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ある日……

 あっという間に、オレはオフィスの注目の的となった。


「大前君! で……できてないとは、どういうことかね!?」


 額の上が汗で光っている部長が、ダンッと立ちあがると、ひきつった声で唾液をまき散らす。

 汚ねぇなぁ……。

 ギリギリかからなかったからいいけど。

 しかし、たかが資料を作らなかったぐらいで、甲高い声で怒鳴るなよ。

 この広いオフィスの隅から隅まで響くじゃないか。


「山崎君! 君は大前君に指示をださなかったのかね!?」


 話をふられた山崎が、オレの横でその二枚目面をひきつらす。

 体をビシッと直立不動にしながら、山崎が「とんでもない」と否定する。

 滅多に見られない表情が見れて、オレは心の中でニヤついてしまう。


 確かに指示はされてた。

 だから、やってはいたよ。

 ただ、仕事で無理するのがばからしいから、マイペースでだけど。

 つーか、いくら上司といっても山崎は同期だからなぁ。

 なんで同期に命令されなきゃいかんのよ。

 それもあってさ、やる気がどうにも起きなくてね。


「どうするんだ!? 必ず明日の定例会には提出できると、先方には約束してしまったのだぞ! 延ばせるのかね、山崎君!?」


「い、いえ。一応、先ほど先方に確認したのですが、ただでさえ押しているプロジェクトなので、延びるぐらいなら当初に話していた通り、契約は一度、破棄すると……」


 さらに青ざめる山崎と、沸騰するかのように赤らむ野々村部長。


「冗談ではないぞ! もうすでにかなりの工数と経費を使っているというのに。それにこのプロジェクトを通さなければ、今期の売上目標に届かんではないか!」


 結局、心配しているのは、自分の部署……というより、自分の成績なわけだ。

 お客さまのことを第一になんて言うのは、本当に立て前。

 お客さまを大事にしない会社は成功しないよ。

 つーか、オレが言えた立場じゃねーか。


「なに、ニヤニヤとしている、大前君! 話にならん! とにかく最新の資料をすべて山崎君に渡せ! 山崎君は私と本部長のとこ――あっ! 本部長!」


 その部長のぎょっとした声でふりむくと、そこには白髪交じりながらも、体つきがしっかりした本部長の姿があった。

 クールビズの最中でも、ビッシと決めた上品なストライプのダブルスーツを身にまとい、眉間に皺を寄せた厳つい顔で睨みつけてきてた。


「大前君……明日の資料ができていないというのは本当か?」


 本部長の言葉にも、オレはまた気の抜けた「はぁ」を返す。


「……大前君。君には失望したよ」


「すんません……」


 失望……ね。

 つーか、失望ってのは、期待していた相手に対するものじゃないの?

 どうせ期待していなかったくせに、よく言うぜ。

 誰もオレに期待なんてしちゃいない。

 親や兄貴でさえオレに期待なんてしちゃいないのに、いったい誰が期待するってんだ。


「ともかく詳しい話を聞かせてくれ。大前君のことは、後で……」


 部長は、やたらに出てくる額の汗を噴きながら、コクコクとうなずくと、そのか細い体で本部長の後ろをついていく。


「大前、さっさと資料を僕に送れよ! ……あと、もっとちゃんと謝れ!」


 そう捨て台詞を吐くと、山崎も踵を返して去っていく。

 謝れって、さっきから謝ってんじゃんか。

 またこれ以上、オレは怒られなきゃならないのか?


(逃げてぇ……)


 オレは自分の席のノートパソコンを見る。

 最新の資料は、まだネットワークドライブに保存していないので、このパソコンの中にしかない。

 今、これがなくなれば、資料はきっと最初から作り直しだ。


(つーか、持って逃げたら……困るよな……)


 囁いた悪魔が驚くほど、オレの心は簡単に決まった。



 ◆



 ――ってのが、昨日じゃない昨日(・・・・・・・・)の話。


 ()、考えれば、この当時のオレ(・・・・・・・)は本当にバカだった。


 でも、結果的にだが、それでよかったとも思う。


 あの時、オレは逃げた。


 どこへでもいいから遠くへ行きたいと、愛車を使って逃げたんだ。


 そして気がついたら、オレは元の世界からさえも逃げていた。


 辿りついた異世界。


 出会った少女とする車中泊の旅。


 その中で、オレは元の世界のオレを省みることになる。


 これは、そんな物語なんだ……。


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