【0マサカ】 まさか俺の妹がトースターでパンを焼いたら、隣の新築一軒家(ローンが後30年)が変形ロボになって宇宙の星になるなんて 【ナンテ】
唐突、という言葉を使う機会というのは日常で生活していてもそうそう無いのではないか。
今の世の中、安全性というのは昔と比べて大きく上回っている。
危ない場所はフェンスで囲われ、身の回りのものも安全性を損なう部分は改良され、ジャングルジム、ブランコなど危険と認識された物はどんどん撤去されていく。
台風、洪水といった災害も確実では無いものの、事前に分かる事でその被害は大幅に減っている。
暮らしやすさを求めれば必然的に不慮の事故、つまりは唐突な出来事と言うのは減っていく。
それでも、やはり突然の出来事というのは、大なり小なり訪れることはあるわけで。
今回だって、たまたま大きな突然の出来事が偶然二回も重なっただけに過ぎないのかもしれない。
だから、妹がトーストを焼いたら『唐突』に隣の家が突然ロボになって飛んで行った事も、たった今『唐突』に我が家に機関と名乗るツインテール女に、妹が『唐突』に身に着けた能力を聞いた事も案外平凡な日常の一部なのかもしれない。あぁ、なんだかそんな気がしてきた。
いや、ないな、うん。
―マサカナンテ。
―それは、俺の妹が手に入れた力。
思春期の少女が唐突に発症する謎の症状、怪現象。
あらゆる事象は彼女を中心に起きるし、世界は彼女を中心に動き出す。
「ははは、厨二病乙っと……」
「ちょっと、現実逃避してないで真面目に聞いてください!」
ライトノベルらしい出だしを表現しようとしていると、件の機関から来た少女がツッコんできた。
「現実逃避じゃない、見ている人に事情説明をだな」
「事情説明ってなんですか! だれが見ているってんですか」
「インパクトある冒頭が編集の目に留まる」
「何の事ですか!?」
おっと、隣の家がロボになった時の衝撃で家が半壊したせいで、少し現実を拒否してしまった。
反省しなければ、メタファーはタブーらしいしな、うん。
「で、なんだっけ。マサカナンテ? 俺はそんな言葉初めて聞いたんだけど?」
「そりゃそうですよ。この事、基本的に関わった人間以外には秘匿にされますから。でも、ニュースにもなったんですよ?」
いやいや、そんなニュース聞いた事も見た事も無いぞ? だいたい、それじゃ秘匿されてないじゃないか。
「もちろん、それがマサカナンテによる事件だという事は明かされてませんが……先週、隕石が落ちそうになったのを覚えてますか?」
彼女の言葉に、俺の脳内は巻き戻しのように記憶を巻き戻す。
ギュルルルルと巻戻す事三週間。ニュースキャスターが気怠そうに喋っていたことを思いだす。
「あぁ、太平洋沖に落ちるって予測されたアレか? 結局途中で燃え尽きたやつ」
「そうです、それそれ」
俺の言葉にご機嫌に頷く少女。それに合わせてツインテールが上下にせわしく揺れる。
今が半壊した家の中でないのなら、可愛いなんて言えたかもしれないが、そんな事は今は重要な事じゃあない。
大事なのは、この状況を理解する事が重要だ。
「あれはマサカナンテが原因です」
OK、無理だ。訳が分からん。
「ごめん全く信憑性が無いんだが」
何の説明も無しに、ただマサカナンテという単語だけ出されても、疑う所しかない。というか、コイツは俺に信じてもらう気があるのか?
