四十話 デートに準備は必須ですよね
フィーマさんたちのデート、その前日。私とシルフさん。おまけでなんとウンディーネさんが、二人の露払いのためにドワーフの住む村、『ディルガー村』への道を歩いていました。
「珍しいですね、ウンディーネさんがあの泉を離れるだなんて」
本当に久しぶりです。というか、ウンディーネさんに会うこと自体が割とレアですよ。
シルフさんも同じことを思っているようで、じーっとウンディーネさんのことを見ていました。
「今日はうちがいない分を、ナノちゃんたちが任されてくれてな。最近頑張って色々教えたから、一日くらいなら大丈夫……だと思いたいんやけど」
「そこ心配なんですね……」
でもまあ、たまには息抜きくらいしてもバチは当たらないでしょう。というかもしバチを当てる存在がいたとしたら、私なんで大丈夫ですが。
「今日来れたということは、今度なにかあった時は来るんだな?」
シルフさんの刺々しくしていいのかそれとも態度を改めた方がいいか悩んでいるのが丸わかりな口調での確認に、ウンディーネさんは苦笑いで答えました。
「せやなぁ、場合によりけりやな。今回は緊急性がなかったから来たっちゅうのもある。もし今日なにもなければ、緊急時も来れるやろ。逆に今日問題が起きるようなことがあったら、緊急時はコワくてとてもじゃあらへんけど行けんわ」
たしかにそうですね。これで問題が出るようなら、次回からは別の方法を考えるか、ウンディーネさんがこれまで通り泉にいるしかなくなります。
それにしても、シルフさんこの前ウンディーネさんに質問をしたの、ちゃんと借りだと思ってるんですね。いつもよりもちょっぴり覇気がないですし。たぶん、どう接していいのか困っているのでしょう。
それを察しているらしく、ウンディーネさんも微妙な態度でした。はたから見てるとこの二人、けっこうめんどくさいです。
とりあえず二人のことは時間が解決するのに任せるとして、今は露払いを優先せねば。
「お二人はこの辺りのこと、なにか知っていますか?」
「直接見たわけではないですから確かなことは言えないのですが、なんでも魔物が出るとか。それも、かなり強力な。見かけると皆一目散に逃げるらしいので、死人が出たという話は聞きませんが……それでも、ケガ人は何人か出ているようです」
「そうですか……」
超必要ですね、露払い。来てよかったですよ。ちなみにウンディーネさんは泉にこもりがちなうえに他人との交流も薄いため、泉以外のことはよく知らないそうです。
「シルフさん、その魔物の特徴とかって聞きましたか?」
「ええ。なんでも、大きなアリだとか」
「……え」
「ど、どうしましたミーシャ様!? ものすごい勢いでお顔が真っ青になっていますが!?」
「えらい顔引きつってますけど、大丈夫です!?」
だだだだ、だいいいだいじょーぶ、だいじょーぶなのですよ。ええ。た、たかだか足が少々多めに設計された有機物。大丈夫ですとも。あんっ、あんな、脚部が六本以上存在している節足有機物だなんてへっちゃらですとも。
肉体もないのに、だらだらと冷や汗が伝うのを自覚した時でした。どこからか、ずしんずしんと地鳴りのような音が聞こえて来たではないですか。というかこのタイミングでこの場所に現れるとしたら、もうそれ答え決まってますよねぇっ!?
半泣きで音源の方を見遣った瞬間。やっぱり感じるはずのない悪寒が、背中を駆け抜け。巨大で真っ黒い物体を、バッチリ視界に収めてしまいました。
アリ。膜翅目の生命体とされ、ハチとは親戚関係に当たるのだとか。つーか普通のアリに翅なんかねーだろ!! なのに膜翅目ってなんだよ!! と、未だかつて使ったことのない言葉遣いのでのツッコミが、脳内を駆け巡りました。
虫ギライのクセに、なぜこんなに詳しいかと言えば。生きていたころに、世界から脚部が多めな生物を一匹残らず駆逐してやると調べ回ったからです。まあ、生態のあまりの気持ち悪さに気絶してやめましたが。滅べばいいのに。
「……ふ」
「み、ミーシャ様? いったいどうなさったので……」
「大丈夫ですか!? な、なんかかつて見たことないような顔してはりますけど……」
「大丈夫ですよーお二人とも全然問題なんかあるわけないじゃないですかーうふふふー」
そうです。これは節足有機物ではなく、魔物。生態系に組み込まれた生物ではないのです。つまり滅しても、生態系が崩れ去ったりはしないわけです。この世界に、こんな気色の悪い生命体もどきがいていいはずがありません。
ええそうですとも。あいつらは不要です。足が六本もある必要、ないんですようふふふ。
なぜだかシルフさんとウンディーネさんのとても怯えた顔が目に入ります。あ、もしかして、お二人も足がいっぱいあってうじゃうじゃするやつがダメなんですかね?
「とりあえず、そこの黒いデカブツさん」
『ギチギチッ』
どこから出しているのかも不明なそんな音を発する存在に、私は心からの笑みを向けました。
「消えてください☆」
人間の目では捉えられないような、一瞬未満の時間の中で。黒デカブツの背中の辺りに、小さな小さな闇色の点が現れました。
微かになにかが押し潰されるような湿っぽい音がしたかと思うと、体長十メートルは余裕であった巨体が、刹那のうちに黒点に吸い込まれて行きました。そして後には、あのデカブツの痕跡はカケラすらも残りません。
「あ、あの、ミーシャ様、今のは……?」
諸悪の根源が消えてもまだ怯えた様子のシルフさんを安心させようと、なにをしたのかを説明しました。
「簡単です。ちょこっとブラックホール……ものすごーく強い重力を持ったものを出現させて、あれを吸い込んでもらったのです」
さて、これで万事解決ですね♪
なぜだか余計に怯えた顔をする二人に納得が行かぬまま、ディルガー村に向かったのでした。




