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境界世界のブリガンテ  作者: りくつきあまね
神村 夏子
9/36

――― 散ルハ儚ク ―――

「やぁ、待っていたよ!! 萩月凜っ!!」

 狂気と入り交じった歓喜をさらけ出すジュマの叫び。

 その叫びに鋭く研がれ、殺意にも似た敵意に軋む銀と紫の双眸。

「お前が…………ジュマ=フーリス」

 下卑た笑みで自分を見つめるジュマへ、臆することなく視線を合わせる凜。

 歓喜と敵意。その二つに肌がヒリつくような威圧感に包まれ、

「そうだよ、ボクがジュマ=フーリス。君と話すのは二度目だけど…………この姿で会うのは初めてだし、いきなり殴られるとは思わなかったよ? よくボクだってわかったね」

場を和ませる小粋なジョークとばかりに、ジュマが殴られた頬をさすりながら苦笑する。

「あぁ、それについてはただの勘。とりあえず、飛ばされた先で一番近くにいた奴を殴るって決めてただけだからさ」

「…………嘘、かな?」

「うん、嘘」

 信じられないと目を丸くするジュマに、真顔で返す凜。

「…………ベェルフェールもそうだったけど、君も大概毒舌だね。もう少し年長者を敬う気持ちってものを」

「敬うべき人くらい見分けられるよ」

「い、いうねぇ……」

 からかわれた事を正そうとしたジュマだったが、無意味な事と取り合わない凜に笑顔が微かに引き攣る。

「………………」

 自分の言葉に口元を吊り上げてひくつかせているジュマを、銀の瞳に映る青い『核』を射貫くように見つめる凜。

 ジュマの胸で脈を打ちながら光る青い光――――これが『死神』の魂の『核』。

 ジュマだけじゃない。ジュマの後ろにいる夏先輩や奥にいるセフィリアの『魂』もえる。

 人は赤、『死神』は青――――色の違いは存在としての定義が異なる事を示している為かもしれない。

 右眼に映る命の在り方に、ここへ飛ばされる直前。蘭に告げられた事が凜の脳裏を過ぎる。

 自分がこの状況でしなければならない事は二つ――――一つはジュマとの戦闘は避け、先に学校のどこかに仕掛けられた法術の封印する事。これ以上ジュマに先手をとらせない為と、『何かしろの目的』を潰す為。

 そしてもう一つは――――直接ジュマの魂の『核』を封印する事。

 これは自分とジュマの力の差がありすぎて一対一では到底不可能。蘭は莫大な数の『ウロ』を相手に奮戦している為、助力が望めない。己の無力さを満身創痍のセフィリアに押しつける形になる。が、どんな困難な状況でも何とかするしかない。

