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一話 私、死んだみたいです

 目が覚めると、どこかのお役所にいました。


「……ここ、どこでしょう」


 一見普通の市役所みたいな場所なのですが、何かがおかしいです。というかそもそも、なぜ私はこんなところに? 家に帰った後、普通に寝たはずなのですが。


「十番札お持ちのお客様!」


 いつの間にか手に持っていた小さな紙切れを見ると、そこには十番と書かれていました。どうやら、私が呼ばれているみたいです。


 呼ばれるままに窓口へ行くと、冴えないスーツ姿の男の人が座っていました。


「初めまして。わたくし、吉田と申します」


「はあ……」


「誠に残念ながら、あなたは本日お亡くなりになりました」


「……へ?」


 待って下さい。死んだ? 私がですか?


 キョトンとする私を、痛ましそうに見る吉田さん。けれど自分が死んでいると聞かされ、一つ納得できることがありました。


 あちらこちらで、生後間もなく見える赤ん坊が母親の姿もなく椅子に座っているのです。どう考えても、これは異常でしょう。


「ええとそれで死亡手続きを致しますので、念のためこちらにお名前フルネーム。それと、添付の写真がご自分でお間違いないかご確認ください」


「は、はい」


 吉田さんに差し出された用紙には、小学生みたいな幼児体型で黒髪をおかっぱにした、制服姿のちんちくりんな少女の写真が貼ってあります。御年十七歳には、とても見えません。

 まあ、私の写真なんですけど。全身の写真ではなく、せめてバストアップにして欲しかったです。それなら、胸の小ささがバレなかったのに。


 イラッとしつつも、吉田さんに当たってもしょうがないので自重です。この人も、ただの職員さんなのでしょうし。


 言われた通りに名前を書き終え用紙を渡すと、吉田さんは途端に困った顔になりました。


「え、ええと……松木……み、みゆいさ……」

松木(まつき)美唯紗(みいしゃ)ですよ。先に言っておきますが、純正日本人です」


 日本人形みたいな見た目のくせに名前がこんななので、妙な顔をされるのは慣れっ子です。悪いのは全て、こんな名前をつけた両親。


「た、大変失礼致しました!」


「この用紙、ふりがな欄もうけるべきですよ」


「すみません、予算の都合もありまして……」


 まあ、これもこの人に言ったところで仕方がないです。それよりも、本題に入りましょう。


「それで、私死んだんですよね? 記憶にないんですけど」


 夜寝てからの記憶が、全くありません。寝てる間に死んでしまったということでしょうか。なら、死因は病死ですかね?


 そう思ったのですが、吉田さんの顔を見る限りそんな感じではありません。


「松木様の場合、死の間際のショックで記憶が飛んでいるのでしょう。むしろよかったです」


「……ちなみに、私はなぜ死んだのでしょう?」


「その、あなた様のお父様のタバコの不始末で、えー、その、ご自宅が全焼致しまして……時間が真夜中だったこともありまして、あなた様だけが焼死した形に」


 なんてことを。だからあれほど寝タバコはやめろと……まあ、あの父が、私なんかの言うことを聞くはずないんですけど。


 焼死、とのことなので、記憶がないのは確かに幸いです。身体が段々焼けていくところなんて、覚えていたくないですからね。


「それでですね。今回お亡くなりになってしまったあなた様は、転生待ちと言うことでしばらくこの近辺で過ごしてもらいます。と言っても、この役所くらいしかここには存在しないんですが」


「ここ、いわゆる天国的な場所ですよね? それがお役所だけって……裁判とかしなくていいんですか?」


 私が前に読んでいたマンガでは、死んだら人は裁判にかけられると書いてあったんですけど。こんなお役所だけって、一般的な天国のイメージとかけ離れています。実はここ、地獄かもしれませんけど。


「裁判が必要なのは、明らかな罪を犯した人だけですね。殺人とか強盗とか。誰しも多少の罪は犯していますし、細かくやっているととても手が回りません」


 それもそうですけど。なんかこう、モヤモヤしますねえ。


「で、ただいま転生待ちの方がたくさんいらっしゃって……だいぶ長いことお待ちいただくことになります」


「長いってどれくらいですか?」


「そうですね……およそ千年ほどですかね」


「長過ぎません!?」


 千年って! 生きてる時よりもよっぽど長いじゃないですか!! 私からみたら永遠みたいなものですよ!!


