始まりの月曜日
放水ホースの小犬像を目にしたら、君とキミと未来の話をしましょうか。
駅前に噴水ができた。
水音と共にあるのは、両前足を胸辺りまで上げ両後ろ足でお座りをしたまま上を向いて水を吐く小犬像。
…シュールだ。自分にはとてもシュールに映る。
何故水を吐かす役割を小さな犬に与えようと思ったのか。
任命を受けた小犬の気持ちはいかばかりなものだったか…!とは思考が飛躍し過ぎだが、想像してほしい。
ころころと太った健康的なわさわさ毛皮の小さな犬が上を向いて大量の水を吐き出しているのだ。それはそれは大量の水を。
これをデザインした人は消防訓練を受けたことがないに違いない。
学生の頃アルバイトした先で、消防士の方から直々に放水ホースの扱い方を指導していただく機会があった。簡易ホースといえど放水の力は侮れるものではなく、勢いに圧されて後ろにたたらを踏んだ覚えがある。
小犬の吐いている水量は放水ホースのそれをはるかに上回っていて。
「犬が、潰れそうだ…」
「お待たせ~!って、何眉間に皺寄せて考えてんの」
機嫌良く近付いてきたのは見なれた男。
「小犬の、未来を」
男と共に歩き出しながら答えを返す。
「小犬の未来?まった面白いことを考えてるんだねぇ」
いやしかしあの水量は本当に…
「未来といえば、今日は僕らの未来が始まる日だよ~!あ、だからちょっとセンチメンタルな気分になって小犬の未来に思いを馳せてたの?」
「センチメンタル…?」
どちらかといえばシュールな気分になっていた。訂正するべきか。そもそも、水量について思考する部分はシュールと表現するべきなのだろうか。
「まった考え込んじゃって~。僕のお嫁さんはほんとカワイイよね」
「お嫁さん…」
「ん、お嫁さん。気が早い?でも一時間後にはお嫁さんになれるよ」
男の発言を考える。
「それはお嫁さんではなく奥さんというのでは…?」
「あ、そっか」
へらりと相好を崩し、照れたように笑う男。
「あ、そうすると“僕の彼女さん”って表現はあと一時間程度しか使えないってことだねぇ」
再度気付いた顔をして頭一つ分隣を見下ろす。
「一時間限定彼女。…うん、なんかいい響き!」
時々男が何を考えているのか分からないことがある。
でもそれでいいのだと“一時間限定彼女”は思う。
きっと“一時間限定彼氏”の方も、横を歩く女の考えが不明なことがあるだろう。先ほどの会話のように。
否定せずに受け止めてもらえる嬉しさを自分は知ってしまったから、相手にとっての自分もそうありたいと願う。
「また何か考えてる?」
頭一つ分隣を見上げると、楽しそうに笑っている笑顔が見れた。
「君の奥さんになれて嬉しいと考えていた」
だから素直に答えていた。
虚を突かれたように動きを止めた男。
数秒して破顔する。
「僕も、キミの主人になれて嬉しく思うよ。心から」
本格的消防ホース並みの水量を吐く小犬像は、すでに後方に。
これから年に一度の記念日に、あんなことがあったと話す日が来るのかもしれない。