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ヤンデレ少女

 少女の名はファンコニーといった。トロイツ国教会の伝承者の一人娘で、階級は下級貴族だった。


「やっと会えました……私の運命の人……」


 私はファンコニーの瞳に同じ運命を感じ取った。彼女は名ばかりの令嬢であり、その階級の低さから貴族社会では隅に追いやられてしまったのだ。つまり、貴族社会に馴染めなかった。私もきっと同じだった。


「君はどうしてパーティーに参加しないんですか?」


 ファンコニーは首を横に振って、


「私のことなど、誰も覚えていませんわ。私は名ばかりの令嬢なのです。ですから、国王様から招待状が届くこともありません」


「では、どうして、ここに入ることができるのですか?」


「それは、私が宗教を司る者だからです。いくら下級と言えど、宗教に身を捧げる者は、いかなる時でも宮殿に足を踏み入れることができるのです。宮殿の中に神様を礼拝するチャペルがございますから」


 私は一応納得した。


「それで……あなたは私を探していたのですか?」


 こう尋ねると、ファンコニーは顔を真っ赤にして、


「恐れながら……」


 と言った。


「なるほど、それは光栄ですね」


「ありがとうございます。一目見たときから、その……私はあなたに恋をしました……」


「恋……あなたは私に恋をしたんですか?」


 こんなことを少女に尋ねるのは、少々失礼だと思った。しかしながら、あまりにも話が急すぎたので、確認せずにはいられなかった。


「ザイザル様……あなたの澄んだ瞳に、私はすっかり惚れ込んでしまいました。あなたは……残りの勇者様と違って、欲がないのですね?」


 流石は宗教家だと思った。


「欲がないというか、もう既に適ってしまったのです。私はかつてのアルビノーニのような勇者になって、この平和な世界を守りたいと、子供のころから考えていました。だから、私の望みはもう叶ってしまったのです」


「素晴らしい……素晴らしいですわ!」


 ファンコニーは非常に感激しているようだった。


「自らの命を捧げてまで、世界を救う勇者になりたい……それが望みだなんて、やっぱりあなたはすごいお人なのです!」


 なるほど、そう言われてみれば、あながち間違っていないのか?


「そんなあなたを、私はますます好きになってしまったのですよ!」


 ファンコニーは無意識に肩を寄せてきた。私はファンコニーの胸打つ鼓動を肌で感じ取った。


「ザイザル様、これほど急なお願いで申し訳ないのですが……私をあなた様の伴侶にして頂けないでしょうか?」


 ファンコニーの告白に、私は驚いた。しばらく、言葉が見つからなかった。ファンコニーは、私が口を開くまで辛抱強く待っていた。


「そもそも、君は聖職者なのでしょう?神に魂を捧げる者が、人間に恋をしても赦されるのですか?」


 自分では真っ当な質問をしたつもりだったが、すぐに否定されてしまった。


「いいえ、あなた様は神様に準ずる聖者様なのです。ですから、神様と人間の中間に位置する方なのです。ですから、あなた様に恋をしても、それは問題にならないのです」


「なるほど……。しかしながら、いきなり伴侶になれと言われても、私は未だかつて人を好きになったことがありませんから……」


「その点は心配いりませんわ!」


 ファンコニーは、より一層間合いを詰めてきた。そして、あろうことか、私の手を自らの胸元に宛がった。


「何をするんですか!」


 私はとっさに大声で叫んだ。


「ザイザル様?恋なんてものは、最初は誰にも分からないものなのです。しかしながら、長く付き合いを重ねていくうちに、二人は惹かれ合っていくのですよ」


「しかし、今はまだ早すぎるでしょう!」


「ザイザル様……そんなに怒らないで下さいよ。それに……」


 ファンコニーは、腕を伸ばして私に抱き着いた。


「どうですか?私はこんなにドキドキしているんですよ?あなた様も、ほら、胸がバクバクしてますよ?」


「これは不可抗力で……」


 ファンコニーに抱き着かれて、私はまず恥ずかしいと思った。しかしながら、少し時間が経つと、森の静かな風と春の香りがミックスされて、私の鼻元をくすぐり始めた。大分背の小さな、しかしながら、タンポポのようにたくましく生き続けている少女の温もりに肌で触れて、私は何故だか、ファンコニーを愛おしく感じるようになった。


「これでもまだ、不可抗力ですか?」


 それに、ファンコニーの笑う顔は、私が夢見る森の妖精にそっくりである。戦いの術を覚えてしまった私にとって、いつまでも笑い続ける彼女は、心の支えであり、癒しでもあった。ファンコニーは、ひょっとしたら、妖精の血を引いているのかもしれないと思った。


「いずれにしても……もう少し考えさせてください。これは簡単な話ではありませんから」


 そう言って、私はファンコニーから離れようとした。すると、ファンコニーは何かをつぶやき始めた。声が小さいので上手く聞き取れなかった。やがて、あの可憐な笑顔はすっかりと消え失せて、魔王のざわめきにも似た、奇怪な声とともに、どこまでも黒い眼差しで、私のことを見つめた。


「ザイザル様ザイザル様ザイザル様ザイザル様ザイザル様ザイザル様ザイザル様……私はあなたのことを愛しております。どうして私の愛を受け入れてくださらないのですか?教えてください。そうでなかったら、私この場から身を投げようと思います。ねえ、ザイザル様早くその理由を教えてくださいまし。ザイザル様ザイザル様ザイザル様ザイザル様ザイザル様ザイザル様……」


 入力と出力の方法を忘れた機械のように、ファンコニーは私の名前を呼び続けた。

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