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第3話 その5 再会

「はぁ……」

『どうしたアルフ。挙動不審(きょどうふしん)って程じゃないが、落ち着きがないぞ』

「だって、あと数分で会えると思うと、緊張しちゃって」

『緊張することないだろ。普通にフィルやシェダルに会う時みたいな感じでいればいいんだよ』


 夜色の髪を持つ魔女が、ディアデムと会ってから一週間後。


 アルフェラッツとクラズは、空中で、ある人物が来るのを待っていた。魔女ミルファークのことである。黒髪の魔女はミルファークと二年間も会っておらず、今日この日、音信不通(おんしんふつう)だった彼女と、満を持して再開するのだ。

 まるで明日、遊園地に行く子供のような心境で、黒髪の魔女はミルファークとの再会を、楽しみ半分、不安半分、感情のバスケットに詰め込んで待っていた。


 その精神状態は当然、言動に反映されていた。普段、(ほうき)に乗って空を飛ぶアルフェラッツが、箒に乗るのを忘れて浮かんでいるからである。


 箒は無界(むかい)におけるバイクや自転車に該当(がいとう)する乗り物なので、別にあってもなくても飛行に支障はないのだが、これから起こる出来事や、魔女が飛行時に必ず箒を使っていた過去から想像して、感情を()さぶられているが(ゆえ)に、箒に乗ることを忘れているのだろうと、主人を見てクラズは洞察(どうさつ)した。


 ――そんなに緊張しなくてもいいのによ……。


 つい先程言った言葉を、脳内で改めて口にするクラズだった。


 使い魔の(かたわ)らで、黒髪の魔女は不意に懐中時計を取り出して、時間を確認した。それは落ち着きのなさから来る行動だった。


 時間は二二時五十分。あと十分経てば、ワインレッドの長髪とサファイアブルーの双眸(そうぼう)を持つ、美しい友人に会うことができる。


 だが、二年ぶりに会う友人に対して何と言えばいいのか……。頭の中の書斎(しょさい)を、あてもなく周回するアルフェラッツだった。時の空白を埋める言葉が、なかなか見つからないのだ。


 そんな主人を見ながら、クラズは脳裏で(つぶや)いた。


 ミルフィはアルフに、どんな話題を振るんだろうか?

 そして、『あの話』をちゃんと話すのだろうか、と――。


     ★    ☆    ★


「それでディアン、ゾズマ、ちゃんとミルフィを説得したんだろうな」

「大丈夫だ。きちんと説得した」

「クラズの不吉な未来予想図を聞いたら、結構考え込んだわ。やっぱり自分のせいで友情に亀裂(きれつ)が入るって筋書きには、耐えられなかったみたい……」


 クラズとディアデムとの出会い、そしてゾズマとの再会から数日後の深夜、三人はとあるファストフード店に再び集合した。理由は無論、その後のミルフィの様子をクラズに伝えるためである。


 最初から人間であるディアンとは違い、動物の姿をした使い魔であるクラズとゾズマは、人間の姿に化けていた。クラズは黒い服となに身を包んだ黒髪の少年に。ゾズマは白を基調としたワンピースに身を包んだミディアムボブの少女に。


 そのため、三人の会合は側から見ると、同年代の友人同士の会話のように見えた。もっとも、話の内容は(なご)やかな物ではなかったが。


 クラズはポテトを、三、四本(つま)んでから、Mサイズのカップのコーラを咽頭(いんとう)に流し込んで、再び話を進めた。舌の上で炭酸の泡が小さく弾け飛ぶのを知覚した。テーブルの上にはポテト以外にも、チキンナゲットやハンバーガーやドリンクが置かれている。


