第02伝【切り札との邂逅】―前編―
今回のカードバトルは、前編と後編で跨いでおります。
――ロトム社・データ管理室――
「……ラプターA。サルベージはまだ?」
〈デリートデータの残骸から、該当アカウントを検索しています〉
「早くしなさい。……あのレジェンドでなければ、一等星の真の実力は発揮できないのだから」
〈指令、了承〉
いくつものモニター画面が設置された薄暗いモニタールームにて、1人の少女が黙々とキーボードを叩いて大量のダストデータの中から、とあるデータのサルベージを行っていた。
〈Guuuuuu…………〉
そこへ、何かが呻くような声が聞こえ、少女の指が一時的に止まる。
「……見つけた」
自分の真正面に置かれたモニターに、映像が流れる。
それは、半透明のまるで卵のような何かに閉じ込められた、1体のレジェンド。
何者かは、そこから這い出ようともがき、暴れていた。
「これが、一等星の……」
〈Taaaa……! Tuuu……Miiiiiiiii!!!!!!!〉
一瞬だけ浮かび上がったそのシルエットは、紛れもない、巨大な竜の姿。
――冨士ヶ峰グループ・本社ビル――
「それで、どうしてレジェンダリーグに参加しようと思ったんだ?」
冨士ヶ峰グループの本社ビルの社長室。
そこへ案内された辰巳は、愛理にレジェンダリーグに参加した理由を問いかける。
「あらあら、ここへお招きして最初の質問がそれですのね」
「他に何があるって言うんだ」
自分がトシヒコとタマミの元から離れて彼女の元にいるのは、全て彼女が経営する『冨士ヶ峰グループ』がレジェンダリーグへの参加を表明し、さらにその出場選手として自分を指名したからだ。
そもそも、冨士ヶ峰グループとはあらゆる分野の自社製品を製造・生産をし、それを冨士ヶ峰グループ所有の百貨店やその他小売店、さらに多数の傘下会社の販売店に商品を輸送・仕入れまで一手に担っている財閥である。
まさに日本の経済を回している大きな歯車の一つとして有名であるが、それでも年を追う毎に徐々に事業成績は落ち込み、社長交代として新社長に愛理が就任した。
辰巳としては、そんな冨士ヶ峰グループとレジェンダリーグの繋がりがよく分からないので質問しているのだが、愛理はつまらなそうに口を尖らせる。
「そんなマクロの話より、もっと雇い主に興味を持ってほしいですわ」
「いや、まずはマクロな話を優先すべきだろ」
至極真っ当な正論に、ますます愛理は機嫌が悪くなる。
しかし、今は契約主と契約相手。頭をプライベートからビジネスに切り替えて説明する。
「仕方ないですわね。まず、新社長に就任した私の最初の仕事は何か分かるかしら?」
「……。現状の回復、とかか?」
「ご名答」
まずは事業悪化した冨士ヶ峰の事業成績を少しでも右肩上がりにすること。
それができなければ、社長交代の意味がない。
「そのための戦略として、私の方針は『客を知ること』」
「客を、知ること……?」
「そう」
愛理はホワイトボードに黒いマジックペンで縦にまっすぐ線を入れる。
「消費者にとって本当に必要な商品と、そうでない商品の仕分けですわ」
「仕分け……」
「ええ。実は我が社の各年度毎の売上だけ見れば、ここ数年はそんなに悪い結果ではありませんの。大体平原、時に登り坂といった具合に」
辰巳は首を傾げる。
それなら、どうして事業悪化に繋がるのか。
「問題なのは、在庫を抱えたことで生じる諸々の費用ですわ」
在庫商品を倉庫で保管する場合、その商品の状態を維持するために様々なコストが生じる。
冨士ヶ峰グループの場合は保管庫も自社で管理しているので、以下のような費用が生じる。
・光熱費、建築費等の設備費用。
・保管庫の保険料
・商品の運搬をする際に生じる人件費
等々である。他には細かいところの話になると金利等の話題になり、かなり複雑なため割愛する。
とにかく、在庫を抱えれば抱えた分だけ、その保管期間が長くなればなるほど損失が大きくなるのである。
「だったら、在庫が出た商品の数を減らせばいいんじゃないのか?」
「それはできませんわ」
「どうして?」
「事はそう単純ではないのですわ。仮に商品数を少なくして、もしかしたら突然需要が来るかもしれない。その時に商品を消費者へ用意できなければ、『あそこには物がない』というレッテルを貼られ、かえって消費者が来なくなってしまい全体の売上が減る可能性もありますわ。……まあ、あくまで一例としてですが」
愛理はコホンと軽く咳払いをすると、「つまりですわ」とホワイトボードに大きく『ニーズ』と表記する。
「消費者にとって必要な商品を必要な時に必要な量だけ用意する。――すなわち、ニーズを把握する必要があるのです。仮に在庫を出したとしても、管理するのはほんの少しの期間。次から次へ在庫を抱えないことが重要なことですのよ」
この損失の量を減らすだけでも事業の成績の回復は如実に表れるはず。それが愛理のひとまずの経営方針である。
愛理は辰巳を横目で見つめて「よくって?」と尋ねると、とりあえず辰巳は軽く頷く。
