式神と妖
胡堂は、蜘蛛の式神の呪力によって
麻痺し、まるで腐るがごとく醜く変貌する腕を、反対の手で引きちぎりながら
昔のことを思い出していた。
自信があるのか、馬鹿なのか
俺達の業界で名を名乗る、ましてや本名を語るとは
まるで、あいつのようではないか
忌々しい、後悔させてやる。
本名を名乗ったことも、この俺の体を再び奪った恨みも
この報いとともに、貴様らの血筋の全てを呪い、後悔させてやる。
悪行を重ねるうちに
色々、聞かれたものだ。
何故、深見胡堂は外道を殺すのか
儲かるからか、違うのだ
自分の体をこんなことにした
外道が許せないのだ。
自分の呪いの技術が最高だと
思っていた。
あるとき、他の呪い屋の外道持ちを呪い殺して欲しいと依頼があった。
いつも通り、式として狗神を打ち
相手の死を願った。
だが、逆に、呪い返しを受け
命は助かったものの
右手、左手、顔面の右半分を失った。
そして俺は、その失った手足、右目を再生させるために
あらゆる手段を尽くして、他人の外道と人の魂を奪い取った
外道とその主たる外道持ちを贄にして再生させ、人で無く、半分化物になった俺は
あらゆる、外道筋に、おのれの復讐の刃を向けたのだった。
昔から、陰鬱で高慢な男だったが
残忍では無かったし、情けぐらいは持ち合わせていた。
体の一部として外道を取り入れた俺は
変わってしまった。
ともかく、人と外道が共に生きる事なんてあっては為らない。
そして、外道に人が仕える事も断じて間違っている。
外道自体の存在が本来あってはならない
ではどうするのか
全ての外道は、俺のもの
俺の言う通りに従っていればいい。
憑きもの筋の者達は皆死んでしまえばいい
どうせ、ろくな人生を送れないのだから。
他にも聞かれたな。
俺が、名前を変える、理由か
憶えられると困るからだ。
単純に、リスクが増える
俺が、呪われるだけでない
家族、親類縁者、友人に至るまで狙われるからだ。
それだけの事を犯してきた。
深見胡堂の名が知れているのは
もう、俺一人になってしまったからだ。
一片の情も沸かなくなり、外道を奪い
憑き物に関わる人を地獄に落とすのは
俺の生きる道だ。
振り返れば、
この名を名乗る前に、私の家族と親類は
呪われ、祟られ、脅迫するために
おびき出すために、俺の代わりに 死んでしまった。
本名を知られるとは、そういう事だ。
ここまで来たら、もう何も怖くない
俺以外の 残った縁者の命と引き換えに
お金と新しい式神を手に入れた。
気づけよ、お前たち
人の命程高価な商品は無いぞ
深見胡堂と名乗って以來
人を人と思わず
外道は、外道としての使い方が
本来の姿だ。
崇めたりせず、言うことを効かせればいい。
自分以外の人は、人であらず。
騙す事もしたが
騙されもした
何回死にかけて、こうなったと思っている。
どうやって魂を使うのか
野暮なことを聞くな
教えて欲しければ
お前の魂を寄越せ
そうすれば嫌でもわかる
実体験としてな。
人は、まるで鯨と同じで、残すところは何もない
髪も血も肉も、骨も内蔵も
そして魂さえも売り飛ばせる。
その人間を外道共が
金魚のフンのような扱いをしやがる。
外道付きも、その憑かれる人も
まとめて、地獄に落ちて
冥土の土産に、私にお金を置いて行くのだから
辞めるわけにならん
お前が死ね、俺が死んでも変わらんさ。
何せ、外道も外道
身も、魂もすでに売り払って
鬼か蛇に、成り果てているからなぁ。
思い存分、私を呪って確かめるがいい
自分が、人間だったと後悔し、その吠え面踏みつけて。
木っ端微塵にしてやろう、その小さく醜い魂を私がしゃぶり尽くすとしよう。
迷い、苦しみ、怒り、悲しんで、最後に絶望まで味わって
死ねるのだから、喜べさぁ、早く早く早く、私の所へ来るといい。
正義だ、人のためなんて言って、自分の心を満たす為に呪術を使う、偽善者と対面すると思い出すぜ
60年も前に、呪いの掛け合いで俺が 負けた相手がそうだった。
困っている人を助けるのが私の定めだと、ヒーローとでも思っているのか
ただそいつも人では無かった。
人の皮を被った化け物だった。
あいつを倒す為に、生きてきた
知れば知るほど
あいつは、化け物に近付いていく
私も、化け物になった。
