五十九話 このバトルって、意味あるんですかね?
ドラゴン期待のホープである二色のウロコを持つクロコさんVS、私の後輩にして実力完全未知数な、ウサギ型神獣のルナちゃん。
なぜこうなったのかと聞きたくなりますが、答えてくれる人がいるわけもないので必然的にあきらめました。
もうこれ、ホントどうしましょうね? どっちが勝っても誰も得しませんよ、この戦い。強いて言うなら、シャイラーを構成する岩が余波で壊れでもすればドラゴンたちが損をします。
止めようかなとも思ったのですが、向こうのクロコさんが口で言った程度で止まるような方ではありませんでしたのでそれもできず。一応話しかけてみたのですが、こんな感じが限界でしたよ。
「あの、はじめまして、ミーシャと申します。実はですね――」
「あんたがこの世界最強っつー世界樹の女神だな!? そこのチビをぶっ潰したら、次はお前の番だ!!」
「いえあの、私はそもそも戦うつもりはなくてですね、」
「待ってろよ、俺様こそがこの世界最強だと教えてやるからな!! 精々ウロコ洗って待ってろ!!」
そう言ったかと思うと、それ以上私の言うことを聞かずドスドスと大きな足音を立ててルナちゃんの方へ行ってしまいました。
「というかあのウロコ洗って待ってろ云々は、ドラゴン特有の言い回しなのか単なる間違いなのか、どっちなんでしょうねぇ……」
普通は首なんですけど、ドラゴンだとウロコになるんですかね? それともあの子が国語――でいいんですかねこの場合。とにかく言語回路が少々特殊なのか、ちょっぴり気になります。どっちでもいいっちゃいいんですが。
現実逃避なのかそんなことを考えていると、二人のスタンバイが完了したようでした。
今回二人が戦うフィールドは、シャイラーのど真ん中の少し開けた場所です。直径百メートルほどの円形なので、十メートル近くあるクロコさんの体格を考えると、決して広くはないサイズとなっております。
中央に造られた即席リングで、両者全力でガンを飛ばし合っていました。ルナちゃんの場合見た目がロリなので、迫力という点ではクロコさんの圧勝ですね。
「え、ええとその、それでは両者位置に着くですの!」
困った様子で審判をするのは、クロコさんに半ば強制される形で引き受けさせられたウィルちゃんです。他に適任がいない、というのがクロコさんの判断でした。正確に言えば、クロコさんの迫力に負けて引き受けちゃっただけなんですけどね。
「あの、ミーシャさま。このたたかいは、どちらがかつとおもいますか?」
そう訊いてきたのは、とても心配そうな顔でリングを見つめるクロノスくんでした。
「そうですねぇ……一応、ポテンシャルであればルナちゃんが勝つと思いますよ。あの子も神の端くれのようなので、自分の力を十全に使うことができれば負けません。ただ――」
「ただ、なんでありますか?」
「今思い出したんですが、私結局あの子に魔法の使い方教えてないんですよねぇ……」
そう私がつぶやいた瞬間、ウィルちゃんの合図により戦いの火ぶたが切っ――
「負けたッスー!!」
「って早いですね!?」
しゅ、瞬殺されてるんですけど……!?
