1.悲しみも涙も、半分に
1.公園で出会うお姉さん ハルカ カズラ
中学2年生の13歳、名前は、けんと。真野犬人。
僕には10歳以前の記憶がない。
通っていた小学校を転校して卒業するまではお爺ちゃんの家で過ごしてた。
名字はお爺ちゃんのものだ。昔の名字を聞いても思い出せない……
お母さん、お父さんは海外に住んでいて日本には中々帰ってこない。
自宅には僕1人。世話をしてくれる叔父さんはいるけれど、僕は一人だ。
空白となった記憶。心が傷つき、閉ざされた記憶。
10歳以前の記憶は残っていないはずなのに、気になって向かう場所がある。
公園――
どうしてだろう? 僕はどうして見知らぬ公園の場所を覚えていて、勝手にここに来ちゃったのか……
どうして僕は泣いているのだろう? どうして僕は……
「ううっううううわぁぁぁぁぁぁ……ひっく……ひっく……うううっ」
誰もいない夕暮れの公園…僕は思い切り泣き出した。どうしてか分からないけど、涙が止まらないんだ。
ここに何か僕の知らない悲しいことがあったんだろうか? でも、どうして僕はここに――
「どうしたの? 君――」
泣いていた僕の近くで、優しい声がする。お姉さん?
「ううっ……っく……くっ……ううう」
駄目だ……言葉にできないよ……
「そっか、きっと悲しいことを思い出しているのね。でも、泣かないで?」
そ、そんなことを言われても涙が止まらないよ。僕は……僕は……
「そう……そんなにも。……ねえ、君の名前を聞かせてくれるかな?」
「ぼ、僕は、けんと……真野犬人」
「けんと君ね。それじゃあ、けんと君。その涙と悲しみを、わたしに半分、分けてくれるかな?」
「ううっ……はん、ぶん……?」
「そう、半分こ。そして、その半分を今度は楽しい気持ちと、嬉しい気持ちに変えていくの。そうしたら、悲しい気持ちもいつの間にか、無くなっていくよ。ねえ、そうしよ?」
「う、うん……」
何だろう……何だか悲しいことが少しずつ、消えていくような感じ……この人の言葉は何だか――
「うん、君は笑顔の方がいいよ」
「あ、ありがと。あ、あの、お姉さんの名前……」
「そうね、わたしの名前は心。こころって、呼んでくれると嬉しいな」
「こころお姉さん。ど、どうしてこんなに優しいの?」
こんな一人で寂しく泣いていた僕に、どうしてお姉さんは……
「私もね、泣きたい時、あるの。そんな時、誰かと悲しみを分けることが出来たらなって……ずっと思ってたの。だから、だよ」
「こころお姉さん……」
「でも、ね。これからは嬉しいこと、楽しいことを、少しずつ重ねていくの。そうしたら、今、この時に悲しんでいた思いも、涙も、きっと全部……どこかへ流れていく、そんな気がするの」
嬉しいこと、楽しいことを少しずつ重ねる……悲しいことはどこかへ流れていく――
「僕、頑張ってみる。ここで出会ったお姉さんのことも、涙と悲しみも分け合ったことも、忘れないよ」
「そう、その意気だよ。それにね、ケント君はもう、1人じゃないよ。今、ここでわたしと出会えたこと、ここからきっと、君はたくさんの優しい人たちに出会える……そんな気がするの」
「たくさんの優しい人……」
「だから、もうここに来ても泣かないって約束、出来る? 公園は笑顔で、楽しく遊びたいもの、ね?」
僕は、もう泣かない。この公園で出会ったこころお姉さんとの触れ合いから、僕は変わるんだ。
「うん、約束するよ! 僕はもう、泣かない」
「いい子、だね」
優しく微笑みながら、こころお姉さんは僕に手を差し出した。
「どうしたの?」
「ね、握手しよ? 今日の、けんと君との出会いに、ね?」
「うんっ。分かったよ、はい」
僕も手を差し出して、こころお姉さんと握手を交わした。
「うん、うん……ありがとね、わん君……」
「泣いているの? お姉さん……?」
ううん……泣いて、ないよ。大丈夫、もう、大丈夫だよ。君も、わたしも――
「あ、あの……こころお姉さん、またここで会える?」
「そうだね、またいつか……会えたらいいね」
「うん! じゃあ、お姉さん、またね~」
けんと君はとびっきりの笑顔を見せながら、自分のお家へ帰って行く。
良かった……今度こそ、彼は大丈夫。この公園を悲しい思い出のままにしたくなかった……
わたしは鈴音。以前の記憶を失くすと共に、わん君への想いも、ここでリセットしよう。
あの子はこれからたくさんの人、姉たちとの出会いがある。
わたし一人だけがあの子のことを想っていいわけがない。ここで出会えて良かったよ――