二話 願い、叶えすぎです
目が覚めると、樹になっていました。夢かと思いましたが、おそらく現実だと思われます。頬をつねろうとしてみましたが腕が動かず、ついでに言えばつねる頬もないことで嫌でも理解しました。
と言うか、手続き終わってから直接転生するんですね。そこは普通、手続きが終わったとかのアナウンスがあると思うんですけど。まさかなにも言われずに転生するとは、思ってもみませんでした。
「それにしても……植物は、本当に予想外です」
独り言をつぶやいてみると、音としてではなく脳内に響く感じで再生されます。まあ、脳もありませんが。
「生物なのに動けないとは……植物も生物というのを、うっかり忘れていました。動物って言えばよかったですね」
なったものが樹では、この場から一歩も動くことができません。さすがにそれは、ちょっと退屈です。せめて犬とかであれば、前脚で押さえてどうにか読書が可能だったんですが。
「冷静に考えてみると、眼球がないのにどうやって外の世界を認識しているのでしょう? 光は存在してるだけマシですが……」
脳がないのに思考ができますし、眼球がないのにものが見え。耳がないのに音が聞こえるのです。と言っても、聞こえて来るのは風の音だけですが。
「それにしても、静かですね……確かに人の少ない静かなところと言いましたが、いくらなんでも人いなさ過ぎです」
というより、私以外に生き物の気配が微塵もありません。本気で風の音しか聞こえて来ないのです。ここまで来ると、少し異様ですね。
足元――この場合、根本でしょうか? とにかく下を見ると、地面はカラッカラに乾いています。荒野と言うか、砂漠と言うか。こんなところに生えている時点で、私けっこうすごくないですか?
「たぶんですけど、普通の樹じゃないですね。魔法の樹、でしょうか」
それだったら、人間化できる魔法とか使えないでしょうか。
「人間になれ~人間になれ~。あ、なんなら犬とかでもいいので、とにかく生物になれ~」
少々真面目に念じてみますと、ポンッと言う音とともに微かに手ごたえが。
「まさか一発で成功――したわけではないみたいですね」
自分の体を見下ろしてみると、辛うじて幽霊のような状態の自分が存在していました。魂だけでいる、と言うか。
それから私の感覚で数時間ほど頑張ってみましたが、一向に実体を持った人間になれる様子はありません。この幽霊状態が限度みたいです。
「でもまあいいでしょう。これで辺りを少しは見ることができますし」
言葉にする必要もないのに、ついつい口に出して言ってしまいます。やっぱり、ここまでなんの気配もないと、多少は寂しいものなのですね。もしかすると私、自分で思っているよりも人嫌いではないのかもしれません。
そんなことを考えながら歩き出しましたが、すぐに壁にぶち当たりました。本体だと思われる樹から百メートルほど離れた辺りで、体が前に進まなくなってしまったのです。
「これは……あれですかね、あの樹から百メートルしか離れられない的なやつでしょうか」
気分的には、樹に鎖で繋がれた犬って感じですね。
「ふうむ……三次元的にも、限度は百メートルなのでしょうか」
もし上にも行けるのであれば、けっこう遠くまで見渡せるはずです。ですが問題は、どうやって上まで行くかですよね。
物は試しとちょこっと念じてみますと、普通にふわりと体が浮きました。どうやら、この身体には重さの概念もないみたいです。本当にほぼほぼ幽霊ですね。
ふよふよと私の本体らしき樹の上まで行って、そこから更に百メートル。限界高度まで上がって辺りを見回した私は、自分の役所での発言をかえりみて、とても後悔しました。
「言いました。確かに言いましたよ? ですが……これは、次元が違いません?」
この世界の全貌を初めて見て。私は本気でため息を吐いてしまいました。
「まさか、この世界に私だけしか存在していないなんて……」
そう。樹のてっぺんから見えたこの世界には、人っ子一人存在しませんでした。と言うか、生物そのものが私しか存在していません。私の周りには、だだっ広い荒野がひたすら広がるだけ。
「私の言った願い、叶え過ぎですよ吉田さん」
人の少ないところがいいとは言いましたが、いないところがいいとは言ってないです。
いえ、いっそ人はいなくてもこの際いいです。話し相手になるような生命体がいれば、私としては問題ありませんでした。
「世界最強のぼっちですね……ここまで来ると、もはやいじめでは?」
本気で何もない世界で一人とか、そう遠くない未来に狂ってもおかしくないですよ?
「うーん、今度はいっそ地面に潜ったりとかは……」
一縷の望みをかけて、私は地面に潜れないか試してみました。
やってみた結果、潜るのは簡単でした。が、やはり生物の姿は確認できず。
「あ、年輪数えられますね」
地面にまで潜っての唯一の発見が、自分の年齢が判明するだけって。根っこから百メートル、意外と近かったのが悪いんですよ。自分の本体も通り抜けられる、というのは、発見と言えば発見ですけど。
「ええと……あら、ちょうど百歳です」
樹齢百年ともなれば、相当立派な樹です。あれですかね、百年経って付喪神みたいな存在になったとかでしょうか。または、百年経ってようやく自我が形成できるまでの力ができたとかですかね。
「どちらにせよ、やることがなくなってしまいました……」
私は本体の根元に座り込み、途方に暮れてしまったのでした。




