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第4話 その3 魔法の分類と七つの禁忌

 北島(きたじま)俊之(としゆき)は、作家を目指している高校二年生である。彼は作家を目指すための布石(ふせき)や、文章力アップの手段として、とある小説投稿サイトに一年ほど前から作品を投稿していた。


 そして二年生になった時、自分の実力を試してみようと思い、インターネット上で企画されている小説大賞――大賞を受賞すれば、百万円の賞金と書籍化が約束される――に応募するための原稿を、現在進行形で執筆しているところだった。


 しかし、何事においても順風満帆(じゅんぷうまんぱん)といかないように、俊之は不調の泥沼にはまっていた。端的かつ()(てい)に言えばスランプだった。しかも構想の段階でだ。筆の速さなら投稿サイトという畑で一年近く(つちか)ってきたから、プロットさえあれば短期間で形にできるのだが……。


 インスピレーションの神が沼の底で意地悪く、俊之少年の足首を(つか)んでいるのだ。

 神の邪魔な手を振り払えない己の非力さと、いくら考えても沼から抜け出す方法が思いつかない引き出しのなさに、少年は焦燥(しょうそう)感に(さいな)まれているのである。


「要するに、スランプから脱出するための材料が、もっと欲しいのね」


 アルフェラッツは言う。


「はい。プロットの材料になりうる物は、片っ端から(あさ)りました。でも、いくら考えても納得のいく形にならないんです。どこか軽々しいっていうか、作品の世界観に深みを持たせられなくて……」


 俊之は首を小さく、けれども力強く横に()った。


「だからアルフェラッツさんやクラズみたいに、実際に異世界に住んでいて魔法を使える人や存在から話を聞いて、それを参考に作品に強い説得力を持たせたいんです。聞いた話を設定として使うかどうかは別にして」

『あくまで参考程度に他人から話を聞く、か。アイデアがポンポン出るような想像力と知恵の泉が欲しいとは思わないんだな。その方が長い目で見て楽なのによ』

「それはないな。俺以外に作家を目指してる人達やプロに比べたらどうなのかは(わか)らないけど、作家として戦えるだけの力は持っている自信がある。そこに関しては甘えたくないんだ」


 なかなか立派な志を持った人間だ――と、アルフェラッツとクラズは感嘆(かんたん)した。最終的には己の力で賞を勝ち取りたい、ということなのだろう。


 黒ずくめの魔女と使い魔のコンビが意外に思ったのは、目の前の少年がアルフェラッツだけでなく、使い魔クラズからも話を聞こうとする意思を示していることだった。


 魔法使いと関わる無界人は、使い魔の存在を無視することはないが、大抵(たいてい)は大企業の重役の側近(そっきん)ないし、令嬢(れいじょう)や主君に仕えているメイドへの対応みたいに、積極的に会話を重ねようとはしない。これは、無界において使い魔が非常識の象徴であることや、それ(ゆえ)に彼らの心中に内在している違和感や忌避(きひ)感が、コミュニケーションの意思を(さまた)げるからだ――と、魔法使い達の間で、ささやかに(うわさ)されている。


 北島俊之はその中の例外の一つだった。魔法使いに会えてテンションが上がっている、話を聞く相手に敬意を払っているから、と言えばそれまでのことだが、少なくとも魔界の存在に対する先入観の中に、マイナスの感情はなさそうだった。初対面の際、非常識と混乱の乱気流に翻弄(ほんろう)されはしたが。


 ともかく、俊之にとって今の状況は、別のインスピレーションの神々が救いの手を差し伸べているようなものだった。神々とは言うまでもなくアルフェラッツとクラズである。


「あなたの悩みと願いは(わか)ったわ。でも、魔法使いや魔界について説明して欲しいって言われても、ざっくりし過ぎていて、どこから説明すればいいものか――」


 私にも、知ってることと知らないことがあるから、門外漢(もんがいかん)のことは語れないわよ。


「そうでしたね……。とりあえず俺が知りたいのは、『魔法についての細かい説明』と、『魔界の誕生秘話』、あとは『魔界の文化』、それと『魔法学校のカリキュラム』。それらが聞きたいです」