 二つ目の目的のジュマの『核』を封印する――――これはつい先程の一撃を直接『核』に叩き付ければよかったのだが、転移したタイミングが悪かった。

 視界が開けたと思った瞬間にジュマの背後。それも夏子の首へ手を掛けようとしてた場面だった為に、咄嗟に殴りかかってしまった。

 突然だったとはいえ、不意討ちで『核』に触れるチャンスを無駄にしてしまった。

 凜は奥歯を噛みしめ、後悔に拳を堅く握り込む。

「っ…………」

 ――――ごめん、お祖母ちゃん。最初から戦う羽目になりそうだよ。

 蘭への謝罪に自責と後悔で眉間に深くシワを刻む凜を余所に、満足げに頷きながら外を見やるジュマ。

「ふふ、『ウロ』達の魔力がどんどん減ってる。ちゃんと【殲滅斬手せんめつざんしゅ】とは別行動をとったんだね、感心感心」

 ジュマは誰にというわけでなく、貶してるみたいに拍手をし。

「お祭りの主役も来てくれたし……そろそろお開きにしようかな」

「へぇ、まだ来たばっかりなんだけど?」

 凜は睨んだまま軽口を叩きつつ、『核』を見据える。

「ごめんね、僕って気分屋だからさ。もう飽きちゃったんだよね」

「ふーん、そう。随分と子供っぽい性格みたいだね」

「ゴメンね、子供っぽくて…………」

 謝罪の言葉を口にするも、その声に込められていた感情は明確な殺意。

 凜は体を縛り付けるような殺意に身構え、

「じゃあ早速、君の魂を貰おうかな」

ジュマは勇み足を一歩、凜へ踏み出した時。


「させるわけないでしょうが!!」


 その一歩。死神の踏み出した足が床に付く寸前で、セフィリアの怒声と共に大鎌が閃いた。

 夏子を縛る黒い影を断ち切るのと同時にそのまま床を切り裂き、凜に気がそれいてた僅かな一瞬、大鎌の刃を死神の細い体に叩き付けるように振り上げる。

 それと同時にパチンとジュマが指を弾き、

「へぇ、まだ動けたんだ。結構しぶといねぇ」

大鎌の刃は火花を散らしながら、碧い壁に阻まれる――――が。

「まだよっ!!」

 刃のように研ぎ澄まされた声音が飛び、それと共に白銀が瞬き、蒼の壁を両断。

「なっ!?」

 その光景ジュマの表情が驚愕に強張り、細い体に切り込む白銀の刃。

「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 獣じみた咆哮をあげ、ジュマを天井へと吹き飛ばすセフィリア。

