百七話 心当たりはあります
フィーマさんに相談を受けた、その翌々日。私たち一行――私、ルナちゃん、シルフさん、クロノスくんの四人は、フェイルー湖と呼ばれる広大な湖へと向け歩いていました。
なぜ翌日に動かなかったかと言えば、疲れて動けなかったからです。クロノスくんが一番ぐったりしていまして、さすがに連れ出せませんでした。シルフさんもなんだかぼんやりしていましたし、私も身体ではなく精神的に疲れていましたし。ルナちゃんだけはムダに元気でしたが。
とまあそんなわけで一日おいてからの出発だったわけですが、一応緊急でないことは確認してから休みました。具体的には精霊さんたちのネットワークを使って調べたのですが、あちこち経由しないといけなかったので少々シルフさんに負担をかけてしまったのが心苦しかったです。
切迫した状況ではありませんでしたが、早めに解決するに越したことがないタイプの案件です。
昨日の様子を見て、兼ねてより必要だと思っていたものがようやく完成させることができたのはよかったですが。材料が手に入ったのが大きいですね。
「センパイセンパイ、そんで話のフェイルー湖ってどんなとこなんスか?」
ただ歩くのにも飽きたのか、ルナちゃんがそんなことを訊いて来ました。実はこの質問、あまりされたくない種類の質問だったりします。色々問題があるんですよねこれ……
そんなことはおくびにも出さないよう気を配りながら、私は慎重に説明を始めました。
「とにかく大きな湖ですよ。たしか直径が千五百キロくらいで、一番深いところが三千メートルぐらいだったかと」
「千五百キロ……?」
「えっと……日本列島の本州だけなら余裕で呑み込めますね」
「???」
大き過ぎて、想像力が追いつかなかったみたいです。
「まあとにかく、日本レベルで大きいと思っておけば間違いないです。ちなみに中央には島が浮いてまして、かなり人が住んでるみたいですよ。湖の面積の三分の一弱くらいだったでしょうか」
「なんかよくわかんないッスけど、超おっきな湖なんスね! ていうか、なんでそんな大きな湖があるんスか?」
ぐっ、それ訊きますか……もうこれ答えと言うか、完全にアウトな質問なんですよ……
とは思いましたが、やはり顔には出さずに答えます。きっと出てないはずです。出てないといいんですが……
「さあ、なぜでしょうね? 世の中、不思議なことならいくらでもあります。普通に自然発生でしょう」
「はぁ、すごいんスねぇ……」
よし、どうやらごまかせたっぽいです。
実はフェイルー湖と呼ばれる、超級湖。できたのは、私のせいだったりします。
昔々、本当にすっごく昔。私がまだこの世界に転生してそれほど経っていない頃のこと。魔法が使えないかなーっと色々試していた私は、意外に簡単に魔法が使えることが判明しました。なぜわかったかと言えば、試し撃ちしたとある魔法が理由でして。
その魔法はかなり遠くに着弾したにも関わらず、私がいた場所まで爆風が届くほどの超規模の大爆発を起こしたのです。地面は溶けて盛大にえぐれ、そのあと土砂崩れやらなんやらが起こった結果できた巨大な穴。そこに雨水が溜まりに溜まってできたのがフェイルー湖、というわけです。
ちなみにあの湖、川には一切つながっておりません。なので厳密には湖ではなくとんでもなく大きな水溜まりなわけですが、まあこの世界でそこまで厳密な区別はしなくてもいいと思うので、湖と呼んでおきます。
その時崩れて真ん中へ集まった土砂が島になったみたいで、なんかもう見るたびに黒歴史思い出すので好きじゃないんですよ。なので、今まで一度も近くまで行ったことはありませんでした。
ですが今回はそうも言っていられません。一応詳しい目的地としては湖そのものではなくその畔の森なので、私がこれ以上なにも言わなければそちらにはつっこまれないでしょう。
そんなことを考えながら、歩くことおよそ十五分。目的地であるフェイルー湖の畔へと到着しました。近くに瞬間移動してそこから徒歩なので早く着きましたが、ここまで直接飛ばなかったのには理由があります。なぜなら、危険だから。
「なんか、焦げ臭い気がするんスけど……」
真っ先に異変に気がついたのは、ルナちゃんでした。私は実体がないせいか嗅覚が異様に鈍いですし、シルフさんもクロノスくんも今は実体化をしていません。そのため二人も嗅覚が鈍っているようで、最初にルナちゃんが気づいたのは必然と言えるでしょう。
ルナちゃんが教えてくれたおかげで、ここから先が危険だということがわかりました。
「みなさん、注意してください。おそらく近くにいるはずなので――」
「あ、あれなんスか!?」
そう言ってルナちゃんが指さした先。そこで繰り広げられている光景は、聞いていたよりも数段ヒドイものでした。
焼け焦げ倒れた数十本もの樹々と、異常なまでに成長しねじくれた同じかそれ以上はあるであろう数の樹々。そしてその二つの兼ね備えた百は下らないであろう数の樹々。それらが点在するという、巨人でも暴れ狂ったのかと訊きたくなるような光景でした。
「聞いていたよりもずいぶんとヒドイですね……」
この様子ならば、もっと早く来るべきだったかもしれません。騒ぎの元凶に連絡つかなかったせいで、別の方に訊いたのは間違いだったでしょうか。
そんなことを思いつつ目線をあげると、そこには二つの影がありました。
一つは空中に浮かぶ雲の上に乗った、大柄なもの。もう一つは育ちすぎた木の上に立つ、もう一つと比べるとやや小柄な影。
雷の精霊ヴォルトさんと、木の精霊ドリアードさんの姿でした。