「説明できないことはないわね。ただ、私レベルの知識だと、教科書レベルになってしまうけどいいの?」

「大丈夫です」

『ま、アルフが答えられない部分は俺がフォローしてやるから心配すんな。多分かなり長くなると思うから、メモしたきゃメモの準備をしとけよ』


 クラズの言葉を聞いた俊之は、一冊のノートを広げ、筆記用具を筆箱から取り出した。それを見た黒い小鳥が口を開いた。


『あれ……そのノートって、勉強用のノートじゃなかったのかよ』

「あぁ、コレは応募する作品の設定や話の筋とかを書いているんだ」


 ノートに書くべきものが、授業の内容だけではないことを、魔女と使い魔は改めて知るのだった。

 二人は、今が中間テストが行われている時期であることと相まって、ノート=勉強用のアイテムという固定観念に囚われていたのだ。


 少年の準備が整ったところで、アルフェラッツは授業を始める教師が見せるような表情を作って、ささやかな講義を始めた。最初に開かれるのは、魔法に関する詳細な説明である。


     ★    ☆    ★


 魔界において魔法というものは、一般生活レベルで扱う物であれば、そこまで専門的な知識を要求される代物ではない。無論(むろん)、使いこなすには多少の知識が必要であるが、それは無界で言うところの『読み書き計算』程度の物で、不得意な魔法はあっても、魔法が全く使えないというケースは滅多にない。魔界で産まれているか、魔界産まれの者の血を引き継ぐ者であれば、魔法を使えるのだ。当然、無界人には魔法を使用できない。


 また、魔法を扱うには『魔力』が必要で、これが無界人が魔法を使えない最大の理由である。無界で産まれた者は、魔力を魔法に変換する(すべ)を覚えておらず、それ以前に、体内に魔力を(たくわ)える力も存在しないからだ。

 しかし、魔法使いに魔力の蓄積(ちくせき)能力はあっても、魔力の貯蔵(ちょぞう)量には個人差がある。呪術――これについての詳細は後述するが――を湯水のように使用しても疲労を見せない者もいれば、逆に一日分の妖術や魔術を使うだけで、困憊(こんぱい)(かげ)りを見せる者もいる。


 魔法は大きく分けて、『妖術』、『魔術』、『呪術』、『邪術』の四つに分類されている。これらはそれぞれ難易度が低い順に並んでおり、位が高くなるにつれて多大な魔力や知識を要求され、魔法使いの肉体と精神に著しい負担をかける。

 だが、カテゴリー内の魔法の種類や程度によっても、難易度が大きく左右されるため、妖術だから簡単、呪術だから難しい、と一概(いちがい)に言えない点は留意(りゅうい)する必要がある。


『妖術』は、水を出す、空を飛ぶ、物を浮かせるなど、比較的(魔界での)生活などで頻繁(ひんぱん)に使用する、初歩的かつ基礎的な魔法である。裏を返せば、あらゆる魔法は妖術が素になっているのだ。『妖術なくして魔法はあらず』と断言しても、この場合、過言でないかもしれない。

 魔法における初歩中の初歩なので、魔法学校に入学したての子供は、一番最初に妖術を学ぶ。ほとんどの児童は親によって、片手で数える程度の妖術を(すで)に習得しているのだが、大抵の子供は、ここで魔法を学ぶスタートラインに立ち、卒業して無界へと旅立つまで、あらゆる魔法を学ぶのだ。


『魔術』は幾重(いくえ)もの妖術を組み合わせ、一つの魔法として発動する物である。例えば『調理器具を一切使わず料理を作る』というアクションを、魔術を使用して行う場合、『材料をほどよいサイズに切る』、『材料を混ぜ合わせる』、『混ぜた材料を宙に浮かせる』、『材料を熱する』――といった妖術をミックスして、一度に実行するのだ。

 ほとんどの魔法使いは、これと妖術を用いて無界人の苦悩を解決する。魔法学校だと、この時点で生徒の魔法の得手不得手(えてふえて)が発覚し始める。組み合わせる妖術の数が増えるほど、魔術のプロセスが煩雑化(はんざつか)するほど、難易度が上がるためだ。


 そして『呪術』辺りから、専門的な知識が要求され、魔法の質も人によって大きく左右される。呪術は呪符(じゅふ)や水晶球、魔法陣(まほうじん)など、アイテムを使用して行われる物が多い。いわゆる無界で『(うらな)い』や『(まじな)い』と言われている物が、魔界ではそう呼称されているのだ。使い魔の召喚や契約(けいやく)、未来予知も呪術の内に入る。

