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ちょっと異世界に行って来た

作者: 高梨ひかる

誤解というものは得てして身を滅ぼすものである。

興味がないからといって決して放置してはならない。


そう、親友に言われていたのになあ…。


「あら、諦めたの?」


目の前にいるのは、小悪魔的とでもいえばいいのか黒いローブ姿の美少女。

にこりというよりは二ヤリと言わんばかりの笑顔に、俺の殆ど動かない表情筋が動いたことを感じる。

諦めるもなにも、何が起こっているのかサッパリわからない。

覚えているのは声をかけられて、何言ってるんだコイツと無視しようとしたらめまいを覚えて気付いたらここにいた、それだけである。


「もっと暴れてくれないと、"消してあげる"意味がないのだけれど?」


何を消すの? とは言い難い雰囲気に俺は黙りこむ。

元々黙っていたが、下手に口を開けば暴れたといいはられて大変な事になりそうだと思ったからだ。

俺はこういう直感だけは絶対にはずさない。


「……つまんない。どうして泣きわめいてくれないの?」


ぐるりと辺りを見回せば、とても日本とは思えない荘厳な建物の壁らしきものがうかがえる。

俺が座っているのは地べただろうか、くらりとめまいを起こしたままついた右ひざが硬い感触を教えてくれている。

とても下を見る気はならないが、なんとなく想像がつく辺りの様子に俺は嘆息した。


「……これが凶悪犯なのか? 大人しいものではないか」

「しかも若い。まだ10代ではないだろうか」

「確かに見目は非常に良いが……」


低い、戸惑ったような男たちの声がして俺は目線をあげる。

どうやら仁王立ちしていた少女の後ろには、数人の男たちが囲むようにしてこちらを見ていたらしい。

目の前の彼女よりは話が通じそうな雰囲気に、俺は自然と彼らを見ようと身体を傾けた。


……って言うか今、聞き捨てならない台詞がなかったか?

凶悪犯って誰よ。


「ちょっと! 罪人が動かないでよ!」

「罪人……」


視線を遮るように移動されたので、少女の顔がまた俺の前に来た。

その目はとても憎々しげで、一体俺は何をしたんだと言いたくなるがどう考えても初対面である。

俺はさすがにこんな美人な少女を見かけていたら覚えていただろうし、ましてや罪人と糾弾されるような事をしたのであったら間違いなく記憶に残しているだろう。

初対面の少女に糾弾される俺。記憶喪失にでもなったのだろうか。

そういえばこの子、俺に最初なんて言ってたっけ?


「そうよ! 女の敵!」

「はぁ?」


女の敵ってなんですか。

それ、凶悪犯なんですか。

っていうか全く持って身に覚えがないんだがどう言う事。

あなた女の敵よね! とか声を掛けられた事だけは少し前の事なので覚えているが。


「待て、イルルーシャ。女の敵とは一体この者は何をしたと言うのだ」

「よくぞ聞いていただけましたわ!」


後ろの戸惑った声に、目の前の美少女が生き生きと振り返る。

じゃじゃーん、とでも言いたげに取り出した水晶玉。

そこにはくっきりと俺の顔が映し出されていた。


「わたくしは、この任務に就くにあたりまして、こちらで占わせていただきましたわ!」

「占い……」


非常にドヤ顔だが、少女が振り返ったことで向こうの大人の顔が見える。

なんと言ったらいいのか、そう、非常に困惑している顔つき。

その顔には見覚えがある。――馬鹿な子を一生懸命育てているけれど懲りずにおバカなことをされた時の教師の顔だ。


嫌な予感しかしない。


「わ、わたくしの占いを馬鹿にしないで下さるっ? 外れたりしませんのよ!」

「それは知っているが……一体何を占ったんだ?」

「何人もの女性を泣かしている男を占ったのですわ!!」


………………。

えーと……うん、うん、落ちつこうか。

なんというか、うん。


「――"どうやって泣かしたか"は調べたのか?」

「え……? な、何を言ってらっしゃいますの!? 泣かすと言ったら一つしかないじゃないですか!」

「本当にそうか?」

「だ、だってほら! 結構いい面構えですし! 全然喋ってないだけでとんでもない男かもしれないでしょう!?」


俺は遠い目になりそうな自分を叱咤しながら、本日の自分の行動を回想した。

今日は、学園祭の最終日だった。

見た目だけそれなりの俺は、そう、生徒会主催の劇に出演していたような、気はする。

――――――――ドンファンなみのモテ男の、悪役・・で。


「…………」

「…………」


回りの男たちの沈黙が痛々しい。

あー……しかもその悪役、最後はイイヒト化しての死に役だったんだよなー…。

それはもう、すげぇ演出が出来てて最高の出来で。

大根の俺でもたぶん、それなりの数の女性は泣かしたと思うわー……うんー……そうだね泣かしたねー…。


――――納得いかん。いくかボケ。


「まさか占いだけで、彼を選んだと……?」

「そ、そそそそんなことはないですわ、ちゃんと彼の親友とかにもどれだけ悪い人かとか聞きましたし!」

「そもそも悪人に"親友"がいる事自体を不思議に思えよ……」


思わず突っ込んだ。

っていうか、どうせアイツだろ悪友のアイツだろ。

一体何を言ったんだかわからんが、この勘違い少女だったらころりと騙されたであろう。そもそも俺を悪人であると思いこんでいたのであれば、何を言っても無駄だったに違いない。


「ちゃ、ちゃんと録音しましたわ!」

「ほう?」

「この人はこの世界に必要ないですわよね、と―――!」


この世界に、必要ない?