 振り抜かれた大鎌は赤く染まり、白銀の閃光が天井を砕き、ジュマを学校の屋上へと吹き飛ばす。

「ぐぅっ!!」

 セフィリアは大鎌を振り上げた反動と循環させた魔力の負荷に体が耐えられず、

「セフィリア!!」

前のめりに倒れそうになるセフィリアを床より先に凜が抱き留めた。

「…………リ、リン」

「セフィリア、大丈夫!?」

 凜は疲労と出血で弱ったセフィリアの体を支え、セフィリアは体のものとは違う痛みに表情を歪め静かに立ち上がる。

「…………ごめん、リン」

「え? ごめんって…………」

 セフィリアはそう言ってふらつきながら壁により掛かかり、凜の後ろを指差した。

 凜はセフィリアの言葉に首を傾げつつ、指差した方向へ振り返ると――――キッ!! と凜へ鋭い視線を向ける夏子が見下ろしていた。

 夏子は凜の視線が自分に向いたのを確認すると小さく息をつき、

「なっ」

――――夏先輩? と口にしようとして右頬に奔る鋭い衝撃に声が途切れた。

「…………え?」

 鋭い灼熱感に痛む右頬。凜は突然の事に痛む頬を押さえ、視線を夏子に合わせる。

 そして視線の先には眉間に皺を寄せ、左手を振り抜いた格好で、涙で溢れた瞳で睨み付ける夏子がいた。

「な、夏先輩?」

 突然の平手打ちと泣き顔の夏子。その二つに思考がついてこない凜へ答えるようにセフィリアが告げる。

「アンタが狙われてるの、ナツコにばれちゃった」

 セフィリアの気まずさ一杯の声と、夏先輩の澄んだ瞳から零れる涙に自然と顔の筋肉が引き締まる凜。

「…………あの」

「どうして黙ってたの?」

 夏子の静かな声。その声に乗せて凜の心に突き刺さる感情は――――怒り。

「っ…………」

 今まで見た事のない夏子の様子に凜は言葉が出てこず、

「ナツコ、今はそんな状況じゃ」

声の出てない凜に代わり、セフィリアが状況が状況と止めに入ったが。

「セフィリアもなんで黙ってたの?」

 その一言と涙に染みこんだ怒気と鋭い視線に凜と同じく何も言えなくなった。

「…………そ、それは」

「…………その」

 さっきまでの命の遣り取りで張り詰めた緊張感が可愛く思える重苦しい威圧感。その威圧感に口ごもり。

「私が本当はが狙われてるって事を知ったら私が死んだの事……凜の所為にすると思ったの?」

 手探りジャブといった前振りなし。いきなり渾身の右ストレートが二人の心をガード諸共打ち砕く。

「だから隠してたの?」

 額に容赦なくチョップをお見舞いされ、

「っっ!?」

声にならない悲鳴を上げる凜をよそに夏子は矛先をセフィリアへ代える。

 圧のこもった視線に肩を跳ねさせ、困惑と動揺に慌てふためくセフィリアが夏子を刺激しないように恐る恐る言葉を紡ぎ、

「いや、悪気があったわけじゃないのよ、ホントに。ただリンにもナツコにも心配させたくなくて―――――――――」

それを遮るように甘くて心が落ち着く香りが、凜とセフィリアを優しく包み込んだ。

「な、夏先輩!?」

「ど、どうしたのよっ!? いきなり抱きついて!? 血、血が付くわよ!!」

 驚きにたじろぐ二人に構わず二人の脇の下を通して背中に手を回す夏子。そしてそのまま二人を引き寄せ――――凜、夏子、セフィリアの順で顔が並ぶ。

 夏子の柔らかな感触と甘い香りに二人は訳もわからないままドギマギし、茹で蛸のように顔を赤くする。

 そんな二人の耳元で震える夏子の声。

「…………嫌だよ」

 今にも消えてしまいそうなくらい弱々しい声に。

『えっ?』

 凜とセフィリアからは熱が消え、

「私だけ、何も知らないなんて……嫌だよ」

「…………夏先輩?」

「…………ナツコ?」

二人を抱きしめる夏子の腕に力がこもる。

「凜やセフィリア、それに蘭さんが危ない目に遭ってるのに……私だけ何も知らなくて、自分が生き返る事しか考えて無くて」

 失いたくない。ただそれだけ、そんな気持ちが痛い程伝わってきて。

「皆が私を助けてくれても、私は皆に何もして上げられない」

 ――――そんな事無い。と、そんな言葉が凜とセフィリアの頭の中に浮かんだが、今は口にしてはいけないと思い、声を飲み込む二人。

「皆が私を護ってくれても、私は皆を護れない…………協力する事だって、手伝う事だってできないのに」

 声に想いと一緒に嗚咽が混ざりはじめて。

「生き返ったって…………凜も、セフィリアも、蘭さんも……皆がいなきゃ生き返ったって意味無いじゃない」

 泣くのを堪えているのが抱きしめる腕から伝わって来る。

「私は凜達みたいに戦えるわけじゃない、けど」

 夏子から伝わってくる温もりがどんなモノよりも温かくて。

「それでも、皆が背負ってるモノを。ほんの少しだけで良いから私にも背負わせてよ」

 凜は腰を、セフィリアは肩を。夏子の想いに答えるように強く抱きしめる。

「…………ごめんなさい、です」

「ごめん、ね」

 二人の言葉に抱きしめる腕に一層力がこもり、

「ん…………許してあげる」

「ありがとう、ございます」

「ありがとう」

「…………うん」

互いにゆっくりと腕を解き、そっと離れる。

 そして互いに心へ温かいモノを通じ合わせた瞬間だった。


「―――――――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 三人の繋がりを否定するように激情の咆哮に空気が震え、

「っ!?」

「これはっ!?」

足下に感じた違和感に咄嗟に体を仰け反らせた凜だったが――――――ドスッ!! と鋭く重い音が凜の左肩を貫いた。

「がっ!?」

 凜の影から伸びる一本の黒い槍――――その槍はまるで意志を持つが如く、貫いた凜の左肩に絡みつき、

「リ、リンッ!?」

凜の体を掴もうと手を伸ばしたセフィリアだったが、それを嘲笑うように吹き飛んだ天井をグングン伸び上がっていく。

 天井からは凜の血が飛び散り、

「凜!?」

「ナツコはここにいてっ!!」

セフィリアは夏子にそう告げると床を砕き高々と跳躍する。

「ぐぅっ!?」

 凜は左肩を貫いた槍だったモノを引きはがそうと手を伸ばすが激痛に力が入らず、学校の屋上を超え数メートル上空で急停止。

 その反動で更に深く押し込まれ、黒の柱が凜の体を宙で固定する。

「あ、がっ…………ぁっ!?」

「リンッ!!」

 固定から半瞬。セフィリアが凜の眼前へと飛び上がり、大鎌が肩に絡む黒の縄状の箇所を一閃。斬り裂かれた縄は塵と化し、凜の体は重力に引き戻されかけて。

「凜っ!!」

 天井の亀裂からセフィリアの後を追い、飛び上がってきた夏子が包み込むように抱き止め、屋上へふわりと降り立つ。

 そして凜を座らせようと床に座り込んだ夏子だったが、凜は夏子の肩を支えに立ち上がり、

「凜っ!?」

「だ、大丈夫っ…………ぐっ」

安心させようと笑顔を作ろうとしたが凜だったが激痛に表情は強張り、否応なしに汗が噴き出る。

 喉の奥から飛び出そうとする悲鳴を噛み殺し、貫かれた傷口を押さえながらふらつく足で立つ凜。

 止めどなく流れる血が白黒チェック柄のパーカーを赤へ染め、

「すぐに手当てするわ!!」

と、焦りを滲ませた声と共に凜の左隣へ着地するセフィリア。それから『処刑人ディミオス』を床に突き立て、手当をしようと左手を傷口に添えようとして、凜はそれをやんわり右手で止める。

