一話 最強種族と最弱種族
「……さい……きな……きなさい」
誰かに呼ばれてる気がする
誰だ? どこかで聞いたことのある声だ
「はぁ~~」
お? 誰かのため息声が聞こえて……
「フッ!!!」
「ゴハッ!!!」
痛って~~~~~!
おぉ~~~! 腹が~~~!
「痛い……何するのさ」
僕は自分の腹をさすりながら、この痛みを与えただろう犯人を睨む
「何するのさじゃないわ」
「貴方いつまで寝てるつもり? もう大会の開始時間まで残り三十分よ」
「だからってそんな起こし方はあんまりじゃないかな?」
僕は少し怒気を含めながら目の前にる少女を見た
「あら? お気に召さなかったかしら?」
「ああ、そうだね! 全くもってお気に召さなかったよ!」
「そうそれじゃ次からはもっと強めに起こしてあげるわ」
「そうじゃないよね! それに僕はMじゃないからね!」
「あらそうなの? てっきり私はそこら辺を這えずり回って痛みを快楽と感じてしまう変態さんだと思っていたのだけれど? 違うの?」
「全然違うよ! てか、僕に対してのイメージがひどすぎるよ!」
僕の目の前でドS全開の少女の名前は赤羽姫乃
彼女は黒髪赤目で腰ぐらいまで伸ばした綺麗な黒髪、深い紅色をした綺麗な目を持っている。
年齢は十六歳で僕と同年代だ。身長は女子にしては少し高めな百六十六で、顔に関しては十人に聞けば十人が美少女と答えるぐらいに整った顔を持っている。
ただ一つ本来人間にはないものが彼女にはある。それは、額から延びる赤黒い一本の角である。
彼女はただの人間ではなく最強種族の一角、鬼人族と呼ばれる種族に類する一人だ。
「まぁ、そんなことはどうでもいいわ」
「どうでもよくないからね!」
「それより、蒼汰準備はできているのよね?」
「無視しないでほしいんだけど、まぁ姫乃が心配することはないよ。しっかりと準備はできてるから」
「そう……貴方がそう言うなら大丈夫ね」
彼女はそれだけ聞くと満足そうに何度も頷き、僕に向かって微笑みかけてきた。
それからは僕も彼女も何の会話も交わさずただただ時間が過ぎていった。
僕らが暮らしているこの世界は、人類の敵である"魔獣"と呼ばれる異形の生物が多く存在し、世界の約7割は魔獣の住処となっている。その為、人類が住めるような場所は極わずかにしか存在していない。
しかし、魔獣は本来この世界には存在していなかった。今から約千五百年前、奇妙な現象が起きた。それは、何も居ない筈の場所から悍ましい呻き声が聞こえてくると言う物だった。最初は一部の人間にしか聞こえず、幻聴か何かだと思い誰も呻き声を聞いた人間の話を信じなかった。
だが、そんな呻き声を聞いた人が次から次へと現れたのだ。そして、人類にとって最悪な日が訪れた。
突如として空が割れたのだ。比喩などではなく、文字通り何もない筈の空が割れたのだ。そこから、次々と地上に向かって何かが降ってきたのだ、それが魔獣だ。人々は混乱し恐怖した。
しかし、人々には武器があった。強力な武器があった。人々は魔獣に対しその武器を使い戦った。だが人々は早々に絶望を味わうことになった。魔獣は一切武器の攻撃を受け付けなかったのだ。割れた空からはまだ魔獣が降り注ぎ続けていた。人々はそんな光景を見て考えることをやめてしまった。
そんな時一つの変化が人々に訪れた。
ある者は背中から翼が生え
またある者は尻から尻尾が生え
またある者は肌が鱗で覆われ
またある者は額から角が生えた
人々は、本来の姿から変化し魔獣と戦える体へと進化した。人々は、それと同時に、また別の力を二つ身に着けた。
一つは、"魔術"と呼ばれる力だ。魔術は魔力と呼ばれるエネルギーを利用して火や水、風、土、雷、氷等と言った自然の力を操る力だ。もちろん例外もある。その例外が光や闇、時、空間、無等と言った自然の力ではない物のことだ。
