3.教師と教え子とケント
3.酔っ払いのお姉さん
白衣を来たお姉さん。ミオ先生に僕は助けられた。でも、だからといって、教室の中にまで助けが及ぶわけじゃ無く、僕はいつも通りに、同級生たちから言葉の攻撃を受けていた。
「お前、いい気になるなよ!」
「そんなんじゃ……」
クラスの男子のほとんどは僕の敵だった。女子たちは助けたい思いはあるのか、休み時間には声をかけてくれるけど、それだけだった。そんなものなんだろうと思うしか無い日々を過ごしていた。
午後からは体育の授業。外は雨が降っていたので、体育館でバスケットボールをすることになった。ゲーム中は、先生の目が近くにあることもあって、同級生たちはふざけることなくボールを回してくれる。
「ほら、けんと、パスくれよ」
「う、うん」
「お、上手いな!」
こうやって何てことの無いパスをしているだけなのに、僕はとても楽しい気分になれた。何よりも、教室ではまともに話すことのない男子たちが、今の時間だけはチーム一丸となって一緒にプレイを楽しんでくれる。それが嬉しかった。
キーンコーンカーンコーン……
授業終了のチャイムが鳴り終わり、先生や女子たちは先に教室へ戻って行く。僕もそのまま戻ろうとすると、数人の男子たちが僕に声をかけてきた。
「けんと、悪いけどボールとか体育用具室にしまっといてくれないか?」
「えっ」
「仲間、だろ? 俺たち」
「あ、うん。そ、そうだよね。分かったよ、片付けて来るね」
体育館のコートには何個かボールが転がっていて、ここにいる男子たちも一緒に片付けてくれると僕は思っていた。だけど、彼らは僕が片付ける所を見ているだけで動く気配が無い。
「こ、これをしまえばいいの?」
「あー頼むわ」
そうして全てのボールと旗やスコアボードを体育用具室と言う名の倉庫にしまいこみ、体育館に戻ろうとすると、扉を閉められた。
「えっ? 僕はまだ中にいるよっ!! 開けて!」
「……聞こえないなぁ」
「今なんか聞こえたか?」
「どうしてこんな事するんだよ? 何でこんな……」
カギを閉められて、僕は用具倉庫から出ることが出来なくなった。ここまで同級生たちに嫌われることを僕はしたんだろうか。仲間だと思ってゲームを楽しんでいただけなのに。
扉が開かない以上、僕は何をどうするわけでもなかった。電気の無い倉庫の中は、ボールやマット、スコアボードに、跳び箱……それがごちゃごちゃと入っていた。
体育館の中の一室が用具倉庫になっていることもあって、中はそれなりに空間があった。さすがに電気の点かない倉庫の中を無闇に動くことはしない。ただ、奥の隅の方に何かがいるような感じがしていて、僕は急に体が震え出した。
暗闇に目が慣れだした僕は、目を凝らして奥の方を見つめた。すると、やっぱり何かがいる気がして、閉じられた扉を何度も何度も叩いて音を出した。もちろん、授業が終わっている体育館には誰もいないから僕の訴えに気付く人は誰もいなかった。
ドンドンドンドンドン!!!
何度叩いても誰もいないし、何も起こらない。
「どうすればいいんだよ……」
親のいない僕はそんなに変な子供なのだろうか。こんなにもひどいことをされるなんて……
「ううーーーーん……?」
途方に暮れていた僕の耳に、奥の方から何かの唸り声のような音が聞こえて来た。ま、まさか倉庫の中に何か動物か何かが入り込んでた? う、嘘だよね……
「んんんん~~」
「ひ、人の声?」
よくよく見ると、見知らぬ女の人がマットの上に寝ているみたいだった。まるで布団に寝ているかのように寝返りを打ちながら寝ていた。
どうして体育倉庫の中に入れて、しかも眠っていたのかなんて考えることが出来ないけど、大人の人なら何とかしてくれるかもしれない、そう思って僕はこの人を起こすことにした。
「すみません……あの、起きて、起きて」
「んん? んー……もう飲めない……」
何だろう? 何だか微かに叔父さんがたまににおわせて来るお酒のような臭いがこの人から漂って来る。
「うううーん……んん?」
「あ、あの……」
ようやく目覚めたのか、辺りをきょろきょろしながらその人、お姉さんは僕を見てきた。
「あれ? けんとくん?? 何でここに~……」
けんと君? 僕のことを呼んだ? この人は誰なんだろう。
「あの、お姉さん起きて、起きて」
ようやく酔いが覚めたのか、体を起こして今の状況を把握したところでお姉さんは口を開いた。
「んん? 何で私こんな所にいるんだっけ? キミはここで何をしているの? お名前は……」
「それは僕が聞きたいよ。ここは体育館の倉庫だよ。僕は、ここに閉じ込められて……僕はケント」
「体育館!? って、中学校ですか。あちゃ~またやっちゃったのか私。って、キミの名前はケントくん? ケントくん……どこかで聞いたことある様な」
「お姉さんのお名前は?」
「あっ、それもそうだね。私はミライって言うの。ごめんねー酔っ払いが侵入しちゃって、怖かった? 私はね、ここの学校の先生を知っててね。それでついつい呑み明かしたって言うワケ。ホントはダメなんだけどね」
「そうなんだ。先生ってダレ先生なの?」
「それはね……」
その時、カギのかかった扉が勢いよく開いた。扉を開けたのは、僕の知らない先生らしき人で僕を見たと思ったらすぐに、ミライお姉さんを睨み付けて何か怒っているみたいだった。
「おい、妹尾。お前またここで寝てただろ? この常習犯が! いい加減、自分の家で寝ろっての! 全く、世話の焼ける教え子だ。ん? この子は何だ?」
「この子はケント君。ここに閉じ込められていたみたいでさ、可哀想だよね」
「ケント? ケントって……ちょっと待て。キミの名前はケント?」
「は、はいそうです」
何だかふたりの僕を見る目が懐かしそうに見る目と、何とも言えない目で見るのとで分かれているようにも見えた。何なんだろう?
「そうか、この子がそうなのか。10年も若返ればそうなるよな……」
「と言うか、ミタラシさんってかつては友人だったんですよね? だったらこの子を助けてあげたらどうですか? なんか、同じクラスの子にいじめを受けているみたいだし」
「……あぁ、それは何とかするが、この子には自分で乗り越えてもらう必要があるんだ」
「冷たい人ですねぇ。かくいう私もケント君のことはよく覚えていませんけど、守ってあげたいって思いますけどね」
「えーとえーと……」
この人たちは僕のことで話をしている? でも誰なのか分からないまま話が進んでいる気がするんだけど。
「守るんなら、ミライ。お前がこの子を守れよ。俺は教師だからこの子だけ特別扱いできないんだ」
「えー? ずるいなあ。でも、いいけど。そんなわけで、ケント君は私、ミライさんが守ってあげるね!」
体育倉庫に閉じ込められた僕はここで酔っぱらって寝ていたお姉さん、ミライさんと出会った。また一人、僕のことを守ってくれるお姉さんに出会えた。具体的な事は分からないけど、こうしてまた僕の近くにお姉さんがいてくれるという安心感が生まれた。
記憶の無い僕。それでも記憶の無い僕のことを知っていて、守ってくれるお姉さんたちの言葉に少しずつ癒されていっている、そんな気がした――