一章【裏】『神殿』にて (挿絵&ちびキャラ)
-1-
ジリリリ……
目覚まし時計の音が聞こえる。
「う…ううん……」(ねがえり)
リリリリリ……
目覚ましは鳴り続ける。
「うう……」(ねがえり二回目)
ガッ
「うぐ……」
棺の端に頭をぶつけたようだ。
棺の蓋を開けて外に出る。
眠い、それにしても眠い。
仕事の都合とか見たい朝アニメで、本能に逆らってムリに朝型の生活をしていたからだろう。
目を擦り、長い後ろ髪を引きずりながら洗面所に向かう。
パンパンと手を叩くとカメラが回って私を目の前のスクリーンに映す。
鏡には映らないなら、カメラを使えばいいのだ。
最新式なのでほとんどタイム・ラグはない。
頭頂の髪を束ねてトンガリを作り、後ろ髪は左右に鉄線で束ねてツインテールにする。
これでは長い髪を引きずってしまう。
だからツインテールを指でくるくる巻いてドリル状にする。
特殊な髪の性質と能力の応用だ。
「……生まれつきトンガリとかアホ毛とかある人ってどうなってるんだろ」
言いながら蛇口を捻る。
水が洗面台の受け皿の部分から湧き出てくる。
何でわざわざ湧き出るのって?
それは流れ水にしないためだよ。
私はそれにじゃぶと顔をつける。
私始め、『吸血貴族』様方や吸血鬼は発汗などをしないのでお風呂に入ったりする必要はない。
よってこれは目覚まし専用だ。
ちなみに、爵位を持つ方々が『吸血貴族』。
誰かしらの眷属で爵位を持たない物が吸血鬼と言う定義がある。
「ぷは…さっぱりした。」
水が自動で吸われて行く音を聞きながらクローゼットを開ける。
ありとあらゆるマンガやアニメのコスプレ用の服がぐちゃあとしていた。
その中から鉄と漆黒の布製の機械的なメイド服を引っ張り出し、寝巻きを脱ぎ捨てて着替える。
「今日の朝ごはんは……コレ、かな」
冷蔵庫で賞味期限が近かった血液パックを出して、レンジでチン。
これでいつでも36,5度くらいの血が飲める。
『開け口』のところをピッとちぎってワイングラスに注ぐ。
袋に残っているのがもったいないから咥えて吸う。
あれだ。
カレーのルーが残ったのを最後まで出すために箸とかでぎゅっとするみたいな感じ。
グラスの分も最後までしっかり飲み干し、(品はないが舐めとったりもして)洗浄機に入れる。
うん、美味しかった。
「行ってきます」
200年くらい前に死んだ両親の写真に言って外に出る。
「今日もいい天気♪ 」
大昔の貴族様が作られたと言う擬似太陽によって昼のような景色が広がっていた。
ちなみに本来の昼もその貴族様が作られた『夜の天幕』によって夜になっている。
今日は『神殿』で重要な会議があるらしく、主人様の付き添いでついていく。
ふつう、眷族がついていくことはできないが、
いちおう私は主人様直属の眷族『英血』七人の内の一人で、『鉄血』つまり兵器庫の名を賜っている。
主人様が公爵であることもあって、特例的に認められているわけだ。
私は『神殿』に歩き出す。
-2-
我々吸血鬼や『吸血貴族』の住む国は大きく二つの区画に分類される。
一つは国土の八割を占める貧民街。
没落した元貴族や主人を失った吸血鬼等が住む混沌とした土地だ。
そしてもう一方は神殿区画。
山みたいに大きな城が雑草の様に乱立する中心に、月に届きそうなまでの神殿がそびえ立つ。
神殿は巨大と言うにも余りに巨大過ぎる、東洋の島国、にっぽん?が丸々三つ入る程の体積を誇る。
そこに崇め、奉られるお方は、
真の貴族にして、真の『吸血祖』
神をも恐れぬ残忍性と言うか、神が恐れる残忍性を持ち、英雄達は跪き、王達は平伏する。
全知全能にして最強無敵たる吸血魔王。
『伯爵』その人である。
こちらが私の住んでいる区画だ。
そしてその神殿の一角でいま、会議が始まる。
メンバーは、我等が頭脳『伯爵代理』様、そして五人いる公爵様と侯爵様全員。
あとは私のような付き添いの配下だった。
あ、『霧裂』だ。
岩のようにごつい巨漢、イッド公爵の後ろに最近有名な人物がいた。
ボロボロの白い死装束を着ている病人のように痩せた男性。
彼はそのひ弱そうな外見とは裏腹にテンプル騎士団の支部長を三人まとめて殺したという凄まじい弓使いだそうだ。
いわく、その矢は霧のように曖昧で、当たらずとも敵を貫き、当たってもあまり感覚がないのだとか。
公爵が一人滅びたら次に入るのは彼しかいないと言われている。
イッド公の配下だったっけ?