「大体のメカニズムは分かった。だけど、それがどうしてレジェンダリーグへの参加に繋がるんだ?」
「レジェンダリーグへの参加は、ただの足掛かりに過ぎませんわ。本命は、そのレジェンダリーグを運営するLotM社とのパイプを繋げること」
「ロトム社に?」
冨士ヶ峰グループがロトム社とパイプを繋げる――すなわち、契約することでどう今の話に繋がるのか、辰巳は思案する。
この世にカードゲームを販売・運営している企業はロトム社に限らず多数存在する。
プレイ人口数で言えば、全世界でのTCG販売数をランキングで組んだ場合、レジェンダリーグは世界3位だ。
何故、1位と2位の会社に契約を取り付けにいかず、ロトム社との契約を優先するのか。
レジェンダリーグが、他のTCGと大きく違う点。それが愛理がロトム社を契約相手に選び、その足掛かりとしてレジェンダリーグの大会への参加を表明した理由に違いない。
「……アプリ、か?」
アプリをインストールした際、レジェンダリーグではパーソナルデータを集計する際にスマートフォン内の個人アカウントと連携する。
これにより、各個人がスマートフォン内にダウンロードしているアプリの種類の傾向を知ることができ、現在のレジェンダリーグのプレイヤーの年齢層や趣味等も把握することができる。
辰巳の百点満点の解答に、愛理は満足げに頷く。
「さすが私の一等星ですわ」
「……栄喜にも言ったけど、その『一等星』って言うのそろそろやめてくれないか?」
辰巳はうんざりしたようにそう言う。
ここへ来る途中も、栄喜からのキラキラした視線に晒され「一等星、俺をもっと強くしてくれ!」と妙に散々懐かれてしまい、いい加減精神的にキツいものがある。
そもそも、辰巳としては7年間のブランクと現役時代とのレジェンダリーグ環境の変移があるため、いつまでも全盛期の呼び名で呼ばれるのは好ましくないと思っていた。
それでも、愛理は頑なに首を横に振る。
「何度も言ったように、貴方は私にとって唯一無二の輝きを秘めた一等星。だから、私は貴方が何と言おうとも貴方のことを『一等星』と呼び続けますわ。いい加減、慣れなさい」
「……」
辰巳は頭をガクッと下げる。この強情ぶりではたぶん折れることはないのだろうと諦めの境地に入る。
とにかく、愛理の狙いはおおよそ理解した。
「つまり君は、ロトム社に接触してアプリ利用者のデータを横流ししてもらうわけか」
「横流しではなく、提供と言ってほしいですわね。言葉の響き的に」
レジェンダリーグのプレイにはアプリの利用が必要不可欠である以上、そのプレイ人口がそのままアプリの利用者数となる。
世界3位のカードゲーム人口分の人間のデータを提供してもらえるならば、世界中におけるニーズを知ることに繋がる。
「そのためには、ただ大会に参加するだけではダメですわ。順調に勝ち進み、ロトム社に『冨士ヶ峰グループ』の存在を認知してもらいませんと。そしてその出場選手も我が社の重要な広告塔になり得るのですから、少しでも世間から注目のあるプレイヤーでなければなりませんわ」
「それで、俺を指名したわけか」
レジェンダリーグ初代世界大会最年少覇者、現に栄喜のような熱狂的なファンが今も存在していることから、突如引退した人物が再びレジェンダリーグの世界に戻ってきたとなれば、世間からの注目度としては及第点だろう。
その実力に関しては、7年間のブランクがあるとは言え、前回見事、大会参加者の中でも上位に位置するドリームコーポレーションの栄喜を打ち倒している。
「そう、今や冨士ヶ峰グループはレジェンダリーグ関係者の間では新進気鋭の有望株として注目され、低下気味だった株価も持ち直し始めましたわ!」
愛理はよほど機嫌がいいのか、「オーッホッホッホッ!」と高笑いを浮かべる。
その光景に辰巳は乾いた笑いを浮かべる。これが7年前に自分を勇気づけてくれた少女の姿なのか、と。
それから、パソコンに表示される動画サイトに投稿された動画を見て呟く。
「……。それにしても、再生数が凄いな」
「当然ですわ! なんてったって、あの一等星の7年ぶりのカードバトルなのですもの! 因みに、撮影は私の執事である満月が務めてくれましたわ!」
愛理に名前を呼ばれ、部屋の後方で佇むように控えている満月は一礼する。
「恐縮です」
そんな満月を見て、辰巳は困惑したような表情を浮かべる。
「君もよくやるね、こんなこと」
「仕事ですから」
淡々とそう答える満月に少し壁のようなものを感じつつ、辰巳は改めてパソコンの画面に目を向ける。
動画の再生数は1日に10万ほど、さらに伸びそうな勢いだ。
それだけ、多くの人が自分に注目をしてくれているのは辰巳にだって分かる。
しかし、だからこそ気がかりなこともある。
「コメント欄は相当荒れてるな」
栄喜との対戦、少しでも被弾を避けようと弱気になっていたプレイに対しての意見が特に寄せられていた。
『一等星キターーー(゜∀゜ 三 ゜∀゜)』
『それにしては、プレイング雑じゃね?』