「そんな時間、はっ……くれない、みたい」

「…………みたい、ね」

 セフィリアも小さく舌打ちをしながら凜が見据えている方向へと視線を向け、碧の双眸に人の形をした狂気を捉える。

「あぁ…………死ぬかと思ったよ」

 くたびれた、と深いため息を付きながら制服の汚れを払うジュマ。

 セフィリアの一撃で切り裂かれた制服から覗く肌はすでに法術で治癒させたのか、傷も血の跡もない全くの無傷。そして切り裂かれた制服もジュマが指をパチンッ!! と弾くと淡い光が瞬き、新品同様の状態に戻る。

「リンはナツコと一緒に下がってて」

「そう、したいのはやまやまなんだけど……っ、やらなきゃいけない事が、あるんだ」

二人を庇うように一歩前に出るセフィリアに、激痛と出血におぼつかない足取りで隣に並ぶ凜。

 凜の言葉に一瞬、驚きにセフィリアの瞳が揺れたが、ジュマへ気取られないようにと睨み顔へと戻し。

「やらなきゃいけない事って……何をするつもりなのよ?」

 唇の動きを最小限に抑え、凜にだけ聞こえるように声量を絞るセフィリア。

 凜も激痛に軋んだ表情のままセフィリアに習い、小声で話を続ける。

「最初、に……っ、残りの法術、を封印したいん、だ」

「残りって……このすぐ近くにはあるみたいだけど」

「アイツの後ろ、に……フェンスの手前にある、よ。上手く、いけば…………傷が、前みたいに治るかも」

 ジュマの背後、正確には屋上の中央。まるで空間に埋め込まれたように浮かび、脈動する赤い塊。法術の欠片――――その『核』だ。

「これ以上……アイツに、何かされる前に封印しておけば、安心だし……それに」

「……それに?」

「今の僕の右眼……アイツの魂の『核』が……えてる、から……不意を突ければ封印できる、と思う……って、お祖母ちゃんが。だから……少しの間、時間を稼いで欲しいんだけど」

