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第02伝【切り札との邂逅】―後編―

「行くぞ、満月! 折り返し地点の第3ターンだ!」


「ええ、望むところです!」


 第3ターン目のターン開始フェイズ。

 互いにサイコロを振る。


【星永 辰巳】

【3】+2=【5】

【コスト:5+3=8】


【入部 満月】

【3】

【コスト:5+3=8】


 攻撃側と防御側を決定するターン開始フェイズ及びコストを得るコストステップを終え、ドローフェイズ。


『ドロー!!』


【星永 辰巳】

【手札:3→4】


【入部 満月】

【手札:5→6】


 互いにカードをデッキから手札に加え、勝利するための戦術を練り上げる。

 それを組み上げるための戦術フェイズ。

 まずは辰巳の番だ。


「俺の戦術フェイズ、レジェンドを選択。さらに、場に1枚のカードを伏せる!」


【星永 辰巳】

【手札:4→3】


「これで俺の戦術フェイズは終了。……来い、満月!」


 辰巳の選択に一切の迷いはない。

 その姿は満月の目から見ても、彼が栄喜とのバトルで見受けられた情けない姿は見当たらない。

 ならばこそ、満月もそれにひるむわけにはいかない。


「私の戦術フェイズ。折り返し地点とは言わず、このターンで決めてあげましょう!」


 待機室からレジェンドを選択。作戦場に2枚の戦術カードを新たに伏せる。


【入部 満月】

【手札:6→4】


 これで前のターンに伏せて使用しなかった戦術カードと合わせて合計3枚の戦術カードが伏せられた。

 満月の見立てでも、完璧な防御布陣。たとえ辰巳がどのように攻めて来ようとも、満月には防ぎきる自信がある。

 なんなら、このターンで辰巳を仕留めることだって可能だ。

 仮に仕留め切れなかったとしても、自分にはまだ手札が4枚もある。

 この段階で、満月はこのバトルの勝利を確信していた。


「行きますよ、辰巳様。レジェンド入場フェイズです!」


「ああ。まずは、俺のレジェンドからだ!」


 辰巳はスマートフォンの画面に表示される【Legend:Touch the Screen!】に触れる。


「空に流れる星の如く、敵を翻弄しろ! 3コストを捧げて入場せよ、【メテオ・レディガンナー】!」


【星永 辰巳】

【コスト:8→5】


【メテオ・レディガンナー】

【星属性/コスト:3】

【ダメージ値:2300】


〈レディガンナーちゃん、ただいま参上!〉


 カウガールのような様相で二丁拳銃を持った可憐な乙女が闘技場に入場した。


「レディガンナーに、入場時に発動する能力はない。次は君の番だ、満月」


「言われずとも。私は3コストを支払い、【月光騎士 ルビー】を入場させます!」


【入部 満月】

【コスト:8→5】


【月光騎士 ルビー】

【月属性/コスト:4→3】

【ダメージ値:5000】


 闘技場に、赤い髪をポニーテールに纏めた少女騎士が入場した。


「入場時、ルビーの能力を発動します!」


【月光騎士 ルビー】

【能力①】[<月/1枠分>【このレジェンドの入場時】このターン中、あなたが防御側である場合、あなたは相手レジェンドを1体指定する。この効果で指定された相手レジェンドは、このターンのバトルフェイズで必ずアタック宣言をしなければならない。]


「私はメテオ・レディガンナーを指定します。辰巳様はこのターン、必ずアタック宣言をしなければなりません」


「また、アタック強制能力か」


 そして、満月は前のターンに【月光騎士 サファイア】の能力で廃棄所から戦術カード【リフレクト・ダメージ】を手札に回収している。


(満月が狙っているのは、恐らくリフレクト・ダメージによる反射ダメージでのゲームセット。俺の残りライフは1600で、レディガンナーとルビーのダメージ値の差分は2700。十分、射程圏内だ)


 半分、首元に王手がかけられたような状況。それにも関わらず、辰巳は思わずニヤけそうになるのを必死にこらえる。


(……ずっと、忘れていた。この感情)


 ――――ああ、楽しい。


「バトルフェイズ。行くぞ!」


「返り討ちにしてあげましょう」


 満月は辰巳の作戦場に伏せられた1枚の戦術カードを見つめる。


(彼が伏せた戦術カードの効果は何だ? ダメージ値増加か、それとも……)


 それから、次に自分の作戦場に伏せた戦術カードを見つめてから首を横に振る。


(いや。たとえどのようなカードであろうと、私の勝利に揺るぎはない。――だが)


 辰巳が一言「アタック」を宣言すれば、それだけで満月の勝利が決定する。

 そのはずなのに。


(何故、こうも……心がざわつく……?)


 辰巳の表情から滲み出る自信とも違う表情。その瞳から読み取れるのは、希望?

 いや、それとも違う。

 その正体を見極めるために、満月は辰巳の一挙一動を注意深く見つめる。


「レディガンナーでアタック!」


 アタック宣言した瞬間、辰巳は能力の発動を宣言する。


「レディガンナーのアタック宣言時能力を発動!」


「……来る」


 満月の額から汗が滴り落ちる。

 一体、どんな能力で来るのか。

 ダメージ値上昇? それとも貫通能力か? はたまた、こちらのダメージ値減少だろうか。

 自分の作戦場に伏せた戦術カードならば、どんな能力だって恐くない……はずだ。そう、理論上ならば。


 メテオ・レディガンナーの能力が開示される。


【メテオ・レディガンナー】

【能力①】[<星/3枠分>【このレジェンドのアタック宣言時】あなたは自分の手札からカードを1枚指定して廃棄する。そうしたら、あなたは自分の休憩室から【星属性/コスト:4】のレジェンドを1体指定して、自分の待機室に戻す。]


