第一章 ロザリィ—Adam &Eva— (挿絵&ちびキャラ)
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pm1:00辺境の村ダグラス。
曇天の下、農夫が畑を耕し、商人が物を売る最中、
酒場では今日も荒くれ者共が喧嘩をしている。
なんの変哲も無い日常の風景である。
だが、今日は少し異常だ。
異常とは、今酒場に入った少女である。
少し動き易く作られた修道服を着て居る。
歳は、身長から察するに8〜10歳程であろうか。
肌や髪は紙の様、
否、それ以上の純白、と言うより無色に近い。
唇ですらそうである。
首には十字の形の短剣を下げている。
柄にはユダ——————裏切り物の彫刻が施してある。
テンプル騎士団13支部の正装だ。
漆黒の修道服と無色の肌と髪。
完全なるモノトーンの中に感情の欠落した硝子製の双眸が不気味に光る。
黄金の眼球の中には紅い十字架が刻まれていた。
しかし、辺境の酒場と言えば無論、集まる者は宗教嫌いの無法者達。
彼女が目に入るや否や喧嘩を吹っ掛けて来た。
辺境の酒場にしては人の良さそうなバーテンダーは、
部屋の隅にうずくまっている。
「おいおい、シスターさんよぉ…ここが何処か分かって来てるのかぁ!?」
身長2mはあろうかと言うリーダー格の巨漢を中心に、
錆がかった剣や短槍を手にした男共が彼女を取り囲む。
少女は無言である。
「おいガキィ?聞いてんのかあ?」
返された声は意外であった。
「おいおい汚っさん、こいつには喧嘩売らねえ方が良いぜ?」
それは少女の声では無く、少年の声として荒くれ者共の耳に響いた。
しかし声は少女の方から聞こえて来る。
荒くれ者は意外そうな顔をしたが、直ぐに納得した顔に変わる。
「妙な腹話術を使いやがる。おい、てめえら!やっちまえ!」
その言葉と共に右前の男が躍り掛かった。
……と思った。
だが実際に起こった現象はそう単純明快な代物では無い。
男の身体は肉屋に売られるサイコロステーキの様な“もの”へと変化していた。
少し遅れてから血や脳汁が流れ出す。
男共が驚愕の表情を見せる中、
リーダー格の男だけがそれに気づいた。
…そう。
そこには既にそれがあったのである。
それは美しいとさえ言えるほどに均等に張り巡らされた、
蜘蛛の糸であった。
少女が口を開いた。
「どうですか、これで少しは退く気になりましたか。」
その肩には綿毛の様な何かがいたのかも知れない。
手間かけさせんなよな。と、声が聞こえた気がしたが、
逃げ惑う男達がそれを搔き消してしまった。
幾人かは入り口に殺到して再び肉塊の山を造り、
また幾人かは窓から飛び降りて行った。
残ったのは修道服を着た少女と腰を抜かしたバーテンダーのみだった。
少女は
「申し訳御座いません、直ぐに片付けます。」
と言うと、ものの数分で全てを片づけてしまった。
肉塊がどこに消えたのかはバーテンダーには分からなかった。
片付けを終えると、
少女が酒場には何処にでもある依頼表を確認し、
首を横に振った。
そしてバーテンダーの前に歩いて行くと懐から黒く光るコインを差し出す。
1000ミスリル硬貨である。
100アイアンで1カッパー。
100カッパーで1シルバー。
100シルバーで1ゴールド。
10000ゴールドで1ミスリルだ。
辺境の地に置いては1シルバー有れば1ヶ月生活出来る。
貧富の差の激しい国ではこれ位価値の高い硬貨が必要となるのだ。
バーテンダーはそれを見ると、
喜ぶどころか青ざめた顔で
「い、いいい要りませんこ、こんな大金なんて。」
と、首を振る。
少女は、
「そうですか。」
と言うと外に出て行った。
辺境の地に於いて大金を持つ事は死へと直結するのである。
それを窓から覗く者があった。
ー2ー
少女が馬車に乗り、目的地へ向かう頃、
時刻は2時を回った頃であった。
曇天である上、不気味なまでの無風状態である。
しばらく轍の音が聞こえ、少女が口を開く。
「先程は有難う御座いました、カンダタ。」
「本当だぜ、ロザリィの嬢ちゃんが剣を使った方が早く片付いた。」
そう言って現れたのは、直径10cm程の白い毛玉に蜘蛛の脚を持った奇妙な生物であった。
そして続ける。
「アダムとイヴをちゃんと持っとけよ。どうせ報復に来る。」
「確かにそうですね、警戒に超した事は有りません。」
そう言うとロザリィと呼ばれた少女は立て掛けてあった二本の大剣を手に取る。
大剣は新月の夜の闇を剣の形にしたかの如き暗黒だ。
短い方の大剣の柄にはイヴ、
長い方の大剣の柄にはアダムと彫られている。
アダムの長さは2m近く、
ロザリィは立っても、立てたアダムよりは大分低い。
その幼いとさえ言える体躯で大剣を二本もどう扱うというのか?