もう一つが"デュナミス"と呼ばれる力だ。これは己の精神力を使い発揮する能力だ。このデュナミスは個人によって力が様々だ。例えば、一部の身体を大きくしたり、物を触れずに動かしたり、相手の心を読んだりと魔術ではできないような力や魔術でも同じことができるような力だ。ただ魔術とは違いその力は絶大だ。その力だけでも魔獣と戦いあえるのだから。
そこからは人類の反撃であった。次々と魔獣を薙ぎ倒していき奪われた大地を奪い返していった。後にこの戦いを"第一次人魔大戦"と呼ばれるようになった。しかし、人類が力を得るには遅すぎた。もうその頃には世界のあらゆる場所で魔獣が現れるようになっており、それに対し人類は大幅に数を減らしていた。
その為、人類は魔獣から奪い返した大地と元々住み着いていなかった一部の土地と空、地中、そして海へと散り散りに逃げそこで暮らすようになった。
そして現在、僕らが暮らしているこの国は海に浮かぶ海上国家"ダーティオ"。このダーティオは中央区とそれを囲う様にしてA~Eまでの五つの合計六つの区で区切られている。そして僕らが住んでいるのはB地区、ダーティオの中で唯一大陸とつながっている地区でもある。
その、B地区は大陸と繋がっているため、魔獣の被害が一番酷く、それ故に、金がなく、食料がなく、人の数が少ない。言わばB地区はスラム街のような場所である。
そんなスラム街状態では子供などはほとんど居らず居たとしても僕と同じ孤児であるかB地区の上層部区画または、貴族区と呼ばれる一部の裕福な子供しかいない。
まぁ、何が言いたいかと言うと、僕らの地区は権力もなければ武力もない弱小地区だと言うことだ。
そんな弱小地区の僕らが今、ダーティオでの一大イベント武術大会区別対抗戦のB地区代表としてたった二人で挑もうとしている。この大会は各々の地区から学生の二人から五人までの代表者を決め、それを一つのグループとしてほかの地区の代表者と戦わせどの地区が最強なのか決める、それがこの大会だ。
そんな大会に規定範囲の最低ラインの二人だけで挑むのだ。ほかの地区はもちろん規定範囲の最大人数の五人で挑みに来るはずだ。こんなもの誰がどう見ても無謀だろう、それでも僕らは戦わなければいけない。
僕と姫乃が何も喋らなくなって数十分後……
「B地区の代表選手のお二方、会場の準備が整いました。入場口まで案内させていただきます。」
スタッフの一人が僕らを呼びに来た。僕らはそのスタッフの後を追い入場口まで来た。
「……ねぇ、蒼汰」
僕が少し緊張して、手の震えを抑えようとしている時に横にいた姫乃が急に僕に話しかけてきた。
「何かな? 姫乃?」
僕は、少し声を震わしながら姫乃に返事をする。
「勝ちましょうね……必ず」
その言葉を聞いて少し、いやかなり、今まで何に緊張する必要があったのだ? 今まで緊張していた自分が馬鹿らしくなってきた。
そうだ何に緊張する必要があったのだ、僕らはただ勝ちに来ただけだ、どんな相手がいようが圧倒的勝利を飾りに来ただけではないか、何に恐れる必要があったのだ、たとえ弱小でもどんなに無謀でも彼女と居るのなら何も恐れる必要はないではないか
もう一度心の中で思う……そうだ僕らは勝ちに来たのだ!
「あぁ、もちろんだよ。」
僕の名は黒沢蒼汰。
黒髪黒目の十六歳。どこにでもいるような地味な男だ。
ただ他と違うところがあるとしたなら……
この世界で唯一デュナミスを使えない、最弱種族の最後の生き残り、人間、それが僕だ。
一部変更しました。
約四千年前 → 約千五百年前
この大会は各々の地区から二人から七人まで → この大会は各々の地区から学生の二人から五人まで