「これは……っ!?」


 満月は目を剥く。

 メテオ・レディガンナーの能力は、満月が想定したどの能力とも異なっていた。


「自分の予想した未来と違っていたか、満月?」


「えっ……」


 まるで豆鉄砲でも食らったかのような表情の満月。

 無表情で気取った形相が目立っていた満月のそんな表情に、辰巳は小さく笑う。

 これこそ、カードゲームの醍醐味。どれだけ相手の裏を読み、相手の意表を突くか。

 攻めるばかりが勝利に繋がるわけではないのだ。


「レディガンナーの能力。それは、手札を1枚捨てることで俺の休憩室に存在するコスト4の星属性レジェンドを待機室に復帰させる」


【星永 辰巳】

【手札:3→2】


「貴方の休憩室に存在するコスト4の星属性レジェンド……」


 辰巳は一度もコスト4・星属性のレジェンドを闘技場に入場させていない。

 だが、辰巳が一度だけ、この要件を満たすレジェンドを休憩室に送る機会があった。

 第1ターン目で辰巳が発動した戦術カード【増援要請】の効果で、【流星ストライク】のダメージ値を上昇するために待機室から休憩室に送られていたコスト4・星属性レジェンドである――――【メテオ・ガンナー】。


「ですが、今更、そんなレジェンドを復帰させたところで遅いです! ルビーでブロック! さらに!!」


 満月は作戦場に伏せていたカードを翻す。


【リフレクト・ダメージ】

【戦術カード/コスト:2】

【効果】[【ダメージ計算ステップ時】このターン、あなたが自分のレジェンドで相手のレジェンドのアタックをブロックし、さらに自分のレジェンドのダメージ値が相手より上回っていた場合、その差分だけ相手のライフにダメージを与える。]


「2コストを支払い、戦術カード【リフレクト・ダメージ】を発動します!」


【入部 満月】

【コスト:5→3】


【メテオ・レディガンナー】

【ダメージ値:2300】


 VS


【月光騎士 ルビー】

【ダメージ値:5000】


「レディガンナーとルビーのダメージ値の差は2700、そして辰巳様の残りライフは1600。これで私の勝ちです!」


「ならば、俺も戦術カードを発動!」


「くっ!」


 一体、どんな戦術カードで攻めてくる?

 満月は自分が伏せた残り2枚の戦術カードを見つめる。


(私が伏せた戦術カードは【ブロック・シャッター】と【無血の障壁】。いずれにしろ、相手からのダメージを0にする戦術カード、このターンで私が負けるはずがない!)


 そして、辰巳は戦術カードを表向きにする。


【ダメージ・カット】

【戦術カード/コスト:2】

【効果】[【ダメージ計算ステップ時】あなたは自分の手札からカードを好きな枚数を指定して、廃棄する。そうしたら、この効果で廃棄したカード1枚につき1000だけ、自分が受けるダメージを一度だけ減少させる。]