この世は、化け物ばかりの生き地獄だ
どうせなら楽しく狩りを続けよう。
目を瞑っていた胡堂は、目を見開き
「俺を殺すにはまだ足りん。」呟くと
膝から下の右足も毟り取った
そして、失った右腕の付け根や、右足の膝の千切れた箇所から
大量の血ではなく、見たこともない量の蝿が溢れ出し
その蝿を見た、大きなジョロウグモの式神、糸姫は、キキキッと声を出し胡堂を襲うの辞めた
そして、胡堂は蝿の塊となって暗闇に消え、静かな暗闇だけが残った。
時は、夕刻を回ろうとしていた
空は、暗雲立ち込め
山陰地方らしい、雨がしとしと
降り始めた頃。
2度の、深見胡堂の襲撃を退け
尾咲家の狐憑きの分身を、縄文土器のような壺に収めて持ち
壊れた家の応急処置を終わらせて
拝の乗用車には、後部座席に、尾咲ウネさんが大事そうにお狐さまの分身の壺を抱えて乗り。
その後を、世話役糸重 静流が軽自動車で後を付いて車を走らせ
国道9号線に差し掛かったとき
後ろから、迫り来る異形の影を確認したのである、
この時はまだ、拝は気付いていなかったが、
後ろをついて走っていた
静流がバックミラー越しに見えた異形を見て
「なるほど。今度は、本気を出されたようですね、」
黒伏は、助手席で窓から顔を出しているが
「俺が、あいつを相手しよう」と静流に向き直ったときには
黒伏の体は、自分の影に沈み始めていた。
「ならば、前方は、御身が預かろう」
軽自動車の屋根には、狐火を盛大に纏った
妖弧白銀の姿があった。
室内ミラー腰に見える
後方の異形は、大きく大型バスぐらいに確認できる、
黒い雲のようなものだが、、直ぐにでも追いつかれるだろう。
前方に、確認できたのは二つ
現時点ではかなり先に人影がギリギリ見える
恐らく、歩道橋の上の深見胡堂と、その後ろに巨大な白い霧状の巨人それは、胡堂の10倍はあろう大きさだ。
ただ時折霧状の体の中に稲光のような煌めきを確認出来た
問題は、前方の普通に通行している車はその巨人の下を何事も無く通過している事と
拝には見えていない可能性がある、
姿が見えないのは、こちらが圧倒的な不利である
躱せと言われても、それが見えないのでどうしていいのか解らない
ならば、真っ直ぐ進めと伝えるしか無い。
「やる気は嬉しいけど、白金は先に
拝さんにこの事を知らせて、白金は、前方のやつを一瞬でも
この道からどかして欲しい、私と拝さんはこのまま進みます、」
「心得た」
前方の拝の車の屋根の上にジャンプし、
「後ろから来るのは珍しい、化け猫か」
拝が運転する、乗用車の屋根の上で前を向いたまま静流に語り掛けた。
「そのようね、白銀
でもあれは山猫ね、尻尾が分かれてないもの
隠岐地方に古来から伝わる妖怪の類のはず、伝説だと思っていた
本土にも山猫の伝承はあるけど、現存している報告はないから。」
「その報告例が無いというのも、噂に過ぎない
静流、我々がここにいるように
あいつも現にここにいる、つまり、存在する。
問題なのは、深見胡堂の実力が計り知れんということだ。
猫の式神なら、過去に例があるが、妖を操るなど
この数百年聞いたことも、見たこともない 。」
「でも、黒伏は負けたりしない。」
「確かに、黒伏殿は、私の倍以上、この世に顕現している
最早、怨霊では片付かない、すでに荒神と言って差し支えないほど
底知れないお方だ。」
歩道橋に霧状の妖を背後に従えた
外道狩り師、深見胡堂も姿が黒ぼけてはっきり確認できないが
つぶやき始めたその声は、しゃがれ地を響くような怨み節は
深見胡堂で間違い無い
「確かに、古い式神かもしれんよ、だが、よくよく考えよ
何を相手に作られたか、か弱き人を呪うために作られた式神が
本物の物の怪と、どう戦うかしっかり見極めるとしよう。」
昼間のせいか山猫の姿は、はっきりせず
黒く薄い霧状の 姿で砂煙をあげて迫ってくる。
猫らしいのは、真っ赤に光る吊り上がった両目ぐらいだ。
山猫より、圧倒的な速さで迫る黒伏を迎え打つため
耳まで裂けた口を開いた、その大きさは車がの実まれてしまいそうだ。
「黒伏殿の圧倒的な強さは
底なしの深い闇にある
そう言って白銀が黒伏の方に振り返った。」
そこには、全て光を吸収する黒色はまるでその風景を切りとったように
ぽかっりと穴が開いたかのような黒い稲妻が余りの速さで
