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道の駅に到着し……

 アウトランナーは、京葉道路から千葉東金道路に、そこから国道297号へ進み、千葉の南西に向かって走っていた。

 そこまでは、昨日の内にあらかじめ検討していたコースだ。

 本来のコースは途中で一泊する予定で、もっと多くの道の駅を回る予定だった。

 しかし、今回は日帰りコースに変更して、寄るべき道の駅もかなり絞っている。

 ただし、希未にそのコースは告げていない。

 その方が面白みもあるだろう。


「最近、ちょっといろいろあってラノベを読んでいる」


 そして車内のオレたちは、たわいもない話をしていた。


「どんなの?」


「異世界転生とか転移とかの話。えーっと『千のハズレスキルを得る男』とか。今、読んでいるのは、『転生したら神になったので、異世界を正しく導き中』という長いタイトル。【天下(あました) 唯我(ゆいが)】という人の作品。なんかネットの知り合いから薦められた」


「最近のラノベのタイトルとしては、それはまだ短い方じゃん」


「まじか。いや、まあ、確かにそうかも」


 天気の話、最近のニュースの話、最近見たドラマや映画の話、そこから漫画やラノベのどうでも良さそうな話に広がり、そしてやっと遠回りして別れたあとの話となった。

 最初にオレが、大学を出てから今の会社に就職した話をした。


「へぇ~。そうか。わりと大きな会社に就職していたんだね。ちょっと信じられないけど……」


 別に大した内容もないので、オレも正直に話す。


「親父のコネだけどな。そっちは?」


「ん……まあ、大学卒業してアパレルの事務職になったんだけど、今は退職して……まあ、いろいろ」


「そう言えば、昔からアパレル関係に進みたいみたいなことを言っていたよな」


「あれ、覚えてたんだ。現人はあたしがオシャレしても、ぜーんぜん興味を示さなかったけど」


「オシャレなんてわかんねーよ」


「まあ、確かに。あんた、センスなかったわ」


「うっせー、こんちくしょう!」


「あははは……」


 閉めきったアウトランナーの中で、膜が掛かったような風の音を伴奏に、聞こえてくる希未の声。

 最初の内は、久々な為ためか、手探りするような、ぎこちなさもあった。

 でも、気がつけば親しい者に対する、懐かしさを帯びた声になっている。


(こんなノリだったかな……)


 車内に満ちる彼女の香りは、爽やかなシトラスのようなイメージ。

 それもまた、つきあっていた頃と変わらない。

 まるでこの空間だけが、タイムスリップして過去に戻ったようだった。

 しかし、時間は進んでいる。

 フロントガラスの向こうで激流のごとく後ろに流れていく風景と、その流れに逆らい走る数々の車。

 それらが、オレに時の流れを感じさせる。

 アウトランナーの中は過去に戻っていても、外は確実に進んでいる。

 過去に戻ったようで、過去と違う。

 そんな不思議な感覚をオレは味わっていた。


(なんか思考がオシャレだな、今日のオレ)


 まるで他人事のような視点で、オレは今のオレを見ている気がする。

 そのせいか、心は妙に落ちついていた。


「つーかさ……」


 だから、ずっと避けていた一歩を踏みこむことができたのだろう。

 なにより放置するのは気持ち悪い。


「なんで『ドライブに連れて行け』なんて言ったんだ?」


「……別に、ただの気分転換」


「再会したばかりの元彼に、脈絡もなく頼むことか?」


「……ちょうどよかっただけ。タイミング的に」


 鈍いオレでもわかるが、もちろん嘘だろう。

 要するに、言いたくないということだ。

 たぶん、これ以上は突っこんでも無駄だと思う。

 それに言いたくないような内容に、わざわざこちらから足をつっこむのも、あとあと面倒なことが起こりそうな気がする。

 今回のオレにとっての目的は、希未に対する贖罪だ。

 希未がもし、楽しいドライブになんらかの救いを求めているのだとしたら、オレは彼女の助けになるためにそれを実行するべきだろう。

 考えてみれば、自分が一方的に過去の冷たい態度などを謝って、「はい、終わり」というのは単なる自己満足だ。

 謝るというのは、そういうものではないと、オレはもう知っている。


「ところで、かなり走ったわね。すっかり山道だし」


「ああ。もう少しで最初のポイントに到着するから」


「最初のポイント?」


「そうそう。最初のポイント、道の駅だ。そこでまずは休憩しよう」


 そこからしばらく山道や田畑の風景を走って、最初の目的地に辿りついた。

 正面には、ガラス張りの四角柱が真ん中にある横長の建物が建っている。

 入り口の処には、植木鉢が棚に並べてあり販売しているらしい。

 建物の中には、売店や食堂が入っているようだった。

 その建物の右手には、傘のような白い屋根を挟む建物が2つ。

 白い傘の中央には、小さな塔の先端があり、風見鶏のような物が飾ってあった。


「ここが、最初の目的地。道の駅【たけゆらの里・おおたき】だ」


https://www.takeyura.net/


「たけゆら……ってなに?」


「えーっと……確か、『たけゆら』は、竹で楽しく遊ぶで『竹遊楽(たけゆうらく)』と書いて『たけゆら』と読ます当て字だとか。この大多喜町ってのが、竹と筍の名産地だかららしいけどな」


