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第1話 その2 優しい魔女と生意気な使い魔

 このように、木戸(きど)明弘(あきひろ)少年と魔女アルフェラッツのファーストコンタクトは、お世辞(せじ)にも良好と言えるものではなかった。魔女が危機回避の行動をとろうとした一般人を拘束したのだから、言いようによっては最悪かもしれない。

 しかしアルフェラッツは、別に悪い魔女ではない。というより、魔法使いと一般人の対面は、大抵このような顛末(てんまつ)辿(たど)ってしまう。


 一般人にとって魔女は、『非現実的な存在』という、宇宙人やモンスターと同一の範疇(はんちゅう)に入るものなのだ。

 だから明弘が警察に訴えようとしたのは、至極真っ当な反応だった(通報後、警官が超常的な事象を解決してくれるかどうかは別の話だが)。

 家の中に入る際、アルフェラッツは『あなたが魔法を求めない限り、何もしない』と約束したが、明弘に言わせれば、仮に彼女が約束を反故(ほご)して怪物に変身しようと、逆に喫驚(きっきょう)しない自信があった。


 結論から言うと、彼女は確かに誓いを守った。その誠実さは、明弘も認めざるをえない部分である。でも、だからと言って、おいそれと全面的に信用する訳にもいかなかった。このバケモノ――と、明弘は思っている――が、いつ怪物のようにフルパワーを発揮して暴走するか、知れたものではないからだ。


 このような複雑な感情が、明弘のアルフェラッツに対する態度をそうさせた。穏和な性格だし、嘘をついてないことも理解できるが、非現実的な彼女の身分と、所有している超常的な能力で、警戒の壁を崩せなかった。厳密には途中で崩れかかったが、再び補強されて、より強固になった。


 とにかく、アルフェラッツがある程度、少年の心を解すには、長時間の説明と数々の証明が必要だった。


 明弘の部屋の中に入った黒衣の魔女は、床の上で正座していた。スリットの入ったロングスカートのワンピース、黒いレースの長手袋、そして魔女という存在を記号化させる、(つば)の半径が(いちじる)しく広い黒の三角帽子。保護色のように同化していたために気づかなかったが、よく見ると、黒い小鳥が鍔の上に止まっていた。


 明弘はベッドに座り、腕を組んで、(ちぢ)こまる魔女を険しい表情で静観していた。その出で立ちは、幼い子供を説教する父親を連想させた。


「私はアルフェラッツ。見ての通り、魔法使いよ」


 自己紹介をする魔女。しかし体勢が体勢なので、いまいち決まらない。

 明弘は自己紹介をせず、早速質問をした。


「アルフェラッツ……さん、あなたは一体、何のために俺の家に来たんですか?」

「それは、あなたが悩んでいるのを知ったからよ」


 言って、アルフェラッツは説明を始めた。

 魔法使いの使命は、魔法で人々の悩みを解決し、人々を幸せにすることである。その使命を果たすため、魔女アルフェラッツは明弘少年と同じ年に、魔法の国から現実世界にやって来た。だが、苦悩を抱えた人間が年を追うごとに増加し、『世界中の人々を幸せにする』という気概(きがい)(あふ)れる彼女ですら、解決スピードが追いつかず、人々の救済に支障をきたすようになった。

 アルフェラッツと同様の志と使命を抱き、現実世界に来ている魔法使いは、無論、他にも多く存在するが、それでも状況が好転することはなかった。


「悩みを抱える人間が多過ぎて、魔法使い達の数が不足してきた、という訳ですか」


 説教するような体勢を崩して、合いの手を入れる少年。

 話の流れを繋げるように、その通りよ、と枕を置いてアルフェラッツは続ける。


「魔法使いも人間だから、悩みの処理能力は人それぞれだし、疲れもするのよ。それに加えて、悩みの質も考慮すれば、もっと効率は悪くなるわ」


 表れかかった苦い表情を笑顔で上塗りしようとして、アルフェラッツは失敗した。言葉の(あや)とはいえ、悩みに対して、処理や効率という単語を用いることに抵抗があったからである。


 悩みに大小などない。それが彼女の魔法使いとして活動する際に(かか)げているスタンスだった。『運動オンチを直したい』といったものから、『末期状態の重い病気を治してほしい』というものまで、黒衣の魔女は真摯(しんし)な態度で解決してきたのだ。


 アルフェラッツは再び、不適切な言葉をチョイスする。


「だから選別と言えば聞こえが悪いけど、悩みの大小関係なく、誰の悩みから解決するかランダムに選んでいるの。これが今の魔法使いのやり方よ」

「それで俺が、あなたのターゲットになったって訳ですか……」

「その通り」


 大きな帽子を揺らして首肯(しゅこう)する魔女だった。


「でも、何というか、信じられませんね」

「信じられられないって?」

「魔法使いが本当に実在することにですよ」


 再び疑念の光を両目にまとわせる明弘。彼の瞳に映る女は、どうしても架空の産物を現実で再現したような、それこそコスプレをした女性のようにしか見えないのだ。


 もしも、この場に第三者がいれば、少年の女に向けた懐疑的な態度に対して、『では、アルフェラッツを通報しようとして阻止された謎の抗力の正体が何なのか説明できるのか』という問いが突きつけられるだろうが、今の彼は、きっとそんなものに答えられないだろう。