「とりあえず、もう一度確認するが、ミルフィは再会に(おう)じる姿勢を見せてるってことでいいのか?」

「うん。今の所はね」


 言って、クラズと同じくポテトを二本摘むゾズマ。文字通り、指で摘んだだけで、口の中にはまだ入れなかった。


「……でも、OKの返事は貰ったけど、やっぱり消極的な態度なのは変わってないわ」

「今まで避けてた訳だから、そりゃそうだろうな」

「私も時々、『顔を合わせるだけならいいんじゃない?』って言ってたんだけど、それでも嫌がっていたから」

「そっか……まだまだ道のりは(けわ)しいか」


 さらにポテトを二本摘んだクラズは、次にナゲットに手を伸ばした。ゾズマはポテトを食べ、指先に少しついた塩と油を()める。

 ディアデムは黒髪の少年を見て、『これって共食いじゃないのか?』と疑問符を浮かべたが、()えて無視し、チーズバーガーの(ふう)を開けた。


 互いの現状を伝えた三人が次にやるべきことは、アルフェラッツとミルファークを再会させる環境をセッティングすることだった。


 先日、アルフとミルフィを結ぶ糸が、二年ぶりに繋がったものの、それは二人の関係者同士の繋がりであって、直接的な本人同士のそれではない。

 その糸を、本人同士の繋がりとしてグレードアップしようと、クラズは考えているのだ。ディアンとゾズマは、彼に協力している。


 時の空白とわだかまりを解消するには、やはり本人が互いに顔を合わせて会話をするべきだ――というのが、三人の見解だった。

 彼らはプランナーや演出家として、アルフとミルフィの再会の舞台を整えなければいけなかった。そのためにも、二人の間に蔓延(まんえん)する不安のウイルスを、可能な限り排除しておかなければならないのだ。


 にしても――と、クラズは口を開く。


「ミルフィがアルフに会いたがらない理由ってのは、一体全体、何なんだ?」


 疑問に答えたのはディアデムだった。


「いや、だから文字通り、アルフェラッツさんに気まずさを――」

「違ぇよ。俺がそんな答えを期待してないのは、何となく察せるだろ」


 ミルファークが、黒髪の魔女に会いたがらない理由は(わか)った。今まで嫌っているが故に避けているのかと思っていたが、実際はそうでないことが判明した。アルフがミルフィに対し、気まずさを抱いているからだ。それは知っている。


 少年に化けた使い魔が知りたいのは、もっと詳細なことである。赤髪の魔女がアルフェラッツに顔向けができない原因が何なのかを知りたいのだ。


 それを『気まずさを覚えているから』って。昨日も聞いたよそれは。

 細かい理由を知りたがってるのは、ニュアンス的に(わか)んだろ。


 指先でテーブルを叩きながら、(あき)れ気味に金髪の少年を(なじ)るクラズだった。人差し指の、乱暴だが軽快なステップに合わせて、固い音が鳴る。


「あぁ、そうだったな」


 きまりが悪そうに首筋を()くディアン。ゾズマはオレンジジュースを(すす)りながら、横目で彼を見て、肩を小さく竦めた。ストローを(くわ)えた彼女の口元から小さな笑みが(こぼ)れる。

 首から手を離してディアンは続ける。


「これは正直、どこまで話せばいいのか解らない」

随分(ずいぶん)勿体(もったい)ぶるんだな」

「お前がアルフェラッツさんにバラすなんて可能性を考えればな」

「大丈夫だって。アルフには言わねえよ。それはアイツがミルフィに直接()くべきだと思っているからな。そこは信用していい」

「………………」

「な? 前の時は『気まずさを覚えているからだ』からの、『今の時点では、それ以上は言えない』だけど、今は教えてくれてもいいだろ?」


 主人や他の魔法使いと(から)む時のような(くだ)けた口ぶりで、クラズはディアデムに、ミルフィがアルフに会いたがらない詳細な理由を求めた。


 言っていいのか、と、金髪の少年はゾズマに目配せをした。

 いいわよ、と、ゾズマは肯定(こうてい)の眼差しを送る。


「……解った、言おう」


 ディアデムは(うなず)いて、説明を始めた。

 最初にミルファークの無界での過去。

 次にディアデムがミルファークと共に行動するようになった経緯。

 最後にミルファークがアルフェラッツに会いたがらない理由。


 ……十数分後、ディアンとゾズマの話を聞いた少年に化けた使い魔は、苦い表情を顔いっぱいに広げて頬杖(ほおづえ)をつき、短く嘆息(たんそく)して呟いた。


「……そりゃアルフに顔を合わせたくても、合わせられないわな」


 クラズが言い終えるのを確認してディアデムは話を続ける。


「ミルファークは俺に対して、自分のことをあんまり語ってくれない。俺が知っているアルフェラッツさんの話も、全部(となり)にいる猫から聞いた話だ。あの人が本当は何を思っているのかまでは知らない」