『そうそう。ターン開始フェイズで、普通あんなに手札捨てるか?』
『いやいや、あれはそうやって敵を油断させる作戦だって』
『えー、でも防御札とか捨ててたし、捨てなければもっと圧勝できていたと思うけど』
『こwれwがw一w等w星wwwwww 冨士ヶ峰グループの社員さん方、ドンマイ☆』
『これじゃ、本選で勝ち抜くのは無理だろな』
『彼が7年ぶりにカードバトルをしているということを認識しようね、キッズのみんな』
『最後のワンショットキルだけはかっこよかった』
『そもそも本当に星永辰巳なのか定期』
『擁護コメ、必死すぎてウザい』
これはほんの一部にしか過ぎないが、ほとんどが辰巳のプレイングへの批判。一部、擁護してくれる声もあるが、それもやはり少数。
これには辰巳も仕方ない結果だと思う。それだけ、自分のプレイングは『一等星』という二つ名から程遠いものであったことは本人が認めるところなのだから。
「そんな下々の声をわざわざ気にする必要はありませんわ」
「だけど……」
「言ったでしょ。“前も後ろも見られないのなら、せめて上だけでも見よう”って」
「それは……」
彼女はまだ知らない。彼女のその言葉が、7年前と今の自分を勇気づけた偉大な言葉であることを。
「これから、『一等星』――その名に恥じないバトルをしていけばいいのですわ」
「そう、だな。……これから、だな」
これからの自分。想像するのは難しいが、彼女が自分に与えてくれたチャンス。
それに報いるバトルをしていこうと思う。
そんな中、満月は「お言葉ですが」と口を挟む。
「お嬢様は少々、辰巳様を甘やかしすぎなのでは? お嬢様にとって辰巳様が特別であることは重々承知しておりますが、お嬢様の御言葉がなければ前回のバトルも敗北していた可能性もある以上、私としては辰巳様にはもっと現実を知っていただきたい」
「満月、それは――」
愛理が満月を叱ろうと口を開いた瞬間、辰巳は首を振って制止させる。
「彼の言うとおりだ。俺はまだまだアンバサダーとしての勘を取り戻せていない。だからこそ、もっとバトルを重ねる必要がある」
「その言葉、待ってたぜ!」
すると、扉を両手で大きく開いて栄喜が社長室にやって来た。
「一等星、俺とリベンジマッチだコラァ! いや、やって下さい!!」
「……誰よ、バカキをここへ連れてきたの」
愛理がボソッとそう呟くと、満月が耳打ちする。
「お忘れですか、お嬢様。本日は冨士ヶ峰グループが所有権を得ました土地開発の件でドリームコーポレーションとの共同開発の会議があるのを」
「それは知ってるけれど、会議の相手はドリームコーポレーションの現社長であるバカキの父親でしょ」
栄喜はその言葉に対して「チッ、チッ、チッ」と人差し指を左右に振る。
「パパは近々会長職になって、代わりに俺がドリームコーポレーションの社長になるんだよ。よって、今日はパパの代理だ。……あと、バカキじゃなくて栄喜だっての」
「ソウデスノネー」
愛理は溜め息を吐いてそっぽを向く。
しかし、栄喜はそんな愛理の様子などお構いなしにデッキとスマートフォンを辰巳に向けて構える。
「一等星、さあさあさあ!!」
「ああ、望むところだ」
「そうこなくっちゃな! ……くぅ~、夢みてぇだ、あの一等星と2連チャンでバトルできるなんて!!」
そう感極まったように言う栄喜に対して、満月は出鼻を挫くように「生憎ですが」と栄喜の肩を掴む。
「今回、辰巳様のお相手をするのは私です」
「ああ?」
栄喜は満月を振り返って睨み付ける。
「ド素人の燕尾服野郎に、一等星の相手が務まるかよ」
「ご予定では、もうそろそろ会議の時間が差し迫っております。つきましては、栄喜様はお嬢様との商談を優先して下さいませ」
物腰は柔らかく言いつつ、栄喜の肩を掴む力を強める。
「ぐっ?!」
力を強めたのは一瞬。しかし、その強さは栄喜が思わず眉間に皺が寄ってしまうほど。
(この燕尾服野郎……ただ者じゃねぇ……)
言い知れぬ恐怖。各下に見ていた相手が実はそうじゃなかった時、その状況に直面した時、栄喜は足を一歩下げてしまった。
「……分かったよ」
潔く引き下がった栄喜はそう言い、辰巳の方を向く。
「負けんじゃねえぞ、一等星。……いや、負けないで下さい」
「ああ。……あと、一々敬語に直さなくていいぞ」
「了解したぜました」
「いや、どっちだよ」
栄喜は「フッ」と笑うと、愛理に声をかける。
「んじゃ行くぜ、クソ女!」
「下品な物言いはよして下さいませ、バカキ」
「バカキじゃなくて、栄喜だ!」
いつも通りのやり取りをしながら栄喜と愛理は社長室から去り、残されたのは辰巳と満月。
2人は互いに見つめ合う。
「君、レジェンダリーグをやってるのか」
「はい、まだ始めて間もないですがね。本来ならば、私が代表選手として出場する予定でした」
「……そうか」
辰巳は思わず顔を伏せてしまう。自分が、彼の活躍の場を奪ってしまったと。
そんな辰巳の様子に満月は薄く笑って「ほら、また」と呟く。