 私の渾身のツッコミに、また困り顔になる吉田さん。ですがこれはさすがにどうにかしてもらわねば、私の精神衛生に関わる問題です。下手をすれば、廃人コースですよ、千年やることなしって。


「長いのはこちらもわかっているのですが、なにぶんみなさま人間に転生したがるもので……今一番人気なのは、魔法が使えて魔王がいるようなファンタジー世界。こちらは最大二千年待ちなんですよ。最短が千年なので」


「……ん? ちょっと待って下さい? 今人間に転生って言いました? それってもしかして、人間に転生しなければもっと時間短縮されるとか、そういう感じですか?」


「え、ええそうですけど……人間以外に転生したがる方は、滅多にいな」

「人間以外でお願いします」

「即決ですか!?」


 なんだ、そうならそうと最初から言っていてくれればよかったんですよ。


「私、根本的に人間って好きじゃないんです。友達もいませんでしたし、両親もあれでしたからね。お金さえ与えておけば、子供勝手に生きてくと思ってる人種です。ここ一か月ほど、一度も会ってないくらいですし」


「そ、それはなんと言いますか……ぐすっ。それでお亡くなりになっても、さほど動じていらっしゃらないのですね……!!」


 涙ぐまれてしまいました。そこまで不幸な境遇ではないと思うのですが。確かに育児放棄気味でしたが、お金はもらえましたから、生きて行くのに不自由なかったですし。人間、一人でもどうにかなるもんです。

 ついでに言えば、動じてないのは性格です。基本的にあまり騒がない人間なので。


 そう言った途端、ますます泣いてしまう吉田さん。ずいぶんとゆるい涙腺をお持ちですね。


「で、では、人間以外に転生をご希望とのことですので、最大限ご要望を叶えさせていただきます。何かございますか?」


 あら、ラッキー。私としては人間以外の時点で割りと充分なのですが、更にお願いまで聞いてもらえるとは。


「では、お言葉に甘えまして。人の少ない、静かなところがいいですね」


「人の少ない、っと。他には?」


「んー、やっぱり魔法がある世界だと嬉しいですねぇ。生き物でしたら、なおいいです。あ、あとは何か体の大きなものになりたいですね。小さいと舐められるので面倒ですし、高いところの物が届かなくて困りますし」


 強いていいところを上げるならば、高校生二年生にも関わらず、私服ならばなんの疑いもなく小学生料金で交通機関が利用できることくらいですかね。あまり嬉しくないですけど。


 吉田さんは私の上げた条件をさらさらと手元の書類へ書き留めると、近くにあったパソコンに何やら文字を打ち込んでいきます。二度手間な気がするので、最初からパソコンに打ち込めばいいと思うんですが……

 どうでもいいですけど、天国もパソコンあるんですね。しかもよく見れば、ムダに最新型。お金のかけどころ、完全に間違ってます。


 五分ほど待ったでしょうか。条件にあった転生先を見つけたのか、吉田さんは更に書類に何かを書き込んでいきます。


「ラッキーですよ、松木様。いい感じの転生先がございました。ええと、手続きを致しますので、あちらの椅子で少々お待ち下さい」


「わかりました」


 先ほどまで座っていた椅子に戻ると、なんだか眠くなって来てしまいました。久しぶりに他人と会話をしたので、緊張していたのかもしれません。


「他人と最後にまともに会話したの、いつでしたっけ」


 二週間ほど前に、父に大学進学のことでとやかく言われたのが最後ですかね。しかも、電話なんかで。他人には厳しいくせに、自分には甘いんですよね、あの人。自分が頭いいからって、私にまでそれを強要されても困ります。


「法学部か医学部以外は認めないって、何考えてたんでしょうね」


 普通にムリです。本好きなので国語は強かったですが、それ以外は残念な成績でしたもの。子供に夢見過ぎなんですよ。


「ふぁ……最期くらい、文句言っておけばよかったですかねぇ……」


 そんなことを考えていると、どんどんまぶたが重くなって行き。いつの間にか私は、眠りに落ちてしまいました。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ん、朝ですかね……」


 まだぼんやりと回らない頭で、ケータイを探します。が、どこにもありません。

 というかそもそも、体が全く動かないのです。まるで根が生えたように、足もピクリとも動きません。


「か、金縛りとかですか!?」


 慌てて飛び起きようにも、体が動きません。仕方なく目だけで周りを見回し――異常に気づきました。


「こ、ここどこです!?」


 何もない荒野に、ポツンと私一人。見渡す限り何も無く、地平線がやたらと遠いのです。


 その辺りで、ようやく目覚める前のことを思い出しました。


「そうです、確か私は死んで、それで転生を」


 ふと空を見上げれば、そこには七色に輝く太陽が。この時点で、地球でないことは確定です。と言うか、何かがおかしいような……?


 ふと足元を見て。私は自分が、何に転生したのかを知りました。


「確かに言いました。言いましたよ? 体の大きなものがいいと。けれどこれは……大きすぎやしません?」


 私が転生したもの。それは数十メートルはあるような、巨大な一本の樹。


「植物は予想外です……!!」


 どうも私、樹に転生してしまったようです。


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