掘り出した記憶?
「じゃあ、昨日アイアの部屋に遊びに行ったところまでは覚えているんだな?」
「あ、ああ。そうだよな? 俺、昨日アイア家に遊びに行ってるよな……?」
もはや自分の記憶に絶対の自信を持てていない俺は、情けなくも覇太郎に寄り掛かりながら俺の記憶と過去に起きた出来事を整理していた。
「大丈夫だ。今日の講義の後、そのアイア家で起こった1件について、僕はカズキから相談を持ち掛けられていたからね。間違いはないよ」
自分が昨日だと思っていた記憶が、本当に昨日起こっていた出来事であると証明されてホッとする。
うわぁ、記憶喪失マジで怖えぇ。なんだか自分が自分でない気がしてくるよ。これがもっと長期間に渡る記憶を喪失してたとかだったら、心が参ってしまいそうだ。
とりあえず、自分の最新の記憶がわかったのは良かった。
後もう1つ確かめたいことがある。
「と、ところでさ。俺、いったいどんな1件を覇太郎に相談していたんだっけ?」
そう質問すると、覇太郎は一瞬、ピタっ! と動きを止めて俺から目を逸らして答える。
「え……。じ、自分で思い出せないか……?」
心なしか覇太郎が話したくなさそうに見えるぞ……?
「その反応なんだよぅ!! 俺はいった何を相談したんだよぅ!!」
スゲー不安になるじゃんか!!
「いやさ……昨日さ、ちょっと特別な出来事があったんだろう? その、アイアの部屋で……」
え……えぇっ!? と、トクベツなコトっ!? それってーー
「も、もしかして俺……け、けけけ、経験しちゃった!?」
「違う違う違う!! 『そっち』じゃない!! もっとコメディ寄りなことだっ!!」
ち、違ったか……ちょっと残念だ。
まあ自分にとって、そして恐らく相手にとっての初めても忘れるとか大ショック過ぎることだと思うし、それに関しては良かったのかも……?
それにしてもコメディ寄りってなんだ?
しっかり記憶を遡ってみよう。
目を瞑って腕組みし、顔を上に向けてじっくりと思い返す。
まず昨日はアイアの部屋に上がってから『魔法陣グ〇グ〇』を読んで、なんでか忘れたけどクッションでめった打ちにされたんだ。
その後に着衣の中にピンク色を探そうとしてパンツを覗き込んだはず。
それは成功したんだけど、結果アイアに脚とパンツと貧相な胸を見ていたことがバレてーー
「あぁッ!!」
「ど、どうした! カズキ!!」
俺は叫んでいた。
「思い……出した!」
「そうか!! 思い出したか!!」
何でこんな大事なことを忘れようとしていたのか!!
今まで生きてきた20年の中で作られた思い出。
その中でも、夜に落ちた深い青の帳を東の空から赤く染め上げる太陽のような、一際大きな光を放つその欠片を!!
「俺!! ニーナちゃんの『生ワキ』に『ダイブ』したんだった!!!!」
「…………にーなちゃんのなまわきに『DIVE』?」
覇太郎は棒読みでーーやけに『ダイヴ』という発音だけ下唇を噛みネイティブなーーオウム返しをする。
俺はキョトンとした顔を維持する覇太郎に、ああそういえば本来先程のやり取りの中で思い出そうとしていた内容ではないなと思い至り、補足を加える。
「全然アイアの部屋とは関係ないことなんだけどさ、なんか頑張って思い出す内にものすごくリアリティのあるワキの感触と匂いが突然頭をよぎったんだよね。僅かな湿り気を帯びる柔らかな肌とフローラルな香りの中にほのかに混ざる汗の匂いがさ。で、気絶したときって俺はニーナちゃんの下敷きになってたんだろ? だからきっと俺は気絶する直前、あの超絶美少女の生ワキに顔からダイブしてたってことにならない!?」
その感覚は生々しく、現実にあった出来事だと確信できた。
事故時の光景などはさっぱり記憶から消えているが、その鮮明な五感の記憶は、顔に圧し掛かったソレがまごう事なきワキであったのだという証明だった。
しかし覇太郎は俺の補足に「なるほどな」とはならず、何故かげんなりとした姿で呆れ顔を浮かべる。
「なんというか、カズキ。お前変わったな…………」
「ああ。ニーナちゃんの生ワキは俺の死生観までをも変えたさ」
「うぇ、それほどの出来事だったのか…………」
人の死生観までをも振り回した生ワキの威力に、流石の覇太郎も驚いたように呻く。
それから俺は手振りを交えてあーなってこーなったに違いないと、覇太郎へ話しかけつつ自身の考えをまとめる。ただ覇太郎は聞いているんだか聞いていないんだかで、時折、「『自ら踏みだす一歩で前進しなくてはならない』って言い切った手前、ここで訂正を入れるのは本当に正しいのだろうか……」などとブツブツ呟いていた。
そして俺が一通り話し終えたタイミングで、覇太郎は席を立ち先に帰ると言い始める。
「えぇ!? お前も待っててくれないのかよ!? 精算もどうせすぐに済むだろうし……っておい!!」
何かを考え続けて心ここにあらずといった様子で、俺の制止が全く聞こえていない覇太郎はすでに病室のドアを開けていた。しかし、すぐには立ち去らず数秒立ち止まった後、おもむろに振り返った。
「カズキ」
「な、なんだよ」
真剣な声音だったので、つい身構えてしまう。
しかし覇太郎は、
「カズキが変わったのはその事故の前からなんだよ……」
とだけ言い残して、ドアを閉めて去った。
「え?」
取り残された俺は「何が?」以外の感想が出てこない。
覇太郎らしくない、話の流れも文脈も一切無視した一言に俺はただ戸惑うしかなかった。
そして、
「あ。あと結局俺1人置いて行きやがった……」
1人ぼっちになった俺は寂しく荷物を整えて、病室に訪ねて来てくれたお医者さんといくつ言葉を交わして受付へと向かったのであった。