「お嬢様に言われたはずですよね。せめて上を見ろ、と。なのに貴方は、そうやってまた俯く」
「……」
「何も言い返さないのですね。だから私は、貴方を信用できないのですよ」
満月はテーブルにスマートフォンを置くと、自身のデッキを構える。
「貴方は口先ばかりで、進歩がない。そんなことでは、貴方に冨士ヶ峰グループの行く末を任せることはできません」
「……当然の言葉だな」
辰巳もまた、スマートフォンをテーブルに置いてデッキケースを取り出す。
「正直言えば、俺は冨士ヶ峰グループのことなんてどうでもいい。俺の未来には関係のないことだからな」
「……っ」
満月は拳を強く握り締める。その視線はとても冷たい。
しかし、辰巳は「だがな」と続ける。
「彼女は俺にとっての恩人だ。その恩に報いるためにも、彼女が俺の力を必要とするのならば、俺はそれに全力で応えるまでだ」
「貴方は、甘い……」
満月はデッキを握る力を強める。力を入れすぎて、手が震える。
「貴方の勝敗の結果1つで、何千人、何万人という社員が路頭に迷う可能性すらあることを。貴方のその脆弱なメンタルで、それを背負えますか?」
「言ったはずだ。冨士ヶ峰グループのことなんてどうでもいい」
「貴方は……っ!!」
満月が食ってかかろうとすると、辰巳はデッキケースからデッキを取り出してシャッフルする。
「だから、俺は勝ち続ける。勝ち続ければ、それで済む話だ」
シャッフルしたデッキをテーブルに置き、スマートフォンのアプリ【Legend.a.League Official.2020】を起動させる。
「それを今から証明する。やるぞ」
「……ええ。望むところです」
満月もデッキをシャッフルし、テーブルに置く。
互いにアプリを起動させ、初期手札4枚を引き、ライフ【10000】が設定される。
『デルタシステム、起動!』
周囲に特殊粒子が散布され、背景が互いが事前に指定していたギミックステージに染まる。
「俺のギミックステージは、前回同様【銀河】。その恩恵は、俺の振ったサイコロの目を常に2つ増やす」
「私の選んだギミックステージは【汽水湖】。その恩恵により、私のチームに編成した全てのレジェンドのコストは1つ軽減されます」
辰巳の背景は星々が輝く銀河、満月の背景は水面に満月が映る汽水湖。
【星永 辰巳】
【手札:4】
【コスト:0】
【ライフ:10000】
【入部 満月】
【手札:4】
【コスト:0】
【ライフ:10000】
互いに前準備は完了。そして、同時にレジェンダリーグ開戦を告げる。
『レジェンダリーグ、アウトブレイク!!』
まずは第1ターン。ターン開始フェイズである。
『ダイスロール!』
互いにサイコロを振ることで、攻撃側と防御側が決定される。
【星永 辰巳】
【3】+2=【5】
【入部 満月】
【4】
「よし、俺が攻撃側だ」
「……ええ、一向に構いませんとも」
攻撃側と防御側が決定したことで互いのコストもまた決定される。
【星永 辰巳】
【コスト:5+4=9】
【入部 満月】
【コスト:5+4=9】
続いてドローフェイズ。互いにデッキからカードを1枚ドローする。
『ドローフェイズ。カード、ドロー!』
【星永 辰巳】
【手札:4→5】
【入部 満月】
【手札:4→5】
「戦術フェイズ。まずは俺からだ!」
辰巳はスマートフォンの画面に触れて待機室に存在するレジェンドを1体選ぶ。
「まだゲームは序盤、様子見をさせてもらう。戦術カードは伏せずに終わる」
「随分と弱気ですね。では、次は私の戦術フェイズです」
満月も同様にスマートフォンを操作してレジェンドを選択。作戦場に戦術カードを2枚伏せる。
「場に2枚の戦術カードを伏せます。私の戦術フェイズはこれで終了です」
【入部 満月】
【手札:5→3】
互いの戦術フェイズが終了したことで、レジェンド入場フェイズ。
事前に選んだ互いのレジェンドが闘技場に入場する。
「コストを3つ支払って入場せよ、【流星ストライク】!」
【流星ストライク】
【星属性/コスト:3】
【ダメージ値:2000】
【星永 辰巳】
【コスト:9→6】
「流星ストライク。前回、ろくに活躍できなかったレジェンドですね」
「悪いが、今回は前回とは一味違うぜ。能力発動!」
【流星ストライク】
【能力①】[<星/1枠分>【このレジェンドの入場時】このターン中、あなたが攻撃側である場合、あなたはコストを2つ支払う。そうしたら、あなたは自分のデッキの一番上からカードを1枚ドローし、このレジェンドのダメージ値を1000加算する。]
「コストを2つ支払い、デッキから1枚ドローし、流星ストライクのダメージ値を1000加算する!」
【星永 辰巳】
【コスト:6→4】
【手札:5→6】
【流星ストライク】
【ダメージ値:2000→3000】
「さあ、次はお前の入場フェイズだぜ」
「着実に手札を増やしますか。ならば、現れなさい! 私の得意とする属性、そのレジェンド!!」
満月はコストを3つ支払ってレジェンドを闘技場に入場させる。