「ッ」

 予想していなかった言葉に瞳が驚愕に揺らぎそうになるセフィリアだったが、眼を鋭く研ぎ済ませ表情を取り繕う。

「了解、何とかしてみるわ…………でも」

「やぁ、最後のお別れは済んだかい?」

 二人の会話を遮るように間延びした声が横入りし、セフィリアが苛立ちに舌打ちする。

「今からするところよ」

「っ…………」

 セフィリアと凜は互いにボロボロの体に鞭打ち、なけなしの力で構えをとる。

「アンタの首を撥ねて、魂ごと砕いてあげる!!」

 研ぎ澄まされた殺意を乗せたセフィリアの気迫。それに呼応するように大鎌の刃が白銀に煌めく。

「無理だと思うけど」

「やってみなきゃわからないでしょっ!!」

 セフィリアの怒声に火蓋を切る大鎌の一閃。その一閃、白銀の閃光が屋上の床を切り裂きながら一直線にジュマへ迫る。

「荒っぽいなぁ、がさつな女の子はモテないよ?」

 人間の反応速度では到底追いつけない速度の光の斬撃を右半分、体を後ろに引いて閃光を難なく回避するジュマ。

 そして回避された光の斬撃は屋上のフェンスと接触すると同時に轟音と纏い、周囲を跡形もなく吹き飛ばす。

 その爆発と共に凜とセフィリアの二人は同時に駆け出し、

「凜っ!? セフィリアッ!?」

「夏先輩はここにいてっ!!」

「ナツコはジッとしててっ!!」

セフィリアが再び大鎌を振り上げる。

「『第二位』解放!!」

 瞬間。爆発的な魔力の収束に合わせセフィリアの姿が掻き消え、ドンッ!! とい破砕音と共にジュマの懐へと姿を現す。

「わぁ、そんなにボロボロなのにまだそれだけの魔力が残ってたんだ」

「丁度良いハンデでしょ!!」

 セフィリアの煌めく白銀の斬撃がジュマを頭から一閃。

「ほっ、と」

 だが、斬撃は碧い障壁に阻まれて光になって消える。

「まだまだっ!!」

 セフィリアはそんな事はお構いなしと、閃光を纏わせながら大鎌を振り続けた。

「なっ!? 捨て身!?」

 一撃一撃が出し惜しみ無しの全力の一撃。嵐のような怒濤の攻撃、その攻撃に防戦一方だった死神の障壁にひびが入って、初めてジュマが焦った顔を見せる。

「くっ!!」

「リンっ!! 今の内に法術の欠片を!!」

 大鎌を振るう手を休める事なく、背後にいる凜へと叫ぶセフィリア。

「わかった!!」

「なっ!?」

 凜はセフィリアの斬撃が繰り出す余波をくぐり抜け、セフィリアの後ろからジュマを無視して二人の脇を駆け抜ける。

「くっ!? やめろ、そっちには」

 自分の横を駆け抜けていく凜の姿に、ジュマは凜の肩を掴もうとするが。

「アンタの相手は私だってのっ!!」 

 それを阻止しようとセフィリアがジュマの拭く手を遮り、

「っ!? 邪魔だよっ!!」

「褒め言葉どうもっ!!」

蒼の拳撃と白銀の斬撃が、火花を散らし鬩ぎ合う。

「ぐぅっ!!」

 一歩足を踏み出す度に、そしてそれに追い打ちを掛けるように背後から襲う衝撃の波に左肩が悲鳴を上げ、視界が霞んでいく。

 なけなしの気力を両足に込め、全速力で駆ける凜。

「もう、少しでっ!!」

 右眼に映る真紅の『核』。それに自分の血で染まった右手を突き出し、

「やめろっ!! その法術を封印したら」

「やめる、わけ……ないだろっ!!」

背後から飛ぶジュマの叫びを殴り飛ばすように、無機質に脈動する『核』を右手で掴み取る。

「よしっ!!」

 その瞬間。法術の『核』が赤い光を放ちながら砕け、

「っ!!」

その破片が凜の体に沈み、左肩から赤い血煙が立ち肩に空いていた穴は完全に治癒。血の跡も一切なく、左肩を貫いていた激痛も嘘のように消えた。

 その現象は昨日、凜が『ウロ』を取り込んだ時と同様の現象――――過剰魔力の付加効果、傷の瞬時回復。

「くっ!!」

 法術を取り込まれ、凜の怪我が癒えた光景に目を見開き口元を抑えるジュマ。

「残念だったわね!! ジュマ=フーリス!!」

 その僅か好きを捉えるセフィリアの自信で溢れた声が響き、白銀の閃光が紅の空を貫くように輝く。

「これでっ!!」

 背後で自分を輝き照らす白銀の閃光とセフィリアの声に凜はバッと振り返り、その先にあったのはジュマの脳天に白銀の刃を振り下ろすセフィリアの姿。

 その覆す事のできない決定的な光景に凜が両手を確信に握り込もうとした瞬間――――

「――――――カハッ!!」

――――耳から体の奥、魂の底から嫌悪に震える短い笑い声。それと共に白銀の刃を黒い閃光が断ち切り。

「がっ!?」

 枯れ葉が風に殴りつけられるようにセフィリアの体が吹き飛び、屋上の出入口の壁を砕き、大の字で張り付けられた。

「セフィリアッ!?」

 壁に張り付けにされたセフィリアへ飛び寄る夏子。

「セフィリアっ!! しっかりっ……な、何!?」

 それを邪魔するように黒い影が急速に伸び、夏子の手足を縛る。

 瞬き程、正に一瞬と言っていい僅かな時間で暗転する状況。

「ぁっ…………」

 その状況に思考を置き去りにされた凜はただ呆然と声をもらし、

「ハハハハハァッ!! チェックメイトだねっ!!」

「っ!?」

感極まったと天を仰ぎ笑うジュマに思考が急加速する凜。

「セフィリアッ!! 夏先輩っ!!」

 そして思考が加速すると同時に二人の元へ向かおうと足を大きく踏み出した時。


 ――――――――――――――――――――――ドクンッ!!