「別に信じてもらうつもりも、必要もないです」
無かった。気持ち良いほど持ってなかったよ畜生。
きれいさっぱり断言しやがって、こっちは情報が欲しいと言うのに。
文句の一つでも言おうとした瞬間、機関さん(仮)はこちらに黒い金属を構えた。
独特の直線と、この世の終わりのように黒く開いた穴。
その後ろにある円筒には鈍く、黄みががった光沢を発している小さな金属が格納された穴が八個。
見たところ拳銃に見えるが、いかんせん機関さんの身長は低めである。構えられても、まるで子供が遊びで構えているようにしか……。
「ほい」
機関さんの緊張感のない掛け声と共に、爆ぜるような音。
次いで、スパンという風を切る音が耳の近くを通り過ぎていく。こちらに向けた銃口からは、細く煙が出ている。
「別に話は信じてもらえなくても、これの威力は信じてもらえると思うので」
そう言いながら、彼女はこちらに向かって拳銃を構えている。
まことに残念ながら、本物の拳銃が俺に穴を開けてやると言わんばかりにこちらを向いている。
そう認識した瞬間、俺の体が危険信号を発するように背中に汗をかき始めた。。
「え、何これ、本物? マジでか!?」
「はい、お体に風穴を開けたくなかったら、是非とも私のいう事を聞いて欲しいです」
「はい、何なりと」
出来る限りの営業スマイルで、服従を誓う。
やばい、やばいやばいって、何この危険人物。頭どころか、持ってる物すら危ないじゃないか。
「さて、理解してもらった所で妹ちゃんを回収しに行きましょう」
しばらく逆らわない方がいいな。下手に逆上して撃たれでもしたら、堪ったもんじゃない。
いや、でも銃創のある男ってのも中々かっこいい……て、え?
「……妹を、回収?」
いわれてみれば、妹の姿が見えない、いったいどこに行ったんだ?
「あれ、気づいてなかったんですか? ロボが飛んだ衝撃で壁ごと吹き飛ばされたじゃないですか」
その言葉に、妹の座っていたはずの食卓机があった場所を見る。
無残に崩された壁が山のように重なっており、その端にひしゃげてもはや使い物にならなくなったトースターが転がっていた。
「妹ぉぉぉぉぉ!?」
「いやぁ、ここに来たときちょうどロボが発進する所だったんですが、凄かったですね。壁に巻き込まれ
ながらギャグ漫画みたいに宙を舞ってる妹ちゃん」
頭の中でその状況を想像する。なるほど、そおれは確かにギャグ漫画だ……なんて言えると思うか!
「いや、何そんな九死に零生をしれっと言ってんの?!」
取り乱す俺とあくまで冷静な機関さん。大声で彼女を怒鳴りながら、当たりを見回して妹を探す。
そんな俺の必死な姿を見ていながら機関さんは、冷めた目でこちらを眺めてロボットの飛んだあとが凄かったとか、やはり変形機構はロマン等と言っていやがる。
そして、自分が話し終えると満足したかのように一息ついて、心配で辺りを見回している俺をあざ笑うように一言。
「これで簡単に死んでくれたら、こちらと苦労しないですけどねぇ」
その一言で、俺の動きはピタリと止まる。
「おい、てめぇ!」
仮にも人の妹に対してなんて事を言いやがる。おもわず拳を強く握りしめた。
怒りで顔が赤くなっていそうな俺とは対照的に、彼女はしらけきったように大きくため息を吐きながら、簡単には死なないと言ったんですよ、とこちらに銃を向けた。
それに反応して俺は思わず身構えてしまう。
「……別に、大人しくしてくだされば、撃ちませんよー。いいですか? 彼女は選ばれたんです。ですから、そんな簡単には……」
まるで、聞き分けのない子供を諭すような間延びした言い方。堪らず言葉を遮って叫ぶ。
「もうそんな電波はどうだっていいんだよ! 早く妹を」
探せ、と言おうとした瞬間、がれきが音を立てて崩れていく。
「兄さん……」
「……い、妹」
瓦礫の山からゆらりと出てきたのは、間違いなく妹だった。
何の奇跡だろうか。瓦礫の中から出てきたと言うのに、妹の制服には汚れ一つ着いてなかった。
「うおぉぉ! 妹! よかった、生きてたんだな!」
駆け寄る俺。俺を見て笑う妹。消える妹の姿。聞こえる妹の怒号。
「人が何度も助けてって叫んでたのに、どれだけ無視してんだ! この野郎ぅ!」
きれいに顎に決まる左アッパー。
……空を見ながら、俺は確信した。
今日初めてやってきやがった唐突は、そのまま俺の日常と顎の骨を持って行ってしまった事を。