ファンコニーの過去
その後、私はファンコニーの過去について知ることになった。
ファンコニーが、この驚異的な能力を身につけたのは、彼女がちょうど五歳の誕生日を迎えた日のことだった。彼女のことを誰よりも愛していた母親が、病に罹って死亡した。ファンコニーは原因を調査するうちに、その原因が時折復活する魔王による仕業であることを突き止めた。ファンコニーは復讐に燃え始めた。
しかしながら、非力な五歳の少女が魔王を倒すことなど、不可能だった。聖職者である父の力を借りれば、魔王に匹敵するくらいの魔力を得ることは可能だったかもしれない。しかしながら、私用のために魔力を濫用するのは、神の掟に反するものであったため、父が許可するはずはなかった。
悲嘆に暮れる少女の前に、魔王の世界侵攻が拍車をかけた。世界は崩壊寸前にまで追い込まれた。そんな時、暗闇に覆われた世界に一筋の光が注ぎ込まれた。世界の救世主が神の啓示を賜り、魔王討伐を決意したそうだ。
世界の救世主、そうだ、彼こそが、かのアルビノーニだった。私と同じように、天からの剣を授かって、魔王と戦った。結果、アルビノーニは勝利した。アルビノーニは以降、勇者として崇め奉られるようになった……。
しかしながら、アルビノーニは無傷ではなかった。致命傷にはならなかったが、魔王の因縁を刻まれて、少しずつ身体と魂を蝕み始めた。時を経るにつれて、勇者アルビノーニは衰えていった。彼に死がやってくるのは、時間の問題であった。
そんな彼を救ったのが、ファンコニーだった。自ら編み出した方法で人を救うのであれば、それは神の掟に反することではなかった。
ファンコニーはアルビノーニを救おうと思った。自らの恨みを晴らしてくれた、それだけの理由ではなかった。命を懸けて世界を救った勇者に対する尊敬と、淡い恋心の結晶だった。恋と呼べるかは分からない、自分が恋をしていいのか、自分ごときが釣り合う相手なのか、そんなことは分からない。それでも、ファンコニーはアルビノーニをずっと好きでいようと思った。アルビノーニに死がやってくる前に、自分の手で救おうと思った。
父から教わった救済のまじないを大幅に発展させて、傷を癒す方法を習得した。人間が負うであろう全ての傷を癒す力を身につけた時、それは、死を回避するための魔法に変換されて、目的を達成した。
しかしながら、それよりもわずかに早く、アルビノーニの死がやってきてしまった。ファンコニーはアルビノーニを救うことができなかった……。
「すると、君は何年生きていることになるのですか?」
「そーですね……今年で、ちょうど1006年くらいですかね?」
「なるほど、度重なる無礼、失礼いたしました……」
「ええっ?どうしたんですか?そんな、顔を上げてください、ザイザル様!」
ファンコニーの希望は、いつの時代にも出現する勇者に力を与えることだった。仮に死んでしまったとしても、蘇る能力を行使して、一生愛し続ける……それが、ファンコニーの人生だった。そのターゲットが、今はこの私というわけだった。
「ですからね、あなた様は世界の救世主様であって、私の永遠の恋人なのですよ!お分かりいただけましたか?ザイザル様ザイザル様ザイザル様ザイザル様ザイザル様ザイザル様……愛しております!」
と、ここで私は一つの疑問が生じてきた。
「それならば、メコンたちはどうなんですか?彼らもまた、私と同じ勇者のはずですが?」
「ああ、彼らはダメですね。ザイザル様と決定的に異なりますから」
「何が違うんですか?」
「彼らは人間と同じく非常に傲慢で欲深いのです。あなた様と違って」
「私だって、欲深いと思いますが?」
「いいえ、そんなことはないのですよ。ザイザル様、あなたは私だけを愛してくださいます。その証拠に……ほら」
ここ最近、ファンコニーと一緒にいたせいか、どうも、彼女を女だと思って緊張してしまう。これが恋と言う物なのだろうか、それとも……?
「あなた様のように、勇者道を実践される方は、本当にアルビノーニ様以来だと思います。十世紀長生きしてよかったですよ、本当に!」
ファンコニーは顔を赤く染めて、私の胸元にその小さな顔をすりすりと擦り付けた。
そんなことをしている内に、私はもう一つ、究極の疑問を思いついてしまった。アルビノーニが最初の恋人なのだとしたら、どうしてアルビノーニを復活させないのだろう?もとはと言えば、私を救ってくれた魔法だって、全ては彼を救いたいという願いから生まれたわけだし……というか、ファンコニーに頼めば、アルビノーニが復活するんじゃないか?
ひょっとして、アルビノーニに会えたりするものか??
「ファンコニー!!!」
「ひゃぁっ……!いきなりどうしたんですか?」
「ついさっき、私にしたように、アルビノーニを生き返らせたらどうですか??」
「アルビノーニ様を生き返らせる?ああっ、なるほど、そういう方法も確かに……ありますね!」
どうして今まで気が付かなかったのだろうか、子供のころから憧れていた伝説の勇者に、本当に会えるのだとすれば、これほど素晴らしいことはない!
「ああっ、でも今すぐには無理ですね」
「どうしてですか?」
「だって、アルビノーニ様の遺体がどこにあるのか、分からないので」
「ならば、一緒に探そうじゃありませんか!」
「ええっ?ちょっと、ザイザル様?」
今度は自ら、ファンコニーの腕をとった。
「早く!アルビノーニの墓を探して、君の魔法で生き返らせようじゃないですか!」
今度の旅は、私が責任もって先頭を務めることになった。