はじまり
「はあ、もうこの会社やめようかな……」
俺はCADを使って設計図を制作しながら呟いた。
俺は佐々木勤。
それなりにでかい電機メーカーの消火栓やスプリンクラーのポンプの電気回路の設計というちょっとマイナーな仕事をしてる俺だが、今月は休み無し、始発で会社に来て終電に家に帰り、また翌日出勤するという生活だ、流石に休日は残業までしないが、目と肩と腰が死ぬほど痛い。
それでもって給料は手取り15万くらいだ。
工業高校卒の俺はその学歴と母の伝手もあってなんとか就職できたんだが、大卒と高卒では待遇が違いすぎた。
なにせ、高卒は昇進がないんだから、給料も上がらない。
一生平社員でこれが続くならもっと違う会社で働いたほうがいいんじゃないだろうか。
「はあ、仕様が変更されても納期が変わんないとかあり得ないぜ」
運動する時間がなくなったのに、同じ量を食べて一日黙々とデスクワークをしてるせいでだいぶ太っちまったし……。
「あーあ、もうどうせならアメリカかオーストラリアのなんにもないところで
一週間ぐらいのんびりしたいぜ……」
俺そうつぶやいたとき、何かの声が俺の脳に直接響いた。
『よろしい、その願いかなえよう』
「な、なんだ、なんなんだこれ?」
俺は俺の足元に広がる黒い渦に飲み込まれ、気を失った。
・・・
「……い、……い……」
誰かが俺に声をかけてきてるようだ。
俺が目を覚ますとそのにいたのは赤く日焼けした肌の男だった、
しかも何人かに取り囲まれている。
一体どう云う状況だ?
「おい、おまえさん、一体どこからきた?」
どこからって、そもそもここはどこだ。
しかも、よくわからんが日本語じゃない気がするぞ。
なんでかわからないが俺には相手の言ってる意味は理解できるようなんだが。
『ええと、すまないがあなた方はいったい?』
俺の言葉に男たちが顔を見合わせている。
「何を言っている、我々は平和民だ。
どうも見かけない顔だが」
ホピと言うとネイティブアメリカンの一族の一つでホピの予言で有名なあれか。
なんでか俺はアメリカのフォー・コーナーズあたりに飛ばされたらしいな。
しかし、ホピが平地に住んでるってことは白人が侵入してくる前だな。
「で、お前は一体どこから来た?」
再びの質問に俺は頭を掻きながら答えた。
『西の海を超えた先の島国から……だな』
そして多分未来から来たと言っても意味がわからんだろうし、
そっちについてはいわないことにしておこう。
「西の海を超えてだと?」
男が俺の言葉に眉をしかめた
まあ普通に考えれば信じられる話じゃないんだろう。
俺もまだよくわかってないしな。
男たちの中の一人が干しレンガで作った家らしき建物に入っていったあと出てきて、俺に質問した男に耳打ちをした。
男は頷いて俺に言ったんだ。
「わかった、おい、ついてこい」
家の中にいたのは白髪の老婆だった。
古代のヤマトタケルがしているような髪型に髪を結っている、その老婆は俺に聞いてきた。
「遙か西の島よりやってきたというのは真実ですか?」
彼女は俺の目をじっと見ている、まるで心を見透かそうとするように。
『ああ、ちかって嘘はついてない、日本という島国だ』
やはり俺の目を見て老婆はいったんだ。
「たしかに嘘はいっていないようですね、
カチーナもそう言っています
どうやら行く宛もないようですし、
この村で暮らされると良いでしょう」
「ありがとうございます」
こうやって族長に紹介され俺はここでホピたちと暮らすことになるったんだ。
ちなみにホピ族は、女系社会で、最長老の女性、グランドマザーを長としている。
原始共産制では女性の方が強くなる傾向があるみたいだな。
ネィティブアメリカンには大きく分けて遊牧狩猟系の部族と農耕の部族があるが、ホピは農耕部族だ。
長はいるが王はいないので基本的には皆平等な原始共産制の社会だな。
「ツトム食事の時間だ」
「あいよ、今行く」
俺はとうもろこしを石臼で聞いて引いて作った粉のナンのような無発酵パンと薄くスライスされたサボテンのサラダを前に祈っていた。
「母なる大地に感謝を。
川の流れに感謝を。
病を治す草たちに感謝を。
太陽と月と星たちに感謝を。
すべての善なるものを形あらしめあらゆるものを導く、
偉大なるタイオワとソツクナングとコクヤングティに感謝を」
祈りを捧げて俺たちは食事を始めた。
ホピの食べ物は基本とうもろこし。
ただし、ホピのとうもろこしは五色ある。
赤、青、黒、白、黄色だ。
そしてこの色は人間の肌の色を示しているらしい。
赤は彼等ネイティブアメリカン、黒白黄色はそれぞれわかるだろう。
でも青ってなんだと思うわけなんだが、昔は肌の青い青人がいたと信じているらしい。
ちなみに蒙古斑の青あざは青人の血の残りという話もあるらしい。
俺は彼等と一緒に木製の農具で軽く地面を耕して、そこに五色のとうもろこしの種を植えていた。
「結構きついな、これ」
ホピの住んでいる地域は肥沃な大地ではない。
木製の農具で土地を掘り返すのはけっこう大変だ。
「手のマメも潰れたし、絆創膏もないしな」
軟膏のような薬草を使った薬は有って、意外とこれはよくきく。
ちなみにホピのとうもろこしはいわゆるスイートコーンに比べれば小さくて固いので石臼で引いて、粉にしたあと水を入れて丸めて焼いてパンにして食べる。
乾燥させると結構長持ちするようだな。
その他の食材は豆とかサボテンぐらいかな。
ホピはむやみに動物の命を奪うようなことはせずほとんどとうもろこししか食べないのだ。
「まあ、いいことかもな、俺もここに来てだいぶ痩せたし体もスッキリしたし」
電気もガスも水道もない生活は不便なようだが、時間はいっぱいある。
納期とか仕様変更とかはないしここではあくまでも生きるために働くのであって、働くために生きてる社畜の生活の日本とはだいぶ違う。
「便利で娯楽がたくさんある生活がいいってわけじゃないんだよな、やっぱり」
農作業が終わり日が暮れて、今日は祭りの日ではないので俺は早く寝ることにした。