それは、確実にこの世界が地球でない事を示している言葉で。

わかりかけてはいたけれど、信じたくなかった現実に俺はただ彼女が再生する言葉を聞いた。


『――何人もの女性を泣かしているのでしょう?』


彼女の声が、水晶玉から聞こえる。

ぼんやりと見つめていると、そこからはやはりというべきか親友の声が。


『え、えーと、たぶん?(告白断ってるのはみたことあるし…複数なんかな…?)』


ん?

なんか二重音声みたいに聞こえるのは、心の声だろうか?

この少女のノリで突っ込まれて、さしもの悪友も悪ノリはせずに答えていたのだろう、困惑しているような声が返ってくる。

良かった、これでノリノリで嘘突っ込まれてたら立場悪くなったかもしれないし。

そう思いながら彼女とのやりとりを聞く。


『悪い人なのでしょう?』

『わ、悪いと言えば悪いんじゃない?(この子アイツに気があるのかなー、それなら悪いと思われてるまんまのがいいのかなー)』


ん?

なんか雲行きが微妙に怪しいと言うか、なんか変な事言ってるぞこいつ?

いやまあ、別にこの少女に興味はないから、悪いと思われていても別に構いはしないのだが。


『ハッキリ言って下さいな!』

『えーとうんそうだねー、君の思ってる通りだと思うよー(まいっかー、アイツの趣味じゃないっぽいし)』


おいいいいい! 親友ノリ軽ぇぇぇ!

その問いに俺の人生かかってたとか思えないほど軽いよ馬鹿!

いやこんな問いで俺が異世界飛ばされるとかアイツも思っていなかったんだろうけど!


『じゃあ、この世界に彼は必要ないですわよね?』

『は、え??』


驚きすぎたのか、心の声が聞こえていない。

その瞬間録音も切れたのか、ぶちっと水晶玉が沈黙した。


「どうでしょう!」

「どうでしょうじゃねぇよ!!!」


スパーン! と思わず目の前の丸い頭を叩いてしまった。

どう考えてもお前の勘違いだろうが!!!


「な、何をするの!? 女性に暴力を行うなんてやっぱり最低ね!」

「有無を言わせず異世界に飛ばしたお前が言うな!!」


心象が悪くなるとか、暴れたら駄目だと思っていた直感も忘れ俺は思わず叫んでしまった。

ないないない、絶対ない! 俺絶対悪くないわ!

っていうか俺、これからどうなるんだよ!?


「イルルーシャ……」

「は、はい!?」


忘れかけていた男達が、目の前の少女を呼ぶ。

キラキラとした笑顔で振り返った彼女は、次の瞬間青ざめた。

男たちのこめかみにはたこさんマークがついていた。分かりやすく怒りオーラが漂っている。

彼女は硬直したまま、男達の断罪を聞いた。


「――――2週間、自宅謹慎を申し付ける。その者の対処は私に任せ即刻退去せよ」

「な、何故ですかっ?」

「それを分からせるための謹慎だ。いいから、早く、行け!」


切れ気味のおじさんに、びっくーと怯えた彼女はそそくさといなくなってしまった。

え、って言うか置いてかれたんだけど。

もうどうしたらいいのこれ?


「申し訳なかった……」


心の底から謝るような声に、俺はいえ……と微妙な声を帰したのだった。







「あれー? お前どこ行ってたの?」

「ちょっと異世界まで行ってた」

「はぁ何それ冗談? 打ち上げもう始まってんぞー。脇役がいねぇ、って会長おかんむりー」

「すぐ行くよ」


時間もまき戻ったのか、ふと気付くと俺は元の場所に立っていた。

そうだ、俺トイレ行った帰りだったんだよな。歩き始めて数歩で親友に会ったので、そのまま肩を並べて歩き始める。

変な少女に拘束されていた時間はそれなりの時間だった気がするが、まだ日は傾いたばかりのようで学園祭が終わってからさほど時間はたっていない事がうかがえた。


「なぁ悪友」

「あん? なんだよ?」

「ありがとな」

「はーー?? なんか変なもん食ったー?」


ころりと指先に当たるのは、水晶玉が小さくなって出来たビー玉。

途中でぶちきれた水晶の録音は、実はちゃんとこいつの心の声を拾ってくれていたのだ。あの少女が聞かずに放置しただけで。

だから俺は帰ってこれた。

この地球せかいにいらないと、言う人間はいなかったと証明された事で元の場所に戻してもらえたのだ。


まあなんて言うか、どうして召喚するのかとかって犯罪レベルの話だったけど。

俺は帰ってきたからもう考えない事にする。

凶悪犯だったらそれこそ、実験材料とか意味分からん事になっていた可能性は否定できないが、それは回避する事が出来たのだから異世界の人間も悪い人間ではなかったのだろう。


――たぶん。


「いや、友達っていいよなって認識した」

「ほんっとどうした? お前なんか変なモノでも食った?」

「んーにゃ。腹減ったわ、早く行こうぜ」

「おうー」


のびる影を踏みながら、俺達は早足でかけて行った。



――『(いらないわけないじゃん。アイツは俺の親友だもん)』

―――『(アイツいないとおこぼれあずかれないし)』





でもお前に女紹介するのはよそうと思う。


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