【月盾の番兵】
【月属性/コスト:4→3】
【ダメージ値:5300】
【入部 満月】
【コスト:9→6】
「私のギミックステージ【汽水湖】により、本来ならばコスト4の月盾の番兵のコストを1つ軽減してコスト3として入場できます」
月盾の番兵の登場に、辰巳は目を見開く。
「月盾の、番兵……」
「そう。月盾の番兵は、前回、貴方も使用したレジェンド。ただし、その能力構成は貴方とは違いますがね」
「なに……?」
辰巳は眉間に皺を寄せる。
それ対し、満月は「直に分かりますよ」と告げる。
「私の月盾の番兵の能力を発動!」
【月盾の番兵】
【能力①】[<月/1枠分>【このレジェンドの入場時】このターン中、あなたが防御側である場合、あなたは相手レジェンドを1体指定する。この効果で指定された相手レジェンドは、このターンのバトルフェイズで必ずアタック宣言をしなければならない。]
「この能力により、私は貴方の流星ストライクを指定。このターン、貴方は流星ストライクによるアタックを宣言しなければなりません」
「なるほど。確かに、俺の月盾の番兵とは違うみたいだ」
辰巳の使用した月盾の番兵の能力は以下の通り。
・【能力①】[<月/2枠分>【このレジェンドブロック宣言時】攻撃宣言をした相手のレジェンドを1体指定し、このターンのターン開始フェイズ中に出したサイコロの目の数1つにつき500の値を、そのレジェンドのダメージ値から減算する。]
・【能力②】[<月/1枠分>【ダメージ計算ステップ時】このターン中、自分が受けるダメージ量を一度だけ半分にする。]
このように、防御力に特化した能力構成であった。
「レジェンダリーグにおいて、プレイヤーが使役するレジェンドは全てデータ上での存在。そして、アプリ内でレジェンドを管理する際に、その能力構成は各プレイヤーが好きに設定できる。ただし、設定できる能力の枠数は3つまでだったな」
「その通り。現役時代の勘とやらは、少しは戻ってきましたか?」
「ああ。おかげさまでな」
辰巳は思わず笑う。そうだ、この感じ。
この同じレジェンドでも人によって能力が違う。たとえ見知ったレジェンドであろうとも一切の油断はできない。
この何とも言えないワクワク感に、心が踊る。
「君、たしか名前は……」
「入部満月です。入部家は代々、冨士ヶ峰家にお仕えしておりますので」
「そうか。なら、尚のこと、俺のことが許せないだろうな」
冨士ヶ峰一族に仕える入部一族。そこの生まれである満月は小さい頃から冨士ヶ峰に仕えることを頭に叩き込まれている。
だからこそ主人である愛理――ひいては冨士ヶ峰家への忠誠心が高く、それ故に冨士ヶ峰グループを蔑ろにする辰巳が許せない。
自分に対する壁のようなものの正体の一端が見えた気がした辰巳は、スマートフォンの画面に触れる。
「だがな、満月。このバトル、勝たせてもらう」
満月は眉間に皺を寄せる。
「いきなり名前呼びですか」
「君とも長い付き合いになりそうだからな。距離を詰める一手としては、名前呼びから始めようかなと」
「……不快ですね」
満月の容赦のない言葉に辰巳は「あはは……」と力なく笑う。
「まあ、そう言うなって」
そんな風にヘラヘラ笑う辰巳を、満月は睨む。
「これだけは言っておきます。自分を簡単に曲げるような奴が、勝てるわけがない」
「ご忠告、痛み入るよ」
辰巳は溜め息を吐く。まさに、取り付く島もない。
「まあ、いいや。行くぜ、バトルフェイズ!」
流星ストライクのアタック宣言を行う。
「流星ストライク! 満月へアタックだ!」
空かさず、流星ストライクの能力を発動させる。
「流星ストライクの能力を発動!」
【流星ストライク】
【能力②】[<星/2枠分>【このレジェンドのアタック宣言時】あなたはコストを3つ支払う。そうしたら、あなたは自分のデッキの一番上からカードを1枚ドローし、その後、自分の手札から発動条件を満たす戦術カードを1枚指定してその効果をコストを支払わずに発動する。]
「その能力によりコストを3つ支払い、デッキからカードを1枚ドロー!」
【星永 辰巳】
【コスト:4→1】
【手札:6→7】
「その後、手札から戦術カードの効果をコストを支払わずに発動!」
【増援要請】
【戦術カード/コスト:3→0】
【効果】[【自分のレジェンドのアタック宣言時】あなたは自分の待機室に存在するレジェンドを1体指定して、休憩室に送る。そうしたら、そのレジェンドのダメージ値を、アタック宣言をした自分のレジェンドのダメージ値に加算する。]
「増援要請の効果により、俺は待機室に存在する【メテオ・ガンナー】を休憩室に送り、そのダメージ値を流星ストライクに加算する!」
メテオ・ガンナーのダメージ値は3200。それが流星ストライクのダメージ値に加算される。
また、効果処理を終えた増援要請は捨て札となり、廃棄所に置かれる。
【流星ストライク】
【ダメージ値:3000→6200】
【星永 辰巳】
【手札:7→6】
満月は口角を上げて笑う。
