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7日間  作者: 山側 森
7/8

お弁当屋さんの土曜日

毎月第四土曜日、場所は駅前の噴水にて。

持参するのは飲み物とお箸。

ほしい方はおやつも少し。バナナはおやつに含まれません。


毎月第四土曜日、あたしは駅前に出掛ける。

家で作ったお弁当5食を抱えて。


「あ、来た来たお弁当屋さーん」


今日も聞こえたいつもの呼び方に苦笑して、あたしは近付く。


「だから、お弁当屋さんじゃないってば」

「なに言ってんの。私たちにとっては立派なお弁当屋さんだよ」

「そうだよう。みっちゃんのお弁当が毎月の楽しみなんだから」


はい、今日のご馳走代、と和柄のぽち袋を渡される。


「有り難く頂戴します」


両手で受け取って、鞄にしまう。





あたしがお弁当を作るようになったきっかけは簡単だ。

料理は嫌いだけれど、お弁当を作ることだけはなぜか好きなあたしはある日、噴水を眺めながら芝生に座っていた。

そこに「美味しそうなお弁当だね」と声をかけてくれたのがタキさん、ノブさん、アジさん、カズキヨさん。今目の前にいる四人だった。

自分のお弁当を誉められて、人懐こいおばあちゃん達に普段はものぐさなのだと話すと、正直者だねと笑われた。


「ご飯は人に作ってこそおいしいものなんだって知りました」

「普段は人に作らないのかい」

「一人暮らしなんです。家に呼ぶような友達もいないし」


それから取り留めのない話をした。

仕事がうまくいってるような、いってないような話とか。

実家の猫が恋しい話とか。

料理が嫌いな話をすると、四人は驚いていたけれど。


実際そうだった。一人暮らしも長くなると、ご飯も手を抜く手を抜く。

簡単なもので済ませたり、夏場はアイスがご飯に代わったり。

これではいかんと、一度お弁当を作って近所の公園に出掛けたのが始まりで、お弁当持参の街中散策があたしの趣味になった。

噴水なんてあったのか、と座ったこの場所で出会ったのが、四人の友達。





「やっぱりみっちゃんのお弁当は彩りがいいねえ」

「若い人のセンスの良さには脱帽するよ」

「私たちが作ったら、茶色い中身になっちゃうもんねえ」


あははは、と楽しそうに笑いながらお弁当を楽しんでくれる。


「あの時みっちゃんにお弁当をおねだりして本当によかったよ」

「全くだねえ。タキさんが私たちにもお弁当を作ってよって言い出したときはびっくりしたけれど、みっちゃんがいいよって言ったときはもっとびっくりしたねえ」





作る人がいないのならば、私たちに作ってくれないかとの申し出に、何のためらいもなく是の答えを出したことに自分でも驚いたけれど、今ならわかる。寂しかったのだ。

社会に一人、付き合いは仕事場での表面上のもの。心の内を打ち明けることができる相手なんて誰もいなかった。

打算も計算もいらない会話ができたことが、とても嬉しかったのだ。

自分より何倍も年上の人だったのに、そんなこと一切気にならなかった。


一度だけ約束をして、二度目の約束はしなかった。

なんとなく、なんとなく、また会えるかな…と勝手に作って持って行った噴水前で四人を見つけたとき。

泣いてしまったのは秘密にしてある。


それから時々お弁当を作っては出掛けて、作っては出掛けてを繰り返して。

今は月に一回、どうしても受け取れと聞かない材料費だけ頂いて、お弁当屋さんは開店している。





「今の季節は紫陽花がきれいだねえ」

「今は色んな種類が出てるけど、あたしは昔ながらの紫陽花が一番好きだな」

「うちに咲いているのはガクアジサイだよ」


季節の話をして。

時の移り変わりを人と共有する。

それが当たり前にできることは、とても幸せなことなんだと気付いた。


「来月は何を作ろうかなぁ」





だから来月の約束は、いつもあたしのたからもの。




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