「なっ……何?」

 体の奥……いや、それ以上の深い場所から引きずり込まれる感覚に体から力が抜け、その場にドッと崩れるように両膝をつく凜。

「か、はっ…………」

 心臓の鼓動とは違う胸を突き破らんと荒々しく脈を打つ何かに、凜は視線を自分の胸に向け、

「これ……って」

右眼にえたのは赤い輝きを放つ自身の魂の『核』。そしてそれを砕けんばかりに縛り上げる黒い鎖。

 その人智を完全に蹂躙する光景に声が喉元で消え、

「あ…………ぁ」

「今、君が取り込んだ法術の欠片。あれは魂を強制的に肉体から引き摺り出して、収集する法術でね。まぁ、【殲滅斬手せんめつざんしゅ】とか僕達『死神』みたいに魔力が高い相手には防がれるから意味はないんだけど…………それをに三つに分けておいたのはなんでだと思う?」

「ぁ………がっ!?」

何かが壊れていく喪失感に体が支配されていく。

「君の力って『魔力具現化封印』なんだけどさ、法術を欠片のまま取り込むと封印できないって知ってた?」

 凜の様子を嬲るように眺め、子供の様に声を嬉しさに弾ませるジュマ。

 どんどん自分が崩れていく感覚に、凜はジュマの言葉を返す余裕など無く、体を抱きしめる。

「さっき君が取り込んだ法術の欠片で最後だったんだけど、君の魂の中で法術として完成するようにワザと砕いておいたんだ。そうするとね、君の中で法術が組み上がるから、法術の『核』に触れない。だから」

 無邪気の子供が周りの気を引くたっめにする自己アピールのように、はたまた己の力を誇示する独裁者の如く、歪で醜悪な笑みを浮かべる。

「君は黙って『魂』を取り込むしかないんだよね!!」

 ジュマの狂気に満たされた歓喜を引き金に、黒の鎖が凜の魂を容赦なく縛り上げ、

「あ、っ………………ぁあっ!!」

凜の首が跳ね上がる。

 凜の右眼にえたのは、紅い空を埋め尽くす無数の赤い光。

「あ、来た来た。じゃあ、最後に僕からプレゼントをあげるね」

「ぐっ!?」

 ジュマの弾む声に嫌な予感が体を突き抜け、。

「君が完成したら死んじゃうんだから一緒に逝きなよ」

 ジュマは後ろを振り返り、夏子へ左手を翳す。

「大事な人なんだよね? あの『霊現体ゲシュペンスト』」

 そう呟いた口元がぐにゃりと歪につり上がり、

「ッ!?」

夏子の縛っていた影がギュンッ!! と、凜の正面へ運び、ジュマは夏子の背後へ静かに立つ。

 その瞬間、体を突き抜けた嫌な予感が確信に変わる。

「――――――ッ!?」

 凜が――――――やめろっ!! と、叫んでも声が出る事はなく。

「結局、助けられなかったね」

 助けようとしても――――足が動く事はなく。

「心から願いを込めて贈るよ」

 ジュマを止めようとしても――――腕が上がる事はなく。

「君達二人に絶望を」

「り……っ!?」

 ジュマの指先が夏子の背に沈み、夏子の言葉を切り捨て、

「―――――――――――――――――――ッ!!」

言葉の代わりに凜に掛けられたのは――――――夏子の胸元から吹き出す赤い雨。

 凜の小さな体を染め上げる赤い雨。それは血ではなく、夏子の霊体を構成する魔力の粒子が具現したモノであり――――命そのもの。

 そしてその光景に銀と紫の双眸が光を失い、凜の表情からは感情が赤い雨に沈むように消えていく。

 ―――――――――また護れなかった。

 同じだった。

 ―――――――――また見ている事しかできなかった。

 十年前、母を『死神』に殺された時と。

 ―――――――――また僕は見殺しにした。

 どれほど願っても、どれほど否定しても…………それはどうしようもなく自分の中で溢れ出してくる。




 僕は―――――――――無力だ。




 後悔と罪悪、そして無力感に飲み込まれた凜の瞳に映ったのは――――――自分の魂を貫く、無数の赤い閃光だった。


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