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境界世界のブリガンテ  作者: りくつきあまね
セフィリア=ベェルフェール
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――― 勇み挑む前 裏 ―――

更新、大変遅くなり申し訳ありません。次回更新も今月中にできるよう頑張ります(汗


 冷徹な静寂。それを包むように広がる深淵の常闇は、その身に紅の波紋を刻む。


『――――――酌量。汝の肉体修復の様態は如何に?』


 淡々とした口調でありながら声音だけで場を圧倒する重圧。

「はい。万全とは言い難いですが【殲滅】と【討滅】、二者との交戦も可能かと」

 全身にのしかかる重圧に静かに跪き、黒衣に身を包んだ金髪の女が涼しげに答えた。

『僥倖。【殲滅】と【討滅】は最大の障害である――――――して、【にえ】の状況は』

「はい、【にえ】ですが現在は【元老院げんろういん】筆頭エルピス=べェルフェール自ら展開した《白牢宮ブランキャージュ》にて匿っている様です」

「称賛。【にえ】以外に(死神)程度の身でありながら我らの領域・・・・・・――――――【××】に至るとは」

 冷淡な声音に滲む感嘆の色。


 ――――――《白牢宮ブランキャージュ》。


 それは遙か昔。歴史という言葉が【神】の手によって刻まれ、【神】の後継たる第二世代の神々が生まれた頃。【神】がとある目的で創り出した静寂無垢なる世界――――それを模倣した封印術式。発動した術者の許可無く踏み込む事ができない不可侵領域だ。

 だが、声音と女は別段表情を硬くする事無く話を続ける。

「はい、ですが既に【くさび】は撃ち込んであります。私達を警戒し《白牢宮ブランキャージュ》内に籠城されてもある程度の干渉は可能です」

『謝意。いくら祖たる者の力といえど、扱う者が末席程度なれば手を加えるのは容易き事。《死神》と【略奪】達の小競り合いの程度を確認した後【にえ】を舞台へ誘おう』

「承知致しました。【元老院げんろういん】の老害共の処遇はいかがなさいますか?」

『愚問。一人残らず排除、後に同胞達顕現の依り代に」

「かしこまりました」

 そう告げると女を中心に幾つもの紅の波紋が起き、漆黒を血色に染めてゆく。

『悲願。遠き悠久からの我らの願いは此度の戦にて叶う……いや、叶えなければならない』

 声音は重厚の音を痛みと共に響かせ、

『あぁ、【神】よ。我らが母よ。我らが主よ』

常闇の世界は紅と混ざり合い、冷獄の螺旋へと変わる。

『貴女の世界は終わるっ!! 貴女の罪は裁かれるっ!! 貴女の願いは成就するっ!!』

 苦渋、憎悪、歓喜――――――それら三様の感情に呼応する様に世界は震える。




『――――――確定。滅ぶ世界に救いあれっ!!』




††††††††††††††††††††††††††††




「――――――すまんねぇ、蘭殿。いらん手間を掛けさせちまって」

 ゆうに二メートルは超える巨体とは裏腹に、陽光を思わせる温かな声音。

 およそ老人というには生気に満ち溢れた白髪の老人は申し訳なさそうに眉を寄せ、右隣で足を投げ出し座り込む蘭を見やる。

 蘭は自分を見下ろす旧知のお茶友に、気だるげな笑みで答える。

「なぁに、これくらい儂に掛かればなんて事はないわい」

 丁寧に整えられた短い白髪に、深いシワを刻んだ褐色の肌。開いているのか分からない糸目、薄手の囚人服からはち切れんばかりに分かる鍛え上げられた筋骨隆々な体躯。

「蘭殿の力量は充分に知っとるけど、あまり無茶しちゃいかんよ。ヌシも若くないんだからよぉ……」

「バッコロ、お主も人の事言えんじゃろ? エリスを『現世』に行ける様に八番隊の相手を一人でするなど…………まぁ、六番隊隊長も務めたお主なら問題ないのかのぅ」

 蘭はお茶友でもあり戦友でもある『死神』、バッコロ=ジェンティーレの力強い出で立ちに苦笑いを溢す。

 今回の一件――――――【元老院げんろういん】からの『世界救済儀典リンカーネーション』を即座に断じ、エリスを手助けした罪を問われ、隊長の職を剥奪。法術を封じられた状態で牢に投獄されたにもかかわらず、腕力だけで脱獄を試みる脳筋、もとい猛者。

 バッコロと初めて出会ったのは自分が丁度二十歳になった頃。今は亡き夫と共に悪霊退治を生業にし始めた辺り、およそ六十年も前の話だ。

 人と『死神』。圧倒的な年の差と存在差はあったものの、バッコロは人間を下に見る事は無く、対等な存在――――――友人として接してくれた数少ない『死神』だ。まぁ、一言で言えば親友といった感じだろうか。