「……やはり、貴方は口先だけで信用できませんね。様子見だなんて嘘八百だ」
「別に“攻めない”とは言ってないだろ」
不敵に笑う辰巳に対し、満月は「まあ、確かに」と漏らす。
「ならば、こちらは月盾の番兵でブロック!」
【流星ストライク】
【ダメージ値:6200】
VS
【月盾の番兵】
【ダメージ値:5300】
「ブロック時、月盾の番兵の能力を発動!」
【月盾の番兵】
【能力②】[<月/2枠分>【このレジェンドブロック宣言時】互いの作戦場に伏せられた戦術カード1枚につき1000の数値を、このレジェンドのダメージ値に加算する。]
「この能力により、互いの作戦場に伏せられた戦術カード1枚につき1000の数値を、月盾の番兵のダメージ値に加算する。辰巳様の場には戦術カードはなく、私の場に2枚の戦術カードが伏せられているので月盾の番兵のダメージ値を2000加算します!」
【流星ストライク】
【ダメージ値:6200】
VS
【月盾の番兵】
【ダメージ値:5300→7300】
「これだけではありません。場に伏せた戦術カードを発動します!」
【ダブル・パワー!】
【戦術カード/コスト:4】
【効果】[【ダメージ計算ステップ時】このターン中、あなたのレジェンドのダメージ値は2倍になる。]
「コストを4つ支払うことで、月盾の番兵のダメージ値を2倍にします!」
【入部 満月】
【コスト:6→2】
【流星ストライク】
【ダメージ値:6200】
VS
【月盾の番兵】
【ダメージ値:7300→14600】
「月盾の番兵のダメージ値を引き上げた?」
辰巳は怪訝そうに眉をひそめる。
既に月盾の番兵は流星ストライクのダメージ値を超えている。この段階で満月は流星ストライクからのダメージを受けることはないはずなのに、それでも満月は月盾の番兵のダメージ値を大きく上げた。
「さらに、場に伏せたもう1枚の戦術カードを発動させます!」
【リフレクト・ダメージ】
【戦術カード/コスト:2】
【効果】[【ダメージ計算ステップ時】このターン、あなたが自分のレジェンドで相手のレジェンドのアタックをブロックし、さらに自分のレジェンドのダメージ値が相手より上回っていた場合、その差分だけ相手のライフにダメージを与える。]
「コストを2つ支払い、貴方に8400の反射ダメージを与えます!」
【入部 満月】
【コスト:2→0】
6200の流星ストライクに、14600の月盾の番兵。そのダメージ値の差分は、8400。
「っ!!」
辰巳は目を見開く。
これは、この展開は。
「月属性に、反射ダメージ……」
「思い出しましたか。あの7年前のデモバトルを」
7年前に行われた太陽院千隼とのデモバトル。リアルダメージフィードバックシステムからの苦痛から逃れようとするあまり、冷静な判断がつかず勝ちに急いだ辰巳は、まんまと千隼の操る月属性のレジェンドの反射ダメージ能力によるカウンターを喰らい、敗北し、その時のダメージと余波で心に深いトラウマを刻んだ。
そして今回、8400のダメージが辰巳を襲う。
「うっ……ぐっ!」
【星永 辰巳】
【ライフ:10000→1600】
しかし、現在のデルタシステムに採用されているダメージフィードバックシステムは最低限レベル。
辰巳は額に脂汗を浮かべるものの、その表情に恐れの2文字はない。
「は、はは……。もし1枚でも場に戦術カードを伏せていたら、それだけで負けてたな」
「意外と平気そうですね。また情けなくパニック状態になるかと思いましたが」
つまらなさそうな表情を浮かべる満月に対し、辰巳は「おいおい」と声を漏らす。
「……君、性格悪いって言われない?」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「ははは……」
取り付く島もないほどの満月の物言いに、思わず辰巳は苦笑いを浮かべる。
これは中々に苦戦しそうだ。
「さあ、レジェンド退場フェイズですよ」
「分かってるって」
辰巳はスマートフォンの画面に触れて流星ストライクを闘技場から休憩室に送る。
これで辰巳の休憩室には流星ストライクとメテオ・ガンナーの2体がいるため、待機室に存在するレジェンドは残り5体。
「ターン終了フェイズ。ターンエンドだ」
これで第1ターンは終了。辰巳の持つコストは失われ、満月の月盾の番兵は待機室に戻る。
続いて第2ターンに入る。
「うっし、第2ターン!」
「ダイスロール、です!」
【星永 辰巳】
【4】+2=【6】
【コスト:6+2=8】
【入部 満月】
【2】
【コスト:6+2=8】
ターン開始フェイズからコストステップまで一気に行い、ドローフェイズに移行する。
「カード、ドロー!」
「私もドローします」
【星永 辰巳】
【手札:6→7】
【入部 満月】
【手札:3→4】
「攻撃側である俺の戦術フェイズだ!」
辰巳は手札のカードを見ながらスマートフォンの画面を操作してレジェンドを1体選択し、闘技場へエントリーさせる。
(この手札なら、行けるか……?)