 明弘少年は、己の体感してきた常識や価値観に対しての絶対的な自信を、今日の数分間の出来事で半ば喪失していた。

 (はた)から見れば、彼の態度は冷静と平常の極みだが、『常識』という脳内の本棚に収められた書物は、著しく散乱しており、整理する時間すら与えられていなかった。


 何が空想で何が現実か、一緒くたになって脳内が混乱していた。自分の体を拘束した魔法ですら、本人がかけたと明言したにも関わらず、どこかで信用できていないのである。


 しかしそれは、突然頭の中に入り込んできた暴言が見えざるハンマーと化して、明弘の頭をかち割った。


『ったく、めんどくせぇガキだな! (がら)でもねぇことグチグチ抜かしやがってよ!!』

「ちょっと、何てことを言うの!」

『お前もお前だよ! 今ここで火ィぶっ放すなり、水を出すなりすりゃいいのに、毎回毎回まどろっこしく話で理解させようとしやがって!』


 アルフェラッツは急に声を荒げた。突然、何の脈絡(みゃくりゃく)もなく感情を爆発させたようにも見えたが、それが自分の脳内に入り込んできた声と照合すれば、会話として成立できることを、明弘は瞬時に理解した。

 つまり魔女にも、この声が聞こえているのだ。そして声の主は恐らく――


「会話は信頼を得る上で大切よ。それを(おろそ)かにしたら――」 

『でも、限度っつーモンがあんだろうがよ。「私は魔女よ」っつって魔法見せりゃ、物解りの(わり)ぃガキでも、すぐ納得させられんだろ』


 黒い小鳥はアルフェラッツの頭から飛び立ち、彼女の目の前で静止した。翼を広げてはいるものの、一切羽ばたいていない。それだけで現実世界の生物でないことは明白だった。


 声の主は黒い小鳥だった。魔女と小鳥の応酬(おうしゅう)に、明弘は呆気(あっけ)にとられていた。

 やがて、小鳥はこちらを向いて、少年の頭上に止まった。脳内に再び声が進入する。


『お前、相当疑ぐり深いヤツなのな、いい加減、魔女が目の前にいるって現実を受け入れろよ』

「いや、こんな目に()ったら、自分の気を疑うって……」


 魔女と同レベルの非現実のシンボルが、黒くて小さな体を動かして明弘を(なじ)る。

 人語を話す動物に対して、友人と会話をするように平然と対応する少年は、非現実という特殊なガスが蔓延(まんえん)する自室内の環境に、すっかり順応していた。


「で、お前は誰だよ?」

『他人に名前を()く前に、自分から名前を名乗れって、パパかママに教わんなかったのか』


 言って、小鳥は明弘の頭を突っつく。地味に痛い。


「明弘……木戸明弘だよ」

『俺はクラズ。アルフの使い魔さ』


 使い魔クラズは再びアルフェラッツの頭上に移動する。アルフというのは、己の(あるじ)のニックネームである。


『で、コイツが魔女だって信用できないなら、何か言ってみたらどうだ? 「何か出してくれ」みたいなお願いなら、ある程度やってくれるかもしんねーぞ』


 主人をコイツ呼ばわりするクラズ。だが、アルフェラッツは肩を(すく)めて苦笑するだけで、生意気な使い魔を(とが)めなかった。この黒い小鳥は昔からそうなのだ。


 明弘は「そうだな……」と十数秒、思案してから、


「コーヒー牛乳が飲みたい」


 ピンク色の淡い光とともに、紙パックのコーヒー牛乳が右手の中に現れた。


「あと、夜食に焼きそばパンとウインナーロールも」


 ベッドの上に、袋に梱包(こんぽう)された焼きそばパンとウインナーロールが出現する。


「あ、ウインナーロールは温めて食べるのが好きなんですよね」


 ウインナーロールの袋が蒸気で膨張した。


「……今日出された数学の課題もやってくれないかな」


 机からパラパラと紙が(こす)れる音がした。確認してみると、範囲の分だけページが埋まっている。


「あと『パルス×ラブ』って漫画の単行本、全部欲しいな」


 机の上で単行本のビルディングが竣工(しゅんこう)した。


「前から『ビーストキャプチャー』ってゲーム、やりたいなーって思ってたんだよな」


 ビルディングの上に、ゲームソフトのパッケージという新たな階が増設される。


「………………十万円が欲しい、なんて」


 紙幣(しへい)の姿をした天使が十人、空から降臨――


「やっぱりナシで! 解った! あなたが魔女だってことが解りましたから消してください!!」

「あら、そう」


 アルフェラッツの簡素な返事と指鳴らしで、降ってくる十枚の一万円札を消した。


「これで私が魔法使いだってこと、信じてもらえる?」

「えぇ、はい……」


 明弘は辟易(へきえき)した色を隠さずに(うなず)いた。


「じゃ、少しの間、ここで厄介(やっかい)になるわね!」

「ちょっと待ってください!」

「?」

『何だ?』


 立ち上がって首を傾げるアルフェラッツと、疑問の意を口にするクラズ。