「な、……ダメージ・カット?!」


「ああ。俺は手札からカードを2枚捨てて、ダメージを2000軽減する!」


【星永 辰巳】

【手札:2→0】


 リフレクト・ダメージによる2700の内、2000ダメージが軽減されたことで辰巳が受けるダメージは700となる。


【星永 辰巳】

【ライフ:1600→900】


「はは。何とか、首の皮1枚繋がったか」


「首の皮1枚ですって……?」


 本当に、そうだろうか。

 満月はそう疑り深く考える。

 第1ターンから考えると、まるで全ての流れが、辰巳の思惑通りに事が進んでいるのではないかと感じてしまう。

 辰巳の行う全ての行為が、無駄のない計算し尽くされたようにも思える。

 【増援要請】でメテオ・ガンナーを休憩室に能動的に送って流星ストライクの火力を上げ、そのメテオ・ガンナーを後にメテオ・レディガンナーで回収。

 他にも、星詠みの道化師の能力で自分の場の戦術カードを破棄して火力を上げつつ、その破棄した戦術カード【湧き上がる憎悪】の効果でさらに火力を上げた。

 彼のコンボは全てが全て、後の展開に繋がっている。

 むしろ、限界ギリギリまで自分のライフを削ってこちらの戦術を潰しにかかってるのような――いや、見極めに来ているような。

 そこまで思考して、満月は首を強く横に振る。弱気になっている自分の考えを振り払うように。


「……いいや、考えすぎだ。勝つのは、私だ」


 そうだ。絶対に負けない。


「私の戦術は負けない。絶対に負けない、だから――」


「絶対に負けないっていうのは、絶対に勝てるっていうのとは同義じゃないぜ」


 辰巳は満月を見つめて言う。


「負けるまでは、負けない。それが絶対に負けないってことだ」


「……っ。ほざけ!!」


「なら、それを次のターンで証明してやるよ」


 レジェンド退場フェイズ。メテオ・レディガンナーを休憩室へと送る。

 ターン終了フェイズ。月光騎士ルビーを待機室に戻す。


「第4ターン。ここで決める」


「……」


 満月の表情は暗い。

 辰巳の言った言葉が、満月の心に突き刺さる。


――『負けるまでは、負けない。それが絶対に負けないってことだ』――


 それはまるで。


「私に、勝つ気がないと言っているみたいじゃないか……っ!」


 そんなこと、あるはずがない。

 あっては、ならない。


「勝つのは、私だ! お嬢様を守るのも、私なんだ!」


「フンッ、随分と乗ってきたじゃないか」


 満月と辰巳は互いのサイコロを手に持つ。


「行くぜ、満月。これが最後のダイスロールだ!」


「うるさい!」


【星永 辰巳】

【2】+2=【4】


【入部 満月】

【3】


 辰巳は「よしっ!」とガッツポーズを浮かべて満月に対して不敵に笑う。


「また俺が攻撃側だぜ」


「……それが、どうした」


 その表情が、満月の心を乱す。

 まるで、それが勝利条件であるかのように。


「私の戦術は、カウンター戦術。私が防御側であることは、何もおかしなことでは……」


 だが、本当にそれで勝てるのか。

 相手の残りライフは僅か900。そして相手の手札は0枚。

 そして、基本的に月属性のレジェンドのダメージ値は星属性よりもかなり高く設定されている。

 今なら、辰巳の防御は薄い。確かに、攻めるなら今だ。


「私は手札のコスト5の戦術カード【無血の障壁】を捨てて、サイコロの目を変更する!」


【星永 辰巳】

【2】+2=【4】

【コスト:4+5=9】


【入部 満月】

【手札:4→3】

【5】

【コスト:4+5=9】


「これで、このターンは私が攻撃側です!」


「……そうかよ」


 辰巳は顔を俯かせてそう呟いた。

 それを見た瞬間、今度こそ満月は勝利を確信した。


(ほら、お嬢様。やはり、この男は何も変わっておりません。こうやって、自分の負けが濃厚になれば、容易くその顔を下に向ける。お嬢様の言葉など、この男の心には真の意味で響いてなどいないのです!)


 ターン開始フェイズからコストステップ。続いてドローフェイズ。

 互いにデッキからカードをドローする。


『ドロー!』


【星永 辰巳】

【手札:0→1】


【入部 満月】

【手札:3→4】


「悪くないカードですね」


 満月はドローしたカードを満足げに手札に加える。

 一方、辰巳は小さく笑う。


「……フッ」


 いよいよ戦術フェイズ。

 今までと違い、満月からだ。


「レジェンドを選択、手札のカードを3枚伏せます!」


【入部 満月】

【手札:4→1】


 これで、場に伏せたカードは5枚。準備は万全。


「私の戦術フェイズは終了です」


「……ならば、次は俺の番だ」


 辰巳は相変わらず顔を俯かせたまま、スマートフォンの画面に触れてレジェンドを選択する。


「レジェンドを選択。……俺は手札から、支援カード【補給支援】を発動」


【補給支援】

【支援カード/コスト:2】

【効果】[あなたは自分のデッキの一番上からカードを2枚ドローして、自分の手札に加える。]


【星永 辰巳】

【手札:1→0】


「コストを2つ支払い、カードを2枚ドロー……」


【星永 辰巳】

【コスト:9→7】

【手札:0→2】


「さらに、コストを3つ支払って支援カード【スリー・ツー】発動……」


【星永 辰巳】

【コスト:7→4】

【手札:2→1】


【スリー・ツー】

【支援カード/コスト:3】

【効果】[あなたは自分のデッキの一番上からカードを3枚ドローして、その中から1枚指定して廃棄し、残りのカードを自分の手札に加える。]


「3枚ドローして、1枚を廃棄。残り2枚を手札に加える」


【星永 辰巳】

【手札:1→3】


「この期に及んでドローとは。往生際が悪いですね」


「……」


 辰巳は満月の言葉に答えず、廃棄所に捨てたカードを手に取って効果を発動する。


「さらに、廃棄した戦術カード【スクラップ・ドロー】を発動」


【スクラップ・ドロー】

【戦術カード/コスト:0】

【効果】[【このカードが廃棄された時】あなたは自分のデッキの一番上からカードを1枚ドローして、自分の手札に加える。]


「効果によりデッキから、カードを1枚ドロー」


【星永 辰巳】

【手札:3→4】


「場にカードを4枚伏せて、俺の戦術フェイズは終了だ」


【星永 辰巳】

【手札:4→0】


「……」


 満月は辰巳が伏せた4枚のカードを見てから、コストの数を確認する。


(彼のコストは残り4。ということは、コスト5の防御札である無血の障壁が来ることなく、また入場させるレジェンド分のコストを加味すれば、伏せたカードの中に防御できるようなカードはない。……つまり、あの4枚は全てブラフだ!)


 レジェンド入場フェイズ。


「4コストを支払い、現れよ! 【月光騎士 サファイア】!!」


【月光騎士 サファイア】

【月属性/コスト:5→4】

【ダメージ値:6000】


【入部 満月】

【コスト:9→5】


「今回は攻撃側なので、サファイアの入場時能力は発動できません。さあ、次は貴方のレジェンドを入場させる番ですよ」


「ああ」


 辰巳はスマートフォンに触れる。


「4コストを支払い、入場せよ。【メテオ・ガンナー】」


【メテオ・ガンナー】

【星属性/コスト:4】

【ダメージ値:3200】


【星永 辰巳】

【コスト:4→0】


〈ハアアアア!!〉


 カウボーイハットを被った戦士が闘技場に入場した。


 満月はニヤリと笑う。


(コストを使い切った! やはり、あの伏せられた4枚の戦術カードはブラフ……っ!)


 辰巳は手札もコストも0の状態。昨日の今日でレジェンドの能力を変更した様子もない。

 これならば、自分の勝ちは決まったようなもの。


「サファイアでアタック! これで私の、勝ちだ!」


「……フフ。フフフ……」


 辰巳はそこで、ようやく俯かせていた顔を上げた。


「ホント、笑うのをこらえるのが大変だったぜ」


「な、なに……?」


 困惑する様子の満月に対し、辰巳は言う。


「お前の戦術(デッキ)はカウンター戦術。だが、お前はそれを曲げた」


 そして、したり顔で言葉を重ねる。


「満月。1つ、お前にこれだけは言っておいてやるよ。自分を簡単に(・・・・・・)曲げるような(・・・・・・)奴は(・・)勝てるわけが(・・・・・・)ない(・・)らしいぜ」


 満月は目を見開く。


「その、言葉、は……」


――『これだけは言っておきます。自分を簡単に曲げるような奴が、勝てるわけがない』――


 満月が辰巳に対して言った言葉だ。


「なあ、満月。1つ聞きたいんだが、お前が伏せた戦術カードの中に、果たして何枚、お前が攻撃側の時に機能するカードがある?」


「それ、は……」


 満月の戦術はカウンター戦術。それ故に、基本的には防御側の時に真価を発揮する戦術カードを中心にデッキを組んでいる。


(まさか、彼の狙いは……)


 敢えて満月を攻撃側にすることで、満月の戦術を機能不全にした?