 今、自分達二人がいるのは神都『ルゥーゲ』から二百キロほど離れた、直径二キロほどの小さな浮遊島、その中心に位置する寂れた宿舎だ。

 バッコロの話では百十数年前までは各隊に配属された新人『死神』達の訓練場として使われていたようだが、空間法術の発達が進んだため必要なくなったとの話だった。

 神都や聖域のように栄えた場所があるように、その影では静かに寂れ朽ちていく場所もある。そういった時代の流れの変化というのは人も【神】も同じ様で、どこか歯がゆい感情を憶える。

「まぁ、何にせよ。セフィリアを助けるのに人手がいるでな。儂だけでは流石にエルピスの相手までできんからのぉ」

「ヌシが万全の状態でありゃ、吾ら全員相手でもセフィリアの嬢ちゃんを連れて逃げれたろうになぁ…………この前の【煉獄支柱れんごくしちゅう】との戦、余程の無理をしたようだの?」

「ふむ、やはり分かるか?」

「わかるさぁ……魔力を限界まで抑えてるのに、圧がビリビリと肌を刺しとるからなぁ」

 バッコロは肌に突き刺さる圧を宥める様に右腕を撫で、間延びした口調を鋭く研ぐ。

「この魔力の圧からするに――――――アレ・・を使いよったなぁ?」

「ご名答」

「ヌシにそこまでさせるとは余程の手練れじゃったんだのぉ……吾も知っとる顔か?」

「知っておるはずじゃが、お主――――――×××××××という名に憶えはあるか?」

 バッコロの問いに僅かだが蘭の表情が曇り、件の女の名を告げ問いた。

そしてその名を聞いたバッコロは記憶を辿るように瞼を綴じ、数瞬の後に開いた。

「いや、初めて聞く名だなぁ……名から察するに『死神』とは思うが、六番隊はおろか他の隊にもおらんと思ったが……」

 憶えのない人物の名にバッコロは眉を寄せ、思い違いがないかと何度も女の名を口ずさんでは「うーん……」と首をかしげ唸っている。

 そんなバッコロの様子に蘭は小さく呟き、

「お主も、か…………」

要領を得たと紫の双眸に確信の光を宿す。

 蘭は場を仕切り直す様に小さく咳払いし、

「すまんのぉ、儂の勘違いかもしれん。今回の一件が片付いたら、もう一度オルクスにでも確かめてみるとするさ」

「ん? そうか、ならいいがぁ…………」

どこか蘭の態度に引っかかりを憶えつつも頷くバッコロ。

 それから数瞬の沈黙の後、今度はバッコロが眉間に苦渋じわを寄せ蘭へ問う。

「蘭殿、ヌシはセフィリアの嬢ちゃんが【にえ】だっていうのは随分前から知っとたようだが…………【にえ】とされる条件も知っとるのか?」

「あぁ、知っておるが……お主、知らんかったのか?」

「おぅ、【ホロビ】と『世界救済儀典リンカーネーション』の話は二百年程前に【元老院げんろういん】達から聞かされた事があったが……【にえ】に関してはそういう存在・・・・・・としか、のぅ」

「まぁ、【元老院げんろういん】内で秘匿にしておった最重要機密じゃったからのぅ。儂もエルピスから聞かされるまでは何も知らずにおったし……無理もないか」

 自分がエルピスから【ホロビ】について聞かされたのはセフィリアが『第一級クラス・ファースト』に昇格した頃だった。その当時はエルピスも娘を犠牲にする未来を拒んでおり、ギリギリまで他の方法を探ろうと躍起になっていた。そもそも、その時点で既に他の方法があったが……皮肉にも今になって選択させてしまう事になるかもしれない。

「それで? なんで嬢ちゃんは【にえ】なんかに選ばれちまったんだぁ?」

「儂がエルピスから聞いた話では【にえ】の条件は三つ。一つ目は女性神である事。二つ目に『神威・第一位』の習得、解放を可能にする事。そして三つ目は儂と同じく【××】の覚醒なのじゃが……ただコレに覚醒すれば良いわけではない」

「……というと?」

「セフィリアの覚醒させたモノこそが最大の理由。いや、適正といえば良いのか…………?」

 そう口にしたところで蘭の表情が強張り、

「……嬢ちゃんが覚醒させたもん、って……?」

と、蘭の変化に胸の奥……魂を鷲づかみにされるような嫌な不快感を憶えるバッコロ。

 蘭も胸中に渦巻く暗い感情を押し出すように息をつき、意を決し唇を開いた。

「セフィリアが覚醒させたモノ、それは――――――」




 蘭の唇がそれを紡いだ瞬間、バッコロの細く閉じられた瞼が驚愕にこじ開けられた。

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