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六十二話 山登りなんてひさしぶりです

「うぅ~センパイヒドイッス……」


 ぐったりした表情で後ろをトボトボついて来るルナちゃんですが、これについては自業自得と言えるでしょう。


 あまりにも起きないルナちゃんに業を煮やした結果、ちょっと乱暴な手段を取らせていただきました。具体的には、頭から冷や水をぶっかける、という。


 ちなみにその後しっかり乾かしましたので、風邪をひくことはないでしょう。


「次回から二回起こしても起きない場合は同様の手段を取らせていただきますので、覚悟してくださいね」


「センパイ鬼ッス!! 塩撒いちゃるッス!! ……あ、塩ってどこに売ってるッスか!?」


「鬼に対して塩を撒くという行為は正しいのか正しくないのか、微妙なところですねぇ……」


 鬼に撒くのは塩ではなく豆のような気もしますが、塩って邪気を払うものですしね。鬼相手にまったく効果がないかと訊かれれば、返答に困ります。鬼って悪いものの総称でもありますし、塩撒いたらいなくなることもありえなくはなさそうです。


 そんなどうでもいい感想はさておき、現在私たち一行は闇恵山へ登り始めたところだったりします。つまりここから、けっこうな高さまで登らなくてはいけないわけですが……実体がないため疲れないので、どこまでも登っていけそうです。


 と、そこでさっきまでプリプリしていたルナちゃんが、ふとなにかを思いついたような顔をしました。


「センパイって、空とか飛べないんスか? 瞬間移動できるなら、空も飛べるんじゃないスか?」


「うーん、私一人であれば空中に浮くこと自体は可能ですが……あなた方を置いて行くことになるうえに、私実はこの山を踏破できるかどうかわからないんですよね。この山の頂上付近まで私の根が張っているかどうかがわからないので」


 私の本体である世界樹の根は、この世界のかなり広範囲に渡って広がっています。さすがに世界全てをカバーできるほどではないでしょうが、数百キロは伸びている自信があります。ので、その範囲は行くことが可能ですが……問題は、平地ではない場所の扱いです。


「闇恵山のふもとは世界樹からの距離を考えて、確実に行くことができます。ですが高さはどの程度なのか、私にも判断がつきません。標高そのものは千メートル級のようですから」


 つまり標高九百メートル以上の高さまで根が張っていれば、私でも到達できます。それ以下であれば、途中で進むことができなくなることでしょう。こればっかりは行ってみないとわかりません。


 そんな半ば賭けじみたことを言うと、ルナちゃんはわかったのかわかってないのかすでに興味が他のところへ移っていました。


「それは残念ッスねぇ。ところでセンパイ、あれなんスか?」


「あれ?」


 ルナちゃんの指さした方を見てれば、そこには見たこともない謎の鳥が飛んでいるではありませんか。


「朱雀……とかではないですね。体色がグレーですし、燃えてる様子もないですし。四、五メートルありますけど、そんな鳥見たことないですし……」


 首をかしげる私たちの疑問に答えたのは、シルフさんでした。


「あれはおそらく、シンデレラスワンだと思われます」


「シンデレラ……色からして灰被りのノリですか。どんな特徴があるんです?」


「シンデレラスワンはメスしか存在せず、ああして灰色の体色を持つのですが、発情期になると体中の羽根が純白になるそうです。そしてオスの鳥型の生物を見つけると、通常の生物、魔物を問わず子を成し繁殖するという、一風変わった生物です。ただ、妙ではあります」


「と、言うと?」


「シンデレラスワンはキレイな水が豊富にある水辺にしか生息できないのです。しかも、あんなに巨大なのはお目にかかったことがありません。ウンディーネのところへ行けば、体長一メートルほどのシンデレラスワンがいるでしょうが、この辺りには山しかないはずですから」


「なるほど、それは確かに妙ですね……」


 やたら巨大なうえに、水が近くにあるわけでもないのに存在している。色々とおかしなことだらけです。


 それにしても、シンデレラですか。王子様を見つけるために変身するというところは、シンデレラっぽいと言えばぽいです。この世界にシンデレラって広まってるのかどうかという疑問がわいて来ますが、そこは気にしても仕方がないでしょう。なかったとしても、ナノさんたちが名前くらいは広めてそうですし。


「ミーシャさま、しょーせーもみょーなところを見つけたであります」


「クロノスくんもですか? いったいどんな?」


「あのシンデレラスワン、見つけてからずーっと、いちども羽ばたいていないであります」


「滑空している……にしては、いくらなんでも距離が長いですね」


 最初に見かけてからすでにキロ単位は飛んでいるでしょう。真正面からやって来て、今はもう遥か後ろですから。その間一度も羽ばたいていないとすると、やはりなにか特殊なことが起こっているのは間違いなさそうです。


 しかも、よりにもよって闇恵山の方角から飛んで来たことが気になります。なんだか、胸騒ぎがするんですよね……


「……シルフさん、ウンディーネさんに連絡を取ってみてくれませんか。飛んで行った方角からして、もしかするとウンディーネさんのいる泉に飛んで行ったかもしれません」


「心得ました、連絡を取ってみます。……わかりました、ウンディーネによればそれらしき影が向かって来ているのが見えるそうです」


「わかりました、ありがとうございます。すみませんみなさん、飛んで来て早々で申し訳ないですが、一度戻ります!」


 全員がうなずくのを確認してから、私は再度瞬間移動を使ったのでした。


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