 いや、そんなはずがない。

 そんなことをしたところで、意味など。


「君のアタック宣言時、戦術カードを発動!」


「なっ……?! 馬鹿な、貴方は既にコストを使い果たしている!」


「理由は簡単。コスト0で発動できる戦術カードを伏せておいたんだ」


 辰巳は作戦場に伏せていたカードを表向きにて開示する。


【ダスト・チャージ】

【戦術カード/コスト:0】

【効果】[【相手または自分のレジェンドのアタック宣言時】この効果は、あなたのコストが0である場合にのみ、発動できる。あなたは自分のデッキの一番上からカードを3枚廃棄する。そうしたら、この効果で廃棄したカードのコストの合計値分だけのコストを得る。]


「戦術カード【ダスト・チャージ】、その効果は自分のデッキトップからカードを3枚廃棄し、そのコストの合計分だけのコストを得る」


 辰巳は自分のデッキトップからカードを3枚廃棄する。

 廃棄したカードは以下の通り。


【無血の障壁】

【コスト:5】


【補給支援】

【コスト:2】


【ブロック・シャッター】

【コスト:3】


「コストの合計値は10、よって新たにコストを10得るぜ!」


【星永 辰巳】

【コスト:0→10】


「さらに、これで発動が可能になった。3コストを支払って戦術カード【リターン・アタック】発動!」


【リターン・アタック】

【戦術カード/コスト:3】

【効果】[【相手のレジェンドのアタック宣言時】このターンのバトルフェイズ中、あなたはブロック宣言ができなくなる代わりにアタック宣言を行うことができる。]


【星永 辰巳】

【コスト:10→7】


「この効果により、俺はこのターンのバトルフェイズでブロック宣言ができなくなる代わりにアタック宣言を行えるようになる!」


「なに?!」


 つまり、メテオ・ガンナーが満月に攻撃してくる。

 そうなれば、互いのライフは同時に0。引き分けになってしまう。


「これこそが、貴方の狙いか!」


 しかし、満月は内心で「だが」と唱える。


(私の場には【無血の障壁】が伏せてある。このカードは自分がブロックしなかった相手のアタックによるダメージを0にする戦術カード)


 こちらが攻撃側である以上、当然ブロック宣言はできない。

 ならば、このカードこそがこの状況において自分の身を守ることができる唯一無二のカード。

 しかし、そんな満月の希望を打ち砕くように辰巳は戦術カードの発動を宣言する。


「コストを2つ支払い、戦術カード【ダブル・ショット!】を発動!」


【星永 辰巳】

【コスト:7→5】


【ダブル・ショット!】

【戦術カード/コスト:2】

【効果】[【自分または相手のレジェンドのアタック宣言時】あなたは自分または相手の作戦場に伏せてある戦術カードを2枚指定して廃棄する。]


「その効果により、俺は君の場に伏せられている戦術カードを2枚指定し、廃棄する!」


「くっ?!」


 メテオ・ガンナーの拳銃に銃弾が2発装填され、放たれる。

 放たれた銃弾はまっすぐに2枚の戦術カードを撃ち抜く。

 満月はすぐに廃棄されたカードを確認する。


「……くっ」


 廃棄されたカードの中に【無血の障壁】が含まれていた。


「だが、まだです!」


 自分の場に伏せられたカードは残り3枚。無血の障壁は廃棄されたものの、まだ活路はある。


「4コストを支払うことで、戦術カード【ダメージ・アブソーブ(プラス)】を発動します!」


【入部 満月】

【コスト:5→1】


【ダメージ・アブソーブ(プラス)

【戦術カード/コスト:4】

【効果】[【自分のレジェンドのアタック宣言時】あなたは相手のレジェンドを1体指定し、そのダメージ値を自分のレジェンドのダメージ値に加算する。その後、この効果で指定したレジェンドのダメージ値を0にする。]


 満月のデッキの中でほぼ唯一と言っていいほどの、自身が攻撃側である時に有効な戦術カード。


「私はメテオ・ガンナーを指定。そのダメージ値3200を私のサファイアのダメージ値に加算した後、貴方のメテオ・ガンナーのダメージ値を0にします!」


【月光騎士 サファイア】

【ダメージ値:6000→9200】


【メテオ・ガンナー】

【ダメージ値:3200→0】


「これで……っ!」


「安心するのはまだ早いよ」


 辰巳は笑う。

 本来なら、相手からのアタック宣言のタイミングが過ぎたら、こちらのブロック宣言が行われるのが原則だ。

 だが、今の辰巳はブロックの代わりにアタック宣言を行うことができる。


「メテオ・ガンナーでアタック!」


「ば、馬鹿な! どうして、ダメージ値0でアタックを仕掛けるのです?!」


「決まってるだろ。確かに、メテオ・ガンナーの入場時能力は俺が攻撃側の時しか発動できない。――……だが」


 辰巳はスマートフォンの画面に触れる。


「メテオ・ガンナーのアタック時能力発動!」


「っ! ……そうか」


 アタック宣言ができる状況は、必然的に攻撃側である場合のみ。それが前提条件のルールであるためにメテオ・ガンナーの能力はいずれも攻撃側である場合にのみ発動できるものと思い違いをしていた。

 だが、違う。


【メテオ・ガンナー】

【能力②】[<星/2枠分>【このレジェンドのアタック宣言時】このターン中、このターンのターン開始フェイズ時に出たサイコロの目の数1つにつき1000の値を、このレジェンドのダメージ値に加算する。]