一文字の黒き槍のように一筋となった時
まるで呼応するがごとく山猫の方も
がぁぁぁと叫びあげ
こちらも、一筋の黒い稲妻となって飛んでいくと
重なり合った瞬間に、お互いが巻き込み抑え込もうと激しく回転を始めた
まるで黒い竜巻が起きたように当たりの物を吹き飛ばした、
何台かの車両が右へ左へ吹きとばされる
しかし、黒い竜巻の真下に不自然な黒い空洞が出来上がっていた
竜巻が、勢いをまして球状になろうとしたとき
黒き空洞に落ちたのだ。
すると、黒き空洞が二つにはじけたのだ
山猫の方は右肩あたりが齧られたように大きく欠けていた
黒伏は、右前足が無くなっていた。
「黒伏、あなたの印を解きます。
今こそ、出でませ、憤怒の御霊その忌まわしき、真形もって降伏せよ。
悪魔降伏、 怨敵退散、七難即滅、七復速生秘、黒王鬼面大菩薩!!!!」
静流がついに印を結んで、真の黒伏を顕現させた。
黒伏あらゆる部分に無数の切れ込みが真っ赤に光り口を開くと
禍々しき瞳が現れ、そして口から真っ赤な血煙を吐き始めた。
その無数の瞳は増える、それに合わして黒伏は大きくなり
頭がどんどん大きくなり、頭と体が同じぐらいになると
「バキィバキィ」と歯を鳴らした途端
ガァとひと鳴きするとなんと口が開いたというより
頭が二つに割れたとき、その割れ目からひときわ大きな本体よりも大きな、血みどろの手が現れ
一瞬で山猫が握られて、握りつぶした音か叫びが解らない音が当たり一面に響いた
ぎょあヴぁあああああ!!!!
そして、何事なかったように本体に山猫を掴んだまま吸い込まれた。
それと同時に地面あった自分の影にすいこまれ、
水たまりのような黒い影は地面に染み込むように姿をけした。
「あ、あれは、式神などではない
呪いそのものだ、例えるなら
荒ぶる御霊、荒神に見える。
人が扱えるものではない、
やはり、あの娘は、あいつらにとって諸刃の剣、それ以上
滅びの種となろう、くっくっくく。」
そう言って胡堂の顔は、物凄い形相で笑い始めた。
「さて、次は俺の番だな、」白銀は前方を凝視すると
「あれは、もしかして地狐の類か、さすれば行き逢い神の祟を持って
攻めようという考えか、厄介だな、普通の式神では、あの系統の力は消し去ることは出来ん。」
確かに、厄介な奴を連れてきたわね、行き逢い神とは、この神を見たり触れたりしたら、その祟りによって、人は命を断たれると言われている、強力な古の祟り神の一つ、最悪だと、この時点で、全員死ぬ可能性だってあるは、もし、拝さんや、尾咲さんに見えていないのならチャンスはある
しかし、見えているとなれば今すぐに、身代わり仏や、その類いのエンミを施す必要がある、この事を拝さんに伝えて」
「幸い、二人とも見えておらぬようだ、静流、本当に前進で良いのだな。」
「はい、真っ直ぐ行きましょう。
嫌な胸騒ぎがします。一秒でも、早く兄と合流することが重要と考えます。」
「ようやく、出番だな、まずは、これで様子を見るか、豪雷召喚、オン インドラヤソワカ」
「心配するな、やつが来た」
後方より、黒伏の声がした、
すると後方から
雨雲を蹴散らして、轟音ともにこちらに向かってくる物体が見えた
丸太の侍武光が、自らの結界を最大にして飛んできたのである
先頭を走る、拝の乗用車の数メートル上を並行して飛ぶ武光の目は4つともつり上がっていた
そしてその結界大きさは、今の高さでも雨雲を切り裂くほど
このまま進んで、チュウコの祟の力ですら跳ね返すつもりか
無事、チュウコを吹き飛ばし
障害を突破したのを確認したのか、武光は更に加速した。
「何だ、あの慌てようは」
「兄さんに、何かあったみたい。白銀先に向かって」
「任せおけ」
石上家に着いた時
立派な門が、えぐりとつたかとという様に丸くえぐり取られおり
その先に人らしき者が横たわっていた
「すまん静流、儂は間に合わなかったようだ」
白銀が、その人らしきものの側で守るように片膝をつき頭を垂れていた。
そこには、肩から右手を、膝から下の右脚を失った兄、糸重 要の姿があった。
「兄さん、大丈夫なの?」
「あぁ、白銀のお陰で命は無事だ、間一髪の所で武光が間に合ったのだが」
そう言って目線を動かした、その先には、真っ二つに割れ、転がっている武光の姿があった。