最近なったのかな。
うん、目立ちたがりのイッド公ならありそうだ。
数合わせで公爵に入ってる程度だとそういう事を考えるんだろう。
【[愚かにして下等なる家畜共は、未だ大人しくならん様だな]】
鈴が鳴る様に美しく、
そうでありながら、
鐘が鳴る様に威厳のある声が聞く。
コレが『伯爵代理』様だ。
顔は確認出来ない。
素顔を知ってるのは公爵様達以外は、私含め主人様直属の眷族くらいだろう。
「ああ、確かテンプル騎士団共の担当はお前だったな。イッド公爵よ? 」
月の美しさと冷たさを兼ね備えた、
そして常に嗤っているような声がイッド公爵に話を振る。
笑うじゃなく嗤う。
こっちが主人様だ。
いつ聴いても主人様のお声は美しいなあ……。
主人様は女神よりも美しく、悪魔より秀麗なお方だ。
不吉の象徴、黒猫の毛皮で作られたブーツに、
こちらも不吉の象徴、鴉の羽毛のワンピース。
その下に漆黒の今にも破れそうな包帯を雑に巻く。
外が黑、内側が紅のマントを付け、右手には悪魔王の瞳が縦に、左手には真龍の瞳が横倒しに血で描かれた黑い指貫手袋をはめているという大分禍々しい服装だが、それを全て美しく見せているのは彼女の美しい顔だ。
腰まである金髪は黄金など足元にもおよばない美しさを誇る。
宝石の価値がすべからく失われる金色の瞳は切れ長で、見た者を狂わせる程の狂気を宿している。
三秒以上見つめることができたた者はまだいないんじゃないだろうか。
牙は槍のように鋭く、我々にしか分からない独特の曲線美を描く。
なんにせよ現在最強の『吸血貴族』にふさわしい美しさな訳だ。
「……うむ、確かに私の担当だ。」
イッド公爵が返す。
「ならば何をして居る?
何故奴等は未だ存在する? 何故人間は未だ家畜では無い?言って見ろよ、イッド公爵」
いつの間にか円卓に足を乗せた主人様が嗤う。
なるほど、確かにその通りだ。
ヴァン・ヘルシングの滅びた今、公爵に勝てる者なんてほぼ存在しない。
居るとするならば、Lvの限界を超えて神の領域に到達、あるいはそれをも超えた存在『Lv1000以上』くらいだろう。
それでも主人様には届かないけど。
公爵が動けばテンプル騎士団なんてすぐに瓦解するはずだ。
まあ、イッド公が自ら動かないからこの状況になったということだろう。
「…確かに私は動いておらん。しかし眷族共や侯爵でも事足りよう。」
まーたいいわけだ。
数合わせならちゃんと働いて欲しい。
「怠惰だ、怠惰。お前が偽物で有る事を証明する事柄は此れだ。
…ならば問おう。
我らが神はどうだ?
『真なる吸血貴族』は怠惰か?
あの御方は無限の、終焉りどころか起源りすら無い其の生命を、刹那すら無駄にしたか? 」
沈黙が落ちる。
「どうした? さっさと言え」
「……確かにそうだが……」
「Non non non…私が求める答えはYesかnoかだ。質問にはちゃんと答えろよ」
「……ノー、だ……」
「其れで良い……。ならばお前は何をする? 奴儕を殺し尽くす為、どう動く? 」
イッド公は考え込む。
一秒……二秒……三秒ほどで顔を上げた。
「まず、私の配下を使って各支部長ごとに異能を暴く。表向きと実際の異能は違って当然だからな。『霧裂』ならば問題無くこなすだろう。そして私も加わり叩く。……これで良かろう。」
「ほう……期間は? 」
「三日もあれば事足りる」
「ならば一夜だ。忌まわしい太陽が西へ消え、東から再び現れる迄を期間としよう」
「……分かった……」
イッド公が歯を食いしばって承諾する。
これで会議は終わりかな?
「ああそうだ……。誰だ? 公共の場に死装束を着せた配下を連れて来たのは? 」
またかとでも言うようにイッド公が
「私だが」
「そうか、次は気を付けろ」
伯爵代理様以外が驚いた顔で主人様を見る。
主人様が誰かの失態をそう易々と許す事はないからだ。
主人様が手を出す。
指抜きの手袋と漆黒の包帯をしているが、美しい手だ。
そして開く。
円卓に広がったのは二本の牙と二十枚の爪、そして灰だった。
多くの貴族様方が凍りつく。
それもそのはずだ。
『吸血貴族』や吸血鬼は、滅びた後に体を切り離しても、切り離した部位ごと灰と化す。
つまり主人様は誰一人にも気付かれずに、『霧裂』をいたぶった上で滅ぼした事になるのだ。
「配下の失態は主人が処理しろ。テンプル騎士団共はその後だ。私はもう帰る。円卓会議は終了だ。……各自解散しろ」
そう言うと主人様はマントをひるがえして外に出て行った。
多くの貴族様は立体映像で会議に参加しているからか、空間は一気にさっぱりする。
例外達も帰って行く。
残っているのは私と、イッド公だけだった。
舌打ち一つ、イッド公が立ち上がり、鞘付きの剣を振るう。
軽い一振りは爆風を生み出し、『霧裂』だった物を窓の外へと放逐した。
あっぶない!
私いるんだよ!?
そして出て行く。
私一人になった。
イッド公のいすを見る。
オリハルコンの装飾が粘土みたいにグニャっていた。
歯を食いしばるとともに握ってたのだろう。
異能解放!
「ふん……にゃあーーーーーー!!! 」
能力と吸血鬼の怪力をフル活用してどうにか直しにかかる。
硬い硬い硬い……!
「ふぐうっ!! 」
ふー、どうにか直せたようだ。
潰すのは簡単だけどなおすのは難しい。
いっつも後始末をする私の気にもなってほしいものだ。
「……帰ろ」
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『鉄血』
『鉄血』の主人様