なにが起こったのかと思いリングをよく見てみれば、うつ伏せの状態にされたルナちゃんがクロコさんの足で抑え込まれていました。器用に首根っこを掴んでいますので、あれでは身じろぎもまともにできないでしょう。
これは……早めにあの子に魔法を教えた方がいいかもしれません。冷静に考えれば私と違ってルナちゃんには実体がありますし、下手をすれば二度目の死を迎える恐れがあります。さすがにそれはかわいそうすぎます。
そう密かに決意をしていると、ルナちゃんの首を押さえていた足が外され、クロコさんが天に向かって吠えていました。
「はっはぁー!! やっぱり俺様が最強なんだ!! 見たかそこの名前だけ女神!!」
もしやそれ、私のことでしょうか。厳密には私って樹ですから、女神じゃないと言えば女神じゃないんですよねぇ。だからまあ、言いたければ言えばいいと思います。
ため息交じりに面倒だなと思っていると、私がビビっているとでも勘違いしたクロコさんがさらに罵詈雑言の追撃をし始めました。
「はっ、やっぱてめーも俺様が怖えぇんだろ!? 正直に言やぁ許してやんぜ!?」
「クロコ、いい加減にしないか!! いくらなんでも、ミーシャ様に失礼だろう!! あまり調子に乗るのであれば、某が貴様の相手をするぞ!!」
そう言ってジェンさんが凄みますが、ルナちゃんに勝ったせいかハイになっているクロコさんはどこ吹く風です。
「うっせーんだよクソババア!! なんなら今から、他の連中もブッ倒してやろうか!? そこで縮こまってる審判くれぇしかできねえメスガキも、突っ立ってるだけのクソガキも、仲間がやられてんのになにもしねえ冷血精霊ババアもまとめて――」
「今の言葉、即刻取り消していただきましょうか」
どこかでビシリと、なにかが割れたような音が聞こえました。見れば足元の岩にヒビが入っています。さて、なんででしょうねぇ?
私が静かに一歩踏み出すと、どうしてか近くにいたシルフさんが引きつった顔でこちらを見ていました。不思議ですねぇ?
クロコさんの足元までたどり着いた私は、見上げるほど大きなクロコさんに向かって満面の笑みを浮かべてこう言いました。
「いいでしょう、クロコさん。そんなにお望みでしたら、私が相手になります。ただし、私が勝ったら今罵倒した全員に、謝ってもらいましょうか。もちろん、ルナちゃんやジェンさんも含めて、です」
「上等じゃねぇか、望むところだぜクソ女神!! ただし俺様が勝ったら、俺様を世界最強と認めて神の座を明け渡せ!!」
「ええいいですよ。どうぞどうぞ。のし付けて差し上げますよ。ウィルちゃん、すみませんが合図をお願いします」
「わ、わかりましたですの!!」
パタパタとウィルちゃんが距離を取るのを見届け、私はクロコさんの正面に位置を取りました。
「あ、あのミーシャ様、くれぐれも……」
「大丈夫ですよ、シルフさん。まったくもう、心配性なんですから」
いや心配なのはこの場合むしろ――とか言っているのが聞こえますが、今は目の前の敵に集中するとしましょう。
「で、では行くですの。試合、開始っ!!」
「てめーみたいなチビ、抑え込んじまえば一発……!?」
凶悪な爪の輝く前脚を振り下ろそうとしていたクロコさんでしたが、その動きが不自然に止まっていました。前脚も後ろ脚も微かに震え、目は恐怖に固まっているように見えます。
それもそのはず。今クロコさんは、指一本、尻尾の先すら動かすことはできないでしょう。なぜならクロコさんの周りには、鋭く光る三日月の形をした大量の白刃が浮かんでいるのですから。
「言わなくてもわかると思いますが、ほんの少しでも動けばあなたはなます切り通り越してみじん切りになりますよ。そうそう、これはほんの雑談なんですけど、ドラゴンのお肉っておいしいらしいですね? ひき肉にしてハンバーグが私のおすすめの食べ方なんですが、あなたはどう思います?」
言いながらニッコリ笑いかけると、それまで偉そうだったクロコさんの目にみるみる涙が溜まっていき、消え入りそうなか細い声が聞こえて来ました。
「ご、ごめんなさい申し訳ございませんでした……!! でっ、ですからあの、命だけは――」
「謝る相手、間違ってません?」
「ひぃぃいいっ!? すみませんごめんなさいみなさん、すべて俺様、言えわたくしが悪かったので許していただけないでしょうかああっ!!」
ボロボロと涙をこぼしながら懇願されたからか、さっきまで地面に引き倒されていたルナちゃん含め全員が許したようでした。なぜだかみなさんの顔が引きつっているのですけど、なんででしょうね?
でもまあこれはこれで、一件落着ですかね。
大量に浮かぶ白刃を消し去りながら、私は内心でホッと一息吐いたのでした。