 攻撃側であろうと防御側であろうと、アタック宣言できるのならそれに関係なく能力を発動できる。


「俺のターン開始フェイズ時に振ったサイコロの目の数は4。よって、そのダメージ値は4000アップする!」


【メテオ・ガンナー】

【ダメージ値:0→4000】


 メテオ・ガンナーのアタック宣言が行われたことで、ダメージ計算ステップに移る。

 だが、これで互いのライフは0。このままでは引き分けになってしまう。

 満月は心底忌々しそうに辰巳を睨みつける。


「卑怯者め……」


「人聞きの悪いことを言わないでくれよ。俺は、君と心中するつもりなんてないんだから」


「……何ですって?」


 辰巳は自分の作戦場に伏せられていた最後のカード1枚に触れて、表向きに開示する。


「コストを5つ支払って、戦術カード【無血の障壁】発動!」


「っ!?」


【星永 辰巳】

【コスト:5→0】


【無血の障壁】

【戦術カード/コスト:5】

【効果】[【ダメージ計算ステップ時】あなたがブロックせずに相手のレジェンドの攻撃を受けた場合、そのダメージを全て0にする。]


「このターン、俺がブロックせずに受けるダメージを全て0にする!」


 これにより、辰巳はサファイアから受けるダメージは0になり、満月はメテオ・ガンナーからの4000のダメージを受けることになる。


「……なるほど」


 満月は諦めたように目を伏して手札をテーブルに置く。


「これが、一等星……」


 何から何まで、踊らされていたような気分だ。――いや、酷い夢でも見せられた気分と言えばいいのか。


【入部 満月】

【ライフ:1600→0】


「私の、負けです……」


「よし、俺の勝ちだ!」


 辰巳は満面の笑みを浮かべて喜びを表現し、満月はすっかり焦燥したような表情でソファーに腰かけた。


(全力を尽くした、これほどないまでに。……だが、この末路だ)


 そう落ち込んでいると、誰かが満月の肩を叩く。

 満月がそちらへ視線を向けると、愛理が微笑んでいた。


「お疲れ様、満月。どう、私の一等星の実力は?」


「……想像以上でした」


 そこで満月は時間を確認するために自身の腕時計を見る。

 カードバトル時間は実に2時間弱。


「栄喜様との商談は済んだのですね」


「ええ。あとついでに警備員に頼んで、ここから丁重に外へご案内してやりましたわ」






「こらーっ! 入れろー! 一等星と闘わせろやー!!」


 冨士ヶ峰グループの会社の入り口にて、栄喜は腕を振り回しながら暴れていた。

 そんな様子を、愛理は社長室のモニターから確認すると愉快そうに高笑いを浮かべる。


「オーッホッホッホッ! ざまあないですわ、バカキ!」


〈くおらぁ、クソ(アマ)! 俺を会社の中に入れろーっ! あと、バカキって言われた気がしたぞゴラァ!!〉


「……意外と地獄耳ですわね」


 愛理は呆れながらも、表情を笑顔に切り替えて辰巳に詰め寄る。


「それで一等星、今後の予定を伝えますわね」


「お、おお……」


 今後の予定。恐らく、レジェンダリーグのことについてだろう。


「まず、私達が目指すのはレジェンダリーグ本選――『太陽杯』の優勝ですわ」


「太陽杯、か……」


 太陽。その言葉を聞くだけで、辰巳の中で何とも言えない嫌な気持ちが湧き上がってくる。

 7年前、自分をデモバトルで敗った少女――『太陽院 千隼』を彷彿とさせるからだ。

 辰巳は脳裏に(よぎ)ったイメージを振り払うために、愛理に尋ねる。


「それで、その本選に進むにはどうすればいいんだ?」


「まずは小リーグで優勝を収める必要がありますわね」


「小リーグ……」


 道のりはそう簡単ではないようだが、辰巳としてはむしろ望むところである。


「丁度いい。いきなり本選に突っ込まれるより、小リーグで肩慣らししてからの方が感覚を取り戻せていいからな」


 そう、ノリノリに言う辰巳に対し、満月は力なく呟く。


「ノッてるところ申し訳ありませんが、精々負けないように気をつけて下さいね」


「ん?」


 何か含みのある満月の言い方に、辰巳は首を傾げる。


「それって一体、どういう意味だ?」


「本選出場のためには、最低でも1つの小リーグの優勝が必要です。ただし、今シーズンはもう開催している小リーグは1つしかなかったかと」


「つまり、負けは許されない、か」


 そう神妙に呟く辰巳だったが、すぐに笑い飛ばす。


「ますます好都合だ。満月、さっきのバトル中も言ったように俺は勝ち続ける」


「……ですが、小リーグには色々な構築制限ルールがあります。あまり無責任なことばかり言っていると、思わぬ落とし穴に落ちるかもしれませんよ」


「構築制限ルール……?」


 辰巳が愛理の方へ顔を向けると、愛理は「待ってましたわ!」と胸を張って言う。


「これから一等星に出場してほしい小リーグは、ズバリ【ドラゴン使いの部】」


「ドラゴン使いの、部……」


 ドラゴン。その名前に、辰巳は思わず拳を強く握り締める。

 しかし、愛理はそんな辰巳の様子に気づかずに話を続ける。


「このドラゴン使いの部では、全ての出場者は必ずチーム内に元々のコストが【5】の【ドラゴン】と名の付くレジェンドを編成しなければならないという構築制限ルールがあるのですわ」


「コスト5のドラゴン、って……おいっ?!」


 辰巳は目を見開く。


「君が俺に渡してくれたチームには、コスト5どころか、そもそも【ドラゴン】と名の付くレジェンドすらいないぞ!?」


 これでは、最初から出場資格を持っていないではないか。勝つ負ける以前の問題である。

 それでも、愛理はそんな辰巳を安心させるべく「問題ありませんわ」と告げる。


「既に条件に合ったレジェンドを見つけて、レンタル登録まで済ませてありますわ」


「レンタル……?」


「そう。事前にレンタルしたいレジェンドの条件を提示して、レンタルしてくれる相手が現れれば、それをレンタル登録できる。レンタル登録したレジェンドは、指定したリーグでの一時的な使用が認められるのですわ」