「筍? まさか、筍を買いに来たの?」


 助手席の希未が、横からオレの顔を覗きこむように見る。

 その表情は、奇異な物でも見ているかのようだ。


「筍を土産に買ってもいいけどな。ちょっと早めの昼飯でも食べていこうかと」


「筍料理?」


「それとジビエだな」


「ジビエって?」


「あれ? 知らないのか?」


「知らないけど」


「狩猟した野鳥や野獣で食肉できるものだ。ここでは猪の肉が食えるらしい」


「猪って、確かぼたん鍋だっけ? なんで『ぼたん』なのか知らないけど」


「ぼたん鍋は、確かに猪の肉を使った鍋だけど、別にそれ以外にも料理はあるぞ。それから『ぼたん』は花の『牡丹』のことで、豚肉よりも肉が真っ赤なのと脂身の白さの鮮やかさが、牡丹の花を思わせるかららしい」


「へぇ~……って、なんかいろいろと詳しいわね」


「オレも気になって調べたからな。ちなみに猪肉は、若くないと硬いらしいけど。ここだとから揚げとか食べられるそうだ」


「から揚げね……そう言えば昔、あんたが『鶏のから揚げ食べたい』とか言ったから、作ってやったことあったっけね」


「ああ。あったな」


「あの時はまだ付き合い始めたばかりだったから、あんたを喜ばせようと一生懸命作ったったけ。なのにあまり感謝せず、『簡単そうだから、また作ってくれ』とか言われて……後から腹が立ったの覚えているけど」


「うぐっ……」


 なんかかなり斜めから、過去のオレへの告発が突きつけられる。

 そしてその罪状には、確かに覚えがあった。

 うん。まちがいなく有罪だ。

 当時のオレには、料理を作ってもらうことが当たり前みたいな感覚があった。

 感謝の言葉をまともに返した記憶もない。

 自分で料理をした今では、その態度がどれだけ酷いことだったのかわかる。

 オレは、本当に相手のことを考えていなかったんだと改めて思う。


「あの時は、まじですまなかった。から揚げが……ってか、料理があんなに大変だとは思っていなかったんだ」


「…………」


「今さら言っても仕方ないかもしれないけど、あの頃は魚をわざわざ自宅で捌いてくれたり、凝った料理を作ってくれたり……頑張ってくれていたんだよな。ありがとうな」


「やっ、やめてよ! 今さら、そんなこと言われても……」


 希未が顔を背ける。

 それは拒絶にも見えるし、困惑にも見える。

 確かにあまり過去の話をしても「今さら」である。

 それはもちろん、オレも重々わかっているけど。


「ちょっと最近、自分で料理とかもやってみてるんだ。なんと魚を捌くこともできるんだぜ」


「あ、現人が魚を捌けるの!?」


 本気で驚いたのか、背けていた顔をこちらに向けて、まるで問いつめるように見つめてくる。

 その丸い目にオレはたじろぎながらも答える。


「ほ、本当だって。ほら、車中泊旅行しながらも自分で料理することも増えてきたしさ」


 正確には、異世界での車中泊時のみだ。

 こちらの世界で車中泊する時は、まず料理などしない。

 ただ、会社の同僚とのキャンプの時は料理したけど。


「ともかくさ、自分でやってみて大変さもわかって。改めて希未には謝罪と礼を言いたかったんだ」


「……現人、本当にずいぶんと変わったんだね……なにがあったの?」


 希未が怪訝さと同時に、不満そうな顔を浮かべていると感じるのは、オレの気のせいだろうか。

 怪訝さはまだわかるけど、不満の理由はわからない。

 ただ、その視線は同時にオレを責めている気がする。

 やはりオレを許していないということだろうか。


「なにがあった……か。それはまあ、いろいろだ。つーかさ、早く中に入ってみようぜ」


 たぶん今は、これ以上の問答はしない方がいい気がする。

 オレはアウトランナーから降りると、ぶるっと震える空気の中に身をさらした。


「さあ。楽しもうぜ」


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