 本人の資質や技能が結果に反映されるため、難なく呪術を扱える魔界人は、称賛(しょうさん)とまではいかなくとも一目置かれる。余談だが、『他人の未来を見る』という呪術は、相手の許可なしに使用すると白眼視される。理由はプライバシーの観点から見て好ましくないからである。個人情報に対する意識は、魔界でも無界でも同じなのだ。


『邪術』は大半が禁忌(きんき)同然の扱いを受けており、魔法使い本人が何事もなく使える物は、全体的に見て限りなく少ない。ほとんどの邪術は彼らに対して、大き過ぎる代償(だいしょう)を要求し、魔法を使った後に使用者の肉体や精神を壊してしまうのだ。邪術に手を出した人間は予後不良の未来を歩むことになる――と、噂として昔から言い伝えられている。

 邪術の危険性は魔界全体でも懸念(けねん)されており、特に魔界や無界に(いちじる)しい影響を(およ)ぼす恐れのある邪術は、魔界を統括(とうかつ)する『機関』によって、安易に使えないようにしている。その方法とは、乳幼児である未来の魔法使い達に、使用を強く制限する呪術をかけることだ。


 機関によって定められた邪術は『七つの禁忌』と呼ばれ、それらを使おうという意思を感知すれば呪術が発動し、全身が引き裂かれ、内臓を握り潰され、身体中を焼かれるかのような激痛が、肉体という肉体を荒々しく駆け巡る。その苦痛を()って禁忌の使用を抑止するのだ……。


     ★    ☆    ★


「奥が深いな……。ただ魔法を使えばいいってだけじゃなくて、きちんと分類されているなんて」


 魔法についての説明を聴き終えた俊之少年の表情は、驚きと感心に支配されていた。が、当のアルフェラッツは、不満色に似た感情のインクを、顔一面に薄く広げていた。教師として力不足だったかな、という思いを(ぬぐ)えなかったからだ。


「とりあえず魔法について私が言えるのは、これぐらいかな。どこか判らないところはない?」

「邪術で出てきた『七つの禁忌』っていうのが気になります。これも使えそう」

「そうだった、言ってなかったわね。七つの禁忌は――」


 黒髪の魔女は、親指、人差し指、中指と、禁忌ごとに指を立てていった。


 魔法で人を殺めてはいけない。

 不死を望んではならない。

 死者を生き返らせてならない。

 他人を洗脳してはならない。

 時を渡ってはいけない。

 怪異を蔑ろにしてはいけない。

 現世と死後の世界を行き来してはいけない。


 以上が、七つの禁忌に指定されている邪術の概要であり、それを犯そうとすれば、地獄を連想させる苦痛が魔法使いを締め上げるのだ。


 俊之は禁忌の内容をメモしながら口を開く。


「ほとんどの禁忌って、人絡みの物ばっかりなんですね。現世と怪異と時間のヤツを除いて」

『魔法の有無関係なく、世界を動かすのは人間だからな。急に消えられたり、復活されたり、ずっとこの世に居座られたりしたら、困るモンなんだろうよ』


 クラズは毛繕(けづくろ)いをしながら言った。


『ま、後の三つも世界のバランスを崩さないために大事だけどな。時間はタイムパラドックス起きたら大変だし、怪異はコントロール不能なバケモノほど恐ろしいモンはないし、この世とあの世の行き来は――』

「あの世のバランスを崩さないための配慮」

『ビンゴだ』

「よし」


 正解したことに、小さくガッツポーズを決める俊之。


(しゅ)に無断で死後の世界に足を踏み入れたヤツは、全員もれなくロクな目に()ってないからな。行ったきり帰れないパターンもあるし、戻れたとしても、マジで死んでもう一度あの世に行ったら大変な目に遭った、みたいなこともあるし』

「大変な目に遭った程度で済む話なのか……?」

『済まないだろうな』


 短く締めるクラズだった。主というのは、黒髪の魔女ではなく神のことである。


『さ、次は魔界誕生秘話だぜ。これならアルフでもスラスラ言えるだろ。魔界で昔話として語り継がれているくらいだからな』

「うん、俊之くんが学校で習っている知識も、ちょっとだけ出てくるから。すんなり入ってくると思うわ」

「魔界の昔話ですか。めっちゃ気になります」


 俊之はペンを片手に、好奇心の炎を両眼に再び宿した。

 こうして、魔女アルフェラッツの二度目の魔法講義が始まった。内容は魔界の誕生と、それに関わる歴史である。

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