「多分その理解で合ってるぜ。ミルフィは頭がいいし、その上、頭の回転も早いからな。……きっと早い内に(さと)ったんだろうな」


 黒髪の少年の両目には、ミルフィに対する同情の色が揺らめいていた。


「クラズ、アルフェラッツさんは、ミルファークと同じような目に()わなかったのか? 長いこと無界で苦悩解決していれば、そのような出来事に何度も遭うとは思うが」

「そりゃ何回どころか、何十回も遭ったさ。でもアルフは、どんな苦境が訪れようが、最後はハッピーエンドが待っているって信じてるタイプだからな」

「明日は幸せ、って訳か――」


 ディアデムの独語(どくご)めいた一言で、二人の話を黙って聞いていたゾズマが、頭ごと金髪の少年に視線を向けた。ワインレッドの長髪を持つ主人の過去と、クラズの言った『頭の回転が早いが故に悟った』という言葉が、頭の中でシンクロして、思わず反応したのである。


 明日は幸せね――と、ディアデムから自然を外して、彼の言葉を反芻(はんすう)するミディアムボブの少女。


「だから今でも悩みを解決できるのね」

「ああ、そうだ。ディアンの言葉に(なら)って言うと、アイツは今日のアンハッピーが、明日や明後日のハッピーに変わればいいと思っているんだ。……ミルフィは一週間や一ヶ月先のハッピーまで考えたから、ああなったんだろうがな」

「他にも色々、事情はあるけどね」


 そう言って、ゾズマは再びジュースを手に取り、ストローを加える。クラズは他の事情についても聞き出そうとも考えたが、目の前の少女の憮然(ぶぜん)とした様子を見て、追及(ついきゅう)するのをやめた。


 それはきっと、再開した日にミルファークが自分から語ってくれるだろう、という思いもあったが、一番の理由は、同じ使い魔としての良心(りょうしん)呵責(かしゃく)を感じたからだった。自分も他人から同じことをされたら、きっと不快感の煙で精神を(むしば)まれるに違いない。


 ま、大変だったんだな、と、ゾズマに返すだけに(とど)めた。


 選んだ言葉として正解か(いな)かは判別しかねたが、それ以外の言葉が見つからなかった。少女に化けた黒猫と、赤髪の魔女が辿(たど)った道は、主人に付き従う使い魔として、いつかは面と向かう、そして避けては通れない道なのかもしれない。


 もしもアルフが、何かを境にミルフィみたいになったら、俺はどう立ち回ればいいんだろうか?

 アイツに限ってそんなことはないだろうとは思うが、人生は何が起こるか判らない。人は些細(ささい)な出来事がきっかけで、変わってしまうことがあるのだ。現に格好(かっこう)のサンプルとして、自分の主人の友人がいる。


 想像の背後に姿を隠した不吉な影が、少年に化けた黒い小鳥に、のっそりと近づいてくる。

 その影を吹き飛ばすかのように、クラズは考えることをやめ、鼻で強く()め息をついてから、目を閉じて腕を組んだ。テーブルの上のファストフードは、もうほとんどなくなっていた。


     ★    ☆    ★


 アルフェラッツの懐中時計の長針が一二を、そして短針が一一を差した。約束の時間がとうとう訪れたのだ。


 手のひらの懐中時計を(ふところ)にしまい、アルフェラッツは深呼吸をした。いよいよミルファークに会える。結局、再開する友人に向ける言葉は見つからなかったが、不安はいつのまにか、どこかに吹き飛んだ。