だがこの少女ならばそれが出来るだろう。
この少女はそれを出来て当然そうなまでの鬼気を纏っている。
少女が不敵に笑う。
美しい歯並びの中に二つの折れた歯が見えた。
-3-
半時が過ぎると、カンダタの予言した通り襲撃があった。
だがそれはあの荒くれ共に出来そうな手段ではなかった。
馬車を襲ったのは渡り鳥の如く群れを成した手裏剣の嵐であった。
これを受ければ鉄壁の防御を誇る装甲竜とてひとたまりも無いだろう。
無論馬車は細切れになり、
馬も同じ運命を辿った。
近くに忍者の姿をした男が立って居る。
手には耐寒の性能が高い布を巻き、酸素マスクを付けて居た。
その後ろに集団がある。
2m程の何処かで見た顔の巨漢から
「やった!これで復讐も出来て金も入って一石二鳥だ!」
と聞こえて来た。
忍者の男も満足そうに頷いている。
この手段でしくじった事は無かったのである。
取り巻きの荒くれ達からも歓声が上がった。
数瞬後再び声が上がる。
しかしそれは歓声では無く、恐怖の叫びであった。
忍者の男が振り返ると、そこには首から血霧を吹きながら絶叫するリーダー格の男が居た。
(他の仲間は…。)
彼の目に映ったのは首を撥ねられた死体、顔を握り潰された死体、胴を両断された死体…生き残りは存在し無かった。
そしてその地獄絵図の中、幼気な少女が笑って居た。
狂気的に。
彼女は片手の剣を掲げる。
かつての仲間達が、起き上がった。
死した敵として。
「死者達が言っています。処刑せよ、斬首せよとッ!」
その声は彼にも聴こえた。
【殺せ。斬首せよ。処刑せよ。殺せ。斬首せよ。処刑せよ。
殺せ。斬首せよ。処刑せよ。殺せ。斬首せよ。処刑せよ。…】
「『 死霊術』か。だが!」
忍者は手裏剣を扇の様に両手に広げ、
そして投げる。
30も。
それはかつて仲間だった者達の首を確実に跳ね飛ばした。
しかし死者達は動きを止めなかった。
「まだ!」
さらに30の手裏剣が死者達の心臓に突き刺さる。
彼等は遂に動きを止めた。
ロザリィは死者の一人を確認する。
「冷たい。先程死んだばかりなのに、です。」
それにカンダタが返す。
「そうだな、嬢ちゃん。普通ここまで冷たくはならねえ。」
「お喋りしている暇は無いぞ!」
言って忍者の投げた手裏剣はカンダタの飛ばした糸に両断された。
「どうした?兄ちゃん。死体を調べられると何かまずい事でもあんのか? 能力がバレるとかかなあ?
…そうだな、嬢ちゃん。
異能バトルの闘い方を教えてやるよ。」
忍者の男に少しの焦りが見える。
「まずは敵の異能、実力、装備を知る事だ。」
そこに再び十数の手裏剣が飛ぶ。
黒い巨剣がそれを叩き落とした。
「まあ大体解っただろ、言って見ろ。」
「…Lvは恐らく五百前後、装備は防寒布。
この辺りは気温の低い地域では有りません。
よって防寒布を着けるのはおかしいです。」
男の焦りが増す。
「そして先程殺した死体が既に冷たく成って居た事。
これ等の事象から考えるに恐らく彼の異能は触れた物を手裏剣に変える物。
大気中の窒素を使って居るのでしょう。
それを無理に手裏剣に変える為、固体になるまで冷やして居るのでしょうね。」
忍者の焦りが更に増した。
「おし、正解。」
少女は巨剣を十字に構える。
「…罪なる異端を焼き清めよ、『|異教狩りの行進( Judas betrayal)』ッ!」
剣から延びた影は、夜の帳の様に広がると松明を持った死者達として現れた。
その数は十万を超え、今や広がって居た草原なぞ見る影も無い。
それは忍者の男を狂わせるのに充分な数であった。
忍者は距離を取るとコマの様に回転を始める。
「死ねえええええええ!!」
彼の顔目は正気を失って居た。
秒間何百と言う手裏剣が荒れ狂う。
しかし、
「その技は大量の手裏剣を飛ばす、だけでは無いでしょう。
狙いは気化した窒素で酸素を押し出した事による広範囲の窒息。
そのマスクはそれに巻き込まれ無い為の対策でしょうね。
無風の今日に適して居る技です。
ですが無風と言う事は貴方の周りに高濃度の酸素が溜まると言う事。
後は言うまでも有りませんね。
…さあ、死者達よ。異教を焼き清めて下さい。」
もう消火を出来る窒素も彼の周りには残って居ない。
後は単純な数字の問題であった。
死者達の数は十万を優に越える。
彼を取り囲んで火を付けるのに何の障害も無かった。
「く…くるな…、くるな!あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……。」
曇天の街道には死者達が焼けながら転げ回る獲物の四肢を千切って喰らう音が響いて居た。
-4-
近くに停めてあった荒くれ達が使っていたらしい馬車を拾い、
ロザリィ達は目的地に向かっている。
魔術馬や機械馬が引いて居るので、手綱を取る必要は無い。
空は未だ曇りのままだ。
不意に少女が口を開いた。
「カンダタ、目的地の『氷龍山』とはどんな所なのでしょうか。」
「嬢ちゃんの頭の上を定位置にして良いなら教えてやる。」
「…了解しました。」
カンダタを拾って頭に乗せる。
「…意外と軽いです。」
「だろ?こんな蟲の姿になってからずっとやりたかったんだ。
アニメとかで見てて可愛いからな。」
「…?…良く分かりませんが教えて下さい。」
「(…まあ解らねえか。)…『氷龍山』はな、」
「はい。」
「良い所だ。」
「…それだけですか。」
「冗談だ。」
「『冗談だ。』では無く教えて下さい。」
「分かった…。
えっとだな…」
会話をする二人を乗せて馬車は走って行った。
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ロザリィ
カンダタ