「な、なるほど……」


 安堵する一方、辰巳はすぐに愛理に尋ねる。


「それで、君が提示したレジェンドの条件は何だ?」


「勿論。星属性でコスト5のドラゴンですわ」


「星属性、コスト5の、ドラゴン……」


 辰巳の脳裏に、ある1体のドラゴンの姿が浮かぶ。

 それは純白で、空を駆ける姿はまさしく夜空に流れる星そのもの。

 レジェンダリーグ初代大会優勝時に、運営委員より優勝賞品として譲渡された世界に1体しか存在しないレジェンド。

 辰巳だけが持つ――……いや、辰巳だけが持っていた唯一無二の『切り札』。

 その名前は……。


「そのドラゴンの名前は……」


「ええ、【コメット・ドラゴン】ですわ」


「コメット、ドラゴン……」


 辰巳はガクッと肩を落とす。

 違う、と。


「……そりゃそうか。アカウントは7年前に削除したんだから、データが残ってるわけない、よな」


 そんな辰巳の姿に、愛理は首を傾げる。


「あら、何かお気に召さなかったかしら?」


「……いや、大丈夫だ。今は出場できることを優先しよう」


 贅沢を言ってる場合ではない。……そもそも、あのドラゴンは自分の意思で手放したのだ。

 それを悔いる資格は、今の自分には無いだろうに。


 そうして話が盛り上がってる中、それを冷めたように見つめる満月は、懐から取り出した端末を起動させる。


「出場できるといいですね。……星永辰巳様」








――5日後・試合会場――



 ついに大会当日になったレジェンダリーグ小リーグ・ドラゴン使いの部。

 出場エントリーの受付時間が残り1時間を切った時、そのトラブルは起きた。


「なぁぁぁぁんですぅってええええええ!!!!?」


 愛理の絶叫が会場中に木霊し、周囲の人々は目をギョッとさせて何事かと愛理を見つめる。

 そんな周囲からの奇異の目なんて気にせず、愛理はスマートフォンの通話相手に向かって怒鳴り付ける。


「レンタル登録をキャンセルとはどういうことですの?!」


〈だって、こんなの聞いてねえよ! てっきり、一等星はすっかり腑抜けになってるかと思ったからレンタルさせてやろうかなってなっただけで、本当はあんなに強いって分かってたらレンタル登録なんてするわけねえだろ! 俺だってレジェンダリーグ本選を勝ち抜きたいんだ!!〉