そして、満月の戦術を分析する。
(俺が星属性使いであることは彼も承知のはず。それにも関わらず、満月のギミックステージは【汽水湖】。こちらがギミックステージ【銀河】の恩恵を受けている以上、【汽水湖】を選んでいる限り、彼が攻撃側になるのは難しい)
辰巳は満月の発言を思い出す。
――『私の得意とする属性、そのレジェンド!!』――
ならば、と。
恐らく彼の得意とする戦術は。
(攻撃側である俺へのカウンター戦術。それこそが、彼の戦術。そして得意な属性は彼の発言から、恐らく月属性)
それだけ分かれば、辰巳もこれからの攻め方を決められる。
「……フッ。様子見は終わりだ、これから攻めさせてもらう!」
「どうです、かね」
満月は目を細めて辰巳を見つめる。それはまるで、辰巳の発言の裏の裏まで読もうとするように。
辰巳は手札から4枚のカードを選んで作戦場に伏せる。
「今度はばっちり場にカードを伏せるぜ!」
【星永 辰巳】
【手札:7→3】
「これで俺の戦術フェイズは終わりだ」
「随分と、たくさんのカードを場に伏せましたね」
「ああ。今なら、君の月盾の番兵の火力を上げられるよ」
「アドバイス、どうも。前向きに検討させていただきますよ」
そう言って、満月はスマートフォンを手に持って入場させるレジェンドを選ぶ。
「私は、2コストを支払って手札から支援カード【補給支援】を発動します」
【補給支援】
【支援カード/コスト:2】
【効果】[あなたは自分のデッキの一番上からカードを2枚ドローして、自分の手札に加える。]
【入部 満月】
【手札:4→3】
【コスト:8→6】
「その効果により、私はデッキからカードを2枚ドローします」
【入部 満月】
【手札:3→5】
「そして、手札から戦術カードを1枚選んで場に伏せます」
【入部 満月】
【手札:5→4】
「さて、これで互いに準備は万端です。バトル――の前に、まずは各々のレジェンドを入場させますか」
「ああ。まずは俺のレジェンドからだ!」
辰巳はスマートフォンの画面に表示される【Legend:Touch the Screen!】にタッチする。
「コストを3つ支払い、【星詠みの道化師】を入場させる!」
【星詠みの道化師】
【星属性/コスト:3】
【ダメージ値:2400】
【星永 辰巳】
【コスト:8→5】
闘技場に、顔に☆の模様が刻まれたピエロが入場した。
そのレジェンドを見て満月は薄く笑う。
「道化師ですか。貴方にピッタリのレジェンドですね」
「……そうかよ」
一々、満月の発言の節々に刺々しいものを感じる。
辰巳は溜め息を吐きながら、星詠みの道化師の能力を発動させる。
「星詠みの道化師の能力を発動!」
【星詠みの道化師】
【能力①】[<星/1枠分>【このレジェンドの入場時】このターン中、あなたが攻撃側である場合、あなたは自分の作戦場に置かれた戦術カードを任意の枚数だけ指定して廃棄する。そうしたら、この能力で廃棄した戦術カード1枚につき1000の数値を、このレジェンドのダメージ値に加算する。]
「俺は場に伏せた戦術カード3枚を廃棄し、星詠みの道化師のダメージ値を3000加算する!」
【星詠みの道化師】
【ダメージ値:2400→5400】
「さらに、廃棄された3枚の戦術カードは全て【湧き上がる憎悪】!」
【湧き上がる憎悪】
【戦術カード/コスト:0】
【効果】[【このカードが廃棄された時】あなたは自分のレジェンドを1体指定する。このターン、そのレジェンドのダメージ値を1000加算する。]
「湧き上がる憎悪は廃棄された時、自分のレジェンドのダメージ値を1000増加させる効果がある。それが3枚廃棄されたため、星詠みの道化師のダメージ値をさらに3000加算する!」
【星詠みの道化師】
【ダメージ値:5400→8400】
「……はは、何が“今なら、君の月盾の番兵の火力を上げられるよ”だ。やはり貴方は信用ならない」
だが、と満月は辰巳の戦術に目を見張る。
自分の戦術カードを廃棄する能力は、本来ならばコストを支払うより重いデメリットなもの。自分の戦術を潰す行為に他ならない。
それを彼はプラスに転じらせるようなコンボに繋げた。
そのことが彼が何故『一等星』と称されていたのか、満月はその一端を垣間見たような気がした。
「お嬢様が何故貴方に拘るのか、なんとなく分かったような気もします。――ですが」
満月はスマートフォンの画面に触れる。
「それが、私が貴方を認める理由にはなり得ません。出でよ、我が剣!」
【月光騎士 サファイア】
【月属性/コスト:5→4】
【ダメージ値:6000】