 肺の中の息を全て吐き出すと同時に、背後から、


「アルフ……」


 と、自分の名を呼ぶ、女の声が聞こえた。


 驚きで背筋がよくなると同時に振り返ると、アルフェラッツの後ろに、黒衣を(まと)った三人の男女が、横に並んで浮かんでいた。二人の女と一人の男。内二人の男女はティーンエイジャーで、彼らの間に挟まれた、長く赤い髪を持つ彼らより年長の女が、複雑な感情をたたえた瞳でアルフェラッツを見ていた。


 端にいる少年は、黒いフード付きのロングカーディガンと、ダメージ入りの青ジーンズと、ダークブラウンのスニーカーを身に纏っていた。首からは星マークが付いた銀の十字架(じゅうじか)を下げている。太陽を彷彿(ほうふつ)とさせる金色の髪と、夜を連想させるダークブルーの双眼(そうがん)。加えて現実感が乖離(かいり)したような美しさを持っている。


 もう一方の端の少女は、装飾が(ひか)えめな漆黒のゴスロリに身を包んでいた。スカートの(たけ)太腿(ふともも)が見えるほど短く、その上に黒のニーソックスを()いている。茶褐色(ちゃかっしょく)のミディアムボブの両サイドに付いたグレーのリボンと、ヘイゼルの両目が特徴的だった。そんな彼女は厳密には人間ではない。もっと言うと、動物ですらない。


 二人の間に立っている女は、アルフェラッツと、ほとんど同じ身なりをしていた。丈の長い黒のワンピースに、同色の三角帽子というスタイルだ。アルフェラッツと違う点は、肩に黒いケープを羽織っていることだった。


 魔術師ディアデム、使い魔ゾズマ、魔女ミルファーク。

 それがこの三人組の名前だった。そしてアルフェラッツは、今日という日をもって、ミルファークと二年ぶりに再会したのである。


「ミルフィ……」


 郷愁(きょうしゅう)一陣(いちじん)の風となって、アルフェラッツの胸を吹き抜ける。もっとミルフィの声を聞きたいという強い感情がマグマとなって、彼女の胸の中で膨張(ぼうちょう)する。二年間、自分の前から行方をくらませていた友人に対して、様々な感情が(あふ)れ出てくる。


 やっと会えたという嬉しさ、何故今日まで自分を避けていたのかという疑問。それらが複雑に混じり合って、アルフェラッツの表情を彩った。

 朝焼け色の瞳にじんわりと涙が浮かび、何かを言いたげに口が開く。存在しない大地を片足ずつ踏みしめて、ゆっくりとミルファークに歩み寄る。

 友人に対する思いが、言葉よりも先に行動になって表れたのだ。


 そして夜色の髪を持つ魔女は、ミルファークを抱きしめて、


「会いたかった」


 と、ただ一言だけ溢した。

 だが、赤髪の魔女は、アルフの身体を抱擁(ほうよう)し返すことなく、


「私は……会いたく、なかった」


 そう声を(しぼ)り出した。言葉を選ぼうとして、諦めたようなニュアンスが口調から表れていた。


 会いたくないという言葉を耳にした途端(とたん)、次々と()き上がるアルフェラッツの熱を帯びた感情が、芯から一気に冷却された。しかし、ミルファークの言霊(ことだま)の吹雪によって凍結された感情は、絶望や幻滅に変質することはなかった。冷静になったのだ。


「……ねえミルフィ、何で今まで私を避けていたの? 気まずいからとか曖昧(あいまい)な理由じゃなく、ちゃんとした理由が聞きたいの」


 アルフェラッツは抱擁を()き、そしてワインレッドの髪を持つ友人の顔を見据(みす)え、今まで彼女に訊きたかったことを始めて口にした。

 アルフェラッツの顔には、悪事を働いた子供を見る母親のような悲嘆(ひたん)のベールが纏わりついていた。彼女の使い魔も、友人の側にいる二人も、アルフとミルフィを静観(せいかん)していた。


 私は――と、ミルファークはアルフに視線を合わせずに口を開く。


「私は今日まで、たくさんの人達に不幸を振りまいていたの。……だから『明日にはきっと幸せが訪れる』って、信じているあなたに会いたくなかった。この話を聞けば、きっとアルフは嫌な顔をするって、解っていたから――」

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