらない。尾行だったら、それっぽい気配だけど、気配……無いなぁ。なんだろ。向こう側の通路から、誰か商品を揺らしたのかな?


「ほら、この緑地に白梅花も良さそうじゃないか?」


 声かけられて、他にもいろいろ見て回ってから、アタシは選びに選んで。

 無地なんだけど、光の加減で黄色から深みのある金茶のを1本。それと緑色の地に青いニルリリの花が、互い違いに並んだ模様リボン。

 さて、これで明日から出発だ、ってんで。店の前で解散して、アタシは孤児院に報告にいくことにした。


手持ち、残り銀で4895(+12000)枚と銅5枚。

店名は蘇東坡の『東欄梨花』にある「梨花淡白柳深靑」(梨花は淡白柳は深靑)から。人生看得幾淸明、ですね。

次回は「気配」の種明かしです。


お読みいただきありがとうございました。

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