 それだけ言うと、コメット・ドラゴンのレンタル登録をキャンセルした人物は一方的に通話を切った。

 しかし、愛理は納得がいかず何度も相手に電話をかけるが、一向に出る気がしない。

 やがて地団駄を踏み始める。


「どうしてこんなことになりましたの!?」


 そうキーキーと喚き声をあげて暴れる愛理に対して、辰巳と満月は互いに顔を見合わせて複雑そうな表情を浮かべる。


「それは、まあ……」


「何が原因かと言われれば、それは私達としか言い様が……」


 実は辰巳と満月のカードバトル後、満月はより辰巳の実力をPRするために辰巳とのカードバトルの映像を動画サイトに公開したのだ。

 確かに、この新しく公開した動画により以前の動画よりは批判の声が無くなり、また冨士ヶ峰グループも有望な優勝候補として認識する者が増えたために株価も急上昇した。

 だが、このように辰巳の実力を甘く見てお情けでレンタル登録をしてくれたプレイヤーからすれば、正しく「話が違う」。

 自身も優勝を目指す以上、少しでも有望なライバルは蹴落としたい。

 そういう流れで、今に至る。

 満月は愛理に向かって頭を下げる。


「申し訳ありません、お嬢様。出過ぎた真似をしました」


「……いいえ、これで満月を責めるのは間違いだわ。実際、会社の株価も上がったのは確かなのですし」


 愛理はしばし冷静を取り戻すために大きく深呼吸をする。


「とにかく、今からでもレンタル登録してくれる人を探しますわよ。まだ受付締め切りまで1時間弱あるのですし」


「あ、ああ……」


 前向きに事を考える愛理に対し、辰巳は最悪の未来を考えていた。

 このまま、誰からもレンタル登録をしてもらえず、自分のレジェンダリーグは呆気なく終わるのでは、と。


 すると、「おーい!」と栄喜が嬉しそうに手を振りながら満面の笑みで駆けてきた。


「一等星! 応援に来たぜ、この野郎!!」


「ちょぉぉぉぉっど、良かったですわ!!」


 すると、愛理は駆けてきた栄喜の首根っこを掴むと鬼気迫る勢いで言う。


「貴方が一生に一度、この偉大な私の役に立てるまたとない機会が巡ってきましたわ!!」


「はあ……?」


 栄喜は首を傾げ、辰巳と満月の方を見る。


「こいつ、ついに頭おかしくなっちまったのか?」


 辰巳と満月がその問いに答える前に、愛理が「バカキィィィィ!!」と怒声をあげる。


「貴方、星属性コスト5のドラゴンを持っていて?!」


「俺はバカキじゃなくて、さk――」


「いいから質問に答えなさいよ、木偶(でく)の坊! 勿論、答えは『Yes or はい』しかないわよ!?」


「――だああああ! そんな限定的な条件を満たすレジェンドなんて持ってるわきゃねえだろうが!!」


「あっそ、じゃあさっさと帰れ役立たず!!」


「理不尽だああああ!?」




 数分後。



「――――なるほど、事情は分かった」


 満月が暴れまわる愛理を取り抑えて栄喜から引き剥がし、辰巳が栄喜に事情を説明した。

 栄喜は何度も何度も頷くと、「よっしゃ!」と手を打つ。


「そういうことなら、任せてくれ一等星! こう見えても俺にはそこそこの人脈があってな、そこから星属性コスト5のドラゴンを見つけてやるぜ!」


「……まあ、この際、コスト5のドラゴンなら何でもいいんだけどな」


「いいや、駄目だ! 俺が見つけるんだ、必ず一等星の役に立つレジェンドでなければ駄目だ!!」


「ああ、そう……」


 その無駄とも言える情熱。最初に出会った頃と比べたら偉い印象の違いだ。


「そうとなれば、待ってろよ一等星ええええええ!!!!」


 そう叫びながら栄喜は会場が飛び出していった。

 辰巳は溜め息を吐く。


「……なんか、試合が始まる前から疲れた」


 そう言った瞬間、すぐに心の中で良からぬことを考えてしまう。


(……そもそも、試合に出場できるか怪しいがな)


 そう思った瞬間、自分の頬を両手で強く叩く。


「……何考えてんだよ、俺」


 とにかく、自分も可能な限り探さなくては。

 そう思い立って会場中のプレイヤーに声をかけるものの、自身が一等星であることが判明すると、まるで逃げるように走り去られてしまう。

 全員、「貸したくない」の一点張り。



 それから50分ほど経過し、受付終了までいよいよあと5分を切ってしまった。

 栄喜は土下座しながら、辰巳の前に「すまねぇぇ……」と泣き言を(のたま)う。


「誰もドラゴン持"っでな"がっだぁぁ~~っ!!」


 そんな情けない泣き面を浮かべる栄喜に対し、愛理は腕を組みながら舌打ちする。


「……チッ。使えない男ですわね」


「てめえにだけは言われたくねえよ、役立たず(アマ)!!」


「何よ!」


「何だよ!」


 そうお互いにいがみ合うと、「フン!」と息を揃えてそっぽを向く。

 そんな光景を見て、辰巳は今日何回目か分からない溜め息を吐く。

 全く、この2人は仲が良いのか悪いのか。

 しかし、いよいよ自分の中で浮かんだ最悪の未来が近づいてきた。

 すると突如、栄喜は何かを思い出したかのように周囲を見渡す。


「……あれ。そういえば、あの燕尾服野郎はどこだ?」


「え……」


 確かに、言われてみれば姿が見当たらない。

 この場にいるのは辰巳と愛理と栄喜の3人のみ。他の人物は観客席や選手待機室に移動していて、既にここにはいない。

 愛理は「決まってますわ」と呟く。


「満月のことですもの。どこかの情けない男と違って、泣き言なんて言わずに時間ギリギリまでドラゴンの持ち主を探してるに決まってますわ」


「お~い~……誰が情けなくて泣き言を言ってたってぇ~?」


「さあ、どこかのバカキさんじゃありませんこと~?」


 そこでもう一度、互いの額をぶつけて火花を散らしてメンチを切り合う。

 ずっと、「やるんですの?」「やんのかよ?」と、まるで一昔前のヤンキーのようなやり取りだ。


「それにしても。満月の奴、本当にどこにいるんだろうな」


 そこで、辰巳の頭の中に満月の声が響く。


――『貴方の勝敗の結果1つで、何千人、何万人という社員が路頭に迷う可能性すらあることを。貴方のその脆弱なメンタルで、それを背負えますか?』――



「……分からねえよ、そんなこと」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「ええ、全ては計画通りに進んでおります」