「厄介になるって……え? 家に居座るつもりですか?」

「安心して、あなたの生活に支障は出さないから。あなたの両親にも魔法――」

「じゃなくて! 『悩みを解決してほしい』なんて一言も言ってませんよ!」


 物騒な匂いを漂わせる発言を(さえぎ)って、明弘は抗議の意を魔女に叩きつける。


「でも、悩みを解決するのが魔法使いの責務(せきむ)だから……」

「じゃあ他をあたってください。あなたのことは誰にも言いませんし、俺は大丈夫ですから」

「あ、その辺りは悩みを解決し次第、魔法であなたの記憶を消すから、心配しないで」

「おい!」


 不穏な発言が違う形に変わって明弘を刺す。


『心配すんなって。悩み以外のプライベートにゃ介入しねぇし、お前ん家の金品とか盗まねぇからよ』


 追い打ちをかけるような言葉がクラズから放たれて、明弘の脳にまた突き刺さった。

 悩める者に対する略奪(りゃくだつ)や無闇なプライバシー侵害は、魔法使いの世界じゃ禁忌(きんき)だからな、そこだけはガチで信用していい、と使い魔は改めて付け加えたが、衝撃のダメージはそう簡単には引かない。

 アルフェラッツは言う。


「とりあえず、あなたのお父さんとお母さんにも、私のことを言っておいた方がいいかしら」

「いや、ウチの父さんと母さんは出張で家を空けているんで、今はいないんです」

「そう、ならよかったわ」

「……いたらどうするつもりだったんですか?」

「『私は木戸家の娘、そして明弘の姉』という暗示をかけるつもりだったの」

「ちょっと待て! まだウチにいてもいいなんて、一言も言ってないぞ!」


 明弘は抗議の意を再び力強く表出した。アルフェラッツはいかにも、今日の夕飯の献立(こんだて)を伝えるような口ぶりで語ったが、仮に木戸家に両親がいたら、魔法の力で洗脳し、家族の一員として(悩みを解決するまでという期限付きではあるが)家に居座るつもりだったのだ。


 他者の物品は盗まないし、悩み以外で相手の個人情報を詮索(せんさく)しない。小鳥の姿をした使い魔の言葉を額面(がくめん)通りに信用するなら、一時的に家に滞在させるくらいは、問題ないかもしれない。

 だが、アルフェラッツは無意識かつ自然に、互いの関係にひびを入れかねない爆弾を吐き出したため、明弘に衝撃と警戒心と悪辣(あくらつ)な印象を与えた。


 彼女の為人(ひととなり)と、あまりにも自然に爆弾発言を口にした様子から、それは魔女の悪意や企みではなく、『魔界の住人が現実世界で生活する際の常識』であると思われるが、だからこそ(かえ)って、洗脳を示唆(しさ)する発言に、強烈さを付与(ふよ)させたのだ。

 アルフェラッツも少年の反応で、己の失言に気付いたのか、


「あ、ご、ごめんね! 記憶を消すのは、相手やその関係者に迷惑をかけないためのルールなの。だから悪意とかは本当にないのよ!」

「……何というか、おっちょこちょいなんですね」


 皮肉を込めたつもりだったが、明弘の声に不思議と嫌味の色が欠けていた。それどころか衝撃から即座に立ち直っており、彼女に対する悪印象と警戒心も、早いスピードで薄れていた。もっと言えば、親しみやすさの感情が芽生えつつあるような気もする。


 ……少しの沈黙の果てに、ようやく明弘は、自分の感情に答えを見つけた。

 この魔女はきっと、悪事を働くようなことは絶対にしない、この魔女は信頼できる、と。


「……あと五日」

「?」

「ウチの父さんと母さんが帰ってくるまで、あと五日なんです」

「それがどうしたの?」


 アルフェラッツは頭ごと黒い帽子を横に傾ける。明弘は手のかかる小さな子供を見るような目を、魔女と使い魔に向けた。


「だから、その日までウチにいてもいいですよ。帰ってきたら色々面倒なことが起こるかもしれないから、五日目には帰ってもらうことになりますけど」

「いいの!?」

「家の中を無闇に(あさ)らないなら、いいですよ」


 それが少年の、了承のサインだった。


 こうして魔女アルフェラッツと使い魔クラズは、期限付きで木戸明弘の家に滞在することとなった。タイムリミットまであと五日。その日まで、明弘少年の胸の内に巣食う黒い(もや)を昇華しなければならない。お互い、そこまで深刻に考えてはいなかったが、木戸家のホームステイは同時に、魔女と少年のささやかな駆け引きのスタートでもあった。


 魔女が悩みを解決するか、少年がこのまま沈黙を貫くか。

 その結末は未だに出ていない。


 アルフェラッツはとりあえずシャワーを浴びようと、明弘にバスルーム使用の許可を求めた。

 了承の意を再び示した明弘は、彼女が部屋を出て、下の階に下りるのを耳で確認した後、視野から外していた夜食のパンの袋を開封した。

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