二百八十七話 そういえばその辺聞いてないです
空がわずかに白み始めたころ。そろそろよさそうかなと思っていると、タイミングよく狐鑰ちゃんが戻って来ました。背中には、なにやら三十センチくらいある棒状のものを布に包んで背負っています。おそらく、あれが神器なのでしょう。形からして、刀とか槍とかそんな感じでしょうか。それにしては短い気もしますが。
さっそく全員を起こしに行くと、ルナちゃんとミツカミさんのコンビは相変わらず超絶眠そうです。
「センパイ見るッス、黒いもこもこの雲ってモフモフのうえにチョコレートの味がするッス……」
「ルナちゃん、それたぶん雲じゃないです。ミツカミさんです。チョコレートについては不明ですが」
「うー、だきまくら……」
「ミツカミさん、それ抱き枕じゃなくて狐鑰ちゃんです。本気で困って固まっているので離してあげてください」
「センパイセンパイ、凶器に使われたのは文鎮じゃなくてペーパーウェイトッス……」
「ルナちゃん、それ同じものですしいったいなんの夢見てるんですか?」
とりあえず会話を続けながら瞬間移動先を設定し、釜木家へと跳ばせていただきました。ギリギリ会話できるくらいには起きていてもらわないと、また寝付かれたら困るので。
おかげでどうにか二度寝することなく、全員で釜木家隠し屋敷に到着です。クロノスくんは普通に起きてくれたんですけどねぇ……
「お待ちしておりました」
釜木家隠し屋敷に到着すると、すでに鼈氷さんも梨蛟さんもそろっていました。それぞれ、身の丈ほどもありそうな布に包まれた平べったいものと、一メートルくらいある棒状のなにかを持っています。
「あとは雷火家に寄って行けばオッケーですね」
「あの……」
そこでふと手を挙げたのは、複雑そうな顔の梨蛟さんでした。
「どうかしましたか?」
「その……雷火家からは、殿……炯烏様が?」
「あー……そう言えば、その辺詳しく聞いてないですね」
雷火家から誰かは来るんだろう、みないな気分でいましたけど、そう言えば誰が来るかまでは聞いてないです。あの時、その辺話していなかったので。
「炯烏さんが来る可能性もありますけど、烏灼さんとか熾燕さんが来てもおかしくないと思いますよ」
「いえ、おそらく熾燕が来るのは難しいかと。あの子の動きはうちの大馬鹿兄貴……現当主潯亀が未だに見張ってますから」
そう言ったのは、心底イヤそうに眉をひそめた鼈氷さんでした。一瞬内容が理解できませんでしたが、理解したとたん鳥肌が立った気が。
「……あの、それはもしや俗に言う……」
「ストーカーです」
「もう完全ヤバい人ですよそれ! ていうか一応潯亀さん既婚者ですよね!? 奥さん怒らないんですか!?」
年齢的にも立場的にもそのはずだと思ったのですが、なぜか鼈氷さんは気まずげに目を逸らしました。
「あそこの家はまあ……ええと、嫁入りした者にも少々問題と言いますか……端的に言ってしまえば、今は創作活動に夢中で兄に興味がないのです。なのでその、現時点ではバカ兄のすることは全てシカトしているようで。それもあってか、あのバカ兄かなり自由にやっているそうです」
「つまり仮面夫婦的な……完全なる政略結婚ってわけですね」
「いえ、そういうわけでも微妙になく……」
「え? そうなんですか?」
でも、潯亀さんって熾燕さんのことを未だに好きなのでは……と思ったのですが、鼈氷さんは苦笑いで答えてくれました。
「今は興味を失っているようですが、義姉は結婚当初はそれはそれは兄のことを好いていたのです。おそらく、あまりにうちの兄が放置した結果、あんな風になってしまったのかと……妹として、申し訳ない限りです」
なんと言うか……潯亀さん、聞けば聞くほどヤバい人な気がしてきます。一人の女性をずっと好きでい続けることは素敵ですしすばらしいことですが、相手も自分も結婚してるのにそれはまずいと思うんですよ。
全体的に問題が多いですよねぇ、政略結婚。だからと言ってそれを今すぐ全部廃止とかはムリですし、これについては自然に任せることしかできません。いい加減、家柄とそれに付随するメリットのみで結婚決めるのやめた方がいいと思うんですけどね。こうして、デメリットの方増えているわけですし。
まあ、私自身は結婚したことないのでその辺の事情よくわからないですけどね。昔好きになったような相手は……いたような気もしますが、おそらく小学校低学年とか下手すると幼児だったので定かじゃないです。
さておき。結局のところ、雷火家に行かないことには誰が来るのかわからないということです。この場合、ほぼ二択ではありますが。
「とりあえず、雷火家へ行ってみないことには誰が来るかわかりません。ですので、その……あまり、思い詰めないでくださいね」
だんだんと梨蛟さんの顔色が悪くなっているのでそう言うと、梨蛟さん無言ではありましたがうなずいてくれました。でもこの状態で、もうし来るのが炯烏さんだったら……微妙に厄介なことになるような気もしますが、致し方ありません。
「ではみなさん、雷火家へ向かいますよ!」
そう宣言して全員がうなずいたのを確認してから、私は雷火家へと跳んだのでした。