 試合会場、廊下。

 人気(ひとけ)のないそこで、満月は何者かとスマートフォンで通話している。


「これで一等星は試合に出場できず、不戦敗。後は、貴方がお嬢様を――」


〈それは勿論だ、愛理は僕が守る。だがな、随分と余計なことをしてくれたじゃないか、満月〉


 しかし、満月の通話相手は不快そうな声で責めるように言う。

 満月はそれに対し、焦ったように言う。


「しかし、万が一のこともあります! 彼は、一等星はとても危険な存在です! これで全盛期でないのですから……」


〈だから、僕では彼に勝てないと?〉


「そ、それは……」


 そこで言い淀んでしまう。決して100%ではない。ただ、少しでもその可能性があるのならば、不安要素は確実に排除しなければならない。


〈愛理を一等星の元から救い出すと聞いて計画に乗ってみたけれど、君はとんだつまらない男だね。……僕の嫌いなタイプの人間だよ〉


「で、ですが……」


〈これ以上、余計な口を挟まないでくれないかな。君の声を聞いてると虫酸が走るようだよ〉


 そう吐き捨てるように通話相手が言うと、「なあ、知っているかい?」と満月に問いかける。


〈一等星の強みは何だと思う?〉


「強み……?」


〈そう。全盛期の彼は確かに高いバトルセンスを備えていた。だけれど、それ以上に強いものがあった〉


「それは、一体……?」


〈……簡単な話さ。“星の巡り”だよ〉


「星の、巡り……?」


 通話相手は「そう」と強く肯定する。まるでそれこそが、星永辰巳を一等星足らしめている大きな要因とでも言いたげに。


〈彼の引き運はここぞとばかりに凄まじい。いくら君が小細工したところで、星永辰巳ならばこの窮地をひっくり返すだろうね〉


「ですが、もう受付時間まで数分しか……」


〈それならそれで構わないさ。この程度の逆境を覆せないのなら、そもそも彼が僕を倒すことなんて土台無理な話だったと言うだけのことなのだから〉


 だけどね、と通話相手は満月に言い募る。


〈もし、君の言う危険性をその一等星が僅かでも秘めているのなら、よく記憶に刻むといい。……――『一等星の奇跡』というやつを〉


 ――――ブツッ。そこで一方的に通話が切られ、満月はただただ己のスマートフォンを見つめるしかなかった。


「ですが……冨士ヶ峰グループを守るためには、お嬢様を守るためには、貴方に頼るしかないのですよ。……月ノ守、琥鉄様」


 そう、力なく呟いた。





「ついに。あと、1分か」


 辰巳は受付カウンターの前に立ちながら、自分のスマートフォンに表示される時刻を見る。

 12時59分。

 受付終了時刻は13時ジャスト。もう探しに行く時間は無い以上、受付カウンターに控えて、誰かがアプリ上でレンタル登録してくれるのを願うしかない。

 腕を組んでいる辰巳の後方には、栄喜と愛理が何やら雨降らしの司祭のような格好に身を包みながら怪しげな躍りを踊っている。


「ドラゴンよー、一等星の元へ来~い」


「来るんですのよー、ドラゴーン……」


 むしろドラゴンが裸足で逃げ出しそうな呻き声である。


「……ホント。お前ら、仲が良いのか悪いのか分からねえよ」


 そう漏らして溜め息を吐いた時だった。


〈Message!〉


「――――っ」


 アプリからの通知を知らせる音がスマートフォンから響いた。

 しかも。


「なんだ、奇妙な感じは」


 どことなく懐かしいような感覚が、スマートフォンを通じてこの身に流れ込んでくる。

 恐る恐るアプリを開くと、「レンタル登録されました」の文字が。


「えっ、来た……」


『なにっ?!』


 辰巳が漏らしていた言葉に、二人はすぐに怪しげな躍りを中断して辰巳のスマートフォンを覗こうとする。


「やっぱり、俺の祈りが通じたんだな!」


「いいえ、祈りが神様に届いたのは麗しい私の方でしてよ! むしろ貴方は私の祈りを妨害してましたわ!」


「んだと! これ踊ろうって言い出したのは俺だろうが!」


 辰巳は「あはは」と笑いつつも、まずは受付エントリーをさせるために受付窓口まで駆ける。


「すみません! 冨士ヶ峰グループ代表、星永辰巳です! こちらのドラゴン使いの部にエントリーしたいのですが!!」


「はい。それでは構築制限を満たしているかチェックしますね。スマートフォンをお預かりしますね、少々お待ち下さい」


 受付窓口の女性が辰巳からスマートフォンを受け取って、チーム編成を調べる。

 数秒ほどでスマートフォンが辰巳の元に返却された。


「はい、結構です。構築制限ルールも、チーム内の上限コスト23に収まってるので問題ありません。……ですが、今度からはエントリーはもっと余裕をもって行ってくださいね」


「……はい、すいません」


 辰巳は受付窓口の女性に頭を下げてから、改めて自分のスマートフォンの画面を見つめる。

 一体、自分の元にどんなドラゴンがやって来たのか。

 ドラゴンと名の付くレジェンドなら、属性関係なく探せばそこそこ候補は出てくる。

 しかし、星属性でコスト5ともなれば、辰巳の中では2つの候補しか思い浮かばない。

 1つは、当初レンタルするはずだった【コメット・ドラゴン】。

 もう1つは、……。



「おいおい、嘘だろ……?」


 レジェンド詳細画面を開いた瞬間、辰巳は目を見開いた。

 そこに表示されていた名前。その姿。

 それは、まさしく――。



「スター、メンタル……ドラゴン……っ!」



 星属性コスト5のレジェンド。

 レジェンダリーグ第1回世界大会の覇者にのみ譲渡された世界に1体しか存在しないドラゴン。

 【スター・メンタルドラゴン】だった……。

【今週の最強レジェンド】


【メテオ・ガンナー】

【星属性/コスト:4】

【ダメージ値:3200】

【能力①】[<星/1枠分>【このレジェンドの入場時】このターン中、あなたが攻撃側である場合、あなたは自分の手札からカードを1枚指定して廃棄する。そうしたら、あなたは自分のデッキの一番上からカードを1枚ドローしてから見て、それが戦術カードであるならば作戦場に伏せて置くことができる。戦術カードでないならば、代わりに自分の手札にそのカードを加える。]

【能力②】[<星/2枠分>【このレジェンドのアタック宣言時】このターン中、このターンのターン開始フェイズ時に出たサイコロの目の数1つにつき1000の値を、このレジェンドのダメージ値に加算する。]


【解説】

 第01伝及び第02伝における星永辰巳のフィニッシュレジェンド。

 自身が攻撃側ならば能力①でカードをドローし、それが戦術カードならば場に伏せることが可能。これにより相手への奇襲や思いもしないコンボに繋げることできる。さらに、能力②ではアタック時に星属性に不足しがちな火力の補填まで行えるぞ。

 単純な火力とトリッキーさを併せ持ったレジェンド。生かすも殺すも君の戦略次第だ!



【次回予告/ナレーション:辰巳】

 こんにちは、前回に引き続き星永辰巳です。

 なんとかギリギリで小リーグへ参加できて良かったぜ。それにしても、一体誰が【スター・メンタルドラゴン】を俺にレンタル登録してくれたのか。

 さて、そんな感じで始まったレジェンダリーグ・ドラゴン使いの部。なんとか順調にスター・メンタルドラゴンを使わずに勝ち続けることができた俺は、大会の決勝で陽属性使いとぶつかってしまう。

 陽属性の持つ戦術カード廃棄能力によって、俺の場に伏せられた戦術カードは廃棄され、焼け野はらと化してしまう。

 戦術カードによるサポートを潰された俺は、どんどんレジェンドを返り討ちにされ、絶体絶命の窮地にまで追い込まれてしまう。このまま、ただ為す術なくやられてしまうだけなのか。

 ……いや、今の俺にはあの頃のように切り札がある。

 これで一気に逆転の道を切り開くしかない!


 次回、第03伝【星心竜の咆哮】!


 俺にもう一度力を貸してくれ、我が永久(とわ)の切り札!


 次回も俺と一緒に、レジェンダリーグ、アウトブレイク!!

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