三百八十八話 ウワサを確かめに行きましょう
ドワーフの国のすぐ近くの森で時折目撃される、半透明の子供。正体不明のその子供を探すべく、私たちは森へと来ていました。
「ガドラスさんが見かけたのは、どの辺りですか?」
「だいたい……あの辺りです」
森の入口で訊いてみると、ガドラスさんが指さしたのは入口からそう遠くない場所でした。木が少なめだからか、そこまで視界が遮られないため洞くつからでも見えたのでしょう。
全員で歩いて行ってみますが、別段変わった様子はありません。ごく普通の森に見えます。強いて挙げるなら……若干木の元気がないでしょうか。そういえば、以前より木が減ってるっぽいんですよね。そのせいでしょうか。
「その子供が目撃される前後に、なにか変わったことはありませんでしたか? 些細なことでもいいのですが」
「前後……うーん……特には思いつきません。ある日、気づいたら現れるようになっていたって感じで……」
「そうですか……」
ガルザスさんも同じようで、わからないと言った風に首を振っていました。ドワーフの間でもウワサになっているものの、誰も真剣になってそれを調べないのは害がないのもあるでしょうが、原因に心当たりが全くないこともあるかもしれません。自分たちに関係なく現れたなら、関係なくそのうち消えるだろう、みたいな。
ガドラスさんたちが子供を見かけたという場所についても、変わった様子もなければ不穏な気配も感じません。私から見ても、ただの森でした。となると、やはり私たちが探してる詠乃介くんでしょうか。でも、それなら話しかけられて逃げるってのは腑に落ちませんね。
ドワーフの、全員ヒゲが生えたおじさんのような見た目が怖かった……ならこの場から離れればいいだけです。別に地縛霊になってるわけじゃないんですから。幽霊になってからこの世界に来ているので、なっていたとしても浮遊霊のはずです。
この世界の言葉がわからないから、話しかけようにも話しかけられなかった……わけもないですよね。日本語ですもん。私が話した言葉がそのままナノさんたち経由で色んな生物に広まったので、この世界の標準語は日本語です。関西弁くらいならいますけど。
そうなると、本当に謎です。ここで目撃されている子供は誰で、どうして現れるのか。詠乃介くんとは別の、この世界で発生した浮遊霊って線も考えた方がいいですかね? あとは、半透明の不思議生物っていましたっけ。
普通の魔物や妖怪であれば、ガドラスさんたちドワーフには半透明ではなくハッキリと見えるはずです。その類いがハッキリ見えないのは、魔力の親和性が低いと言うか、ぶっちゃけてしまえば魔法を使う素養があまりない人のはずですから。にも関わらず半透明に見えるってことは、最初から半透明の存在だと思うんですが……
実は煙々羅――煙の妖怪の仕業とかでしょうか。場所によっては煙でできた子供のようにに見える姿で伝わってるっぽいですし……
とか、そんなことを考えていた時でした。なにか風が微かに動くような気配を感じた私がその方を見ると、近くの木の陰からコッソリと顔を出す小さな子供がいるではないですか。
見たところ……五、六歳の幼児に見えます。幼くて中性的な顔立ちなので、性別はわかりません。この時点で詠乃介くんではないことが確定しました。彼、小学生のはずですから。それに髪の毛も目も、葉っぱのような緑色ですしね。
服装はTシャツに短パンが一番近いでしょうか。半袖のシャツに、膝より短いズボン。どちらも緑色なので、全身緑色ということになります。
そして重要なのは、私から見てもその子供は向こう側が透けて見える、という点です。輪郭すらたまに揺らぐような、とても儚い存在に見えます。声をかけても驚かせないか心配でしたが、ここでじっと見つめていても話は進みません。
「あの……こんにちは」
とりあえず挨拶をしてみると、びくりと肩を跳ねさせた子供はあちこち見回したあと恐る恐ると言った様子でこちらに近づいて来ました。そして口を開いてなにかを言おうと――した、みたいなのですが。声は出ず悲しそうに目が伏せられました。どうやら、喋れないようです。話しかけられても逃げていたのは、これのせいでしょうか。
「私は世界樹のミーシャと申します。こちらは、私の――ええと、後輩たちで……」
「ルナッス!!」
「ぼくミツカミ!!」
二人の息の合った自己紹介に驚いてはいましたが、半透明の子は微かに頭を下げました。言葉は普通に通じているようですね。
「自分は風の精霊シルフ。こっちが時の精霊クロノス」
「よろしくであります!」
「じ、自分はガドラスです」
「が、ガルザスですっ」
他の全員が自己紹介しても、半透明の子は離れては行きません。ただ、迷うようにあっちこっちに視線が泳いでいます。なにか話したいことがあるようですし、筆談とかできないでしょうか。あ、でもこれだけ存在が薄いのではペンが持てませんね。いったいどうしたことやら……
悩んでいると、半透明の子は恐々と右手を差し出しました。握手を求められているのでしょうか?
「よろしくお願いしますね」
その手を握ると。手を通して、子供らしい高い声が頭の中に響いて来ました。
『あ、あの、聞こえて、いるでしょうか……』
どうやら、テレパシーのようなものが使えるようです。これなら会話ができますね。
「はい、聞こえていますよ」
そう返事をすると、ホッとしたように息を吐きました。そして。
『ぼくは、木霊。この森の木、全部の意識の集合体、です』
と思ってもいなかった自己紹介をして来たのでした。




