四百二十七話 大佐の方が詳しいです 3
私の本体は世界樹なので、そりゃもうすさまじい大きさなわけです。上の方は現在時点で雲より高いですから、普通に考えてそんなところまで行けないわけですよ。数百メートルはあるので。私の本体は下の方ってほとんど枝がないですから、私の枝をゲットしようとしたら最低でも……五百メートルくらいでしょうか? それくらいの高さまで行く必要があります。
でも、私本体に人が近付けばどう考えてもシルフさんが気づきますよね……ましてや、枝を折ったりなんてすれば即バレします。最低条件で、誰もいない時を狙う必要があるわけで。
「シルフさん達って、私が寝ている間に全員で出かけたことってあります?」
「何度かありますが、その時はウンディーネが見張りを頼みました。そのようなことがあれば、気づかないわけがないのですが……念のため、確認してみます」
いつものようにウンディーネさんに連絡を取ったらしいシルフさんは、すぐに首を横に振りました。
「……心当たりはない、と言っていました。近くの動物たちも、木に近づいた人間はいない、と」
ますます謎が深まりました。誰も近づいていないのに、どうやって枝を手に入れたんでしょう……?
「普通に落っこちて来た枝調べたんじゃないッスか?」
「ルナ様、それはないかと思われます。わたくしが知る限り、ミーシャ様御本体の枝が落ちて来たことは一度としてありませんので」
「え、そうなんスか?」
「そう言えばないですね……記憶になさすぎて無意識にその可能性排除してましたよ。私も生まれてこの方、枝が落ちたの見たことないです。葉っぱが落ちたのを見たことは何度かあるのですが、枝となると……」
言われて気づきましたが、そう言えばないです。普通の木は枝落ちると思うんですよ。でも、私の枝が落ちたのは見たことがありません。まあ、私本体の枝なんて落ちて来た日には大惨事になりかねないのでその方がいいんですけど。地上数百メートルから枝なんて落ちて来て当たったら、サイズによっては普通に死ねます。
シルフさんやクロノスくんはともかく、ルナちゃんとミツカミさんはヤバいですからね……いや、私本体であればマナが豊富でしょうから、実体がなくても当たる恐れがゼロじゃないです。そう考えると今の状態でありがたいんですが……理由についてはサッパリわかりませんね。そういうものだとしか。
「どうやって汝の枝を手に入れたのか詳しいことまではわからぬが、枝が落ちて来ない理由であればわかるぞ」
「マジですか!? いやホント詳しすぎますよ……本人の数百倍詳しいですよ……」
まさかの大佐がその理由を知ってましたよ。もういっそ、大佐に報酬払ってその辺全部調べてもらった方がいいんでしょうか。今後役に立ちそうですし。
その辺りは今度考えるとして、いったいどうして落ちて来ないのかを聞いてみました。
「厳密に言えば、落ちて来ないのではなく枝が幹から離れると枝に含まれるマナが急速に増幅され、それに枝が耐えきれず弾けて地上にまで届かぬからのようであるぞ。以前の場合は枝のマナが放出され、地上に落ちる前に形を失くしておったのだろう。理由は違えど、汝本体が巨大過ぎ地上まで形を保てぬのだろうな」
「なるほど、それでですか……でもそれだと、余計にわかりませんね。幹から離れると爆ぜるのに、どうやって採取できたんでしょう? 直接折り取ったとしても、その途端に弾けるわけですよね?」
「折れてから形を失くすまで、流石に数秒の猶予はあろう。その間にマナが拡散せぬよう遅滞術式でも使ったのではないか? あれをかければ拡散が遅くなるゆえ、採取も可能であろう」
「ああ、確かに。それなら採取できますね。なら採取にも魔法を……いやでも、それこそそんなことしたら気づきますよね? 採取するには念動力系か切断系の魔法でどうにかしなくちゃいけませんが、カテゴリ的には攻撃になるでしょうからシルフさん達が見逃がすはずがありません」
私本体に攻撃しようなんてしたら、シルフさんがブチギレてやりすぎてもおかしくないです。まさか……やってないですよね?
「……一応訊きますけど、そういう人見かけて三枚おろしにしちゃったこととかないですよね? だから誰も枝を折れてないけど、折ろうとした人は見たことある的な……」
もしかして成功した人を知らないだけでチャレンジした人は見かけたんじゃと思って訊いてみましたが、シルフさんは首を横に振りました。
「そのような不逞の輩、見かけていれば確実にみじん切りしていたでしょうが未遂でも見かけたことはありません。誠に遺憾ながら」
あ、三枚じゃ済まないんですね。みじん切りなんですね。よかったですよ、そんな人いなくて……血を吸ってキレイな花が咲く桜みたいなホラー感溢れる存在にクラスチェンジしなくて済みそうです。
「大佐、あとで私の枝を折ったって言ってた人教えてください。それは話聞かないといけないやつです」
「であろうな。だが、申し訳ないのだが個人は特定できん。砂漠に行った時に、偶然話を聞いただけであるからな。わかるのは砂漠に住む者であることと、それは誰か一人の行いではないということだ。話しぶりからするに集落全体での行いであろう」
「……ミーシャ様、ちょうど場所は砂漠のようですし、竜巻でも起こしてよろしいでしょうか? 砂を巻き上げれば殺傷能力が各段に上がりますので。他に巻き添えを喰らう者が出ないよう、細心の注意は払いますのでご安心を」
「ちょ、全然安心できませんけど!? 話も聞かずに虐殺はダメです!!」
「承知いたしました。であれば、話を聞いたあとにいたします」
「いえあの、話を聞いても死刑は流石にやりすぎですよ……?」
その後しばらく、怒り狂うシルフさんを鎮めるのに時間がかかったのでした。