「4コストを支払い、入場! 冨士ヶ峰を守りし、我が決意の切り札【月光騎士 サファイア】!!」
サファイアの如き深蒼の髪と、その身を包む月光のような煌めきを持つ甲冑と剣を兼ね備えたレジェンドが入場した。
「これが、満月の切り札か」
「我が剣の前に消えるがいい、星永辰巳。サファイアの能力を発動!」
【月光騎士 サファイア】
【能力①】[<月/1枠分>【このレジェンドの入場時】このターン中、あなたが防御側である場合、あなたは自分の廃棄所から戦術カードを1枚指定して相手に見せてから自分の手札に加える。]
「私は廃棄所から戦術カード【リフレクト・ダメージ】を手札に加えます」
【入部 満月】
【手札:4→5】
満月は手札に加えた【リフレクト・ダメージ】を見て微笑む。
(これで、次のターンのダメージリソースは十分)
満月は万全の態勢を整え、辰巳を仕留める準備を終える。
「さあ、バトルと行きましょう!」
「ああ! 星詠みの道化師でアタック!」
辰巳が星詠みの道化師のアタックを宣言した瞬間、辰巳は場に伏せられた戦術カードを表側にする。
「コストを5つ支払い、戦術カード【呪縛の鎖】を発動!」
【呪縛の鎖】
【戦術カード/コスト:5】
【効果】[【自分のレジェンドのアタック宣言時】このターン、相手はブロックを宣言できない。]
【星永 辰巳】
【コスト:5→0】
「このターン、君はサファイアでのブロックを宣言することはできない!」
「っ!」
呪いの籠められた鎖がサファイアの肉体を縛り上げ、その身動きを封じる。
そのことに、満月は苦虫を噛み締めた表情を浮かべてサファイアと自分の場に伏せられた戦術カードを見つめる。
(ブロックできなければ、サファイアの能力もこの戦術カードの効果も発動できない……!)
満月はサファイアの2つ目の能力を確認する。
【月光騎士 サファイア】
【能力②】[<月/2枠分>【このレジェンドブロック宣言時】このターン中、このレジェンドのダメージ値を2倍にする。]
ブロック宣言ができなければ、この能力を有効活用することは不可能。
サファイアは星詠みの道化師の攻撃が満月に向かうのを、悔しげな表情を浮かべながらただ見つめることしかできない。
〈くっ、放せ! この卑怯者!〉
〈ざまあないな、清廉潔白な騎士さんよ!〉
星詠みの道化師は懐から取り出した2枚のトランプカードを投げ飛ばす。
1枚は満月へ、もう1枚は……。
【入部 満月】
【ライフ:10000→1600】
「ぐっ……うっ!!」
ダメージによる肉体へのフィードバックから、思わず後ずさる。
「さっきのターン、君から受けたダメージをそのまま返させてもらったよ」
「……なるほど、これで私達は五分というわけですか」
「いーや。本当の五分は、これからだ。君にダメージを与えた瞬間、星詠みの道化師のもう1つの能力を発動!」
【星詠みの道化師】
【能力②】[<星/2枠分>【ダメージ計算ステップ時】このレジェンドのアタックによって相手にダメージを与えた場合、相手の待機室に存在するレジェンドをランダムに1体指定して相手の休憩室に送る。]
「その能力により、君の待機室に存在するレジェンドをランダムに1体、休憩室送りにする!」
「なっ?!」
星詠みの道化師の投げたもう1枚のトランプカードが待機室に存在するレジェンド1体に直撃し、そのレジェンドは休憩室に送られた。
送られたレジェンドは【月盾の番兵】。
「本当ならこの能力で君の切り札を休憩室に送りたかったんだけどね。てっきりこのターンは月盾の番兵を入場させると思ったのに」
「何度も同じことを言わせないで下さい。言ったはずでしょう、私は貴方のことを信用しないと!」
「悲しいことにな」
このターンは満月がブロックしなかったことでレジェンド同士のバトルが発生しなかったのでレジェンド退場フェイズはスキップして一気にターン終了フェイズ。
互いにコストを失い、満月の月光騎士サファイアと辰巳の星詠みの道化師は休憩室に帰還した。
辰巳は満月の言葉に肩を竦めながら「だが」と言う。
「これで互いに残りライフは1600、待機室に存在するレジェンドは共に5体。本当の意味で五分になったわけだ」
「だとしても、私は貴方には――いえ、貴方にだけは負けたくありません。冨士ヶ峰グループを守るのは、私なのですから!」
満月の言葉に、辰巳は頷く。
彼もまた、自分のように――いや、自分以上に譲れないもののために闘っている。
だからこそ、辰巳もそれに全力で応えようと思う。
「それでも、俺は勝つ。俺に与えられた呪い――『一等星』という二つ名に懸けてな」
『一等星』という称号の重み、今まで逃げ続けてきた現実を受け入れると決めたのだから。